データベース「世界と日本」(代表:田中明彦)
日本政治・国際関係データベース
政策研究大学院大学・東京大学東洋文化研究所

[文書名] 全国都道府県知事会議における三木内閣総理大臣の挨拶

[場所] 
[年月日] 1975年10月15日
[出典] 三木内閣総理大臣演説集,304−313頁.
[備考] 
[全文]

 私としては、本日の全国都道府県知事会議を通じて皆さんの抱えている問題を生の声で聞きたいし、また、私の考えていることを十分理解していただく機会にしたいと思っています。

(日米関係と日本の国際責任)

 そうした話し合いに入る前に、一言、ふれておきたいのが日米関係と日本の国際責任増大のことです。

 両陛下のご訪米がつつがなく終わり、政治を離れた純粋の日米親善に多大の貢献をなされましたことは、まことに喜ばしく、かつ、感銘にたえないところであります。多くの姉妹都市をアメリカにも持たれる皆様方としても、切実にお感じのことと思います。

 私は、去る八月に訪米して首脳会談を行いましたが、そのときの強い印象は、アメリカの対日関心と評価とが格段に高くなったということでありました。

 それにはいろいろの理由がありましょうが、少なくとも、第一には、戦後、ゼロから再出発して、今日の日本経済を築きあげた日本、および日本人の能力と能力に対する評価、第二に、アジアにおける唯一の先進・民主主義・工業国としての日本に対する期待、第三に、不況と物価高の共存するスタグフレーション対策、エネルギー対策、国際通貨対策、農産物対策等々、どれ一つをとっても、日本の協力を含む幅広の国際協力なくしては解決できないという問題意識−−少なくとも、以上に挙げた三つの原因は指摘されなければなりません。

 しかし、その反面、日本に対する国際評価と期待が高まることとは、それだけ日本の国際責任が重くなること意味します。

 世界全体の相互依存関係の深まりということからしても、世界的不況からの脱出ということからしても、また、世界平和の強化ということからしても、日本も積極的に国際協力に参加しなければならぬという国際責任はますます大きくなりつつあります。

 このことは、教育の問題とも関連してきます。「世界の中の日本」という物の見方が必要であります。また、二十一世紀に役立つ人間づくりの教育を考えなければなりません。

 皆さんと、ともども真剣に考えたい問題であります。

(国と地方自治体の協力的な関係)

 さて、私は、中央と地方を同時に襲っているたいへんな財政危機を契機として、国と地方自治体との関係を、もっと血のつながった、もっと効果的な、もっと協力的な関係にするいい機会にしたいと考えております。旧弊を打破するいい機会と思います。旧弊とは、一つには中央と地方とを対決させて考える思考、一つには、両者とも高度経済成長の惰性に流されていること、一つには政争が激しくて、ややもすると国民や住民の利益が見失なわれることがあること等々であります。

 狭い日本で、国、都、道、府、県がばらばらになって、いがみ合っていては、一番馬鹿をみるのは住民、国民であります。そのことを皆さんと真剣に考えたいと思います。

 以上、私の率直な気持をお話いたしましたが、次に当面の重要施策についてご説明いたします。

 今日、わが国の経済は、未だかつて経験したことのない複雑かつ困難な局面に立っております。

(物価の安定と景気の回復)

 最近の経済情勢をみますと、物価は落ち着いた推移をみせておりますが、個人消費、輸出、民間設備投資等最終需要の停滞から、景気の回復力は弱く、企業収益は低下し、労働需給も大きく緩和しております。

 政府は、このような情勢にかんがみ、物価の安定を踏まえて、需要創出の波及効果、産業別、地域別の不況の状況及び雇用情勢等に配意しつつ、景気の着実な回復及び雇用の安定を図るため、去る九月十七日に、経済対策閣僚会議を開催し、公共事業、住宅建設等を中心とした大幅な景気対策を講ずることを決定しました。この対策により、本年度下半期の経済成長率は実質で年率六パーセント程度となり、生産、雇用等も相当に改善するものと見込んでおります。

 今後は、物価の動向に細心の注意を払いつつ需要を拡大することによって、景気の停滞を克服し、この一、二年の調整過程を経て、新しい長続きのする適正成長路線への転換を図ってまいりたいと考えております。

(新長期経済計画の策定)

 政府は、去る七月二十九日経済審議会に対し、新しい長期経済計画の策定を求める諮問を行い、現在、同審議会において新計画の具体的検討作業を行っているところであります。

 今回の計画は、内外環境の著しい変化を十分に踏まえ、(1)ゆとりと生きがいのある福祉社会の建設、(2)物価安定と適正成長率維持のための経済運営、(3)世界経済発展への積極的貢献、(4)資源節約、適正成長時代における新しい経済社会構造の確立等を基本的課題とする五カ年計画としたいと考えており、年内には計画の基本的枠組を中心とした概案のとりまとめをお願いしたいと考えております。

(資源エネルギーの確保と原子力の開発利用)

 エネルギー資源に乏しく、世界有数のエネルギー消費国であるわが国が、流動化する国際資源エネルギー情勢の中で、いかにしてエネルギーの安定的供給の確保を図るかは国家の将来を左右する重大な問題であります。

 政府は、長期的観点に立ってエネルギーの安定供給を確保していくため、今後とも産油国と消費国の対話を進めるとともに、昭和五十四年度末九十日備蓄達成を目標とした石油備蓄を推進してまいります。また、石油に続く将来のエネルギー供給源としての原子力の利用は極めて重要な課題であります。政府は、万全の安全対策を講じて安全性に関する国民の不安を払拭するとともに、国民との不断の対話を重ねることにより国民的合意の下に原子力の開発利用を推進する考えであります。各位におかれましても原子力発電を中心とする原子力開発利用の推進に格別の御理解と御協力をいただきたいと思います。

 一方、政府は資源エネルギーの安定的確保と並んで省資源・省エネルギーの国民運動も引き続き推進してまいります。各位におかれましてもこの運動の意義を十分に認識されて、その実施について御協力をお願いいたします。

(総合的土地対策と国土利用計画)

 一億をこえる国民が、限られた国土の中で、物心ともに豊かで安定した生活を享受していくためには、エネルギー、土地、水等の資源が有限であるという認識の下に総合的かつ計画的な国土の利用を図っていく必要があります。

 総需要抑制策の浸透もあって、最近の地価水準は安定的に推移しておりますが、政府としては、この傾向を今後とも長期的に持続させることにより総合的土地対策をより一層推進してまいる考えであります。

 また、国土利用計画法に基づく国土利用の全国計画を年内に策定することを予定しておりますので、この全国計画を基本として、五十一年中にも国土利用の都道府県計画を策定していただき、今後の長期的な国土利用行政の基礎を固めていただきたいと考えております。

(公害防止、交通安全、防災体制等の確立)

 今日、環境問題は、人の生命、健康にかかわる問題として、緊急に解決を要する課題の一つとなっております。このため大気の汚染、水質の汚濁、土壌の汚染等各種の公害につき、長期的かつ総合的観点から規制の強化を図り、公害の防止等環境の保全に格段の努力を傾けてまいる考えであります。

 また、安全で住みよい明るい社会を実現するため、何をおいてもまず、人命の尊重を優先させ、国民生活に密着した消防防災及び救急救助体制の確立、歩行者保護を中心とした交通安全施設の増設等総合的な対策を強力に進めてまいります。

 なお、コンビナート地域の防災については、最近において発生した各種災害の実情にかんがみ、コンビナート施設に対する防災上の見地からの規制を強化し、一体的な防災体制を確立する等、石油コンビナートにおける災害の発生及び拡大を防止するための総合的な施策を進めてまいります。

(社会福祉の充実と総合福祉計画)

 社会福祉の充実は、活力ある福祉社会建設の柱であり、国政の重要課題であります。

 わが国の人口構造は、平均寿命が大幅に伸び、老齢人口が増加するなど、人間の生涯設計にも大きな変化が生じています。人間の生涯のいろいろな段階において一人一人が安心して生きがいを追求しながら一生を送れるような福祉社会を建設することが、これからの大きな課題であると思います。福祉といっても、国や地方団体に依存するばかりでなく、一定の水準までは保障するが、それ以上は各個人の努力を促すような、日本の風土に適した仕組みをつくる必要があると考えます。また、今後、社会福祉の充実を進めるためには、国民の間に強い連帯感がなければなりません。

 大きな転換期に際し、年金、保健、医療、福祉、住宅、労働などの各般にわたり、見直しを図る必要がありますが、以上のような考え方に立って生涯を通ずる総合福祉計画を検討しております。

(食糧の生産体制の整備と輸入の安定化)

 食糧問題は、政治が取り組むべき重要な課題の一つであります。国際的な農産物の需給状況は、ここ数年の間に大きな変化を遂げております。また、わが国漁業を取りまく情勢にも一段と厳しいものがあります。

 このような情勢に対処して、政府は、先般、「農産物の需要と生産の長期見通し」を閣議決定したところであり、国民の食糧を安定的に供給するため、水産物を含めた総合的な食糧政策を展開してまいります。

 その基本となる考え方は、まず、国内生産が可能なものについてはできる限り国内で生産していくことであります。このため、農業基盤整備の促進、農業生産の中核となる担い手の育成、漁業経営安定対策、沿岸漁場の整備等を通じ、国内の生産体制を整備し、自給力を高めていく考えであります。

 また、わが国の国土資源の制約等から、海外に依存せざるを得ないものについては、輸入の安定化に努めるとともに、備蓄を推進してまいります。

(学校教育等の整備充実)

 わが国の学校教育の水準は、国際的にも高く評価されておりますが、これは先人の努力によるもので、今日の我々には国民のために更に一層の努力を教育に注がなければならない責任があります。政府としては、学歴偏重の社会風潮の打破と生涯教育の観点からの学校教育、社会教育、家庭教育の連携ある整備充実を図り、国民ひとりひとりが各人の学習意欲に即応して、人生のあらゆる段階において学費の機会が持てるように格段の努力をしてまいりたいと考えております。

(婦人に関する施策の推進)

 本年は国連決議による「国際婦人年」であり、政府は、これを契機として、内閣総理大臣を本部長とする婦人問題企画推進本部を設置いたしました。これによって婦人に関する施策を総合的に推進するとともに、先の国際婦人年世界会議で採択された世界行動計画の趣旨に沿って、婦人の地位の向上に一層努力してまいる考えであります。各位におかれましても積極的な御協力をお願いいたします。

(当面の地方財政対策)

 社会経済情勢の各般において量的拡大の時代から、生活中心、福祉重視の質的充実の時代へと転換が図られる中にあって、国民の地方自治行政に対する期待は、更に高まり、地方公共団体の果たすべき役割は一層大きなものとなっております。

 昭和五十年度の地方財政は、地方税及び地方交付税について多額の減収が見込まれる反面、人件費をはじめとする諸経費が増加し、非常に困難な局面を迎えております。政府といたしましては、地方公共団体の財政運営に支障を生ずることのないよう地方交付税については当初の予定額を交付することとし、地方税の減収については地方債で補てんすることといたしました。また、給与改定に伴う財政需要の増加や公共事業の追加に伴う地方負担等について所要の措置を講ずることとしたところであります。 

(今後の地方財政と行政運営の改善)

 明年度以降においても、引き続き厳しい情勢が続くものと予想されますが、このような中にあっても、地域住民の福祉の向上にとって必要な生活関連施設の整備、社会福祉施策の充実等について地方公共団体に期待される役割は益々大きくなるものと予想されます。このため、従来から超過負担の解消、地方債における政府資金の充実等に努めてきましたが、今後とも必要な地方財源の確保、国庫補助負担制度の改善等に努力いたします。地方公共団体におかれても経済基調の変化に即応し、これまでの行財政運営のあり方について抜本的な見直しを行い、財源の重点的かつ効率的な配分に徹して住民の期待に応えていただきたいのであります。

 特に、本年の公務員の給与改定に当たっては、すでに、国家公務員あるいは民間の給与水準を上回っている地方公共団体にあっては、その給与水準の適正化について格段の努力をお願いいたします。また、国においては、地方公共団体に人件費の累増を来すような施策は厳に抑制する方針でありますので、地方公共団体におかれても既定の事務事業の簡素合理化、職員配置の適正化等を行うことにより人件費の増加の抑制について一層の努力を払っていただきたいのであります。

 国、地方公共団体を通ずる行財政改革の問題につきましては、このたび、地方制度調査会、財政制度審議会並びに行政監理委員会から答申や提言をいただいたところでありますが、特に、地方公共団体が自主性と責任ある行政を運営していくためには、国と地方公共団体との事務配分及び財源配分について、より一層の改善を図ることが緊要であるとの判断に立って、政府としても鋭意この実現に努力してまいる考えであります。

 以上、当面する諸問題について、所信の一端を申し述べましたが、これらは、いずれも、地方行政を担当される各位の御協力を得てはじめて、その効果を発揮できるものであります。

 各位におかれましても、住民福祉の向上と地域社会の進展について格段の創意工夫をお願いする次第であります。

{(1)は原文ではマル1}