[文書名] 政治に複合力を,自由民主党総裁選への立候補に当たって(大平内閣総理大臣)
はじめに−−黎明にむかって
順調な戦後経営は、昭和四十年代の半ばからにわかに崩れはじめ、大地が揺れ動くような不安定な時期が続きました。国民の一人一人が、つぎつぎにやってくる衝撃を乗り切るのに、精いっぱいの日々でした。
いまなお、勤労者には雇用不安が、経営者には見通し難や円高問題が、中小企業者には構造不況や過当競争の圧迫が、農林漁業者には価格不安定や自由化の問題が、高齢者や主婦にはインフレへの不安が、それぞれのしかかっております。
しかし、それらの不安や悩みを強調しすぎてはなりません。戦後三十余年、私たちは、幾多の試練にめげず、今日までよくやってきたではありませんか。私たちが享受している自由や平和や繁栄は、先進西欧諸国に比べても決してひけをとるものではありません。営々と努力して築きあげたこれらの価値あるものを、一時の衝撃によって台なしにしてはなりません。
時代は、急速に変貌しています。
そして長く苦しかった試練を経て、ようやく黎明が訪れてきました。あたりはまだ闇でも、頭をあげて前を見れば未来からの光がさしこんでいます。後を向いて立ちすくむより、進んでその光を迎え入れようではありませんか。
同志諸君。
このような時期における自由民主党総裁公選の意義には、測り知れぬものがあります。それは、国政の針路を決める場となり、一億国民の命運の選択に通ずるものであります。
選択は、慎重で聰明でなければなりません。私は、みなさんの選択が必ずや時代をひらく鍵となることを深く確信し、この総裁選挙が日本の新たな出発点となり、新らしい政治的勢力の誕生をもたらすことを信じます。
政治姿勢−−国民の合意の上に
激変する時代に、政治は機敏かつ効率的に対応しなければならない。イデオロギーの不毛な対立や硬直化した利害の対決は、政治に渋滞や混乱をきたすばかりである。
われわれは、権力志向に根ざす行政府の硬直した姿勢を戒めねばなりません。政治は、つねに謙虚であると同時に、自己改革を怠らず、時代の要請に有効に応え得る構えがなければならない。
議会制民主主義、自由市場経済体制、そして現行安全保障体制など今日の社会の基本的な秩序は、いまやほとんどの国民の合意となった。いかなる施策も、これを守り、これを強化し、この上に展開されるものでなければならない。
私は、辛抱強い説得と理解、信頼と協力によってより広い合意を形成することを基本姿勢とし、しなやかだが強じんな、政治の確立を目指すものである。
また、行政の肥大化とタテ割り主義による非能率化を改め、安くつく効率のよい政府を実現しなければならない。とりわけ、地方政治については、行政の中央集権への傾斜を改め、地方自治体による独自で機動的な行政力に委ねるよう措置する。
基本政策−−一つの戦略、二つの計画
高度経済成長の成功によって、わが国は、所得の面では世界の一流となったが、社会や生活の基盤は、脆弱さが目立っている。この不足面を充実し、社会や生活の質的向上をはかり、均衡のとれた国家を創らねばならない。そのため、一つの戦略、二つの計画、すなわち総合安全保障戦略、家庭基盤の充実計画および地方田園都市計画を基本政策として、これらを総合的に展開することにより所期の目的を達成する。なお、これらの施策には、日本社会固有の問題解決能力を十分にとり入れるよう配慮したい。
1 総合安全保障戦略を確立する
資源と市場のほとんどを海外に求めなければならないわが国にとって、世界のどのような紛争もその存在を脅かす。ましてや兵器開発が極度に進んだ今日、わが国が直接の攻撃対象となった場合には、到底単独でこれを持ちこたえることは不可能であり、これまでとられてきた集団安生保障体制ですら十分ではなくなった。そのため、わが国は、平和戦略を基本とした総合安全保障体制を整え、その安全を確保しなければならない。すなわち、現在の集団安全保障体制−−日米安保条約と節度ある質の高い自衛力の組み合わせ−−を堅持しつつ、これを補完するものとして、経済・教育・文化等各般にわたる内政の充実をはかるとともに、経済協力、文化外交等必要な外交努力を強化して、総合的にわが国の安全をはかろうとするものである。
2 民間経済の活力ある展開をはかる
現在の最大の問題は、産業構造の転換から生ずる雇用不安と地域不況であるとの認識に立ち、それらの矛盾を経済の活力によって吸収するため、政府は、民間経済の活力ある展開を援助し、適正な経済成長の持続をはからねばならない。
なお、中長期の展望を明らかにしつつ、資源、環境等の制約条件を克服するため、エネルギーをはじめとする科学技術の革新を進め、同時に産業の高度化と転換を促進する。特に農林漁業と中小企業については、その日本的特性を考慮し、たくましい経営を維持発展させるため、生産性の向上をはかる。
3 家庭を中軸とする日本型福祉社会を実現する
日本人のもつ自立自助の精神、こまやかな人間関係、相互援助の仕組みを十分に守りながら、これに適正な公的福祉を加味した公正で活力ある日本型福祉社会を建設する。わが国の家庭は、戦後の急激な変貌の余波と迫りくる高齢化社会の波に洗われて脆弱さを露呈してきた。この家庭の物質的、精神的基盤を急速に充実し、生活の質を向上して落ちつきと思いやり、ゆとりと風格のある家庭を実現するとともに、経済や社会制度上の不備を十分に吸収しうる対応力のある家庭をつくらなければならない。
より具体的には、家庭基盤を充実する総合的計画を策定し、雇用、老齢、健康、住宅、余暇、文化、教育等に適正な施策を行い、日本的な弾力性と複合力を十分に機能せしめるよう配慮すべきである。
4 田園都市を核に地方分権の政治を確立する
都市のもつ高い生産性とゆたかな田園の自然を高次に結合させ、健康でゆとりある田園都市のネットワークをつくり、地方生活圏を全国的に展開する。これによって国土の均衡ある開発をはかるとともに、税財源、雇用機会、教育文化機能を首都東京都をはじめとする地方自治体に配分し、福祉等の行政機能も大幅に地方に委譲する。それぞれの地域に高次の自治機能をもたせ、多様な地場産業を育成、個性ある文化の花を咲かせる。
中央集権から地方分散へというこの計画は、同時に、大都市の過密の解消と生活環境の改善に関する具体策をも含まねばならない。とくに地震、火災その他の災害に対する防災衛生、交通等の政策を充実し、大都市をそこに生まれ育った人間にとってふるさとを感じさせるようなものとしなければならない。
以上の政策運営にあたっては、社会的、経済的公正がはかられるよう細心に配慮する。とくに、税制や、行政面における不公正の放置は、国民の政治に対する信頼を著しく阻害するものであり、つねに諸施策、諸制度の見直しを怠ってはならない。
むすび−−活力ある党、ゆるがない日本
わが自由民主党の活力の源泉は、党内に自由で多様な見解がつねに活き活きと息づいており、それが無数のパイプを通して日本社会のあらゆる階層、職能、地域と結びついていることである。私は、この自由でゆたかな源泉から、汲めども尽きない国民の創意とエネルギーがあふれだしてくるような政治こそ、これからの日本を戦後第二の黎明期にむかって出発させるエンジンの役を果たすものと信ずる。
このような政治を実現し、ゆるがぬ日本をつくるため、私は、わが党の基盤をかため、党勢を拡大し、リーダーシップを強化することに全力を傾ける決意であります。
同志諸君のご理解とご支援を切望して止みません。