データベース「世界と日本」(代表:田中明彦)
日本政治・国際関係データベース
政策研究大学院大学・東京大学東洋文化研究所

[文書名] 全国都道府県知事会議における福田内閣総理大臣の挨拶

[場所] 
[年月日] 1977年9月14日
[出典] 福田内閣総理大臣演説集,262−274頁.
[備考] 
[全文]

 全国都道府県知事会議の開催に当たり、所信の一端を申し述べ、各位のご協力とご理解をいただくとともに、忌憚のないご意見をお伺いしたいと存じます。

 <総合経済対策>

 昨年十二月、内閣総理大臣に就任以来約九か月、この間、私は長年の懸案処理に取り組んでまいりましたが、未だその全面的解決に至っていない大きな課題が、経済運営の問題であります。

 世界は今、人類が始まって以来の「資源エネルギー有限時代」を迎え、否応なく、かつて経験したことのない大きな転換期に立たされております。四年前の石油ショックは、その象徴的な出来事でありました。これを契機に世界経済は激しいインフレ、深刻なデフレと雇用不安、更には大きな国際収支の赤字と、まさに未曽有の大混乱に陥り、今なおその混乱から立ち直っておりません。特に発展途上にある非産油国の味わいつつある困窮は筆舌に尽し難いものがあり、また、これら諸国に協力し、援助すべき立場にある先進工業諸国もまた肩を並べて石油ショックから脱却し得るには至っておりません。

 このような状態を放置すると、単に経済上だけの問題にとどまらず、世界が政治的な大混乱に陥ってしまう懸念が強いわけであります。私は、さる三月、アメリカのカーター大統領と会談し、更に五月には、ロンドンで開かれた先進七か国首脳会議に出席してまいりましたが、議論は専らこの混乱する世界経済をいかに安定させるべきか、この一点に絞られました。そして得られた結論はただ一つ、つまり、石油ショックによる打撃をあらかた克服し得た、アメリカ、日本、西ドイツの三国などが、先頭に立って世界の景気を引っ張り、世界経済を混乱から安定へと誘導する以外に手だては見当たらないということだったのであります。

 翻ってこの間のわが国経済の推移をみると、ピーク時において卸売物価で前年同月比三十七パーセント、消費者物価で同じく二十六パーセントという狂乱物価、一年間で基礎収支百三十億ドルという国際収支の巨額の赤字、戦後初めてのマイナス経済成長と石油ショックのもたらした崩壊寸前の経済危機をあらかた克服して、今や、世界の国々から世界経済のリード役として期待されるに至るまで、その立直りは国際的にみて最も目ざましいのであります。いうまでもなく、国民挙げての真しな努力によるものでありますが、国際社会では、日本経済の戦後二度目の奇蹟とまで言われるほどであります。

 ただ、石油ショックが輸入石油に大きく依存するわが国経済に特に深刻な打撃を与えただけに、わが国経済はなお、完全にはその傷跡を癒し切れておりません。即ち、政府投資が増加し、個人消費も増加を続ける等により経済は緩やかな拡大基調にあるものの設備投資等の民間需要の盛り上がりに乏しく、雇用情勢の改善も遅れているほか、構造的な問題を抱えた産業があり、産業間の景況に格差がみられます。

 このような情勢が続きますと、わが国経済社会の活力が弱まり、今後のわが国経済の安定的な発展と悪影響を生じかねないことを懸念するのであります。また、国際収支面でも、内外の経済動向を反映してかなりの黒字基調を示しており、国際社会の一員として対外均衡を図るための努力が必要と考えられます。

 政府は年初来、公共事業等の施行促進、金利の大幅値下げ等一連の景気対策を講じてまいったのでありますが、このような経済情勢にかんがみさる三日、財政金融政策をはじめ、公共、民間両部門を通ずる総合的な経済対策を決定いたしました。

 この対策は五十二年度経済の実質六・七パーセント成長の達成を目指し、公共投資等の二兆円追加、金利水準の全般的引下げを二本の柱といたしますが併せて、各般の民間需要の喚起策や、構造不況業種対策を実施するとともに、厳しい情勢下にある中小企業についてもその対策をきめ細かく推進するほか雇用対策にも万全を期することといたしております。

 なお、これらの景気対策が、最近の物価の安定化傾向を損うようなことがあってはなりません。消費者物価は、本年度下期には、より安定的な基調をたどるものと見込まれますが、政府としては、円高による輸入品価格の低下を国内価格に反映させる等引き続き、生活必需物資等の価格安定対策を推進して参る所存であります。

 以上の総合対策を講ずることにより、わが国経済は、政府の経済見通しのとおり、消費者物価の年度中上昇率を七パーセント台に抑制しつつ、六・七パーセント程度の実質成長を達成するものと見込まれますが、この際、経済の先行きについての私の考え方を申し述べたいと思います。

 世間では、一方に、かつての「高度成長の夢よ再び」という考え方があり、他方にわが国経済の前途を徒に暗いとする見方もあります。しかし、私は、そのいずれの見方をも妥当とは考えません。

 先ほど申し上げたように、わが国経済は石油ショックによる打撃をあらかた克服し得たとはいうものの完全にはその傷跡を癒し切れず、つまり、人類としては、かつて経験したことのない新しい「資源エネルギー有限時代」への対応未だしという状況にあります。

 この対応をやり遂げ得るか否かで、日本の将来は決まります。しかし、この対応は、家庭において、企業において逞しく進められつつあります。この対応が大方出来上ったとき新しい日本社会、日本経済の夜明けを迎えることとなります。今は夜明けまであと一息というところである。激動期の国民や企業、特に、中小企業や構造不況業種の方々の苦悩は大変なものです。この苦悩を少しでも和らげるため、また、勇気を持って戴きたいためとったのが今回の措置であります。

 今回の措置では、現下の財政金融事情の下で可能な限りの政策手段を動員し、かつ、その規模も思い切ったものといたしました。この計画を実現に移すことにより、わが国経済は着実に回復をなし遂げ、私が、かねてから国民の皆様に訴えてきた安定成長路線がその真の基盤を固めることになるものと信じます。

 政府は国民の負託と信頼に応え、全力を傾注して経済運営の責任を果たしていく決意であります。地方公共団体におかれても今回の対策の趣旨を十分にご理解戴き、ご協力を賜りたいと存じます。

 <行財政改革>

 先ほど来、経済の分野における新時代への対応ということを強調いたしておりますが、政府もまたこの対応を急がねばなりません。この意味において、行財政を行うことは、当面の重要課題であります。

 政府は、新しい時代の要請にこたえて、行政の近代化、効率化を図るべく、行政体制及び行政内容の全般にわたる改革を実行する決意であり、先般そのための改革方針を決定したところであります。今後、逐次その具体化を進め順次関係法律案を次期通常国会に提出することといたしたいと考えております。また、財政の健全化も緊急課題であり、歳入面における見通し、歳出面における効率化の徹底等財政の健全化を強く推進する決意であります。

 地方公共団体におかれても、国の措置に準じて組織、定員及び運営の改革が行われることを期待します。

 <資源エネルギー対策>

 ご承知のとおり、わが国は、必要とするエネルギーの大半を海外に依存するという極めて脆弱なエネルギー供給構造となっており、しかも長期的にエネルギー需給が逼迫化することが予想される情勢にあります。エネルギー問題はわが国の当面する最重要課題の一つであり、政府といたしましても、全力を挙げてエネルギーの安定供給の確保を図るため、産業、国民生活各分野にわたり省エネルギーを推進するほか、原子力をはじめとする石油に代わる新しいエネルギーの開発、利用の推進及びなお依存度の高い石油供給の安定確保を図ってまいります。特の原子力については、核燃料サイクルの確立、新型動力炉の開発、核融合の研究開発を進める一方、原子力の平和利用と核不拡散の両課題を両立させるべく国際協力を積極的に推進し、将来のエネルギー問題に適切に対処しうるよう努力してまいりたいと考えております。

 なお、エネルギー政策を推進する上で、早急に解決すべき問題として発電用施設及び石油備蓄施設の立地問題があります。本問題については、政府としても安全対策の推進、地元との密接な連絡調整、地元の福祉向上等に努めているところでありますが、個別地域に関連の多い問題でもありますので、ご出席の各位におかれては、格別のご協力をいただきたいと存じます。

 <食糧問題>

 食糧問題は、政治が取り組むべき重要な課題の一つでありますが、最近のわが国の食糧、農林水産業をめぐる情勢をみますと、米の生産が再び過剰基調を強める一方、今後増産の必要な農産物の生産が停滞しているという状況にあり、また、水産業については二百海里時代の急速な到来を迎えるなど誠に厳しいものがあります。

 このような情勢にかんがみ、国内生産が可能なものは、需要の動向に即してできる限り国内で生産して総合的な自給力の向上を図るとともに、生産及び生活基盤の整備、需要に即応した生産の増大、生産の担い手と後継者の確保等農林水産施策の拡充に努めてまいる所存であります。

 海洋をめぐる国際環境は、各国の二百海里水域の設定に見られるように、急速に変化しつつあります。わが国は、これに対応するため領海の十二海里への拡張、二百海里漁業水域の設定を行いました。今後、「二百海里時代」といわれる新たな海洋秩序の形成に対応し、漁業操業秩序の維持、わが国漁船の保護及び領海侵入船舶に対する警備等海上警備体制の強化を図るとともに、北洋漁業の減船に伴う船員離職者の雇用対策を推進する考えであります。

 <新しい国土政策>

 国民が長期にわたり豊かで安定した生活を享受するためには、過密、過疎問題など当面する地域課題や人と国土との長期的なかかわりあいを総合的に考えつつ、国土整備の基本的、長期的な方向を明らかにし、これに沿って適切な施策を講じていく必要があります。

 このため政府は、地方公共団体をはじめ各方面の意向を聞きながら第三次全国総合開発計画を策定するとともに、この計画に基づいて大都市圏の整備及び地方の振興のための各般の具体的な施策を積極的に推進してまいる考えであります。

 また、「昭和五十年代前期経済計画」等を踏まえつつ、道路、新幹線、鉄道、港湾、空港等の社会資本の整備を進めるとともに、地域住民の足を確保するため、国鉄、中小民鉄、地方バス等の公共交通機関の経営の維持改善対策を推進してまいる考えであります。

 なお、現在、新東京国際空港を早期に開港すべく努力しているところでありますが、今後とも地方公共団体等の協力を心からお願いする次第であります。

 <国土保全と災害対策>

 わが国は、風水害その他の災害に見舞われやすい自然的条件にあり、加えて狭い国土に高密度の活動が営まれていることから災害に対し、脆弱な状況にあります。

 このため、治水施設等の国土保全施設の整備等を強力に進めるとともに、防災科学技術の振興、震災対策をはじめ、各種の災害対策を積極的に推進してまいりたいと考えております。

 <環境保全対策>

 環境問題については、引き続き大気汚染、水質汚濁等各種公害の防止対策及び自然環境の保全対策の充実強化に努力を傾けるとともに、開発行為等に伴う環境汚染の未然防止を図るため、長期的視野の下に、公害の発生を未然に防止し、良好な自然環境を極力保全する見地から、総合的計画的に今後の環境保全対策を推進してまいりたいと考えております。

 <住宅、土地対策等>

 住宅問題の解決は、国民の最も強い願いの一つであります。政府は、すべての国民が、その家族構成、居住地域等に応じて良好な水準の住宅を確保することを目標に、宅地開発の円滑化、住宅規模の拡大等を推進してまいる所存であります。

 また、下水道、公園等の生活環境施設の整備を図ることにより快適で機能的な都市づくりを強力に進める考えであります。更に、土地対策については、最近の地価の安定化傾向を維持しつつ、適切な土地利用を進めるよう国土利用計画法の的確な運用をはじめとして総合的な土地対策を推進してまいる所存であります。

 <社会保障>

 社会保障の充実は、政府、地方公共団体が今日直面する厳しい財政状況の下においても、強く要請されているところであります。

 今後、わが国の社会保障は、人口の老齢化を目前に控え、これに対処していくため、一層の制度上運営上の改善が必要となります。

 私は、社会的公正の確保に配慮しつつ協調と連帯の精神に支えられた、活力ある福祉社会の建設をめざして効率的な社会保障の充実を着実に推進してまいる考えであります。

 <教育・科学技術>

 教育は国の基本であり、人づくりは国政の最重要課題であります。私は、文教の刷新と充実に何よりも力を尽くす考えであります。特に、戦後教育における知識偏重主義や、入試、就職中心の功利主義的傾向を改め、日本の未来のために、知、徳、体の均衡のとれたたくましい日本人の育成に努めてまいる所存であります。

 そのために、教育の内容をゆとりあるしかも充実したものに改め、大学入試を改善するなど、国民の信頼に応える公教育を確立するとともに、進展著しい社会の中で、すべての国民が生涯にわたって常に自らを啓発し、スポーツ、芸術・文化に親しむことができるような教育・文化の体制の整備を図ってまいります。更に、わが国発展の基礎となる学術研究や宇宙開発、海洋開発等の新領域を拓く科学技術振興に格段の努力をしてまいる考えであります。

 <地方行財政>

 昭和五十二年度の地方財政は、わが国経済の基調の変化と景気の立遅れを反映し、前年度に引き続き大幅な財源不足を生ずるという厳しい局面となっております。

 このため、政府といたしましては、地方財政の重要性にかんがみ、地方公共団体の財政運営に支障を生ずることがないよう所要の地方財政対策を講じたところであります。

 地方財政は、明年度以降においてもなお相当厳しい情勢が続くものと予想されます。

 しかし、地方公共団体は、地域住民にとって不可欠な生活関連施設の整備、社会福祉の充実等の諸活動を一日たりとも休みなく続けなければなりません。

 政府といたしましては、地方財政の健全性を確保しつつ、益々増大する行政需要に即応していくためには、今後とも新しい経済環境に適合するよう地方税の充実をはじめ、地方財源の確保等を図ってまいりたいと考えております。

地方公共団体におかれても、新しい時代に即応した行財政運営のあり方について自主的に十分な検討を加え、長期的観点から財政構造の改善の徹底を図り、もって地域住民の期待に応えられんことを望むものであります。

 <東南アジア諸国との協力関係>

 最後に、最近の東南アジア諸国歴訪について、一言申し述べたいと存じます。

 東南アジアが地理的にもわが国に近く、歴史的にもわが国と密接な関係にあるわが国にとって極めて重要な地域であることは、申すまでもありません。私は、総理大臣就任以来、東南アジア諸国との関係を強化することを、わが国外交の主要な柱の一つとして重視して参りました。殊に、従来ともすれば、金と物を中心として動いてきた観のあるこの地域とわが国の関係を、真の相互理解に基づいた対等な協力者としての関係、真の友人としての関係に再構築することが重要であることを痛感するのであります。

 私が去る八月、ASEAN諸国首脳の招請に応じてクアラ・ルンプールにおいてこれら首脳と会談し、引き続きASEAN諸国及びビルマを歴訪いたしましたのも、このような認識に立って、新しい関係の出発を目指したものでありました。私の考え方は、歴訪最後の訪問地であるマニラにおけるスピーチで三原則の形で明らかにいたしましたが、幸いにして、この私の考え方は、各国首脳及び国民の皆さんによって十分に理解されたと信じます。

 しかし、私がこの歴訪で行ったのは、一本の苗木を植える仕事にすぎません。この苗木を今後大切にはぐくみ、いかなる逆風にも揺がない友好と協力の大樹に育て上げるのは、官民を挙げての日本国民全体の努力であり責任であると考えます。

 地方行政の責任を預かる各位におかれても、東南アジア諸国はもとより世界のあらゆる国々との間に、真に心と心の通いあう相互信頼の関係を確立するために、それぞれの分野でご協力下さるよう心から期待いたします。

 以上当面する諸問題について、所信の一端を申し述べましたが、これらは、いずれも国と地方公共団体が一体となって進めることによって、はじめてその効果が発揮できるものでありますので、各位の格段のご理解とご協力をお願いする次第であります。