[文書名] 日本列島改造問題懇談会における田中内閣総理大臣挨拶
日本列島改造問題懇談会の第三回会合にあたり、国土改造をめぐる諸問題について、所信を申しのべたいと存じます。
(一、総選挙後の新しい政局を担当する抱負と決意)
今回行なわれた総選挙をつうじ、いわゆる日本列島の改造問題は、今後の内政のもっとも重要な課題として、国民各位のあいだに大きな関心と議論を呼び起こしました。私はそのなかで、過密と過疎の同時解消をはかり、住みよく暮らしよい地域社会の建設を呼びかけた私の基本構想が、その大筋において国民各位の理解と賛成をえたものと確信いたしました。同時に、国民の多くか列島改造の前提条件として、地価値上がりの防止、公害の防除、生活環境の改善、物価の安定などについて、有効、かつ適切な政策の実施を求めていることを痛感いたしました。
私は、このような基本的な認識にたって、国土改造政策を総合的、計画的に進めてゆく決意であります。
(二、国土改造政策を推進するにあたっての基本的態度)
この場合、私は、第一に国土改造を国土利用の再編成、施設の充実という物的な側面だけでなく、人びとが落ち着きとうるおいをもち、豊かで健康に暮らせるように配慮することが必要であると考えます。
第二に、老人や難病に苦しむ人びとのため社会保障を思い切って充実し、また民間の設備投資や輸出に偏っていた資源配分を改め、国民生活に直接、結びつく社会資本や公害防除の投資をできるだけ高めて、高度福祉社会の実現をめざします。
第三に、物価の安定をはかるため、適切な需給対策のもとで、流通部門の改善、生産性の低い農業・中小企業の合理化と近代化をすすめ、輸入政策をいっそう活用してまいります。なお最近、卸売物価の高騰がみのがせない問題になっておりますので、必要に応じ、出荷、輸入の促進などの措置を果断に実施する考えであります。
第四は、国際社会との協調、融和を促進するため、当面する国際収支問題について、この三年以内に基礎的収支の均衡を達成することをめざして、今後も総合的な対外経済政策を実施いたします。
こうした課題を解決するためには、わが国の経済社会の長期的な発展の方向を、これまでの成長追求型から、経済成長の成果を国民福祉の向上に役立ててゆく成長活用型へと大きく転換していくことが必要であります。このような観点から、わが国の産業構造の知識集約化と、社会的な責任を自覚した新しい合理的な企業活動が追求されなければなりません。また、農林漁業においても、国民にたいする食糧の安定的な供給の確保にあわせて、緑や海の保全といった面からの配慮が必要であります。さらに、財政主導型の経済運営をはかる見地から、財政の長期的かつ計画的な運営を検討するとともに、税制についても、その有効な活用をはかっていかなければなりません。
このようなわが国経済社会の長期的な発展の方向と、そのための政策体系は、近く決定される新しい長期経済計画において明らかにしてまいります。また、とくに緊急を要する施策については、昭和四十八年度予算に盛りこみ、あるいは次の国会に関係法律案を提案するため準備を進めているところであります。
(三、国土改造の方向)
以上のような基本的な態度のもとに、わが国の当面する諸問題を解決し、福祉志向型の経済社会の実現をはかるためには、これまでの偏った国土の利用を改め、国土の改造を強力に進めることが必要であります。
具体的には生活環境施設を中心とする社会資本投資の拡充、農林水産業や中小企業の近代化、教育環境の整備などを含めた総合的な施策を推進するとともに、環境の保全に万全の配慮をしながら、交通・通信ネットワークの整備、工業の全国的な再配置、地方中核都市の育成など三大施策を強力に実施することが重要であります。
このような国土の改造政策の実施にあたって、緊急の課題は土地対策と環境保全対策であります。
土地対策については、委員の皆様から多数のご意見をいただいておりますが、まず第一に、全国的な土地利用基本計画を策定し、さらに土地取引の届出制、開発行為の規制などをはかるため、国土総合開発法等の改正を命じております。また、これとあわせて、土地保有課税の強化、法人の土地譲渡益にたいする重い課税などの税制上の措置については、税制調査会の意見を十分に見きわめたうえで、結論をだしてまいります。さらに、投機的な土地の取得にかかる融資の抑制措置、また、公的な用地取得の促進措置についても結論を急いでいるところであります。
次に国土改造にあたって、わが国の豊かな自然環境を守り、国土全体を保全して、快適な生活環境をつくることは、国民に健康で住みよい地域社会をもたらすだけでなく、私たちの子孫に引き継いでいくためにも重要であります。このためにできるだけ早く環境資源の保全に関する長期的な計画を策定し、これを国土改造のための政策に反映させてまいりたいと考えております。
また、汚染物質の減少をはかるため、環境基準をきびしく改めるとともに、排出規制を強化する一環として総量規制などの導入につとめてまいります。もちろん、これらの規制強化に対応するためには、環境を保全する技術の開発が緊急の命題であります。私はとくに、無公害コンビナート技術の開発には最重点を置く考えであります。また、現代社会における広範な環境問題に対処して、実効性のある研究開発を助長し、育成するため、シンクタンクの機能をもった特別機関を設立いたしたいと考えております。
(四、国土改造の基本的施策)
次に、国土改造政策の中心となる三大施策について申しのべます。
第一は、交通・通信ネットワークの整備であります。
私はまず外国との輸送需要の増大に対処して、国際空港や国際港湾の整備、あるいは活用を積極的に推進してまいります。また、国内交通につきましては、昭和六十年までに、新幹線鉄道約七千キロメートル、高速自動車道約一万キロメートルを目標にして建設を進め、国鉄在来線の強化などとあわせ、陸海空にわたる全国的な交通ネットワークの整備と、新しい総合的な交通システムの確立をはかってまいります。なお、これらの整備にあたっては、騒音対策、施設のまわりの緑化対策などの環境保全対策にも万全を期してまいります。
一方、全国的な情報通信量の増大に対処して、郵便サービスの拡充や電話の普及率を大幅に高めるとともに、最新の技術を導入した高度な全国ネットワークの形成、電話料金制度の合理化をはかることといたします。
第二は、工業の全国的な再配置であります。
まず、その基本となる工業再配置計画をできるだけ早く策定し、雇用問題に留意しながら、再配置の目標を明らかにいたします。また、この施策の推進にあたって多くの国民から環境問題について不安があり、危険を指摘されていることも私は十分に承知しております。したがって、こうした不安をとりのぞくため、過密地域における公害発生源の総点検を行ない、住民の健康や生活環境に悪い影響がでてこないようなきびしい環境水準を確保することに全力をつくす所存であります。そのうえで、自然環境と調和した工場建設のために、工場内の生産施設用地の比率を一定の割合以内にととめたインダストリアルパークの実現と、コンビナートの公害防止をはかるため、「工場立地法(仮称)」を次期国会に提案いたしたいと考えております。
第三は、地方中核都市の整備と育成であります。
過密と過疎の弊害を同時に解消し、地域住民の福祉の向上をはかるためには、地方に、健康で、明るく、豊かな地域社会を積極的につくりだす必要があります。このため、地方都市の育成については、工業の再配置を進めるだけでなく、住民に役立つ教育や文化、福祉なだの機能をあわせもった魅力ある地方都市の整備、育成をはかることが肝要であります。
さらに、拠点的な機能をもった地方都市の育成にとどまるだけでなく、国民生活の身のまわりを整備し、国民の新しい生活パターンの変化に即応したナショナルミニマムを確立する必要があります。このため、新たに生活環境施設整備計画を策定し、市町村の生活環境施設の整備を促進いたします。
なお、大都市につきましては、人口の過度集中をさけ、森林や公園などの緑をふやし、快適な市民生活とともに、災害対策にも十分に配慮した再開発を進めてまいります。
次に三大施策に関連した問題として、教育、農林水産業、水資源、電源立地問題に関して申しのべます。
第一は、高等教育・文化機関の全国的な適正配置についてであります。
高等教育・文化機関の大都市への集中は、産業や、人口の過度集中とあいまって、国土利用や人的資源が大都市に偏在する原因となっております。これは教育全般の環境を悪くさせているだけでなく、地方に人材が還流しない大きな障害となっていることと無関係ではありません。このため、大都市にある高等教育・文化機関の地方分散をはかるとともに、自然環境に恵まれた地域に新しい学園を建設するなど、全国的な適正配置を進めてまいりたいと考えます。
第二は、農林水産業対策についてであります。
これからの農林水産業については、国民にたいして食糧を安定して供給する役割だけでなく、これらの産業が国土の保全や自然環境を守り、育てていく役割を持っていることを評価する必要があります。
農産物需給の長期的な見通しのもとに、生産目標を明確にし、これに必要な優良農地を確保しながら、土地利用の全般的、かつ計画的な調整をはかっていかなければなりません。さらに土地改良のための長期計画を新しく策定し、農業生産の基盤整備などをはかり、生産性の向上につとめてまいります。また、農村の生産と生活を一体とした環境づくりのため、農村環境総合整備対策を進めてまいる所存であります。
林業については、森林の公益的な機能と木材生産の経済的な機能との調整をはかり、また、水産業については、資源の培養と、海洋環境の保全をはかるための施策を進めてまいりたいと考えております。
第三は、水資源対策についてであります。
大都市圏を中心とする水需給のひっ迫は社会的にもみのがしえない問題であります。昭和六十年までの新しい水需要は約四百億立方メートルと推算されておりますが、この新規需要に対処するため、水資源を開発する施設の建設を積極的に進めなければなりません。その際、水源地域については、総合的な開発計画のもとに強力に水源地域対策を進めていく所存であります。
第四は、電源立地対策についてであります。
昭和六十年には約二億二千万キロワット、ないし二億四千万キロワツトの電力供給設備が必要となります。四十六年度末の供給設備は六千六百万キロワットですから、昭和六十年までに、いまの設備の二・五倍前後の開発が必要となるわけであります。
こうした電力需給のひっ迫からみて、公害対策に万全を期し、さらに地元の意向を十分にくみとりながら電源開発の立地について特別の措置を講じてまいる所存であります。
(五、国土改造推進のための体制整備)
こうした国土の改造政策は、近く策定される新しい長期経済計画と新全国総合開発計画の総点検の中間報告などにもとづいて、すみやかな実行に着行いたします。
一方、長期的には、現行の国土総合開発法を全面的に改正し、新しい法律にもとづいて、西暦二〇〇〇年までを展望した長期にわたる国土改造の構想をまとめ、それにそって昭和五十年度を初年度とする国士改造十ヵ年計画を策定することといたします。この新しい計画は、人口、資源、食糧などの長期にわたる展望のうえに、美しい自然と人間性豊かな高度福祉社会の建設プログラムを明らかにするものであります。
つぎに、開発行政に関する機構について申し述べます。
現在、開発行政を所管し、開発行政に関係する省庁は、きわめて多岐にわたっております。これは、開発行政が内政全般に及ぶきわめて広範な政策分野であることを物語っておるわけであります。しかし、国土改造を強力に推進していくためには、十分な企画調整能力をもった総合的な行政機構がどうしても必要であり、たとえば国土総合開発庁というような機構の新設を行ないたいと考えております。その準備などを行なうため、本日、国土総合開発推進本部を内閣に設置いたしました。
最後に一言いたします。委員各位におかれては、この懇談会がスタートしていらい、まことに積極的なご協力を賜わり感謝に堪えません。とりわけ、文書により再三にわたって貴重なご意見をお示しいただいたことにつきましては、衷心より厚くお礼を申しあげる次第であります。申すまでもなく、国土改造は民族百年の大計であり、大事業であります。これは一政府、一政党の力だけではなく、与野党はじめ在野の英知を結集し、国民の総力を傾けてこそ、はじめて実現できる難事業であります。私は今後ともこの大いなる仕事に微力をいたす決意でありますが、こんごとも皆さま方の特段のご理解とお力添えを賜わりますようお願い申しあげて、私のご挨拶といたします。