データベース「世界と日本」(代表:田中明彦)
日本政治・国際関係データベース
政策研究大学院大学・東京大学東洋文化研究所

[文書名] ナショナル・プレス・クラブにおける佐藤栄作内閣総理大臣演説

[場所] ナショナル・プレス・クラブ
[年月日] 1969年11月21日
[出典] 外交青書14号,369ー376頁.
[備考] 
[全文]

[演説名]  ナショナル・プレス・クラブにおける佐藤栄作内閣総理大臣演説

 ヘッファーナン会長並びにご列席の各位,わたくしがこのクラブで皆様にお話しするのは,今回で3回目であります。見渡せば,親しいお顔の方々も大分拝見されます。とくに今回,ニクソン大統領とわたくしの会談によつて生まれた,太平洋新時代ともいうべき新しい日米関係と国際政治の新展開についてお話し申し上げる機会を与えられたことは,わたくしの心からなる喜びであるとともに光栄とするとこであります{前5、6字目ママ}。

 申すまでもなく,日本にとつて米国との関係は,他のいかなる国との関係にもまして重要であります。同時に,私は日本との友好信頼関係が米国にとつてきわめて重要であることはもち論のこと,アジア太平洋地域の平和と安定のためにはこのような日米間の友好信頼関係が維持増進されることが不可欠の要件であることを確信いたします。かかるときに,過去6回も訪日されるという,歴代米国大統領中最もよく日本を知つておられる,しかもわたくしの旧知のニクソン大統領と親しくお話しできたことはまことに喜びにたえません。

 わたくしは,ニクソン大統領との会談において,両国間の関係のみならず広く国際政治全般について率直な意見の交換をいたしました。その成果は,きわめて満足すべきものでありましたが,成果の最大のものは,申すまでもなく沖繩問題の解決であります。沖繩問題は,戦後の日米間の最大の懸案であつたことはご承知のとおりでありますが,今回ついにわたくしとニクソン大統領の間で沖繩を1972年中に日本に返還することについて基本的な合意をみるに至りました。合意の内容は,コミュニケで明らかにされたとおりであります。

 そもそも,戦争の結果発生した領土の状態を,平和裡の話し合いによつて双方が満足する形で変更したということは,世界史上たぐいまれなことであります。日米両国は沖繩返還問題をかように解決したことによつて,時代の進展に応じた国際問題処理の新しい方式を示し,およそ国交関係なるものに,友好と信頼を基礎とした新しい秩序と,真の平和のあり方とを開拓したといえるのではないでしようか。わたくしは,沖繩問題の解決によつて1970年代にはじまる世界の未来のために,日米両国が永続的な相互協力を行なうための盤石の基礎を固めることができたと確信するものであります。

 そこでこの際特に強調しておきたいことがあります。それは,このような歴史的な交渉を可能ならしめた背景はなんであつたかということと,沖繩返還が今後の日米関係をどのように形づくり,さらには1970年以降の国際政治にどのように影響して行くであろうかということであります。

 戦後1953年には,奄美群島が,1968年に小笠原諸島がそれぞれ日米両政府間の話し合いによつて返還されております。しかし,百万人の日本人が住む沖繩は,極東における平和維持の戦略的拠点として今日まで米国の施政権下におかれてきました。日米間の返還交渉における最大の問題点は,まさしく沖繩が平和維持の面で果している役割りそのものにあつたのであります。沖繩における米軍基地の重要性について日米間の基本的な認識は一致しております。沖繩基地の平和維持機能は,今後とも有効に保たれなければなりません。しかしながら,わが国の領土たる沖繩と,そこに住む百万の日本人が戦後引き続き米国の施政権下に置かれるという事実は,日本国民の心の中に割り切れないものを残し,いわば敗戦の象徴として意識され,それがしこりとなつて,日米関係に微妙な影響を及ぼしておりました。

 わたくしとニクソン大統領は,日米両国民間の友好と信頼を維持増進し,戦後20余年間にわたつて,相互の利益のみならず共通の理念によつて徐々に築かれていつたパートナーシップの関係をこの際一段と強化することこそ相互の国益にそうゆえんであり,同時に,アジアの平和と発展に寄与するという認識の下に,沖繩返還について合意したのであります。換言すれば,自由平等,人権の尊重,社会正義の実現などの民主主義の諸基本的理念において日米に一致するところがあつたからこそ,沖繩返還が実現したのであります。わたくしは,この交渉を通じ米国政府議会など関係者がわれわれに示された信頼と寛容に対し,さらには米国国民の友好と善意とに対し,深い感謝の意を表するとともに,日米間のきずなの強さをいつそう痛感したのであります。ひるがえつて,同じ第2次大戦の結果きりはなされた北方領土がいまだ祖国に復帰していないことはまことに遺憾であります。わたくしは,沖繩の輝かしい先例に勇気ずけられながら{前7字目ママ},日本国民の正当な要求を平和裡に実現すべく,ひきつづき努力する決意であります。

 さて,沖繩の復帰に伴いわが国が沖繩の局地防衛の責務を徐々に負つてゆくことは当然であります。日本の自衛力はすでにわが国の第1次防衛を保障する上で枢要な役割りを果しておりますが,今後とも逐次整備して行く方針であります。わたくしとしましては,米国が自由諸国の期待にこたえ,ニクソン大統領がグァム島で明らかにされたように,アジアにおける戦争抑止の機能はひきつづき維持することを期待し,かつ確信するものであります。

 この点に関し,わたくしと大統領は,日米安保条約を堅持してゆくことをお互いに確認いたしました。日本が,この条約を堅持する第1の目的は,いうまでもなく,わが国の力の足らざるところを友邦米国との協力によつて補い,もつて,自国の安全を確保するためであります。しかしながら,現実の国際社会においてわが国の安全は,極東における国際の平和と安全なくしては十分に維持することができないのであります。ここに広く極東の安全のために米軍が日本国内の施設,区域を使用するという形での日米協力という安保条約の第2の目的が浮び上つてまいります。わたくしが,この施設・区域の使用に関する事前協議について,日本を含む極東の安全を確保するという見地に立つて同意するか否かを決めることが,わが国の国益に合致するところであると考えるゆえんもここにあります。

 特に韓国に対する武力攻撃が発生するようなことがあれば,これは,わが国の安全に重大影な響を及ぼすものであります{前13字、14字目ママ}。従つて,万一韓国に対し武力攻撃が発生し,これに対処するため米軍が日本国内の施設,区域を戦闘作戦行動の発進基地として使用しなければならないような事態が生じた場合には,日本政府としては,このような認識に立つて,事前協議に対し前向きに,かつすみやかに態度を決定する方針であります。

 台湾地域での平和の維持もわが国の安全にとつて重要な要素であります。わたくしは,この点で米国の中華民国に対する条約上の義務遂行の決意を十分に評価しているものでありますが,万一外部からの武力攻撃に対して,現実に義務が発動されなくてはならない事態が不幸にして生ずるとすれば,そのような事態は,わが国を含む極東の平和と安全を脅かすものになると考えられます。従つて,米国による台湾防衛義務の履行というようなこととなれば,われわれとしては,わが国益上,さきに述べたような認識をふまえて対処してゆくべきものと考えますが,幸いにしてそのような事態は予見されないのであります。

 わたくしはインドシナ半島に1日も早く平和が取り戻され,この地域の諸国民が再び安定と繁栄をめざして働きうるようになることを,祈るとともに,日本としていかにしてこれに協力すべきか,その役割りを真剣に探求している次第であります。わたくしとしましては,日本の果すべき役割りは,インドシナ半島の経済の復興,発展のため協力することはもち論のこと,戦火の収まつた後に設けられるべき国際的平和維持機構にも求められれば日本の国情に合致した方法で参加,協力すべきものと考えております。わたくしは,南ヴィエトナム人民が外部からの干渉なしに,自主的にその運命を決定することができるようにとの目的のために米国が払つている犠牲と,ヴィエトナム問題やラオス問題の平和的,かつ,正当な解決のためにニクソン大統領はじめ米側関係者が払われている誠実な努力に敬意を表するものであります。と同時に,わたくしは米国の立場に深い理解を抱き,その努力が実を結ぶことを心から期待しています。

 わたくしは,冒頭に,太平洋新時代ということを申し上げました。それは,沖繩返還によつて名実ともに戦後の時代に終止符を打ち,日本が米国と協力してアジア・太平洋地域,ひいては全世界の平和と繁栄に貢献して行く時代であります。そしてまた,それは,日米両国間に生じた問題の解決に限られたいわば「閉ざされた日米関係」から,日米両国が協同して国際協調の強化に努める「開かれた日米関係」への移行といつてもよいのであります。

 このためには,1970年代の展望がまず必要であります。わたくしは,70年代は米ソ両国が世界平和の維持に第一義的な能力と責任を負いつつも,他の各国がそれぞれの目標に従い自主的な行動の範囲を拡げて行つた60年代の姿が大きく変わるものではないと考えております。

 ということは,まず第一にわれわれが米ソ両大国に対して抱く期待は極めて大きいということを意味するものであります。すなわち,米ソ両国が世界平和の維持のため,緊張のよりいつそうの緩和,中東に見られるような地域紛争の平和的解決,さらには各種軍備管理措置の実現といつたような諸課題に,60年代にもまさる努力を払うことが必要だということであります。この意味において,日本国民は今般開始の運びとなりました両大国間の戦略兵器縮減交渉が実を結び,将来の一般的な軍縮の出発点となることを強く念願しているのであります。

 70年代は,また,米ソに次ぐ諸大国がそれぞれより大きい責任を果すべき時代でもあると申せましよう。ことにわれわれは,目下核戦力の開発に努力している中共の将来,および米国と中共との関係,ソ連と中共との関係に深甚の関心を抱くものであり,米中ソ3国を隣国としている日本としては米ソ間において平和維持の努力が進展しているのと同様に,70年代において,米中,ソ中間にも平和的な共存関係が実現されんことを強く希望するものであります。またわたくしは,中共が従来の硬い姿勢を改めて,世界平和の実現のための責任を建設的に果す国として国際社会に参加することを期待しており,日米両国はこのための門戸を,中共に対し常に開放しておくべきものと考えるのであります。

 70年代における日本,あるいは西ヨーロッパの諸国の責任もまた大なるものがあると考えます。これら諸国が緊張緩和,あるいは世界経済の調和ある発展のために果しうる役割りは今後さらに増大すると予想されます。なかんづく,南北問題は今後も長期にわたつて人類が取り組み,解決すべき最大の課題であることを思えば,これら先進工業諸国は短期的な利害を超え,力を合せて発展途上諸国の国造りの支援にいつそう力を致すべき必要を痛感するものであります。

 このような展望に立つて太平洋をはさむ二大雄邦たる日米両国が協力する時代,これがわたくしのいう太平洋新時代なのであります。

 さて,かかる日米協力のあり方でありますが,まず日米二国間の関係について申し上げれば,沖繩問題の解決により,当面日米両国間の重要な問題の一つが経済問題であることは,明らかであります。現に日米二国間には資本取引にせよ貿易面にせよ種々の問題があり,すでに日米関係を円滑に進めてゆくための当事者間の努力が行なわれておりますが,わたくしはさらにこの点に関しいつそうの努力を払う所存であります。70年代においては二国間のみならず世界の他の地域においても,経済の分野で日米の協調と競争の両面がともに増大するものと予想されます。そこには若干の摩擦が起り勝ちであります。しかしながら,日米両国の巨大な貿易量にみられる相互依存関係の深まりからくる利益の大きさに比べれば,競争のため,まま発生する摩擦は,それほど問題ではありません。より大切なことは,相手国の立場をつねに理解し,互恵互譲の精神により部分的な摩擦が,政治的な大きいつながりを傷つけることのないよう国際的ルールの枠内で配慮することであると考えます。この意味で,わたくしは,以前から日本の貿易の自由化ならびに資本の自由化を推進してまいりました。

 昨年12月,閣議決定を行ない「輸入制限品目について全面的再検討を早急に行ない,両3年中にかなりの分野において自由化を実施する」ことにいたしました。さらにその後先月日本政府は,現存輸入制限品目を1971年末までに半減し,さらに,その他の品目の自由化の促進についても最大限の努力を払うことに決定いたしました。また,資本の自由化については自由化業種の範囲の拡大についても努力を続けてまいりました。しかして,この貿易および資本の自由化の促進については,今後ともいつそう努力する決意でありますが,同時に,米国が今後とも安定した経済発展を続け,開放的な経済政策をとることを期待するものであります。

 日米両国が共通の関心を持つアジアにおいては,各国の自助努力,共通の関心を有する国々の間の地域協力,先進国からの経済技術協力とが相まつて,次第に開発のテンポが早まり,多くの地域において安定した国家体制と自主的な経済建設の前進がみられます。それにもかかわらず,アジアの貧困は依然として解消されず,アジア諸国の持続的な発展の基礎が確立されたというには,まだほど遠い状態にあります。このようなアジアの情勢は,1970年代に入つても大きく変るところはないものと考えられます。

 ここにわたくしは,アジアの先進工業国としてのわが国に与えられた最大の課題を見出すのであります。すなわち,民族や宗教や文化を異にするアジアの諸国が,自由と独立とを享有しつつ,相互に協力してともに繁栄するよう軍事的でない側面から協力することこそ,わが国が1970年代における国家目標として追求すべき課題であります。米国が全世界の平和の維持にとつて中心的存在であり,アジアにおいても安全保障の上で重要な責任を負つていることを考えれば,アジア諸国の国造りに対する経済,技術面での支援という分野においては,米国よりむしろ日本の方が主体的な役割りを果すべきであると考えます。

 わが国は,自由世界第2位の経済力を有するに至つたとはいえ,米国との差はきわめて大きく,しかも1人当りの国民所得は,世界で20番目であるという現実にあります。それに加えて,社会資本,公共投資の大きな不足を是正してゆかなければならない重荷を背負っております。しかしながら,日本国民の心の底には,世界のために積極的に働きかけることに生きがいを見出したいという意慾もまた生まれているのであります。特に沖繩問題の解決が日本国民に自信を与え,民族としての建設的意慾をアジアの安住に向かつて指向せしめる契機となることは疑いを容れません。

 すでにわが国は,1970年代をアジア開発の10年とする目標を掲げておりますが,アジアの平和と繁栄の確保は,わが国1国の力だけで達成することはできません。アジア諸国の自主的な努力とともに,この地域に大きな関心を有する先進工業諸国の物心両面の協力が必要であります。なぜなら新しいアジアの建設に当つては,単に貪困や飢がや疾病の除去といった物的な面のみではなく,アジア諸国民が自由と社会正義とを享受しうることをも目標にしなければならないからであります。ここにもまた,共通の理念に結ばれた日米両国による秩序の創造という太平洋新時代のあるべき姿を見出すのであります。

 日米の協力は,2国間およびアジアに限定されるものではありません。この協力は自由世界において1位と2位の経済力を有する2つの国の協力でありますから,その対象は,さきに1970年代の展望について述べたとおり,一般的緊張緩和,国連機能の強化,軍備管理,ひいては軍縮の実現,南北問題の解決,自由な貿易体制の維持,安定した国際通貨体制の確立などもろもろの世界的諸問題に及ぶべきであります。

 さて,このような広範な協力関係を作り上げるためには,いかなる心構えが必要でありましようか。もつとも必要なことは,両国の国民の間の理解の促進と信頼感の育成であります。ちようど今を去る百年前,40名の日本人移民が初めて米国に渡つたのでありますが,今や毎年10万名を超える日本人が米国を訪問しており,米国から日本への訪問者も年間20万人を超えます。こうして直接あるいはマス・メディアを通じての両国民のふれ合いがさらに深まれば,今まで両国民が抱き勝ちであつた誤つたイメージが互いに修正され,米国も日本国ともに独自の文化と伝統を持ち,複雑な課題をかかえている国であることが理解されてくるでありましよう。さらに両国が,相手国の独自の役割りを正当に評価することができるものと思います。

 すなわち,米国は,広大な国であり,多民族国家であり,連邦国家であり,そしてなによりも世界的なスーパー・パワーであります。一方日本は,狭小な国土の上に単一民族によつて形成された国であり,またアジアの1国でもあります。ともに先進工業国であり,自由と人権を尊重する民主主義の理念において共通するとはいえ,このような基本的な相違点があります。

 しかし,他方,日本と米国は,驚くほどの類似点ももつております。社会の内部の流動性がこれほど高く,競争原理がこれほど貫かれている国は,日米両国以外にはありません。国内の諸体制が急テンポな情報化社会への適応を行なつていること,高等教育の広範な普及などにも大きな共通点がみられます。そして,日本人も米国人も現状に満足せず,常によりよい社会を未来に見出そうと努める性向にも国民性の類似点を見出せるのであります。

 政治,経済,安全保障問題など多岐にわたる国際組織の中心として自由と安定を維持する米国の役割りは独特のものであり,どの国も代替できるものではありません。他方日本の生き方も平和に徹するという点できわめて特色があります。日米両国お互いがそれぞれの国情と国民性を認め合い,直接の利害は必ずしも同一ではなくても,お互いの立場を尊重することによつて,きわめて実のある協力体制が十分実現しうると確信するものであります。

 このような趣旨からいえば,わたしは,日米両国は今後その二国間の関係においても,また国際問題に対処する場合でも,できるだけ政策の選択範囲を広めるべきであると思います。つねに幅のある話し合いが可能な状態を維持して行くことが望ましいのであります。

 米国と日本がこのような協力を実現するならば,そこに始めて太平洋新時代が豊かな内容をもつてくるのであります。わたくし個人としては,この太平洋新時代の将来については大きな期待と確信をもつております。かつては困苦欠乏にたえて新世界を見事に開拓し,近くはすばらしい組織力と個人の勇気によつてアポロ計画を成功せしめた米国国民は,必ずや現在当面している政治,経済,社会の諸問題を克服し,それが全世界に対し安定的な影響を与えるでありましよう。またそのパートナーたる日本は,戦後20有余年にして世界に誇りうる経済成長を達成してアジアの安定勢力として存在し,さらにさかんな意慾をもつて未来の問題に正面から取組もうとしている国であります。

 今や人種,歴史などを著しく異にする太平洋の2大国が,同盟関係よりもつと高い次元に立つて,世界の新しい秩序の創造に協力してゆくという世界史的な大実験に手をつけようとしているといえるのであります。この実験はようやく始まつたばかりでありますが,わたくしは両国民の善意と信頼と努力の上に,この実験が必ず成功することを確信し,またわたくし自身ニクソン大統領とともに,この実験の序幕を切つて落し,沖繩返還の実現の運びとなつたことに深い喜びを覚えるのであります。

 ご静聴ありがとうございました。