データベース「世界と日本」(代表:田中明彦)
日本政治・国際関係データベース
政策研究大学院大学・東京大学東洋文化研究所

[文書名] 在ロンドン・プレス協会主催午餐会における田中角栄内閣総理大臣演説(欧州との新しいパートナーシップ )

[場所] ロンドン・プレス協会
[年月日] 1973年10月2日
[出典] 外交青書18号,32ー36頁.
[備考] 
[全文]

イングラム会長,ブラトナー会長,御列席の皆様

 このたび伝統ある在ロンドン・プレス協会の午餐会にお招きいただき,会員の皆様にお話しできることは,私の喜びであり,また,光栄とするところであります。

 ちようど一年前,ヒース首相がはじめて英国の首相として訪日され,日英交流は大きく前進いたしました。今回は,私がヒース首相の好意ある御招待により,20年振りになつかしい英国を訪問いたしましたが,まことに,感慨無量であります。

 私は,ロンドン到着以来,英国官民の心暖まるおもてなしに深く感謝しております。同時にこの国の整つた市街と緑おりなす山野の美しさにあらためて驚嘆しております。高度工業社会において,これだけ見事に自然と人工とが調和しているのは,この国の人達の伝統的英知によるものと考えます。

 日本は,かつて英国をはじめとする西欧諸国から制度,文物をとり入れ,これに国民の勤勉と創意を加えて成長してまいりました。私どもにとつて西欧諸国は,古き良き師であり友人であつたのであります。こうした西欧との関係は,一時期相対的に稀薄になりましたが,日欧双方とも再び相互の存在価値を見直しつつ,グローバルな課題にとり組んでゆくべきときを迎えているのではないかと考えます。私は,今回の訪欧が日欧関係の転換点となることを希望しております。私は,わが国が「古き友人との新しいパートナーシップ」の確立を求めていることを皆様に訴えたいのであります。

 第2次大戦後,すでに四半世紀余の歳月が過ぎました。その間,国際政治は,力による対立の時代を経て,多極化と平和共存の段階へ移行してきました。人類の英知は,明らかに,力による対決の不毛を悟りつつあります。われわれは,力の抑止による均衡以外に,軍備の縮小・管理,政治,経済,文化面での幅広い国際協力の強化により,真に永続する平和を創造してゆかねばなりません。

 私は,1年前,毛沢東主席,周恩来首相と会談して,アジアの平和に暗影を投げかけていた日本と中国との不正常な関係に終止符を打ち,両国間の親善友好関係の基盤を固めました。また,近く訪ソしてブレジネフ書記長と会談し,日ソ関係の改善をはかりたいと念願しております。他方,日本と米国は,政治,経済,社会,文化の各分野において深い関係をもつておりますが,この1年来両国間に存在した経済的摩擦を取り除くことに成功し,いまや日米間の伝統的友好関係は一層強固なものになつております。アジアにおいて,米国,中国,ソ連にとりかこまれた日本は,今後ともアジアにおける平和的な安定勢力としての役割を力強くになつていく決意であります。

 ガットとIMFの体制に支えられて,史上かつてみない拡大と発展を記録することのできた世界経済も,いま,通商,通貨,インフレーション,エネルギー・資源,食糧,環境,開発協力などの分野において解決を必要とする問題に直面しております。これらは,われわれにとつて共通の関心事でありますが,いずれも世界的規模の難事業であります。

 第2次大戦後の世界の歩みに,主導的な役割を果してきたのは,アメリカでありました。しかし,いまや,欧州や日本は,重要な経済単位として,世界の繁栄の動向を左右する新たな極となりつつあります。これらの難問題は,世界の主要な経済単位の相互協力なくしては解決できないのであります。とりわけ日欧米三者の密接な協力を必要としております。こうした文脈のなかで,去る9月14日,ガット閣僚会議において,新国際ラウンドの開始をつげる東京宣言が採択され,通貨改革と並行して通商の側面から国際経済の新しい体制づくりに向つて画期的な一歩を踏みだしたことは,歴史的にも重要な意義をもつものであります。永続する平和の構造を築くためには,日欧米の三先進工業地域が相互の利益,相互の約束,および全般的な相互主義の原則に基づき,普遍的,開放的な経済秩序を建設してゆくことが必要であります。

 1950年5月9日,当時フランス外相であつたロベール・シューマンは,ライン・ルーフとアルザス・ロレーヌ間の無用な競争を物理的にも不可能とするため,「西ドイツ,フランスの生産するすべての石炭と鉄鋼を共同管理機関のもとにおき,この機関は他の欧州諸国も加盟できるものとする」という提案を行ないました。この提案から2年後の52年にECSCが誕生し,その精神が発展してEECとなり,次いで拡大ECの形成となつたのであります。この歴史的発展の推移をみるとき,巨大な経済単位である欧州は,世界経済の拡大発展と繁栄の維持のためにも,世界に向つて開かれた経済社会を形成してゆくことが期待されております。

 今日,主要工業国の一員となつた日本も,たんに平和の享受者にとどまることなく,平和の創造と世界経済秩序の再建に,すすんで参画し,その責務を果すべきものと考えます。第2次大戦後,日本は,復興経済から高度成長経済へ,さらに国際経済へと3段とびをなしとげる過程で,ひたすら歩んできた成長の延長線上にめざす果実があるものと信じ,1日も早くそれに到達しようと努めてきました。そうした過程でわが国産業の国際競争力と生産力は飛躍的に伸長し,労働者の時間あたり賃金も1ポンド弱になり,欧州諸国の水準に達したのであります。しかし,日本の国土面積は,37万平方キロメートルで,イタリーよりもやや広いのでありますが,その国土のわずか1パーセントの地域に,フランスの総人口をやや下回る数の人間が集中するに至りました。この結果,巨大都市は,過密のルツボで病み,公害,住宅,ごみ処理,物価などの問題が発生しており,半面,農山村は,若者が減つて,成長のエネルギーを失なおうとしております。他方,所得水準の上昇にともない国民の求める豊かさの質も,フローの豊かさからストックの豊かさへ,物質的豊かさから心の豊かさへと,多様化し,かつ高度化しつつあります。こうした情勢に対処して,私は,生産第一,輸出優先から生活優先,福祉充実へと政策の重点を切りかえ,うるおいのある生活空間と多彩な余暇空間を積極的に創造することを内政の最大目標として,日本列島改造を提唱しております。

 このように国内経済を充実させ,国民の福祉を増進させてゆくことは,世界とくに欧州の商品,資本および技術に対し,人口1億の将来性にとんだ巨大な市場を提供することを意味するのであります。しかも私は,わが国経済の一層の開放化と自由化を指向する一連の措置を強力に推進しております。この結果,わが国の輸入は激増し,本年上半期の輸入は,前年同期よりも52パーセントも増加いたしました。国際収支の不均衡は,予想を上廻るテンポで是正が進み,2月末190億ドルに達した外貨準備も,9月末には150億ドルを割つたのであります。わが国は,今後とも,世界に向つて開かれた経済社会を形成し拡大を続ける市場を提供することにより,積極的に世界貿易の拡大,とくに日欧貿易の拡大均衡に貢献してまいりたいと考えます。

 飜つて,日,欧関係をみますと,日米,欧米の濃密な関係に比べて,不吊り合いな程に疎遠であります。日欧間の経済交流は,マージナルな規模でしかなく,日欧貿易量は,日本および欧州の貿易量のそれぞれ10パーセントおよび3パーセントにすぎないのであります。また,日本と欧州との関係は,歴史的に長いのでありますが,開けゆく日欧関係の要請をみたし得ないコミュニケーション・ギャップが存在するのであります。日本の近代化は,欧州先進国の制度,文物を学ぶことによつて達成され,たしかに個々の日本人の心の中には古き良き欧州のイメージが定着しております。それだけに日本人は,古くからの知識に安住して躍進する欧州の現実の姿に目を向けることが少なかつたと言えましよう。他方,欧州人の日本に関する判断は,過去につくられたイメージの上に構築されているきらいがあり,また日本に関する知識は一握りの知日家の手に委ねられ,広い国民的基盤による交流は限られているのであります。72年に英,仏,独の3国から日本を訪れた旅行者は,7万1千人にとどまつており,日本からこれら3国への旅行者も12万7千人にすぎません。たしかに,両者は,文化,歴史の背景を歴然と異にし,言語の障壁もこえがたいものがあります。しかしながら,お互いが,共通の目的をもつて理解に努め,努力をおしまないならば,その相違を克服できないはずはありません。このためにこそ,ひとり首脳同士だけではなく,政府,言論人,民間経済人,学者など国民各層において間断なき,かつダイナミックな対話を行なう必要があります。私は,このような見地から,英国に対しては,英国の大学における日本研究を促進するためのささやかな貢献として,国際交流基金を通じて,3億円に相当する基金の贈与を行ないたいと考えます。

 日英貿易関係は,英国政府のめざましい努力及び業界間の交流によつて最近徐々にではありますが改善の方向に向つております。ここ1〜2年における日英両国政府首脳間の交流は,目を見張るものがあります。また,先般東京に英国トレード・センターが開設され,ケント公御夫妻が開所式に臨まれたことは英側の対日輸出努力を盛り上げる上で非常に印象的でありました。

 日英両国の接触は,遠く永録7年の英国船の来航,慶長5年のウイリアム・アダムスの渡来にまでさかのぼるのであります。この絆は,最近,ヒース首相の来日を契機として目に見えて強化されつつあります。

 今後,日本,欧州は,相互の交流,協力関係を,量,質ともに拡大するとともに,もてる経済力,技術力を開発途上国に対する経済協力に投入し,本当に役に立つ援助を誠実に,かつきめ細かく実行することが必要であります。そして,われわれは,公正で合理的な国際分業の再編成を求める開発途上国の声に耳を傾け,互恵平等,自他ともに繁栄できる道をさぐりながら,これら諸国の追加的利益の確保に協力していかねばなりません。

 歴史家アーノルド・トインビー博士の言をまつまでもなく,今日,われわれは,祖国に対する忠誠心と人類に対する新たな忠誠心の二つをあわせもつことが必要であります。地球的規模での環境汚染の拡大,エネルギー・資源の枯渇化の懸念など,人類社会に生起しつつある重要問題は,いずれも「自分さえよければ・・・・・・」という利己的な態度では決して解決できないのであります。環境問題を克服するためには,大気や水が世界の共有物であり,それを汚すことは人類の危機につながるとの認識が必要であります。また資源問題も,狭いナショナリズムにとらわれず,資源の効率的活用と公平な分配をめざして協力し協調してゆかねばならないと思います。このような全人類の連帯意識は,一朝一夕には生まれるものではありませんが,いま大切なのは,そのためのあらゆる努力であります。日欧米は,国際社会におけるそれぞれの地位と責務を自覚して,21世紀に向う人類社会の前進のために,そしてまた,国際社会の協調と融和のために,先駆的かつ主導的役割を果してゆく必要があると思います。私は,これこそ多極世界における日欧の新しい役割であると信じて疑いません。

 御静聴有難うございました。