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日本政治・国際関係データベース
政策研究大学院大学・東京大学東洋文化研究所

[文書名] 日本記者クラブにおける三木内閣総理大臣の講演

[場所] 
[年月日] 1976年1月19日
[出典] 三木内閣総理大臣演説集,399−404頁.
[備考] 
[全文]

 皆さんは、おそらく、通常国会再開に臨む私の決意と心境について関心のあることと思うので、皆さんが、最も関心のあると思われるいくつかの問題について、簡単に私の基本的考え方を述べたい。

 (一) 不況からの脱出については、何しろ、不況に入る前の昭和四十七年でも、実質成長率九・八%、約一〇%であったものが、昨年はいきなりゼロどころかマイナス〇・六%。今年は二・六%、それを来年は、五・六%にひきもどすということが、この三年間に発生しているのだから、大変なことである。こんな例はいまだ世界のどこにもなかった。

 然も、それだけ落ちこんでも、行財政の組織も予算の規模も、企業の設備、雇傭、借入金も、成長率一〇%以上の時の肥満のままでいる訳だから、そこに身動き出来ぬ矛盾と問題がある。

 不況から脱出しても、もとの一〇%以上の成長には戻らない。戻すべきでないのだから来るべき新しい適正成長軌道にのせて行くための転換と調整には、大変な決意と創意と努力が必要である。

 この問題意識と対策とを政府も企業も組合も国民も持たなければならぬ。

 当面は物価をにらみつつ、積極的に景気浮揚対策をとり、今年を不況脱出の年にするために全力をあげる。不況脱出の年にできると信じている。同時に、先ほどふれたような、体質改善の基本問題をゆるがせに出来ないということについて、国民の理解を求めたい。

 (二) 解散については、五十一年度予算と関連法案の成立に全力をあげたいと考えているので、解散、解散の声が出るのはよくない。私は当面何もいわないことに決めた。

 ただ、今度の選挙は改正された公職選挙法と政治資金規制法の下に行われる最初の選挙であることを重視したい。

 選挙法は選挙にできるだけ金がかからないようにするために、選挙地盤の培養のための一切の寄附を禁止し、選挙公営の範囲を拡大し、連座制を強化した。

 政治資金規正法では、寄附の最高限度を設け節度をもたせると同時に、公開の原則を貫き政治資金を明朗化するための改正を行った。

 現実をふまえて考えると、終戦後、何度か企だてて果たせなかった二法案の改正を三木内閣なればこそ実現したものと思う。

 最近、法秩序無視の風潮がある中に、選挙の面から順法精神を盛りたて、政治粛正の美をあげたい。ルールを守ることが、議会制民主主義運営の基本であることはいうまでもない。

 (三) スト権ストの問題についても、法秩序の基本問題が問われている。

 違法スト−処分−抗議スト−処分の悪循環を断つ転換点はルールを守るという法治主義の原点にかえって出直すことの外はない。

 「違法ストはやる、だが処分はしないでくれ」では筋が通らない。それでは政府としても、いろいろ考えようにもどうにもならない。この点について、公労協、企業体、政府の間の相互理解を得ることが必要であると思う。

 (四) 独禁法改正については、もう一度党側との調整を行った上で再提出する。

 現在、特に問題になっているのは、公取の地位、権限に関することである。一方は、公正取引委員会の独立性が強すぎるという不安を感じ、他方は公正取引委員会の独立性を弱めることは、独禁法の適正な運用を妨げるのではないかという不安を感じている。

 官僚による統制経済は、全体主義体制においてのみ可能である。それに走らず、節度ある自由市場経済体制の基盤を強化するために、企業活動についての、時代即応のルールづくりが必要であるという私の信念には変わりはない。

 前述の二つの不安を調整することと、ルールづくりの必要性の理解とを浸透させることが、独禁法改正の前提となっている。この前提条件を解決して関係者が納得できる法律改正をしたい。

 (五)党の近代化については、明後日に行われる党大会において報告が行われるので、今日は、細目に触れることは差し控える。

 ただ、私が「諸悪の根源」と呼んだ党の総裁公選のやり方の改善について、多少の誤解があるのでそれを説明しておきたい。

 世上、総裁公選改善策については、何等の進展がないという受け取り方があるが、それは間違いだ。自民党の地方組織が、立候補者の中から誰を候補者として推せんするかといういわゆる予備選挙を行うことは既にきまったのである。残る問題は、予備選挙を行い、ふたをあけて結果を何名に絞って自民党国会議員による本選挙の候補者にするかが、未だ、党の合意が得られない所にある。

 つまり、第一段階は決まった。第二段階で、まだ一致をみていないということである。

 私は、第二段階も、自民党を国民と共に歩む開放された自民党にしようとするかぎり、解決は、そう難かしい問題とは思わない。第一段階のハードルの方がより大きい障碍であったが、それは既に乗り越えている。

 (六) ASEAN諸国との緊密化については、いつ歴訪するのかとか、ランブイエ的に、一堂に会することをどうして実現するのかとか、いろいろ聞かれるが、今の所は、日本としても、勿論努力はするが、機が熟し、無理なくそうしたことが実現されることを、大いに期待しているという以上はいえない。

 ここで、念のために付け加えるが、私が、東南アジア重視といっても、それはASEANのみならず、その周辺地域、即ちインドシナ半島、ビルマ、あるいは大洋州、インド亜大陸地域などを軽視するという意味では決してない。

 また日本が、東南アジア諸国との関係を緊密化する前提条件としては、アジア安定の基本である日米、日中、日ソの関係を緊密化していなければならないと考えている。

 以上が、おそらく皆さんが特に関心を持っている点だと思って、所信の輪郭を述べた訳だが、私が常にこれを重要視し、常に強調しつづける諸点に次の問題がある。

 (1) 議会運営において、いかにして「対話と協調」を現実路線に乗せ得るか。問答無用型と絶対反対型の両極端を排し、「対話と協調」の新慣行をつくることが、日本の議会制民主主義を健全に発展させる重大条件である。これを具体的提案をもって与野党に訴えたい。

 (2) 教育を政治の外において、いかにして静かに未来の人材を育て、無限の能力を引き出し得るかが私の最大の関心事である。

 (3) 福祉というと、すべてを国とか自治体とか、とにかく誰かが面倒を見てくれる。然し税金は軽く−−という超高度成長時代の福祉観念、あるいは、取れるものは取った方が得だという無責任の福祉観念が先入観となりやすい。私の提唱している生涯に亘る総合的福祉対策は、自助と連帯の考え方が基本である。このことの理解を訴えたい。

 (4) エネルギー。日本経済の発展にとって非常に重要な要素がいくつかあるが、中でも最も重要なのは、エネルギーである。日本はエネルギーの源泉として、石油に依存している度合いがどの国よりも大きい。77%である。その石油は、99%輸入に依存している。輸入源は八割近くが中東石油だが、輸入のルートは六割近くが米英等の六大大手石油会社の手によるのである。

 こうした日本のエネルギー弱点を克服するために、あらゆる努力が必要だが、その一助として、当面は、原子力発電を重視しなければならぬ。ところが、その立地について、その安全性に対する住民不安がある。これは、純粋の学問、科学、技術の分野で解明すべき問題で、教育同様に、政治の外において、とらわれなしに科学的に検討すべき問題だと思う。

 原発の安全性の確保と住民に対する安全保障の理解の両面を推進しなければならぬ。