データベース「世界と日本」(代表:田中明彦)
日本政治・国際関係データベース
政策研究大学院大学・東京大学東洋文化研究所

[文書名] 全国都道府県知事会議における田中内閣総理大臣説示

[場所] 
[年月日] 1974年10月16日
[出典] 田中内閣総理大臣演説集,541−551頁.
[備考] 
[全文]

 全国都道府県知事会議の開催に当たり、所信の一端を申し述べ、各位の御理解と御協力をいただくとともに、きたんのない御意見を聴取し、国、地方を通じて緊密な連けいのもとに、行政の一層の進展を図ってまいりたいと存じます。

 我が国は、長期にわたり、めざましい経済成長を遂げ、国民生活は年々顕著な向上を続けてまいりました。これはひとえに国民のたゆまぬ努力の賜であります。しかし、同時に、この間における国際情勢など四囲の環境が我が国に比較的有利に展開したこともみのがすことはできません。最近の国際経済情勢は、資源・エネルギー、食糧問題を契機として不安と動揺を続けており、多くの国が物価の高騰、経済成長の落ち込み、国際収支の悪化等の問題に直面しております。しかも今日のごとく、これらの問題が相互に密接に関連し、各国間の経済交流が緊密になっている状況下にあっては、一国のみで有効に対処しうる余地は限られており、国際的な協調は、不可欠の要件であります。我が国のように、資源に乏しく、その大部分を海外からの供給に仰がなければならない国にとっては、特に然りであります。そのためにも短期的な利益のみにとらわれることなく、各国との協力と連帯の下に、長期的な視野に立って、政治的にも経済的にも新しい秩序を創り出していく努力を怠ることはできません。

 私は、先般のメキシコ、ブラジル、アメリカ合衆国及びカナダに引き続き、今月末からさらにニュージーランド、オーストラリア及びビルマの訪問を予定しております。これら諸国首脳との会談を通じて、相互理解と友好関係を一層増進させることにより、我が国外交の地平をひろげ、国際社会の中での我が国の発展と方向とその果たすべき役割を見究めたいと考えております。

(物価の安定)

 物価の安定は、最も緊要な政治課題であります。世界各国もまた物価抑制を最大の政治課題とし、全力を挙げて、この間題と取り組んでおります。

 今日、各国が当面している物価問題は、さきに述べたように、石油、食糧、オイル・マネー等の国際的諸問題と複雑に絡み合っており、その解決が容易でないことも事実であります。各国においては、財政金融の引締めはもとより、増税、物価・賃金の統制等各般の政策手段が講ぜられたところでありますが、なお有効な決め手にはなっていない状況であります。

 我が国は、昨年来、財政金融政策を中心とする総需要抑制策を堅持するとともに、石油価格の上昇に伴う関連物資の価格上昇を合理的な範囲に抑えるよう、個別物資対策についても、地方公共団体の御協力のもとに、きめ細かな措置を実施してまいりました。特に、石油関係二法の施行について格段の御協力をいただきましたことを多とするものであります。

 引締め政策が浸透し、需給の緩和が進むに伴い、物価の勝勢には鎮静化の傾向がみられ、総じて落ち着きを取り戻しつつあります。しかし、資源・エネルギー価格の上昇に加えて、さきの春季賃金交渉による大幅な賃金上昇などコスト面からの物価上昇に対する圧力は依然根強いものがあります。我が国経済を正常な安定路線に乗せるには、この際、インフレ・マインドを払しょくするなど、さらに一層の努力が必要であります。

 このため政府は、中小企業等に対してきめ細かな配慮を加えつつ、総需要抑制の基調は今後ともこれを堅持してまいります。また流通合理化、低生産性部門の構造改善等長期的観点に立った総合的な政策を引き続き展開していく考えであります。

 各都道府県におかれましても、物価安定対策の実施について、今後とも特段の御協力と御努力をお願いいたします。

 今年の春季賃金交渉により三〇パーセントを超える大幅賃上げが行われましたが、これが物価に対してかなりの上昇圧力となっているものと考えられ、今後物価上昇が、さらに賃金上昇を呼ぶ悪循環が憂慮されるのであります。このような事態を回避するためには、賃金と国民経済の調和を図る必要があります。政府はこの点についても十分検討を進め、その在り方について、国民的コンセンサスの形成に努めてまいりたいと考えております。

 なお、この際、公共料金問題について一言しておきたいと思います。

 この十月から、国鉄、都営、民営を含む地下鉄、バス等の交通料金、消費者米価等の引上げが行われました。

 政府としては、従来から公共料金を極力抑制しており、国鉄運賃、米価についても、すでに相当期間改訂の実施を引き延ばしてきたところであります。しかし、公共料金といえども、いつまでも低い水準に据え置くことは、問題の解決をいたずらに先に延ばし、かえって大幅な価格改訂を余儀なくきれることにもなりかねません。公共料金のうち、特に公共性の高い国鉄運賃、米価等については、現に相当の財政負担を行い、あるいは生活保護世帯等に対する所要の措置を講じたところであり、合理的な範囲の受益者負担増を求めざるを得ないことについて御理解願いたいのであります。

 しかしながら、今回の公共料金の引上げが、いわゆる便乗値上げ等を引き起こすことのないよう十分配慮してまいることはもらろん、今後とも、公共料金の引上げについては、可能な限り抑制的に対処する考えであります。

(資源・エネルギー対策)

 世界の資源・エネルギー供給情勢は中長期的には誠に厳しいものがあります。資源・エネルギーの大部分を海外に依存している我が国にとって、その長期かつ安定的確保は最も緊要な国家的課題であります。政府としては、その入手方法の多様化、供給地域の分散化、資源の共同開発を積極的に推進するほか、備蓄増強のための諸施策も強化・拡充してまいります。

 将来のエネルギー供給の担い手として、原子力発電の重要性は極めて大きなものがあります。政府としては原子炉をはじめ原子力施設の安全研究の一層の強化、安全審査体制の拡充、廃棄物処理処分体制の確立等により万全の安全対策を講じ、安全性に関する国民の不安感を払しょくしつつ、国民の理解と協力のもとに原子力発電を中心とする原子力開発利用を推進してまいる所存であります。このたびの原子力船「むつ」の放射線漏れの問題は、誠に遺憾な出来事でありますが、政府は原因を徹底的に究明し、周到かつ抜本的な対策を講じて、今後の円滑な開発体制を確立してまいる決意であります。

 なお、太陽エネルギー等豊富で無公害の新エネルギーの利用技術の研究開発についても引き続き推進を図ってまいります。

 一方、資源・エネルギーの確保と並んで我が国経済・社会の体質を資源多消費型から省資源型へ根本的な転換を図っていく必要があります。政府は、先般内閣に「資源とエネルギーを大切にする運動本部」を設置するとともに、当面の省資源・省エネルギー対策の主要項目及びその実施細目を決定いたしました。これに基づき、石油緊急事態を契機として、国民の間に高まりつつある「節約」の気運を基盤として、産業活動及び国民生活の各般において息の長い省資源・省エネルギーのための諸施策を強力に推進してまいります。

 各都道府県におかれましても、省資源・省エネルギー対策の重要性にかんがみ、自ら資源・エネルギーの節約を図るとともに、節約の必要性に関する広報活動を積極的に展開するなど、その推進に努められるようお願いします。

(長期経済計画)

 当面する我が国経済社会の諸問題を克服し、高福祉社会の建設を図るためには、我が国の長期の発展方向を示す指針が必要であります。政府は、今後の経済運営の進路を明らかにするため、福祉社会の具体的内容、国際経済環境の動向等に関して総合的な検討を行い、昭和六十年展望の新しい長期経済計画を策定する考えであります。この新計画は国際経済社会との調和を図りつつ国民生活の質的充実と社会的公正の確保及び環境の保全を日指して均衡のとれた経済社会の発展を図ることをその基本とするものにしたいと考えております。

(新しい国士政策の展開)

 限りある国土の中で一億一千万人を超える国民が、将来にわたって物心ともに豊かで安定した生活を享受していくためには、土地問題の早急な解決を図るとともに、長期的展望に立って、過密・過疎問題を是正し、国土利用の抜本的再編成を進め、日本民族の新しいふるさとをつくり出すことが不可欠であります。このため、政府は、去る六月国土庁を発足させ、総合的土地対策の確立を図るほか、水資源対策の推進、大都市圏問題の解決、地方振興、災害対策の推進等に最大限の努力を重ね、新しい国土政策を展開していくこととしております。

 また、土地、水、エネルギー、人口などの長期展望のうえに立った新しい国土の発展方向を示す指針とするため、長期経済計画と併行して国土改造の十カ年計画の策定に着手いたします。この計画においては美しい自然に恵まれ、人間性豊かな高福祉社会、新しいふるさとを都市、農村を通じて建設していくプログラムを明らかにする予定であります。またこの計画と相まって、「国土利用計画法」に基づく国土利用の全国計画を作成してまいります。各部道府県におかれても、それぞれの地域の長期計画を策定されることと思いますが、政府としては、国と各地城の計画が相互にフィード・バックしながら作成されることが極めて重要であると考えており、相互の意見交換が十分行われるよう配慮いたしたいと考えております。

 現下の土地取引、地価の動向をみますと、金融引締め、土地税制の改善等の総合的な施策の効果の浸透とともに、昨年秋以降鎮静化しており、この傾向を今後も長期的に持続させていくことが必要であります。政府は、「国土利用計画法」制定の経緯を十分に尊重し、地方公共団体等の意向をも参酌しつつ、同法の的確かつ積極的な運用を図るような格段の努力をしてまいります。また、土地税制の改善、金融上の措置、公的宅地供給の促進等を含めて総合的な土地対策を推進し、一層の実効を期してまいる考えであります。

(環境及び安全対策)

 美しい国土を守り、豊かな自然を育て長く後代に伝えることは、我々の責務であります。政府は各種の公共事業や地域開発施策が自然環境を破壊し、新たな公害の発生をもたらすことのないよう、これらの実施に当たっては、その環境に及ぼす影響や防止策を事前に十分審査する環境影響評価の実施を一層促進する考えであります。自然環境の保護については、昨年自然環境保全基本方針を策定したところであり、今後、これにのっとり総合的施策を展開してまいります。

 また、公害のない快適な生活環境を確保するため、現行の環境基準、排出規制を強化、拡充し、総量規制方式の実施を急ぐこととしています。公害による健康被害者の救済対策については、九月一日から「公害健康被害補償法」を全面的に施行し、各種の補償措置等の充実を図ることといたしました。

 全国的な都市化の進展に伴い、火災をはじめとする災害発生の危険性はますます増大するとともに、その態様も複雑化、大規模化しております。さらに、交通事故は幸いにして減少の傾向にありますが、依然として国民生活に対する大きな脅威であります。政府は、何よりも人命尊重を基本とし、国民にとって、安全で、住みよい社会の実現を目指してさらに各般の努力を継続してまいります。

(農業問題)

 農業及び農村は、国土と自然環境を保全し、健全な地域社会を維持するうえで重要な役割を果たすものであります。政府は、その健全な発展を推進しつつ、我が国経済社会の均衡ある形成を図る考えであります。

 最近の世界的食料需給の状況からみて、我が国の食料政策は、国民の食料の安定的確保を図るため国内の生産が適当なものについては、極力国内で賄うことを基本とし、国土資源の制約等から輸入に依存せざるを得ない飼料、穀物については輸入の安定化の方策を進めていく考えであります。

 国内農業の振興のためには農業生産基盤の整備拡充を図るほか、農地の流動化の促進、集団生産組織の育成等を通じ農家の経営規模の拡大を図ってまいります。また、輸入に依存せざるを得ない農産物についても、備蓄政策や、国際協力の一環としての開発輸入政策などを進め、その安定的な供給を確保してまいります。

(社会保障)

 社会保障の充実は、活力ある福祉社会建設の柱であり、本年度予算編成においても、総需要抑制策を貫くなかで、最も力を入れた課題であります。特に、最近の物価の高騰により、その影響を最も受けやすい老人や生活保護世帯等については、既に年金額の物価スライド、生活保護基準の再度にわたる引上げ等の措置を講じており、今後も、経済情勢の変動に応じて適切に対処してまいりたいと考えております。 今後、ますます重要となる老人対策については、老後保障の中核となる年金制度の一層の充実を図るとともに、老人保健対策、生きがい対策等きめの細かい老人福祉対策の強化を図ってまいります。また、看護婦、保母等の養成確保のためその処遇の改善、養成施設の拡充にも努めてまいります。

 医療保険制度については、高額療養費制度の新設等給付の改善に努めてまいりましたが、特に国民健康保険については、その重要性にかんがみ、関係施策の充実を図ってまいる考えであります。

(教育問題)

 最近における社会経済の急激な変化と国際交流の著しい進展のなかにあって、我が国が限りない未来にわたって発展を続けていくために、教育の担う役割はますます重要なものとなってまいりました。

 教育の成果は究極において、個々の教師の資質のいかんにかかっていると言っても過言ではありません。政府は、教師に良さ人材を得、その情熱を安んじて教育に傾けられるようにするため、さきにいわゆる「人材確保法」を制定し、教員給与の改善を図ってきたところであります。

 また永年の懸案であった教頭職の法制化は、さきの通常国会で実現しましたが、これを契機として、今後更に秩序とうるおいのある教育環境の整備に努めてまいります。

 小・中・高等学校の教育内容については、児童生徒かゆとりを持って、自ら考え、自ら能力を伸ばしていく態度を身に付けさせるよう、その改善を検討しており、道徳性のかん養についても、学校教育はもとより、社会教育、家庭教育の全域にわたって十分配意してまいります。

 また、高等教育の機会拡大の要請にこたえ、高等教育機関の全国的な配置という観点を特に重視し、地方における大学の拡充を図ってまいります。技術科学系の大学院レベルの教育機関等いわゆる新構想の高等教育機関の創設についても、周到な準備の下に、鋭意努力をいたしてまいります。

(地方行財政)

 高福祉社会実現への国民の期待にこたえ、国土の均衡ある発展のなかで、個性を持った魅力ある地域社会を実現していくために、地方公共団体の果たす役割が強く期待されております。

 このため、今後は、福祉優先の立場に立脚した地方行政を積極的に展開し、立ち遅れた生活関連施設の整備や社会福祉水準の向上を図っていく必要があります。財政執行の繰延べに際しても、学校、生活環境施設等について特に配意したのはこのためであります。また、これに伴う財政需要の増加に対応するため、補助事業にかかる超過負担の解消、地方債計画における政府資金比率の改善等に努めてきたところでありますが、今後も地方自主財源の拡充、国庫補助負担制度の改善については、なお一層努力する考えであります。

 国民生活の向上を図るため、国・地方公共団体が担わなければならない行財政需要は、今後ますます増大するものと予想されます。したがって、地方公共団体におかれても、既定の行財政の内容を積極的に洗い直し、財源の重点的かつ効率的な配分に留意し、長期的な視野に立った計画的な財政運営を行っていただきたいのであります。

 特に、本年の人事院勧告による公務員の給与改定は、近年に例を見ない大幅な改定率となっており、これを完全実施することとした場合には、追加財源所要額は極めてぼう大な額に達すると見込まれます。すでに、国家公務員あるいは民間の給与水準を上回っている地方公共団体にあっては、その給与水準の適正化に努められることはもとより、計画的な定員管理と経費の節減を図っていただきたいのであります。このことが地域経済の要請にこたえる途であることは申すまでもありません。

 以上、当面する諸問題について、所信の一端を申し述べましたが、これらは、いずれも、地方行政を担当される各位の御協力を得てはじめて、その効果を発揮できるものであります。

 各位におかれましても、住民福祉の向上と地域社会の進展について格段の創意工夫をお願いする次第であります。