[文書名] リー・クァン・ユー・シンガポール首相主催晩餐会における田中角栄内閣総理大臣スピーチ
リー・クァン・ユー総理閣下,令夫人並びに御列席の皆様。
この度リー総理の御招待を受け,念願のシンガポールを訪れることができましたことは私の深く喜びとするところであります。本夕はかくも盛大な晩餐会を催し頂き,深く感謝しております。
本日,「ガーデン・シティ」の名のとおり,緑の多い清潔な街並みと,繁栄しているシンガポールを眼のあたりにし,豊かな環境の中にダイナミックに躍進しつつあるその姿に深く感銘を受けました。
リー総理は,1959年に35才の若さで衆望を担つて首相に就任され,以来15年間シンガポールの工業開発,国民の生活水準の向上に尽され,今日の如き繁栄をもたらされましたことは誠に敬服にたえません。
シンガポール政府がジュロン地区に造られた日本庭園「星和園」は,外国における日本庭園として最大のものであり,その池には,奇しくも私の郷里の新潟から送られてきた5千匹の錦鯉が育まれていると聞いております。これらの錦鯉は,シンガポールの鯉の専門家の御世話により,シンガポールの気候風土によくなじみ,日本におけるよりも早く,立派に成長し,今日では日本庭園を訪れるお客の目を楽しませているとのことであります。この日本庭園が,東南アジアでは最大の規模と活況をほこるジュロン工業団地内に造られていることは,自然と工業開発とを巧みに調和しようとしておられるシンガポール政府の御努力の証左であり,敬意を表します。
私が今般貴国政府の御招待をうけ,貴国を訪問しましたのは,貴国民とわが国民との間に,平和と繁栄を分ち合う良き隣人同志の関係を一層育成強化したいとのわが国の熱望を自ら総理にお伝えしたいと念願したためであります。
シンガポールとわが国は,工業化を通じ国民の福祉増進を図ることを基本とし,また,共に経済の存立を貿易に依存するという面で共通の基盤に立つています。従つて,日・シ関係は,良きパートナーとして今後とも協力と発展が大いに期待しうると信じて疑いません。
しかしながら,今日の世界は単に二国間の友好関係の増進を希求するだけでは済まされない程に,他の地域で生ずる事柄が,直ちに広く世界各国に影響を及ぼす実情にあります。例えば,中東紛争の未解決と第四次中東戦争に端を発した世界的な石油危機は貴国と日本のみならず,アジア諸国全体の経済活動に大きな影響を及ぼしつつあり,わが国としても世界の平和と繁栄のために一刻も早く公正且つ恒久的な解決が中東紛争にもたらされることを希求しております。
このような困難な時期に高邁な英知と識見,そして深い洞察力を有しておられるリー総理と再度会談の機会を得て,世界およびアジアが現在直面する多くの問題について率直かつ忌憚のない意見の交換を行なうことが出来ましたことは,私にとつて極めて有益でありました。
私は,日シ両国間のあらゆる分野,あらゆるレベルでの交流がますます増進されるべきであると確信しております。特に,次の世代を担う青年の間に相互理解を深めることは望ましく,また必要なことであると思います。わが国は,この様な目的でこれまで「青年の船」を度々貴国に派遣し,貴国民の歓待を受けております。私は,この計画を更に発展させ,貴国はじめ東南アジアおよび日本の青少年が親しく交歓することを目的とした「東南アジア青年の船」の計画をリー総理にもおはかりし,同総理の御賛同を得ました。次の世代を担う青年が同じ船の上で語り合い,また,起居を共にしながら友情と相互理解を深めることにより,相互の信頼と協力の精神を養う機会を提供し,われわれ世代の次の世代へのささやかな贈物としたいと考える次第であります。
今日の私の貴国訪問は甚だ短時間ではありますが,私はリー総理をはじめ皆様方との率直な対話を通じ,すでに日・シ両国間に存在している緊密な友好関係を一層深めることができるものと信じて疑いません。
この挨拶を終えるにあたり,私は各位と共に杯をあげてリー総理閣下御夫妻の御健康と御幸福を祈念し,シンガポール国民のひきつづいての繁栄と幸福のために乾杯したいと存じます。