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日本政治・国際関係データベース
政策研究大学院大学・東京大学東洋文化研究所

[文書名] 明るい日本の未来(香川県における大平内閣総理大臣の記念講演)

[場所] 上戸学園体育館
[年月日] 1979年7月7日
[出典] 大平内閣総理大臣演説集,419−430頁.
[備考] 
[全文]

 今日は大変蒸し暑い炎暑のみぎりでございます。皆さま、この大きな体育館狭しとするほどご参集いただきまして、誠意あふれる歓迎をいただきまして、大変身にあまる幸せでございます。

 沿道各地で、大変心のこもったお迎えをいただきました。何とお礼を申し上げてよいか、言葉に窮する次第でございますが、厚くお礼を申し上げます。また、ただいま立派な花輪を贈っていただきまして、大平正芳と花というのはあまり調和がとれない。けれども、西洋のことわさで“Say it with flowers”という言葉があります。日本語に訳すと、恐らくこれは“花こそは本当の雄弁である”というように訳すべきなんでしょう。花は物は言いませんけれども、贈り主の友情、善意、思いやりというものを、本当に有効に伝達してくれるわけでございます。花屋に宣伝を頼まれたわけじゃありませんけれども、今日ここにまいりまして、この馥郁たるお花を頂戴いたしまして、全く有難いことでございます。重ねて厚くお礼を申し上げます。(拍手)

 本日ここに立ちまして、二十七年の長い間、昭和二十七年の十月選挙から十回の選挙を経験させていただきまして、今日まで変わることなくご支持を賜わりました皆さまの、ご厚意に感謝しなければならないのでございます。二十七年間、議席を全うできるというのは、非常に大変なことでございます。

 東京では、大平正芳という男は、とくに男前ではないし(笑い)、演説もパッとしないし(笑い)、愛想もよくない。けれども、毎回選挙すれば、ちゃんと出てくるじゃないか、あれは、恐らく郷里讃岐においては、やっぱり信用を持っておる男に違いない。郷里で信用がある男だからということで、中央では、大変重宝に処遇をいただいたわけでございます。私は、有能な者ではありません。秀才でもないのであります。世渡りも決して上手なほうではない。にもかかわりもせず、二十七年の間、その約半分を、あるいは閣僚として、あるいは党の幹部として、重要な仕事を預からせていただいたのであります。そのわけはというと、やっぱり郷里におきまして、しっかりした支持をいただいておったお蔭である、と思うのであります。この機会に、海よりも深く、山よりも高い皆さまの変わらないご支援、ご友情に対しまして、心より厚くお礼を申し上げる次第でございます。(拍手)

 その私が、去年の暮には、とうとう最高の地位についてしまったのでございます。恐らく皆さん、まさかと思ったんではないでしょうか。皆さんが思ったのは間違いでございません。私さえそう思ったのですから(笑い)。けれども、お受けした以上は、自分は無能であるからということで、ご辞退申し上げるべきではございません。やっぱり、渾身の力をこめてご奉公しなければならないと存じております。

 去年お受けいたしまして、最初に取り組みましたのが、昭和五十四年度の予算の編成という仕事でございました。予算という仕事、何でもないようでございますけれども、いわゆる予算編成というんじゃあないんであります。もう、中央も地方もふつう一般の仕事をしておるわけでございまして、大変お金がかかるわけでございますけれども、これをまかなうところの歳入、収入がないのであります。収入の入るを計って出づるを制するというのが財政の大原則だとすれば、われわれは、いま日本の四割はぶった切って、六割の規模に直さなければならん、という気がしておるのであります。

 ここに松の木がありますけれど、松の木が生きておるという所以のものは、松の木を支えるだけの栄養があるからであります。栄養が足らなくなったら、枝や葉っぱは切り落さなければならんわけでございます。いま、国の財布は、そのように切り盛りしないと、やっていけない時期になっておるわけでございますが、私がそういう面倒な時期にたまたま政権を預かる立場に立ったのでございます。それで、とりあえず、そうは申すものの、枝や葉っぱをぶった切りに切るわけにもまいりませんので、一応国民からお金を国債という形で借りまして、そしてこれをまかなうということをいたしておりますけれども、こんな無意味なことは、いつまでもやれないのであります。

 債券市場におきまして、国債の値段が暴落しておりますことは、皆さまご案内のとおりであります。もう経済界ではこれ以上の国債を出しても魅力はありませんよ、われわれは国債を買いませんよ、という危険信号をすでに出しておるのでございますので、この財政を正常な姿に帰さなければならない大事業でございます。その上に一歩を私は踏み出したわけでございますが、これから長い間かかりまして、この国の財政をまともな姿に帰さなければなりません。財政再建の仕事をやり遂げねばならん、というのが第一の仕事になっておりますことは、ご案内のとおりでございます。

 この予算案を引っ下げて国会に臨みましたところ、間もなく外国航空機の輸入にからまる疑惑が、降って湧いてきたわけでございます。国会も新聞もこの問題を毎日のように、しつこく取り上げていったわけでございます。疑惑は一掃しなければならない、調査は公正に行われなければならない、政治の倫理は確立しなければならない、これが国民の声でございます。さっそく政府は、警察当局がこの事件に介入いたしまして、刑事責任を問うべきものはあるかどうか、などの捜査に取りかかりましたことは、ご案内のとおりでございます。

 この問題の捜査の道程におきまして、なるほど一人の政治家が、昭和四十一、二年頃相当巨額の金をある商社から受けておったということが、ほぼ明らかにされたのでございます。それはどういう金であったか、それが航空機輸入にからまるものであったかどうか、なかなか解明は完全に進んでいないのであります。しかし、それがいずれでございましても、そういう問題を通じて、政治の倫理はどうしてくれるんであるか、こんなことでは政治を信用するわけにはいかないんじゃないか、という声がありますことはご案内のとおりでございます。

 したがって、国会は、国政調査権の名におきまして、この政治責任の所在を究明いたしておりますし、政府もその解明に協力をいたしておるのが、いまの現状でございます。この問題に対するわが政府とわが党の取り組み方が、いかにも生ぬるいんじゃないか、その頂点におる大平自身が消極的ではないかという非難がありますることは、皆さんご案内のとおりであります。しかし、私は、この問題をそんなにぞんざいには、取り扱ってはいないつもりであります。問題が提起された以上、真相は解明されなければなりません。解明された実態を踏まえて、公正な、国民の納得のゆく解決、決断がなされなければならんことは、もとより当然でございます。

 そういうことのために、いま、政府は、一所懸命、わが党もこれに対して一所感命、対処をいたしておるわけでございます。いい加減にこの事件を済まそうとは、いたしていないのであります。いま事件は解明の途中にあるわけでございます。皆さんは、大きな目を向けて、この問題の処理を見届けていただきたいものと思うのであります。民主主義の国におきましては、国民は、知る権利を保障されておるわけでございます。皆さんは、知る権利があるわけでございます。この問題が、どういう手順を経てどういう解明が行われて、どういう処断がくだされるかということを、静かに見守っていただきたいと思うのであります。民主主義の名誉にかけて、ぞんざいなことはいたさないつもりであります。

 私は、もう一つ、事件につけ加えて、皆さまに申し上げておきたいのであります。日本は民主主義国であります。そして、民主主義の基本は、国民が知る権利が保障されておるということであると思うのであります。われわれの周囲には、有力なマスコミが活動をいたしております。マスコミは、取材の自由を保証されております。報道の自由を確保しているのであります。彼らは全力を挙げて真実の究明に取りかかって、仕事をいたしております。

 マスコミというものは、多少われわれにとりましてやっかいな存在であることは、間違いありません。けれども、そのやっかいな存在であるマスコミがあるがゆえに、日本におきましては、この社会の清潔が保証をされておるとすれば、このマスコミというもののやっかいさは、われわれが民主主義の名において払わねばならない代償ではないかと思うのであります。

 どこかの国では、権力者はどこで{前1文字ママ}住んでおるか、何をしておるか、どういう生活をしておるかさえ、知らされていないのであります。知ろうとすれば阻まれるわけでございます。どうしても解明しようとすれば、処罰を受けるような国が多い中で、わが国は明るい民主主義が保障されておるということは、有難いことだと思うのであります。その民主主義は、どんな代償を払っても守り抜かなければならんと私は思います。日本の名誉のために、われわれの幸せのために、守り抜かなければならないと思うのであります。私ども、この尊い、われわれが手にした権利、財産、宝は、何としても大切にしていきたいのでございます。

 一つの事件が起きた。この事件が起きることは、いいこととは言えないけれども、より以上に大事なことは、それが明らかにされて、どういう手続きでどのように処断されていったかということが、国民にわかることが大事だということであります。そうすることによって、不正の再発が予知されていくということになるのでございます。

 ダグラス、グラマン事件にちなんで、私は、民主政治がどんなに大事かということをしみじみ痛感いたしております。国の責任者といたしまして、民主政治のタネ、このせっかくわれわれが勝ち取った権利は、大切にいたしまして、世の中の明暗が知らされた状態を保証していかなければならんと考えております。

 第三に、私が就任いたしまして際会いたしました問題は、対米経済摩擦ということでございました。日米間に経済上の摩擦が、漸次肥大いたしてまいりまして、いまこれは経済問題にとどまらないで、政治問題になってくるのではないかと、日米間にはかつてない危機がきたのではないかと、日本が最も頼りとする友邦との間に不信がもたらされるということは日本にとってゆゆしいことではないかと、大平内閣はこれにどうしようとするのかということが、多くの心ある国民の憂慮であったと思うのであります。

 しかしながら、私は、多くの方と見解を異にしておったのであります。日米間には、毎年四百億ドルもの貿易が行われておるわけでございます。太平洋という巨大な海をまたいで、この二つの国の間に世界史上かつてないだけの分量の、貿易が行われておるわけでございますから、どこかで必ず日米間には問題があって、摩擦が発生しておるのに違いない。問題もなく摩擦もない日米関係なんていうものは、うそである。そういうものはあってもよいけれども、いやしくも、この摩擦は、日米間の不信問題、日米間の政治問題に発展するということは、絶対にやってならないものであると思ったのであります。

 したがって、私は、まず、いまある日米間の問題という問題を拾い上げて、その解決を就任以来、急いだのであります。私が訪米して、大統領以下アメリカ政府首脳と話し合う前に、そういう問題は解決していこうと考えたのであります。大部分、そのようにして解決はついたのであります。若干、残った問題もありましたけれど、私は、日米首脳の会談である以上は、もっと高い次元に立って、今日の状態ばかりでなく遠い将来を展望して、高次の話し合いをすべきであると考えだのであります。

 そして、アメリカにまいりまして、私は、アメリカの政府、国会、ジャーナリズム、各方面と話し合いをいたしました。そしてベトナムで傷つきウォーターゲートで傷ついて、いまアメリカは誠に難しい局面にあることは、よくわかりますけれども、広い世界の中で、世界の民主主義と自由を保証するだけの力量を持った国は、他にありません。あなた方の国がしっかりしてくれないと、この世界は持ちません。

 しかし、いかにあなた方を鞭撻いたしましても、あなた方にぶら下がっておって、うまくやってくれというだけではいけないことを、私はよく承知いたしております。日本も、お蔭さまで、経済大国といわれるほどの国になってまいりました。自分のことは自分の手でやり得る力を蓄えてまいりました。もはや、あなた方の国の足手まといにはならないつもりであります。そればかりか、日本の持つ力で、多少なりともあなた方をお手伝いして差し上げなければならないと思って、いまはるばる海を越えてやってきました、と申し上げたのであります。

 「友遠方より来たる亦楽しからずや」という言葉があります。私は、アメリカの首脳が、私のこの言葉を大変満足の意をもって受け入れてくれたものと、確信をいたします。アメリカは細かい経済の摩擦を、取り上げようとはいたしませんでした。日本とアメリカは、これから先、将来に向かってどういう協力の仕方をしていくか、というところに話の力点が置かれましたことは、コミュニケをご覧いただきましても、ご理解いただけることと思うのであります。

 この大事な友邦との間に、厘毛の不信もないようにやっていかなければならん、と考えております。日本の外交の根幹は、そこであると私は考えております。今後とも、日米関係を堅持していく、健全に保っていくために、最善の努力をいたす所存でごさいます。

 この仕事が一段落つきますと、予定された東京サミットの国際会議が待っておったのでございます。世界の主要七カ国の首脳を迎えたのでございます。多くの随員を東京に迎えたわけでございますから、まず、私が心配しましたことは、この会議が安全で事故なく行われるということが、大事だと思ったのであります。少数の不心得の者がおりまして、この会議を壊そうと思えばできない相談でもないので、したがってわが警備陣はかつてない空前の周到な警備体制を敷いたのであります。国民には過剰警備ともいうべき状態において、大変無理な協力を求めたのでございます。幸いにいたしまして、国民のご協力と警備当局の周到な配慮とによりまして、事故なくこの会議を終了することができました。国の外におきましても、諸国民、諸国の協力が確保されまして、何らの事故もなくて、この大国際会議は、何らの事故なく平穏無事に終了できたことを、誰よりも私は喜んだものでございます。有難いことでございます。(拍手)

 しかも、おいでになりました各国の首脳ならびにその随員の方々は、大変、滞日についてご満足でありました。日本人は心から親切である、日本料理は本当においしい、ということを繰り返し申して帰られたわけでございます。本当に全国民の目に見えない協力こそが、この会議を平穏に終わらせる原動力でありました。感謝申し上げておるものでございます。

 また、この会議の実態でございますけれども、いまこの会議はどういう状態において持たれたかと申しますと、われわれの経済、われわれの社会、われわれの生活は、いま石油に依存していると言っても過言ではないのであります。一九三〇年頃から今日まで、約四十年の間、石油というものはほとんど値段が変わらずに、いつでもいくらでも買うことができた時代を、われわれは経験できたのであります。石炭よりも石油のほうが得である。何よりも石油のほうが便利だというので、一切合切、石油に依存する世の中になってしまいました。輸送業はもとよりでございます。商工業はもとよりでございますけれども、農業や漁業も、いまや石油がなくては一日もその経営がやっていけない時代がきたのでございますが、不幸にいたしまして、このかけがえのない大事な石油という資源は、少数の生産国の手に握られておるわけでございます。

 いくら掘り出すか、いくら輸出するか、どういう値段で渡すか、どこに渡すかということ、一切合切が少数の産油国の手に握られておるわけでございます。この石油を戦略物資として活用するならば、この地球をひっくり返すことも可能な時代になってきておるわけでございます。そういうときに集まった七カ国首脳でございます。われわれは何ができるかというと、まず消費国が一致して、節約をいたそうじゃないか、三月に国際エネルギー機構で決めました五パーセント節約を、実効あるものにしようじゃないか、毎年毎年輸入する石油の最高限度を国別に決めて、それ以上輸入しないようにしようじゃないか、石油に替わる代替資源の開発を精力的にやろうじゃないか、そのためには技術も資金も、融通しあおうじゃないか、石油の売買につきましては、高値買いは自粛しようじゃないか……と。

 そういう諸々の具体的な相談をして、具体的に結論を出して、それを誠実に守ろうと誓い合ったわけでございます。七カ国首脳の、なりふりかまわないホットな議論もございましたけれども、幸いに一致した結論が得られましたことは、世界のために幸せであったと思うのであります。

 この世界は、誠に壊れやすい世界でございます。少数の不心得者によって、たやすく破壊できる世界でございます。そういう壊れやすい世界を維持して、われわれの経済を守り、われわれの生活を守っていく上におきましては、どうしても強力な国際協力が大事になってくるわけでございます。一番、力を持っておる七つの国が、この協力において一致したわけでございますから、私は、この世界には救いがあると考えておるわけでございます。分裂の方向に世界を持っていく力よりは、協力の方向に持っていく力が強いという間は、この地球は持つと思うのであります。ちょうど綱引きみたいなものでございまして、協力のほうへ持っていく力が強ければ、この綱引きは勝つんでございますけれども、この世界をばらばらにしてやろうかという力が強ければ、立ち所に、この地球、社会は、破滅してしまうわけでございます。非常に有難い状況であると思うわけでございます。

 今度の東京サミットは、そういう意味におきまして、強力な協力体制がとれたということを世界のために祝福いたしたいと思いますし、史上初めてこういう大会議を主催いたしましたわが国にとりましても、大変有難いことであったと思うわけであります。日本は世界の大国でございます。日本の力にふさわしい責任を、世界のために果たさなければなりません。約束は守らなければならない。みんなで約束いたしましたルールは、遵守してまいることは、日本の外交の基礎でなければならんと思っているわけでございます。私は、お互いにそのことを胸にいたしまして、非常に難しい国際情勢でございますが、国民と一緒に日本の国益を守り抜いていかなければならんと考えております。(拍手)

 政権を預かりまして七カ月経ったのでございます。仕事は、緒についたばかりでございます。これから困難な内政外交の仕事が、つぎつぎと出てまいることでございますが、私は、皆さまのこれまでのご支援、ご協力を心の支えとして対処してまいりましたけれども、一層困難な時局でございます。一層強いご支援とご協力を賜わりまして、私を支えていただきまして、私はいつまでもこういう仕事をやらせていただけるかもわかりませんけれども、いやしくも天下の権をお預かりしておる間は、大過なく任務を果たしていかなければならん、と思っておりますので、全幅のご協力とご支援をさらにお願いしてやまない次第でございます。(拍手)

 今日は、大変暑い中を皆さんお集まりいただきまして、重ねてお礼を申し上げます。暑さのみぎりでございます。一層ご自愛、ご自重を賜わってご活躍されますことを、ここにご祈念いたす次第でございます。私も、先ほど申しましたように、一所懸命、全力を挙げて頑張るつもりでございます。一層のご支援を重ねてお願いを申し上げまして、私のご挨拶といたします。有難うございました。(拍手)

 (上戸学園体育館での講演から)