[文書名] 佐藤栄作元首相葬儀の際の三木内閣総理大臣弔辞
ここに友人を代表して,謹んで従一位大勲位佐藤榮作元首相の御霊{みたまとルビ}に申し上げます。
君が突然倒れられてからの十余日{じゅうよじつとルビ},私は,かつて君が長く住んでおられたその同じ公邸にあって,日夜,君の容態いかんを思い,なんとか意識を回復して下さらないかと祈りつづけてきました。
しかし,それはとうとう永久に叶わぬこととなってしまいましたが,君のあの元気な姿,身体{からだとルビ}をゆする豪快な笑いぶり,公邸のいたるところでそうした君の姿が浮かんでくるのです。亡くなられたなどとは,とうてい信じきれません。
しかし,巨星は一たび墜ちて還らず,その悲報の内外に与えた衝撃は大きく,海外からも「世界のサトー」の死をいたむ無数の弔電が届いています。
思えば君と私とは,政治を通じ,不思議なる因縁をもちました。
かつて君が池田内閣からバトンを受けられたときには,私は幹事長として立ち合いました。
君の内閣には閣僚として,長くその職にあずかりましたし,また,沖縄問題では一時は意見を異にしたこともありました。
そして,いま,ここに私は友人代表として,君の御霊{みたまとルビ}にお別れを告げんとしているのであります。まことに感慨無量なるを覚えます。
しかし,いついかなるときでも,私たちは君が常に言い続けてこられた「自由を守り,平和に徹する」という共通の大義を求める大志では一致してきました。
時代はその「自由を守り,平和に徹する」ことがますますむずかしくなりつつあります。この重大なるときに,君のような偉大なる指導者を失なったことは,まことに大きな損失であります。
自由と平和と正義とを求めるわれわれの戦いにおいて,いま,われわれが一番必要としていることは,君があの沖縄返還で示されたような,すさまじいまでの気魄であり,信念であります。君がもっておられた祖国と同胞とを思う溢るる{溢にあふとルビ}ばかりの愛国の至情と献身なのであります。
君は長期政権の下で,世界と日本とをつなぐ大きな貢献を果たされました。総理をやめられてからも,ノーベル平和賞受賞という歴史に残る大業績を以て,平和日本の名を世界に高からしめて下さいました。
そうした過去の偉大なる実績と経験と名声とを基礎にして,これからさらに一そう世界と日本をつなぐ大いパイプ役になっていただきたいと念願していた矢先の急逝{逝にせいとルビ}でした。まことに残念です。痛惜の極みであります。ご遺族の皆様のお気特はお察しするにあまりあります。
われわれは君の残された偉大なる足跡を見つめつつ,後{あととルビ}に続く者の責任を果たしていかなければなりません。それが君の御霊{みたまとルビ}に対するせめてもの慰めであると思います。
われわれは,君の遺志をついで,必ずややり抜く堅い決意をいたしております。
「自由を守り,平和に徹する」ため,無数の君の友人が君の後{あととルビ}に続いていることを信じて,どうか安らかに眠って下さい。