データベース「世界と日本」(代表:田中明彦)
日本政治・国際関係データベース
政策研究大学院大学・東京大学東洋文化研究所

[文書名] 福田赳夫内閣総理大臣のニューヨークにおける演説(21世紀に向つての日米協力)

[場所] ニューヨーク
[年月日] 1978年5月4日
[出典] 外交青書23号,321ー327頁.
[備考] 
[全文]

 ロックフェラー日本協会会長,バージェス外交政策協会会長,御列席の皆様

 ワシントンにおける米国政府首脳との2日間にわたる実りある話合いを終えて,今日ここで,日米関係に格別の関心を寄せられている皆様にお話しする機会を得たことは,私の深く喜びとするところであります。

 日本協会と外交政策協会は,永年国際関係及び国際理解の面で米国の世論啓発に目ざましい役割を果たしてまいりました。この2つの団体が行つている活動は,きわめて重要であります。その重要性は,これから21世紀にかけて,人類が直面する試練が深刻なものとなればなるほど,さらに増大するでありましよう。

 今から1年前,私とカーター大統領とは,それぞれ就任後間もない日本国総理大臣とアメリカ合衆国大統領として,「世界の中の日米協力」は如何にあるべきかについて話し合いました。今回の日米首脳会談の眼目は,その後1年間の努力の成果を踏まえて「世界のための日米の役割」について日本と米国が,それぞれに,また協力して,担うべき役割を,より具体的に話し合うことにあつたと申すことができましよう。

(日米協力の基礎としての日米関係)

 「世界のための日米の役割」を具体化する上で,現在の強固な日米関係がその基盤となつていることは申すまでもありません。

 戦後の我が国の歴史を顧みると,日米相互協力安全保障条約を基礎とした米国との友好協力関係が,我が国の平和と安全を保障し,我が国の今日の繁栄を実現する上で,大きな役割を果たしたことは,疑う余地がありません。しかしながら,私は,この条約がひとり我が国の平和と安全を保障するという一方通行的な役割にとどまらず,今や,日米両国間の「全面的な提携関係」を象徴するものであり,相携えて平和で友好的な国際関係を創り出すための基盤となつているという事実を強調したいのであります。

 今日,国際社会が相互依存を深めるに伴い,また,我が国の国力が充実するに従つて,日米両国の提携関係は,単なる2国間だけの関係であることを越えて,世界のために両国が手を携えて協力するという面の重要性がますます高まつています。同条約に確固たる基盤をおいた日米両国の提携こそ,このような協力にとつての基本的な枠組みとなつているのであります。

(アジアにおける日米の役割)

 アジアは,日米両国がともに重大な利益を有している地域であり,この地域の平和的発展と安定を促進する上で,長期的視野にたつた日米両国の協力が最も望まれるところであります。

 我が国は,アジアの一国として,この地域における平和と安定の確保が,世界の平和と安定と不可分のものであり,また,我が国自身の繁栄にとつて欠くことのできないものであると考えます。そして,この地域の安定と繁栄のために積極的に貢献することが,我が国の果たすべき責任であることを自覚しております。

 私が,昨年8月に行つた東南アジア諸国歴訪は,このような考え方に基づくものでありました。私は,最後の訪問地であるマニラにおいて,このアジアに対する我が国の基本的姿勢を3原則の形で明らかにしたのであります。

 第1の原則は,我が国が,平和に徹する立場から,軍事大国とはならず,その余力をもつて,アジアひいては世界の安定と繁栄に貢献することを目指すということであります。このような決意の表明に対して,私が訪問した諸国はすべて強い賛意を表明しました。この事実こそは,これらの国々が我が国に何を期待しているかを雄弁に物語つております。

 私がここで特に強調したいのは,このような我が国の役割は,日米安保体制に基づく協力関係の存在によつて初めて可能となつているということであります。アジア諸国が我が国に期待するものは非軍事大国である隣国として,もっぱら平和の構築に貢献することであります。私は,この点について米国の人々が正しい理解を持たれることを,強く期待いたします。

 第2の原則は,我が国と東南アジアとの関係が打算に基づく関係や経済的支配の関係ではなく,相互信頼に基づいた真の友人としての関係でなければならないということであります。東南アジア諸国の間で,地域協力を通じ,国造りの努力がますます強まつている今日,我が国が,アジアの対等の「仲間」として協力する関係を確立することは,この地域の安定にとつてきわめて大きい意味をもつものと信じます。

 私がマニラで強調した第3の原則は,アジア全体,なかんずく東南アジアの平和を確保するためには,社会体制の相違にもかかわらず,インドシナ諸国との間に平和で互恵的な関係を築き上げることが重要であるということであります。我が国がこのような外交努力を行うことは,東南アジア諸国間の平和な関係のために積極的な意味をもつものであると信じます。

 我が国としては,今後も,以上に述べた3原則を東南アジアを始めアジア全域に対する我が国の政策の柱に据え,この地域の安定と繁栄のため,引き続き積極的に貢献していく決意であります。

 私は,今回のカーター大統領との会談を通じ,米国が太平洋国家としてアジアに引き続き強い関心をもつており,今後とも,この地域の平和と安定を維持するため建設的な役割を果たすという決意に接し,大変心強く思いました。今回のモンデール副大統領によるASEAN3カ国,豪州及びニュー・ジーランードの訪問も,このような米国の決意を示したものであり,また,最近日本協会におけるマンスフィールド駐日大使,あるいは,ブレジンスキー大統領特別補佐官の講演において,米国のアジア太平洋地域に対するコミットメントが再確認されたことは,我が国としてもきわめて歓迎するところであります。

 このように,米国が引き続き,具体的行動をもつてアジアに対するその関心とプレゼンスの維持の決意を示していくことは,きわめて重要であります。このことは,東南アジアにおける「米国のアジア離れ」に対する危惧を払拭し,また,我が国がアジアの安定と繁栄に対して果たす建設的な役割を支えるために,最も重要な鍵であります。

 我が国としては,今後とも,米国との協力関係を基軸としつつ,この重要な地域に真の平和と繁栄がもたらされるよう,一層積極的に我が国の役割を果たしてまいりたいと考えます。

(国際経済面における日米協力)

 世界経済の現状は,「世界のための日米の役割」という観点からみて最も重大な問題であります。

 現在の状況は,先進国であると開発途上国であるとを問わず,楽観を許さないものがあります。この状況を打開しないと,世界の安定と平和そのものが脅かされる事態にもなりかねないことを,私は心から憂慮しております。この問題に対して,世界における2つの経済大国たる米国と我が国としては,日米間の問題という見地からではなく,世界経済の安定的拡大のために,それぞれに,また,共同して何をなすべきか,また,なしうるかという見地から取り組むことが重要であると考えます。

 昨年来行われ,本年1月に牛場大臣とストラウス特使の共同声明で決着をみた日米間の一連の経済協議は,正にこのような観点から行われたものであります。これによつて,両国が,協調の精神を基礎として,それぞれの立場から世界経済の安定のために協力するとの共同の決意を再確認しえたということは,まことに喜ばしいことであります。

 牛場・ストラウス共同声明が,世界貿易の問題の解決を,保護主義による縮小均衡ではなく,自由主義による拡大均衡に見出そうとする考え方で貫かれていることは,重要であります。この考え方こそ,世界経済全体の一層の繁栄を追求するに当たつての指導理念でなければなりません。

 我が国としては,景気回復を速めることによつて内需拡大を図り,それを通じて,世界経済に活力を与える形で協力することを目指しております。我が国は,種々の困難にもかかわらず,その1/3を公債に依存するような大型の超積極予算を組みました。我が国の実質成長7%という目標は,先進国の中でも一段と高いものであります。日本銀行は,国内需要の拡大に資するため,公定歩合を3.5%まで引き下げました。また,我が国は,関税の前倒し引き下げ,数量制限品目の一部自由化ないし輸入枠拡大,為替管理の自由化,輸入金融の拡大等の具体的措置を通じて輸入の拡大に努めております。

 このような措置により,今や日本市場は,米国と比肩すべき開放された市場になつており,対日輸出機会は大いに拡大されております。我が国からは,3月に輸入促進ミッションが米国に派遣され,米国の商品の開拓及び購入に大きな成果を収めました。米側においても,日本に対する輸出を促進するための努力を倍加されることを強く期待いたします。

 目下山場を迎えつつある多国間貿易交渉及び7月の先進主要国首脳会議においては,日米両国の協力が,その成功のための前提であります。先進主要国首脳会議の議題としてとりあげられている問題,なかんずく貿易交渉の進展は,日米両国が,世界経済に占めるその卓越した地位にかんがみ,世界全体のため強い指導力を示さなければならない重要な分野であります。

 国際経済問題における日米協力は,MTNの結実をもつて終るものでもなく,また,次回の主要国首脳会議をもつて完結するものでもありません。世界経済の繁栄のためには,長期にわたる日米両国の協調と連帯の努力が不可欠なのであります。

 いうまでもなく世界経済の健全にして安定した運営を図る上で,今や,米国一国のみの力に依存すべきではなく,主要先進国が協力してその発展の責任をとらなければなりません。しかしながら,米国に比肩しうる経済力を持つた国はなく,この事態には当分の間変化がないものと考えられます。それだけに自由貿易の維持,国際通貨の安定,資源エネルギーの有効利用等の分野で,米国が引き続き指導力を発揮することを切望いたします。

(開発面における日米協力)

 世界経済が混迷し,開発途上国がその影響をとりわけ強く受けているという状況の下で,開発途上国の経済困難を打開し,更にはその経済社会開発を推進するために,今日ほど積極的な国際協力の努力を強める必要が高まつた時代は未だかつてありません。日米両国が,この分野で,それぞれに,また,協調して,果たさなければならない役割は今後ますます高まるものと予想されます。

 我が国は,昨年5月,政府開発援助に関し,5年間に倍増以上に拡大するという方針を宣明いたしました。本日,私は,この方針を更に進めて我が国が3年間で倍増を実現するよう努力していることを申し上げたいと思います。

 私は,更に,我が国がOECDの勧告基準を可及的速やかに達成するため,援助条件を改善するという意図をここに表明いたしたいと思います。我が国は,政府借款の条件を改善し,無償援助を拡大し,また相手国の要請に応じ,援助のアンタイイング化を図つてまいります。

 開発途上国に対する経済協力は,一朝一夕にして顕著な成果を期待しうるものではありません。各国が,協調と連帯の精神に基づいて,地道なかつ忍耐強い努力を続けることが何にもまして肝要であります。それだけに,「世界のための日米の役割」の一環として,日米両国がこの問題について力をあわせ,より積極的に役割を果たすことの意味は大きいと考えるのであります。

(科学技術面における日米協力)

御列席の皆様

 21世紀の到来まで,20余年を残すにすぎません。21世紀世代の繁栄と幸福を保障するとの見地に立つて,日米協力の姿を検討することは決して単なる夢物語ではありません。このような見地から私は,将来の日米協力の最も大きな可能性を秘める分野として,ここで科学技術協力の問題をとりあげたいと思うのであります。

 現代の科学技術は,人間の生活を便利で限りなく豊かなものとすることもできるし,逆に戦争と破壊のために奉仕する可能性をも持つていることは,今日よく知られているとおりであります。科学技術は,生産活動に新しい刺激を与え,未来への世界経済の拡大発展を担う主要な原動力ともなりえますし,同時に,資源を浪費し,人類の生存そのものを脅かす可能性も秘めております。

 正に科学技術がこのように二重の性格を持つものであるだけに,平和に徹する国家として我が国が果たすべき役割は,科学技術をもっぱら世界の人々の生活水準の向上に役立たせるための国際協力に積極的に貢献することにあると私は信じます。

 私が,今回のカーター大統領との会談において,科学技術協力について具体的提案を行いましたのも,正にこのような認識に基づいたものに他なりません。

 日米協力が,両国にとつて今日最も切実に求められている分野は,核兵器の拡散の危険性を排除しつつ,核エネルギーの平和利用を発展させる技術的可能性を探求することであります。

 核エネルギー平和利用のもつ重要性は,ほとんど見るべきエネルギー資源を持たず,米国に次ぐ世界第2の石油輸入国である我が国のような国にとっては,いくら強調してもしすぎることはないでありましよう。

 核兵器の惨禍を身をもつて体験した我が国は,核不拡散の「核兵器を持たず,造らず,持ちこませず」という非核3原則を堅持しております。そして,核不拡散条約の締約国として,米国とともに世界の核不拡散体制を確立する国際的努力に貢献しております。

 同時に,核兵器拡散防止への熱意の余り,原子力平和利用の途が閉ざされるようなことがあつてはなりません。我が国としては,原子力平和利用推進と核不拡散の確保という2つの命題は,絶対に両立させなければならないし,また,必ず両立しうると確信しております。この命題の一方のみを他方の命題に優先させるような解決策は,決して真の解決にはなりえないのであります。

 私は,日米両国がこの両命題を両立させうる技術の開発に協力することによつて,世界に対して極めて建設的な貢献を行うことができると考えるものであります。

 また,原子力エネルギーの利用を考える場合に,安全性の確保はその不可欠の前提であります。日米両国が同じタイプの発電用原子炉を使用していることに着目すれば,日米両国が相協力し,原子炉の安全性,信頼性を高めることは両国民にとつての共通の利益と考えます。

 より長期的な観点から,日米協力の拡大が望まれるのは,新たな代替エネルギーの開発問題であります。

 すでに今世紀末には,石油資源は,涸渇に向かうことが予想されております。日米両国は,相協力して現存するエネルギーを節約するとともに,太陽エネルギー,地熱,核融合,潮力,オイルサンド,オイルシェール,石炭の液化等の新エネルギーの分野で開発を推進すべきでありましよう。

 私は,これら各分野のうちでも,特に将来における究極のエネルギー源としての核融合と太陽エネルギーを共同研究開発のための有用な分野として指摘したいと思います。

 核融合は,自然界で太陽が熱と光を作り出している原理を応用して,ほとんど無限のエネルギーを創り出そうとするものであります。いわば,核融合炉は,この地球上に小さな太陽を作り出すことを意味します。日米両国では,これまでも,両国の専門家の間で,すでに技術的情報の交換が行われています。しかし,私は,更に一歩を進めて,両国が提供しうる人的能力や財政的資金を活用し,この壮大な人類の夢を実現するため,共同の努力を行うことが重要であると考えるのであります。

 他方,太陽エネルギーの利用は,化石燃料など総てのエネルギーのもとである太陽の熱と光をより効率的にとらえ,利用しようとするものであります。太陽エネルギー利用のいくつかの分野における技術的協力の面では,日米両国の専門家の間で実施取極が締結されようとしており,具体的研究計画の推進が期待されております。しかし,太陽エネルギーの利用には現在行われているよりもはるかに大きな可能性が存在しているのであります。その一例として自然界において植物が光のエネルギーを吸収して必要な養分を作り出す光合成の機能を応用することが考えられております。このような分野における共同研究の努力を行うことが考えられてもよいのではないでしようか。

 これらの分野における研究開発のためには,巨額の人的及び物的な投資を必要といたします。限られた資源をより効果的に利用し,日米協力の実を挙げるという観点から,私は,これらの分野における国際協力推進の枠組みとして,日米両国が科学技術協力共同基金の創設を検討することを,提唱したいと思います。本件については,今後米側と話し合いたいと考えておりますが,私は,米国もこの構想に賛同されることを期待いたします。

 このような科学技術協力のパートナーシップは,日米両国のみに限られなければならない理由はまつたくありません。この協力関係においては,日米両国とともに,科学技術を人類の繁栄に役立たせるために協力しようと念願する諸国にも門戸が開放されるでありましよう。

(結語)

 私は,新しい年の1月,国会における施政方針演説において,「世界のための日本の役割」に関する私の哲学を敷衍し,それを次の2つの基本理念として要約いたしました。

 第一は,我が国は,平和に徹する信念を貫き通すことであります。我が国は永久に軍事大国への途を選ばず,世界のすべての国との友好協力及び国際社会との連帯を促進しなければなりません。

 第二は,国際社会における責任を果たすことであります。我が国の有する経済力並びに人的な資源及び活力を,世界における平和と繁栄の達成という共通の目標に向け,増大しつつある国際的役割を果たさなければなりません。

 私は,この基本理念こそが,今後日米友好協力関係を一層強固なものとするに当り,我が国の指針となるべきものと信じます。私は,この2つの理念を旨とし,米国と相携えて,より平和で繁栄する21世紀の世界を実現するため力を尽くす決意であります。