データベース「世界と日本」(代表:田中明彦)
日本政治・国際関係データベース
政策研究大学院大学・東京大学東洋文化研究所

[文書名] 「国政に関する公聴会」における佐藤内閣総理大臣の演説,新しい国際協調の時代

[場所] 宮崎県宮崎市
[年月日] 1971年10月6日
[出典] 佐藤内閣総理大臣演説集,83−92頁.
[備考] 
[全文]

 一日内閣も十回目を迎えることになりました。国民の皆さんと親しくひざを交え、ともに国政を語ることは、わたくしにとつて何よりも大きなはげみになります。とくに祖国復帰を目前にひかえた沖縄の代表のかたがたをお迎えすることができて、感慨ひとしおであります。この機会に所感の一端を申し述べて、国民各位のご理解を得たいと思います。

 まず最初に、全国民の皆さんとともにおよろこび申し上げたいのは、天皇、皇后両陛下のヨーロッパご訪問であります。両陛下はただいま各国において、心のこもつた歓迎をうけておられます。ニクソン米国大統領が、途中アンカレッジまで出迎えられたのをはじめ、各国の王室、政府ならびに国民から数々のご厚意が示されておりますが、これについては、国民各位とともに心から感謝の気持をあらわしたいと思います。両陛下には、ご多忙なご日程のなかを、ご健勝でおすごしのうえ、ご無事でご帰国なさいますよう念願する次第であります。

 これにつけても、戦後二十六年、民主主義の理念のもとに、自由を守り平和に徹して新日本の建設にはげんできた国民の努力が、こうして実を結び、わが国が国際社会に重要な地位を占めるにいたりましたことはよろこびにたえませんが、さらに着実な努力を積み重ねなければならないと思います。

 もちろん、今日の世界情勢は決して生やさしいものではなく、わが国の進路も平坦ではありません。先般、ニクソン米国大統領が行なつた二つの決定、すなわち中国訪問と新経済政策が、日本国民のなかに大きな不安と動揺を生じたことは、わたくしも十分認識しております。こうしたなかで国政の進路はいかにあるべきか、その具体策については、きたる臨時国会で明らかにする考えでありますが、本日は、わたくしの基本的な考え方を申し述べたいと思います。

 最近の国際情勢についてわたくしが痛感いたしますのは、国際関係におけるいわゆる多極化の様相がいよいよ明確になつたことであります。米国、ソ連という二つの超大国が、今日でも抜群の軍事力、経済力をもつている事実は変わりませんが、国際社会に及ぼす影響力という面からみれば、かつての米ソ中心の二極構造から、ヨーロッパ共同体、中国、日本などを加えた多極構造の時代へと、その姿が変わつてきております。とくに、わが国の経済力が著しく進展したこと、ならびに中国が国際社会への参加を志向していることから、国際間の力関係が複雑にからみあい、そのため各国とも、新しい局面に対応するルールや戦略を手さぐりしているというのが偽わらざるところであります。このような傾向は、過渡期につきものの現象でありますが、そのなかでわが国もまた、多極化世界におけるみずからのあり方を選択していかなければならないのであります。

 ニクソン大統領の北京訪問あるいは中華人民共和国の国連加盟が実現することになれば、国際間の緊張は大いに緩和されることになり、わが国にとつて歓迎すべきことであります。実際のところ、今日まで心配の種だつたのは、わが国の両隣りの国、すなわち米中間に、朝鮮戦争以来緊張が絶えなかつたことであります。今後、アジアの緊張が緩和されれば、平和に徹するわが国の立場は、より自由関連に主張できるようになり、またいつそう理解を深めることができるようになるものと信じます。

 今般の国連における中国代表権問題に関して、わたくしは中華人民共和国が国連に加盟することを歓迎し、かつ、安全保障理事会の常任理事国となることを支持することといたしました。これは、国際情勢の新しい潮流のなかで、中華人民共和国が国際的な孤立から脱却し、国際社会の一員として参加することが、アジアの緊張緩和に役立つと信ずるからであります。しかしながら、他方、国連の創設当時からの重要メンバーである中華民国を国連から追放することは、国際情勢の現実にそぐわないのみならず、緊張激化の要因ともなりかねないので、経過的な措置として、北京政府、台湾政府双方の代表権を認める方針を決定いたしました。この考え方のもとに、米国をはじめ関係諸国と協議し、二つの決議案についてその共同提案国となつたのであります。この措置は、アジアの現実をすなおに認めようとするものであります。

 わたくしは、このような情勢のもとで、日中国交正常化についても大きく扉が開かれることを期待しており、あらゆる機会をとらえて日中友好への努力を傾ける決意であります。日中関係は、いずれ末長い関係になるべきであります。ゴールをみきわめながら、相互の立場の理解を深め、着実に前進すべきであると思うのであります。

 相互理解と関連して、最近、内外の一部に、日本の軍国主義を懸念する論調のあることは、まことに残念なことであります。われわれ日本人にとつては、軍国主義を復活させるなどということは、思いも及ばぬところであります。日本の平和主義は、敗戦という貴重な体験を通じて得た国民的信念であります。そしてそれは、平和憲法、議会政治や言論の自由などによつて注意深く見守られております。そして政府は、核兵器を作らず、持たず、持ち込みも許さないという、いわゆる非核三原則を堅持しているのであります。わたくしは、国土と国民を守るため、国民の国を守る気概にもとついて自衛力を整備するとともに、その足らざるところを日米安保条約によつて補うという方針を貫ぬいてまいりました。この防衛政策は、二十年前の講和独立に際し、時の吉田総理がその基礎を定められたものであり、いまや、それは国民的合意として確立されるにいたつております。その当時の吉田総理のご苦心は、わたくしにとつて終世忘れえぬ教訓となつたものであります。わが国の立居振舞いについてとかく国際世論の過敏なこのごろでありますが、国民各位におかれても、わが国の防衛政策の正しさを十分認識され、国家の自衛への努力を軍国主義と誤解するような意見等には、平和と民主主義の信念にもとついて、堂々と応援されるよう希望するものであります。

 つぎに、米国の新しい経済政策についてわたくしは、米国が失業とインフレと国際収支の大幅赤字の三つから脱却し、生産性の向上と国内経済の建て直しをはかるため、やむを得ずとつた措置であると理解しております。しかしながらそのために輸入課徴金を賦課することとなつたのは、まことに遺憾であります。このことは、わが国のみならず世界経済全般に深刻な影響を及ぼすばかりでなく、自由貿易体制そのものの崩壊につながるものであります。政府は、さきの日米貿易経済合同委員会などあらゆる機会を通じて、その早期撤廃を強く求めております。

 失業とインフレのジレンマは、現代社会の苦悩を代表するものであり、この病弊がヴィエトナム戦争ともからんで、米国でとくに強くあらわれたものと思われますが、自由貿易体制の維持という基本的命題については、米国がその国際的地位にふさわしい責任ある行動をとるよう要請するものであります。ただ、米国がドルの信用低下は国際通貨の不安を招くという認識のもとに、自国経済の健全化により積極的に取り組み、みずからも犠牲を払うとともに、各国の協力を求める姿勢をみせ始めたことは、問題解決へのきつかけをつくるものといえます。わが国としても他の自由諸国とも負担を分かちあいつつ、協力して世界経済の新たな均衡を求めるべきであると思います。

 申すまでもなく、わが国にとつて、米国との関係は他のいかなる国との関係にもまして重要であります。日米の友好と信頼とは、両国民に共通する民主主義的信念と、両国のおかれた国際的地位に根ざすものであり、われわれは、ともに相互の活発な経済的、文化的エネルギーに敬意を表してまいりました。米国は、敗戦後のわが国に援助の手をさしのべ、わが国は、国民あげての努力によつて、みごとな経済復興をとげました。日本国民多年の悲願であつた沖縄返還も実現の運びとなつたのであります。いまや両国は、太平洋をはさむイコール・パートナーズであります。それだけに今日、日米間に経済面、対外政策の面で多少の摩擦を生じております。ことに、最近の日米関係を勝つた負けたと面白く論ずるむきもありますが、わたくしはこういう考え方には賛成いたしません。わたくしは、日米の友好と信頼こそが、わが国対外活動の基軸であり、国際社会の繁栄の条件であるとの確信のもとに、日米間の相互理解促進にさらに細心の努力を払う決意であります。

 もちろん日米関係も、戦後二十数年の歴史を経て大きな変化かあるのは当然であります。かつてのように米国にもたれかかつていることは許されません。お互いに甘えとわがままの残滓をぬぐいさつて、率直でかつ世界的視野に向かつて開かれた新しい日米関係を創り出していかなければならないと信じます。

 わたくしは、このような日米関係を足場にして、新たなる国際協調の時代の幕を開きたいと考えます。それでは新しい国際協調とは何でありましようか。第一に、それは多極化した世界を背景とする国際協調であります。各国がそれぞれ自主性を発揮しながら、全体としてダイナミックな世界政治・経済の均衡が達成されなければなりません。第二に、この国際協調において、わが国は、軍事力以外の面でいつそう責任ある役割を演じなければならないのであります。各国とともに力をあわせて国際協調の枠組みを構築し、これを主体的にささえていくことが要請されているのであります。

 新しい国際協調への出発にとつて、国際通貨体制の建て直しが最初の試練となることは明らかであります。戦後の世界貿易の目ざましい伸長には、国際通貨基金によつて為替の安定がはかられ、ガットによつて関税引下げが進められたことが大きく寄与しておりますが、これとても米国の強力な指導力にささえられた面が少なくありません。現在の国際通貨、貿易情勢の不安定化は、米国がかつてのゆとりを失い、他にこれにかわる国がないためであります。これを克服するには、集団協力、すなわち、多数国の参加するほんとうの意味の国際協調がぜひとも必要であります。わが国は、当面の事態に対応するため、為替変動幅についてのこれまでの制限を、さしあたりはずすこととしたほか、国際通貨情勢の安定化のため、多国間協議にもとづく国際協力に積極的に参加し、世界の主要国と負担を分かちあう方針で進んでおります。

 現代の技術は国境を越えた経済交流を必然のものとしており、世界経済のブロック化を許す余地はもはや存在しないのであります。それゆえに、当面の国際通貨問題も必ず合理的に解決され、これをきつかけに経済力多極化時代にふさわしい国際通貨システムへと進んでいくでありましよう。しかし、多数国間の利害を調整し、新しい均衡を創り出すためには時間と忍耐が必要であります。場あたり的な解決は結局高くつくことになるのであります。そのためにも、当面の国内対策として強力な景気振興策を講ずるほか、変動相場制のもとにおいても正常な取引ができるよう各種の条件を整備することが必要であると考えております。とくに、ドル経済のもとにおかれており、かつ、その貿易の八〇パーセントあまりを本土に依存し、日常生活をはじめとして二重の悪影響をうける沖縄県民のため、四百四十品目に及ぶ価格安定措置、ならびに本土留学生対策等を中心とした予算措置をとつたところであります。

 新しい国際協調に参加するには、国内においてもそれなりの心構えと準備が必要であります。最近におけるわが国経済力の充実については、国内と外国での評価が必ずしも一致せず、それが各種の国際的摩擦や批判の背景になつている例があります。今日わが国が経済大国といわれるまでになつたのは、平和と繁栄を願う国民の努力と勤勉の結果であつて、日本国民は別段経済大国になることを目的として働いてきたわけではありません。このため、大国民としての自覚よりも、自己の職場や日常生活を中心に、やや狭い角度からものをみる傾向があり、それがときには責任回避の態度として、国際社会で誤解をまねく恐れも出ております。謙譲は東洋の美徳でありますが、今後は自分の力をありのままに評価し、それにふさわしい国際的責任をすすんで引き受け、それにともなう心理的緊張にも耐えていかなければならないのであります。

 また、われわれは、国際協調を通じて、日本経済の均衡ある発展に一段と努力しなければなりません。わが国の経済は、卸売物価、輸出物価は安定しているのに、国内の消費者物価、とりわけ地価が著しい騰勢を示し、国民生活を圧迫していること、農業、中小企業など低生産性分野の裾野が広いこと、所得水準は西欧なみに近づいているが、資産の蓄積が少ないこと、とくに、民間設備にくらべ社会資本が立ち遅れていること等々のアンバランスが目立ち、国民の生活実感として貧しさが強く残つております。このような立ち遅れている問題を解決することこそ、国民福祉の向上に寄与し国際協調につながる道であります。ともすれば輸出や民間の設備投資に片寄りがちな資本と労働力を、社会資本充実にふりむけることによつて、公害、交通、住宅問題などを解決し、さらには低生産性部門の向上をはかり、それを通じて輸入の拡大をもたらすことは国際的摩擦緩和に役立つものと信じます。

 わたくしは、米国の輸入課徴金と円相場の上昇によつて、わが国経済がうけた打撃については、中小企業に対する緊急滞貨融資等の救済措置をとるなど、金融面等においてできるだけの配慮を行なつてまいりましたが、さらに補正予算、来年度予算を通じてこれまでにない規模の景気対策を展開し、経済を速やかに安定成長路線に復帰させるとともに、これを機会に、社会開発をいつそう推進し、社会福祉を一段と充実して、国民生活の向上に資したいと考えております。

 このような行き方こそが、現在、国民が当面している国際通貨問題についての不安をなくし、さらには定定した経済的基盤のもとに国際社会の信頼をかちえて、新しい国際秩序をつくる力になると信じます。

 以上わたくしは、世界政治・経済の多極化傾向のなかで、日米協調を基軸としつつ、新しい国際社会の枠組みつくりに積極的に協力すべきであることを述べました。国際協調への主体的参加の基盤は、視野の広い国民精神の培養とゆとりのある福祉社会の建設にあると考えます。国民各位のご理解とご支持を得て、これらの課題達成に全力を尽くす所存であります。

 つぎに、最近の暴力事件の激発はまことに憂慮にたえません。さきに成田空港の代執行に際し、一部過激派暴力集団の手によつて三人の警察官が殉職し、さらに公明党の竹入委員長が暴漢に襲われ重傷を負われるなど、かさねがさねの不祥事件が発生しております。申すまでもなく、民主主義社会の発展の基盤は、法秩序を維持することにあります。自己の主張を通すために手段を選ばず、過激な暴力行為に訴えるごときは断じて許しえないところであります。わたくしは、暴力に対しては、それが集団によるものであろうと、個人によるものであろうと、断固たる態度で臨む決意であります。国民各位におかれても、暴力が芽ばえるような風潮を排するとともに、これをきびしく批判し、健全な社会をつくるためにご協力いただくことを、切にお願いする次第であります。

 最後に、内之浦の東大ロケット打上げ、ならびに種子島の科学技術庁ロケット打上げに関する基地の建設にあたり、ご当地宮崎県および鹿児島県、大分県などの関係漁民のかたがたから示された理解あるご協力に対し、この機会に厚く御礼申し上げます。わが国の宇宙開発は、今や世界的水準に達するものとなりつつありますが、みなさまのご協力のもと、さらに飛躍的な発展を遂げたいと念願している次第であります。

 ご静聴ありがとうございました。