[文書名] 内外調整調査会全国大会における三木内閣総理大臣の講演
きょうは、内外情勢調査会全国大会に前からお招きを受けておりました。こういう先の約束は、その日になってみると、たいへんな日にはなりましたが、会長とお約束したことですから、約束は守らなければならんということでやってまいりお目にかかるわけでございます。
皆様全国からお集まりでありますが、先般の十七号台風では、九州や四国、東海中心にして、たいへんな被害を受けられ、死者百六十七名罹災者四十万人に達しました。最初にお見舞を申し上げておきたいと思います。
運賃、料金改定は政権党の責任
いまちょうど国会は、国対委員長会談が行われております。ようやく軌道に乗って参るという見通しでございます。この国会は、申すまでもなく、前国会で積み残した予算関連の重要法案というものの成立を期さなければならない。 もう一つは、ロッキード事件の法律的な側面は検察当局が精力的にやっておるのでございますが、政治的、道義的責任の追及という問題は、国会の大きな課題になっておるわけでございます。こういう意味のロッキード事件の究明という問題も、国会の大きな課題でございます。
積み残し法案の中には特例公債法それによって、三兆七千五百億円という特例公債を発行するわけでございますが、これは予算に組み込まれておるわけですから、これが成立をしませんと、予算は成立しても、執行が不可能になるというわけでございますから、この特例公債法を成立させることが予算執行のために是非、必要であります。
もう一つは、国鉄、電電、この運賃、料金改定という問題。運賃改定ということが、国鉄の再建の一環となっておるわけでございますから、どうしてもこの国会で成立を期さなければなりません。国鉄、電電について申しますと、日本の今日の物価は、昭和九年—十一年の間の平均を基準にしますと千倍になっています。ところが、国鉄の運賃はそれを基準にしますと、三百三十倍、通話料金は大体二百倍ということで、普通の物価の値上がりに比較すると、五分の一、三分の一という状態に、据え置かれております。一方に、民間並みにベースアップをするわけですから、支払いの方は、国鉄会計の中で、ふえていくわけです。どうしてもつじつまが合わなくなるわけです。運賃改定というものは、たいていの国では国会の議決事項になっていないのです。昨年パリのランブイエで首脳会議があったときに、ウィルソン首相は、イギリスでは、一年に二へん郵便料金を上げたと言っていました。国会の議決事項でないわけですから必要に応じ小幅に上げていっています。日本の場合は国会の議決を得ますから、運賃の改定とか、料金の改定は、国会の審議というものがいつもめんどうで、しかも非常に遅れがちであります。それならば財政資金でこれをまかなえばいいではないかというご意見もありますが、そうなってくれば財政というものはとめどもなくふくれ上がっていくわけですから、鉄道にしても電話にしても必要な時には、それを利用されておる方々に、応分のご負担を願わなければ利用されている方も、利用されていない方も一様に負担をするということになり、かえって不公平なんじゃないか。自民党にしても、総選挙を前にして、こういう運賃とか料金の改定というような国民に喜ばれないことを好きこのんでしたいわけではございませんが、政権を持っておる政党として、責任があり、公共企業体の健全な運営のためには、国民の方々にもご理解を願わなければなりません。国鉄、電電、財特を入れて三法案は、ぜひとも国会で成立させてもらいたい。これが国会の積み残し法案で、政府が臨時国会でお願いをする一番の大きな課題でございます。
真相究明の信念は貫く
もう一つは、ロッキード事件の究明ということであります。ロッキード事件というものが起こりまして、二月から、ずっと今日まで皆様も毎日、新聞やテレビで、ロッキードという活字や放送が耳に入ったり、目に触れたりしない日はないでありましょう。このロッキード事件で疑惑と憶測が充満したいやな空気を一日も早く一掃して、さっぱりした空気にしてもらいたいと、国民の皆様は願っておられるに違いないと思います。しかし、そのためにはロッキード事件の真相というものは、徹底的に究明されなければなりません。それを隠し立てをしますと、非常に陰湿な空気というものがいつまでも尾をひいて残ります。また隠すことが、かえって疑惑をさらに増して、かえって個人の名誉とか人権を傷つける場合もあります。どうしてもこの真相というものは、解明されなければなりません。
私は、真相の解明について、アメリカから起ったことですから、日本だけの資料とか、捜査だけでは、どうにもなりません。私は、フォード大統領に対して、アメリカの持っておる資料を全部提供してもらいたいという依頼の手紙を書きました。これは不幸な事件ではありますが、それからくる試練というものを日本の民主主義は乗り切り得るという自信を持っているのでその資料を提供してもらいたいと、切々と、大統領に訴えたのです。
大統領はそれに答えて、全資料を提供してくれたわけです。資料の提供ばかりでなく、ロサンゼルスにおいて、日本の希望する証人喚問まで、いろんなむずかしい法の手続きをしてやってくれておるわけです。大へん協力をしてくれていると思います。ただしかし、それは一般に公表されておりませんから、捜査だけに使って下さいという条件がついております。アメリカ自身でもその資料を第三者に提供することは禁止しているのですから、特別の法的手続きをとってまで捜査の資料として提供してくれたわけであります。そのために実務取り決めを結んでまで、資料を渡してくれたわけです。
いまの段階では丸紅、あるいは全日空のルートはほとんど終結に近いと申してもいいでしょう。ただ残っておるのは児玉ルートです。これは本人の病気という事情もあって、なかなか究明が進んでおりません。しかしこの児玉ルートを究明しなければ、ロッキード事件の全容というものが明らかになりません。あらゆる困難な条件のもとで、児玉ルートの究明に全力をあげているわけでございます。
このようにしてロッキード事件の真相を早く究明して疑惑と憶測に満ち満ちたいやな空気を、早く一掃したいというのが私の願いです。そのためには、中途半端で終わらせたり、また隠し立てをするようなことがあってはならない。そういうふうに真相を明らかにすることは、革命勢力を利すると、三木はやり過ぎではないかというご意見もありますが、私は逆だと思っています。何か隠し立てをすることによって、かえって革命勢力に対して非常に口実を与える。やはり真相を明らかにして、その試練にたえて、日本の政党の健全化、また日本の民主主義の基礎を強固にするということが、日本のとるべき道だと私はそう信じます。いろいろご批判もありますけれども、自分のこうした考え方というものを、いろんな困難を排して貫きたいというのが私の決意であります。
議会政治の将来がかかる総選挙
また、その次にくるものは総選挙であります。十二月九日で議員の任期が切れるのですから、いやでも応でも総選挙はやらなくてはなりません。そう遠くない将来総選挙です。私はこの総選挙というものは、非常に重要な総選挙だと思っています。一つには、三木内閣発足当時金権政治批判にこたえなければならんという考え方から、三つの提案を行った。一つは公職選挙法改正。なるべく選挙に金がかからないようにしよう。もう一つは、政治資金というものを、もっと明朗なものにしなければいけない。節度と明朗化。これを目指して政治資金規正法を、いままで大きな改正は、やったことはありませんでしたが、この機会に改正をする。
もう一つは、自民党総裁の公選規程を改正したいということで、私の案をすでに党に提示してある。まだ結論は得ておりませんが、だんだんまとまる方向に近づきつつある。とにかく公職選挙法改正、政治資金規正法改正が行われて初めて行われる選挙であるということ。またロッキード事件という試練を経ての総選挙であるということに大きな意義があるわけであります。だからこの総選挙は、日本の議会政治の将来に対して、非常に大きな意味を待っておる選挙だと思います。私は自民党も金権に頼らないで、党も候補者も、捨て身で真剣に努力して、この選挙に勝つことが、党の新しい出発であり、国民の信頼を得るゆえんである。こういう態度で、この総選挙に自民党は臨まなけばれならんと考えておる次第でございます。これは自民党の再生の一番大きな問題点でございます。
景気は着実に回復基調
全国からお集まりでございますから、少し景気とか、物価の問題にも触れて申し上げたいと思います。景気はちょっと四月から六月ごろまで中だるみの傾向にあったわけですが、七月からまた上向いて参りました。生産も昨年に比べますと七月は一四・九%という伸びを示している。また稼働率(工場が動く指数)は八九・一%でございます。それから失業も百万を割って、九十九万ということになってきた。だから着実に回復基調にあることはこれは間違いないわけです。
ただしかし残念なことには、業種別、地域別に景気の回復ということに非常にバラつきがあると申しますか、実際に景気の回復というものを膚で感じない業種も地域もある。これに対しては、全体の景気というものがよくなってくれば、潤ってくるわけですが、それまでの間非常にキメこまかい、地域的に、あるいは業種別に手を打ちつつ、景気回復が遅れておる業種に対しては、もちこたえられるよう協力しようという方針でやって参っておるわけです。
物価の面で注意するのは卸売物価の動向でございますが、八月には前年に比べますと六・七%上がったのです。景気が上向いてくるときには需要もふえますから、もちろん卸売物価は上がりがち。また海外のいろんな原料高という要因もございましょうが、この数字というものは、直ちに消費者物価に波及して、日本の物価基調に大影響が及ぶとはみてないわけでございます。
消費者物価の方は、これは落ち着いた基調であることは間違いありません。東京が現在八・九%の消費者物価でございますから、落ち着いた基調にある。
国際収支の面を見てみますと、輸入が非常にふえてきておる。八月では輸入が前年に比べますと二一・五%という伸びであります。いままでにない数字の輸入がふえてきている。しかし、一方において輸出も相変らず二三・二%というのですから、輸出も伸びたけれども、従来よりも輸入が非常にふえてきた。そのために国際収支の経常収支中でも六月から七月までは四億ドルも黒字があったわけですね。それが八月には十分の一になって、四千万ドルになった。このことは、日本の景気というものが国際経済の中において、正常な姿になりつつあるということです。海外では、日本は円の為替相場を安くしておいて、輸出を有利にしておるのじゃないかという誤解や疑惑があります。これに対して、私は大蔵省にも申し、欧米諸国を回ってもらって、よく説明はしました。為替相場に介入をして、無理な相場を維持しているのじゃないかという誤解があるわけです。こんな誤解は、大問題にならぬ前に解く必要があり、各国を回ってもらったわけです。
そういうことで輸出が伸びていくのに輸入が少しも伸びないという状態は、世界経済の中における健全な姿ではない。そこでいまの状態は一応の世界経済の均衡のとれた姿になりつつあるということです。
日米漁業は合理的に解決
外交問題では特に問題はございませんが、突然函館の民間空港にソ連のミグ25が侵入してきて、強行着陸した事件がございました。しかし、この問題は冷静に、慎重に対処していきたいということで、いまご承知のように、必要な調査を行い、それがすめばソ連に返します。日ソ関係の基本というものを揺るがすようなことにならんと信じておる次第でございます。
もう一つの問題は、経済水域と言いますか、二百カイリの問題。いまは主として日米間の問題。日本がたんぱく資源というものを、肉と魚貝類に半々ぐらい依存しておるわけです。したがって遠洋漁業の将来の推移は国民生活にも大きな影響があるわけです。この問題は、例の世界の海洋法会議が結論を得ないままに来年五月再開で終わったわけです。海洋法会議の結論を待ち切れなくて、個々に経済水域を制定する傾向が生まれてきました。日本の漁業にとっても、日本の食糧問題にとっても、大きな問題になっています。いまアメリカとの間に交渉をいたしておるわけでございますが、日米関係というものが、非常によい関係にあるわけですから、話し合いで何とか問題が合理的に解決できるような努力をいたします。日本の事情もアメリカはよく知っておるし、また日本もアメリカの沿岸漁業者からいろんな要求が出て、政府が非常に困っておる事情もわかるわけですから、話し合いを続けて、この問題を合理的に解決していきたいと思っております。
ブラジルとともに南北の橋渡しを
もう一つは、最近ブラジルの大統領ガイゼル氏が訪日されました。ご承知のようにブラジルには七十五万の日系人がおるわけです。その中でまだ十五万人が日本の国籍を持っておるわけです。日本の移住者を快く受け入れて、今度来た一行の中にも、ウエキという若い日系人が大臣の職にあります。日系人だって大臣にたくさんなるわけです。そうして日本とブラジル関係で、いろいろ懸案になっていた問題点をすべて解決をしたわけです。だから大統領の訪問は、日本とブラジルとの関係というものに対して、非常に歴史的な意義があった。一昨日ですか、日本を出発いたしましたが、出発の瞬間まで私の手を握って、「ほんとうにありがとう、満足をした」と言って感謝していました。やはりブラジルという国は、これから日本として注目すべき国である。何ぶんブラジルの領土は南米の半分で、未開発の資源は豊富である。たくさんの日本人が、非常に喜んでブラジルの市民として生活をしている。ブラジルはこれから二十一世紀にかけて大発展をする国である。
もう一つは、ちょうど一人当たりの一年間の国民所得が七百五十ドルということ。大体発展途上国と、あるいは先進国との境というものは、一つの目安として一人当たり年間七百ドルになっている。これ以下が発展途上国だというような、これは何も国際的に決まったわけじゃございませんが、そういう基準があるわけです。ちょうどブラジルという国は、発展途上国から先進国に向かって境界線にあるような国だ。
私は、大統領と二回話をしたんですが、南北問題と言いますか、発展途上国と先進工業国、この格差というものはだんだん拡大していきますからあらゆる国際会議というものの底を流れておるものとして常に南北問題にぶつかる。この先進工業国と発展途上国との対立した関係というものの調整に成功するか、しないかということが、これからの世界の平和と繁栄の大きなカギであるとすら私は思っているわけです。発展途上国の人口が圧倒的に多いわけですから。そのときに南北問題の橋渡し役というものがブラジル、日本にある。日本も工業先進国と申しましても、ついこの間のことで、戦争直後というものは、先進工業国という状態でもなかったわけですから。発展途上国の気持ちというものが一番よくわかる国ですから。そうしてアジアの一員である。両方が先進工業国と発展途上国との橋渡し役をするという場合、大いにその役割を果たせる点がある。こういう点を大いに協力しようじゃないかということを、互いに強調いたしました。またこういう点ばかりでなしに、国際政治における日本とブラジルとの役割というものも、いろんな点で共通点もあるということを会談を通じて感じたわけでございます。
また中国では、毛主席が死去されました。中国革命の生みの親でございますだけに、中国人の悲しみというものは、われわれの想像以上のものがありましょう。日中国交正常化にも大きな指導的役割を果たしたわけですから、皆様とともに、哀悼の意を表しておきたいと思う次第でございます。
政治も大きな転換期に
とにかく以上一つのまとまりのない話でございましたが、当面する課題、私の考え方をお聞き取り願ったわけでございます。とにかくいまは、大きな転換期にある。いまわれわれはそういう時代におりますから、そういう実感というものが、必ずしも十分だとは言えませんけれども歴史がたってみれば、この時代は大きな転換期であったという、歴史の位置が与えられるに違いない。経済の面だって、高度経済成長というような時代というものは再び帰って来ません。
それでは、高度経済成長が帰ってこないから、低成長だという考え方に私は必ずしも賛成しない。働きたい人々に、働く職場を与えるということは、大きな政治の責任でありますから、ある程度の成長は維持しなければいけないわけです。それは高度経済成長ではないとしても低成長ではありません。しかし、高度経済成長になれたわれわれの産業体制というものに、大きな変化が起ってくる。
政治でもいろいろと無限に人間の欲望、社会的要求というものが増大するわけです。これにやはり政治がこたえていかなければならん、何でもこたえるということになれば、財政的にも破綻するわけです。それをどう調整していくかということが、これからの政治というものの役割でしょう。人間は向上を望むわけですから、満足ということはありません。達成できれば、また次の大きな向上への欲望が起こってくるわけです。
これからの政治の役割は大きい。そういう時代の政治のあり方も、また議会政治そのもの、国会の対応を考えてみても、いろんな面で政治も大きな転換期だと思います。国民生活だって、いままでは高度経済成長で何でも大量使い捨てという時代であったわけですが、そういう量の生活から質の生活と言いますか、人生というものを量的に考えないで、もっと質的な充実、こういうことを求めてくる、ここにやはり国民生活の大きな変化がくる。
政局担当は天の与えた使命
いまは、こういうふうにすべての面で大きな転換期でございます。この間も二回ばかりパリのランブイエとプエルトリコのサンファンで先進工業国の首脳だけで寄って話合う場面がありました。首脳というのはイギリス、アメリカとかフランスとか西独とか、今度はカナダも加わっておる。みんな同じような悩みを持っているわけです。そこに集まった連中は、みんな両極端を排して、中道の中になるべく幅広い多数の国民の合意が得られるような政治を求めて苦労しているわけです。だから右からも左からも常に攻撃を受けるわけです。
こういう政治にはカリスマというものは生まれてこないわけです。戦争中にはチャーチルとか、ドゴールというものが生まれてきました。もっともチャーチル、ドゴールをカリスマというわけではありませんが、われわれの政治を全体主義者に渡すようなことのないように、どんな試練にたえても、デモクラシーを守りぬこうではないかという決意でありました。
そういうたいへんな時代であるし、この難局に責任を持たなければならん私も至らざる点もあるし、力不足の点もありますが、しかしこういう時代に政局の担当を私に命ぜられたということは、天の与えた使命だと考え、果たさなければ相済まんと考えて、微力にムチを打ちつつ、全力を傾けておる次第でございます。いろいろご注意のある点はご注意を願って、ご理解、ご鞭漣を願って、私の話を終わる次第でございます。ありがとうございました。