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日本政治・国際関係データベース
政策研究大学院大学・東京大学東洋文化研究所

[文書名] 平和な八〇年代へ準備の年(四国新聞新年座談会より)(大平内閣総理大臣)

[場所] 
[年月日] 1979年1月1日
[出典] 大平内閣総理大臣演説集,415−418頁.
[備考] 
[全文]

内閣総理大臣 大平正芳

香川県知事  前川忠夫

岡山県知事  長野士郎

評論家    草柳大蔵

大平 明けましておめでとうございます。今年は、おだやかな正月を迎えることができたことを、みなさんと一緒に感謝したいと思う。世界の多くの国々では、このような正月を迎えられない国も多いかと思うが、これは、日本の国民のみなさんがそれぞれの立場でそれぞれの責任を果たしていただいている成果である。今年は、この状態がさらに一層安定し、八〇年代を迎える準備ができる年でありたいと願っている。もっと海をきれいにできないか。物価もやや安定したが、さらに持続する状態ができないか(と思っている)。現実の政治はむずかしいが、少なくともよくなっていくようにしたいと思っているので、みなさんのご理解とご協力を年頭にあたってお願いしたい。

前川 香川県にとって、昨年は、多事多難の年でした。大平総理の誕生とか瀬戸大橋の着工など明るい年でもあったが、半面、赤潮の発生とかマツクイムシのまん延、交通事故の増加、青少年の非行など心を痛めることもあり、大変な年だった。

 大平内閣の下で、ことしの県政を考える時、昨年の延長線上にあるといえる、四国横断自動車道、新高松空港などを抱えており、忙しい年になると思う。

長野 大平総理が慎重な中にも豊かな地域社会、特色ある文化を創造する田園都市構想を提唱していることは、私か目指しているコミュニティーづくりと歩調を合わすもので、大いに期待している。

大平 田園都市構想は、なにも私が提唱したというようなものではなく、日本人一人一人の心の中にある構想だと思う。みんながなり振りかまわず、一所懸命働き、経済力が強くなり、人間が都市ばかりに集中してきたために、東京が頭でっかちになり、地方は手足になってしまった。こんな状態で我慢してここまできたが、考え直さなくてはいけないのじゃないかという考え方は、国民全部にある。考える時期がきたし、実行に移すだけの力を日本がもってきた。

 過去に国土の改造、再編成、地域開発などを手がけてきたが、考えてみると、もっと忘れたものがあるので、このあたりで人間のトータル的なものを、もっと重みのある、もっと厚みのある充足されたものにできないかということをみんな考えている。それに火をつけて、誘導していくのが政治の任務であると思う。

草柳 香川県には田園都市構想の具体的なものはあるのですか。

前川 香川県は、もともと田園都市的な姿をもっている。形だけは田園都市のように見えるが、質的にはまだまだ不十分だ。形だけでなく、内容のある田園都市を建設していきたいと思っている。私もかねてから田園都市構想的な考えをもっていた。それだけに大平総理のこの構想は高く評価しているし、全く同感だ。

大平 一つのパターンがあって、ハンで押したようにつくるのではなくて、産業でも教育でも個性を生かしていくようなことを考えなくてはならない。地域が中核になり、イニシアチブは地域がとる。そして政府はお手伝いするものでなくてはならない。中央政府が計画して地方に実行を保障してもらうようなことはできない。国民に各種の欲求がある。中央には、それらに一つ一つ対応していく知識もなければ、力もないし、財源もない。地域が自主的に案をつくる。それが「花は紅、柳は緑」であってもいい。それを中央がお手伝いする呼吸でやらなくては…。主体は地方ではないかと思う。そのうちに中央が地方へお願いにいかなくてはならなくなるのではないだろうか。(一同大笑い)

草柳 大平総理から「瀬戸内海をもっときれいに」という話がありましたが、瀬戸内海の海流は、グルグルまわっているんですね。浄化のために海流をどこかに引っ張り出す実験をしてはどうか。

大平 瀬戸内海は、海といっても池みたいなものだ。むずかしいかも知れないが、日本の一つの文化を生んだ地域なのでコントロールして元のきれいな海に返さなくてはならない。技術力、財政力、国民のこれだけの力を駆使すればできない相談ではないと思う。

前川 香川県にとっても、瀬戸内海は、生命線ともいえる海だ。白砂青松の景観からいっても、漁業の面からも守らなくてはならない。汚染が赤潮や酸欠をもたらしている。従来から汚染原因の解明と対策の究明を要望しているが、どうしても国立の瀬戸内海総合科学研究所を設置してほしい。草柳さんの言われた海流を引き出す実験は、ひとり瀬戸内海だけでなく、伊勢湾や東京湾など閉鎖水域にも応用できると思う。

草柳 日本人は、ノウハウとか目に見えないものに対する投資や計画は、不安がったり、あまり人気がない。そこで総理、今年は目に見えないものにカネをつかうんだということを言ってほしい。

大平 量より質へとか、目に見えるものから見えないものへ、さらにはハードウェアからソフトウェアへと重心が移りつつある時代だ。

前川 一時は物にウエートが置かれていたが、心の重要性を認識し、物から心へ移行する時代に入ってきている。

草柳 瀬戸大橋が着工されたが、その評価をしてもらいたい。

長野 中四国が橋によって一体になることは、もちろん画期的なことだが、それと同時に、橋が文化を地方分散するテコになることを評価したい。いままでは東京へ通じていないと道路じゃないという考え方が多かったが、東京へ通じないで南北軸ができた。日本海から太平洋へつながるわけで、この南北軸は大きな効果が期待できる。

前川 四国からいえば南北軸であり、東西軸だ。最近もよく濃霧で船が止まったり、飛行機が飛ばなくなったりして、島国の悲哀をいやというほど味わうんですが、この時には橋の重要性をより一層再認識させられる。四国にとっては悲願だったので、本土との陸続きは革命的なものだ。

草柳 大平総理が架橋推進の会長だとか……。

前川・長野 大変ご尽力いただき、お世話になりました。

大平 いや、いや、こちらこそ両県に大変お世話にならなくてはならない。