データベース「世界と日本」(代表:田中明彦)
日本政治・国際関係データベース
政策研究大学院大学・東京大学東洋文化研究所

[文書名] 全国知事会議における田中内閣総理大臣説示

[場所] 
[年月日] 1972年9月11日
[出典] 田中内閣総理大臣演説集,25−34頁.
[備考] 
[全文]

 私は、本年七月、内外のきわめてきびしい情勢のもとで政権を担当することとなり、爾来国運の発展のために全力を傾け、内政・外交の衝に当たってまいりました。

 本日、この機会に所信の一端を申し述べ、各位の理解と協力をいただくとともに、きたんのない意見を聴取し、国、地方を通じて緊密な連けいのもとに行政のいっそうの進展を図ってまいりたいと思います。

 わが国は、長期にわたり経済の高度成長を遂げ、国民の所得水準は大幅な上昇をみておりますが、一方、国内面では過密、過疎の問題をはじめ、生活環境の悪化、社会保障の遅れ、物価問題等多くの難問題が山積し、また、対外的にも国際社会における責任の増大に加えて貿易上の摩擦増大等の事態に直面しております。

 このような時代の転換期に際し、われわれは新しい時代の要請にこたえ、心をあらたにして問題の解決に取り組まなければなりません。

  (長期経済計画)

 近年わが国の内外情勢の変化はまことに著しいものがありますが、このような流れの変化に即応しつつ、前述の当面する多くの課題を解決していくためには、わが国のめざすべき新しい経済社会の全体像を明らかにし、長期的な観点に立ってその実現のための施策を遂行していくことか必要であります。このような観点から、政府はさきに、経済審議会に対し、「内外諸情勢の急速な転換に際し、国民福祉の充実と国際協調の推進をめざした新長期経済計画」の策定について諮問をいたしたのであります。今後審議の促進をお願いし、できれば四十八年度予算編成に間に合わせうるよう、すみやかにその答申を得て総合的な施策を展開してまいる所存であります。

  (日本列島改造事業)

 過密と過疎の弊害を同時に解消し、国民のすべてが誇りと愛着をもちうる国土を造り上げることは、今日の最も重要な国民的課題であります。しかしながら、これを達成するためには、産業と人口の大都市集中の流れを大胆に転換し、万全な公害対策を講じながら全国的な視野に立った合理的な土地利用を図ることがぜひとも必要であります。

 このような観点に立って、政府は、昭和四十四年に策定した新全国総合開発計画について環境問題の側面から総点検を行なうとともに、合理的な国土利用の長期ビジョンの策定を急ぐ所存であり、地域開発のもととなる工業の再配置を促進するとともに、地方都市の整備拡充および総合的な交通・通信ネットワークの形成を進めてまいります。また、大都市地域においても、住宅、事務所の高層化を進めるなど思いきった都市改造に取り組み、公園、緑地の増加や道路の拡張などを図り、これらをテコとして日本列島の改造を進めてまいりたいと考えます。

 以上述べたような国土改造の成否をにぎる鍵は、土地対策にあるといっても過言ではありません。このため、政府としては、国土の合理的な利用をねらった全国の土地利用計画を確立して、人口、産業の大都市への集中を抑制し、これらの地方分散を図ることとしているほか、地価対策についても地価公示制度を飛躍的に拡充し、公的土地評価体系を整備する等の措置を講ずる所存であります。このため、士地の計画的利用と調整を図るための法律や工場法等を立案し、次の通常国会に提出する予定であります。

 日本列島改造事業の前途には、幾多の困難な問題が横たわっており、全国民の英知をもって忍耐強く進めなければその達成は不可能であります。政府としては、日本列島改造問題懇談会等を通じて関係各方面から幅広いご意見を承ることとしておりますか、地方行政を担当される各位の積極的かつ建設的な協力をお願いする次第であります。

  (公害防止および自然保護)

 公害問題は、光化学スモッグやPCB汚染にみられるように、複雑化・広域化の傾向を強めています。また、四日市判決からもわかるように、立地政策の再検討、汚染物質排出量の総量規制の導入など公害対策の拡充が強く要請されるところであります。

 政府は、工場、自動車等に対する公害規制をいっそう強化するとともに、根本的には、環境保全の見地から国土利用の将来のあり方を見定め、工業と人口の再配置を推進するに当たって、環境保全の面からの配慮を十分に行なうとともに、各種の公共事業や地域開発を行なうに当たっても環境面からの事前のチェックを徹底して行ない、汚染の未然防止に努める所存であります。また、公害に係る被害者の救済の実効を期するため、損害賠償を保障する制度の創設を検討していく所存であります。

 美しい国土、豊かな自然を永く子孫に伝えることは、われわれに課せられた責務であり、政府としても自然環境保全の基本方針を定める等総合的な自然保護対策を展開していく所存であります。

  (社会保障)

 七十年代の重要政策課題のひとつは、成長と福祉のギャップに対処して福祉の画期的充実を図ることであり、すべての国民に健康で文化的な生活を保障することであります。このため、社会保障の面で思い切った改善が必要でありますが、とくに当面緊急の課題として、社会的に保護の手を差し延べる必要のある老人や身体障害者、あるいはいわゆる難病に悩む人々に重点をおいて対策を講じてまいります。

 まず、到来する高齢化社会に備えるために、総合的な老人対策は国民が一体となって取り組まなければならない課題であります。とくに老後保障の中心となる年金制度については、昭和四十八年を「年金の年」として、老後を託するに足る年金をめざし画期的な改善に努めてまいるほか、老人医療制度の拡充、老人ホームの整備、在宅老人対策の強化等について積極的に取り組んでまいる所存であります。

 他方、高齢者の雇用については、現在なお一般的に不安定であるので、定年の延長の推進とあわせて高齢退職予定者の再就職促進を強力に進めてまいる所存であります。

 つぎに、次代をになう児童の健全育成や社会的ハンディキャップを負っている身体障害者、心身障害児に対する保護施策、さらにこれらの施策の推進の基礎となる社会福祉施設の整備およびその職員の確保について施策の推進を図ってまいる所存であります。また、原因が不明であり、あるいは治療方法の確立されていないいわゆる難病対策についても、原因の究明、治療研究の推進等に積極的に取り組んでまいります。

 さらに、医療の分野においては、医療需要の量的拡大、医療の質的高度化に対処するため、医療供給体制の整備を促進し、医師および看護婦その他医療関係者の養成確保対策をいっそう充実させてまいりたいと考えております。

 なお、勤労者福祉については、国民が高福祉社会にふさわしい十分な余暇を享受することができるよう、週休二日制の普及促進に積極的に取り組んでまいりたいと思います。

  (物価問題)

 物価の安定は、国民生活の向上にとって不可欠の条件であります。消費者物価の騰勢は、幸い最近やや鈍化の傾向を示しておりますが、政府としては、従来から実施してまいりました低生産性部門の構造改善や輸入政策の積極的活用、競争条件の整備等の施策を一段と強力に推進するほか、とくに近年、流通費用の増大が消費者物価上昇の大きな要因となっているところから、流通機構の改善、合理化を積極的に推進していく所存であります。地域住民と不断に接触しておられる各位におかれましても、これらの対策について特段の協力と努力を期待するものであります。

  (農業対策および中小企業対策)

 日本列島の変化に富んだ自然条件を十分生かして適地・適作を進め、高能率・高生産の農業を展開することが農政の基本であります。このことは、同時に食料品の価格安定にもつながることであり、さらに経済の国際化に対処する方法でもあります。このため、政府は農業基盤の整備を進めるとともに、農業団地の育成、農地の流動化等を積極的に進めてまいりたいと思います。

 また、農村につきましては、その恵まれた自然環境を生かしつつ豊かで近代的な社会として発展できるよう、農業生産基盤と生活基盤の一体的整備を行なう等高福祉農村の建設に努めてまいりたいと考えております。

 次に、内外経済環境の変化はきわめて激しく、中小企業は、日本経済の国際化の進展、過密・公害等環境問題の深刻化、人間尊重社会への志向、産業構造の知識集約化の進展というあらたな環境変化に適時適切に対応するよう強く要請されております。

 このため、政府としては、中小企業がこのような環境変化に円滑に適応していくことができるよう援助するとともに、とくに、一般的に企業体質が弱い小規模企業に対しては、一段ときめ細かく行き届いた配慮をしていく所存であります。

  (教育問題)

 さて、本年は、「学制」が発布されてから百年の歴史を画すまことに意義深い年であります。この間、国民の強い熱意と幾多の先人のたゆまざる努力によって、わが国の教育はめざましい発展を遂げ、国際的にもきわめて高い水準に到達したのでありますが、社会経済の進展とともに教育のになう役割は今後ますます重要なものと思います。

 このため、政府は、中央教育審議会の答申の趣旨をふまえ、広く関係各方面のご意見を十分承りつつ、教育の制度、内容の両面にわたり、総合的かつ長期的な教育改革の推進に当たる決意でありますが、とくに教育の根源である優れた教員の確保、生涯教育の充実、教育、学術、文化の国際交流等に力を注いでまいります。

  (沖縄の振興開発)

 国民の念願久しかった沖縄県の復帰が実現し、本日ここに、沖縄県知事を迎えることができましたことは、まことに慶賀にたえません。

 今後は、沖縄の置かれた特殊事情にかんがみ、自治行政のための基礎的な諸条件を早急に整備し、さらには沖縄の地理的、自然的特性を生かした振興開発を図ることが重要な課題であると考えます。

 また、昭和五十年には、世界最初の海洋をテーマとする沖縄国際海洋博覧会が開催されますが、これは、海洋に係る産業、文化等の各分野において、日本民族の英智と活力を世界に問う絶好の機会であります。この意義ある祭典を成功させるためには、国民各位の創造力を結集して諸般の準備をいっそう急速に進めなければなりません。

 政府は、沖縄の今後の振興開発および沖縄国際海洋博覧会の準備の推進に努力してまいる所存でありますが、各都道府県におかれても、格段の協力をお願いいたします。

  (地方行財政)

 以上申し述べた内政上の諸問題の解決ならびに施策の推進に当たっては、地方行政の積極的な展開が強く要請されますが、地方財政の現状をみると、税収入の動向もいまだ予断を許さない状況にあり、引き続きなお厳しい環境にあります。政府としては、このような地方財政の現状に即してその充実を図るため、住民負担の合理化に配慮しつつ地方税源の充実を図るとともに、地方債の充実等についてもなおいっそうの努力を重ねていく考えであります。

  (外交問題)

 おわりに、外交問題について一言申し上げたいと思います。

 最近の国際政治情勢は、緊張緩和の方向に動き始めております。わが国としては、こうした時代の流れを的確にとらえつつ、世界の平和と繁栄のために積極的に貢献して行かなければなりません。このような観点に立って、国民的関心事となっております日中関係につきましては、目下政府の責任において両国の国交正常化を実現するため準備を急いでいるところであります。また、日ソ関係につきましても、多年の懸案である北方領土問題の解決のために、国民の支持を背景として粘り強く交渉を続けてまいりたいと考えております。

 また、わが国にとって米国との友好関係の維持がきわめて重要なことは申すまでもなく、国際関係がいかに多極化したとはいえ、この事実はいささかも変わるものではないと信じます。先般のホノルルにおけるニクソン大統領との会談では相互にきたんのない意見の交換を行ない、米国との関係を地固めするために、たいへん有意義であったと考えている次第であります。

 なお、わが国をめぐる国際経済環境は貿易上の摩擦が発生する等厳しさを増しておりますが、今後とも、わが国は、貿易立国の立場を貫き、保護主義の台頭を防ぎ、世界貿易の自由な拡大を推進して行かなければなりません。そのためには、自らも輸入の自由化、関税率の引下げ等を率先して実施するとともに、開発途上国への経済援助の拡充や国際収支赤字国への協力等、日本経済の成長が世界経済の拡大、発展に寄与する仕組みをつくり、これを世界に実証する努力を積み重ねる必要があります。その意味でも今後とも対外均衡の回復、維持に十分配慮した経済運営を進めてまいる所存であります。

 以上内政外交上の諸問題について所信の一端を申し述べましたが、これらはいずれも地方行政を担当される各位の協力を得て、はじめてその効果を発揮できるものであります。

 各位におかれましても地方行財政の効率的、積極的な運営を通じて住民福祉の向上と地方自治の進展を図られるよう格段の創意工夫をお願いする次第であります。