[文書名] 外国特派員協会における三木内閣総理大臣演説
日本の政治家にとって、このクラブはおそれをなす場所だといわれているが、私はジャーナリストや学者と話をするのが好きな人間である。
だから、今日のお招きも喜んで参った次第である。
先ず、貴クラブの創立三十年にお祝いの言葉をおくりたい。
皆さんの筆と舌とが日本を世界に紹介する重要な役割を担っている訳であるから、皆さんに十分な情報を提供することは、私の義務でもあるとさえ考えている。
皆さんとは、もっと頻繁に話合いの機会を持つべきであると思っているが、なかなかスケジュールが許さないので残念に思っている。
今日は、皆さんの質問に答える前に、内政外交両面に亘って、三木内閣の目指すものを概括的にお話しておこう。
私の三十九年の議員経験から生れたものが「対話と協調」である。これが、政治、外交に対する三木内閣の基本姿勢である。一時的に対話と協調がうまく運ばないことがあっても、この基本姿勢を私は崩すことはない。
意見の異なる相手、利害を異にする相手、それは個人であれ、組織であれ、国であれ、そうした相手とも、対決でなく対話、協調でやって行きたいと考えている。
特に、内政では、野党との間に、国会運営に関する対話と協調の新しい慣行を打ちたてたいと考えているし、外交については、発展途上国と工業国の間に対話と協調を産み出すために貢献したいと思っている。
次に、内政、外交の各分野について、ごく簡単に私の見解を述べよう。
一、三木内閣の現在の最大課題は、インフレなき適正成長軌道への転換を果たすことである。来年度予算は、その意図を以て組まれている。例えば、一九七六年の予算規模は、前年度比一四・一%増であるが、公共事業は二一%以上の増となっている。景気刺激は、ランブイエの約束を果たすことにつながる。
景気刺激策の効果浸透にはどうしても相当の時間を要するが、今年の後半からは、不況脱出から景気回復への道行きが目に見えてくると思う。今年度の実質経済成長率は五・六%を見込んでいる。
アメリカ経済の回復と、欧州経済に明るさがでてきたことも、日本経済を勇気づけている。
二、政治の面では、今年は、日本の選挙の年だ。然も、多年の懸案だった公選法と政治資金規制法改正後、はじめて行われる総選挙であることに特別の重要性がある。
この二つの法律改正は、私が最も苦心し、努力した産物であるだけに、私は、選挙と政治の浄化のために是非効果あらしめたいと思っている。
三、外交については、日ソ間の友好関係増進の努力は、昨日長時間グロムイコ外相との会談を行ったことで明らかであるが、他方、私は、日中平和友好条約の早期締結に努力する。覇権反対は、米中上海声明にも、日中北京声明にも盛られた平和原則であり、また、同じ年の五月に米ソ間に結ばれた基本原則にも、国際間において、米ソとも特別な権利や利益を求めず、第三国をしても求めしめず、といっている。表現こそ違え、米、中、ソ、日とも覇権には反対しているのであるから、日中間の条約でそれを取り上げることと、日ソ友好関係を追求することは、日本にとっては矛盾ではない。私が残念に思うことは、周恩来氏の健在の間に日中平和友好条約が締結できなかったことである。私は日中国交正常化に先立つ、一九七二年四月に、周氏と日中国交正常化の手順について真剣に話合った記憶が今も鮮明なだけに、その感が一層深いものがある。周氏の如き卓越した世界的政治家を失ったことに対する私の衝撃は、大変大きいものがある。この機会に重ねて哀悼の意を表したい。
去年に引きつづき、日米欧の協力、中東・ラテンアメリカ・アフリカを含む南北の対話と協調、朝鮮半島安定の国際環境づくり等々に、外交努力を継続するが、今年は、その上アジア・太平洋諸国、なかんずく東南アジア諸国との関係の緊密化に力を入れたいと思っている。私はアジアから孤立して日本が生きていけるとは思わない。それに関しても、インドシナ半島の安定的発展に強い関心をもつとともに、二月に予定されているASEAN首脳会議の成果に期待している。