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日本政治・国際関係データベース
政策研究大学院大学・東京大学東洋文化研究所

[文書名] 対談「“こんにちは”大平さん(抄)」(大平内閣総理大臣)

[場所] 
[年月日] 1979年7月11日
[出典] 大平内閣総理大臣演説集,101−110頁.月刊「文芸春秋」,昭和五十四年十月号.
[備考] 
[全文]

内閣総理大臣 大平正芳

女優     壇ふみ

夫婦を軸にして作る世界は別世界、この世界を守っていくことが大事です。

檀 新聞の総理の一日というコーナーを拝見して、あんまりお忙しい毎日なのでびっくりしました。お暇なときってあんまりないんでしょうね?

大平 いや、けっこう家でくつろぐ時間もありますよ。あなたの「連想ゲーム」よく見ますよ。あなた、たいへんなんですねえ。実に、すばらしい回答をされておるんで、いつも感心しているんです。

檀 一緒にやってみたり、なさいます?

大平 (手を振って)あれはとてもとても。目をつむって、いろいろ考えてみるんだけと、とても思いつきませんね。あそこに出ておられる方々は、勘がいいですねえ。ハハハ…。

檀 立場としてお出になれないかもしれないけれど、政治家の方にも出ていただきたい。

大平 楽しいでしょうね。しかし、政治家なんてよんでくれないんじゃないですか。

檀 首相を引退なすってから。テレビ局にちゃんといっておきますから。

 今日は、本音の話を伺いたいと思ってまいりました。

大平 本音も建前もないんです。かまいませんから、どうぞ、どうぞ。

檀 サッチャー首相の印象も伺いたくて。サミット以前にもお会いになっていらっしゃるんですか。

大平 一昨年四月でしたか、保守党の党首として、自由民主党の招待でおいでになられた。当時、私は幹事長でしたが、そのときと変わりませんね。非常に…なんというのかな…、頭のいい、有能な、威厳のある方でね。女性の宰相といういい方は好まれない。か弱い女性の身をもって首相になっております、みなさんどうぞよろしく、というものじゃないんです。大英帝国の総理大臣であるという自信と、誇りと、自負をもって、事に当たっているようですね。見事ですね。

檀 「女だから勘弁して」ということじゃないんですね。

大平 うん、まあ、女性ということを意識されないで、淡々として仕事をされております。

檀 大平さんがお会いになっていても、女性という感じはないですか。

大平 そりゃまあ、美人だし、魅力あるし。(爆笑)ですけれど、非常に責任感が充実されておってね。彼女に女性を感じるということはないなあ。ハハハ…。仕事に打ち込んでおられる姿には、男性も女性もないですね。

檀 ただ、やっぱり、女性の首相の誕生ということは、男性にとってはショックだったんじゃないかと思うんです。

大平 いや。イスラエルにもそういう女性がおられるし、スリランカにも、インドにもおられる。そう珍しいことではないんですよ。女王というのも比較的多いでしょう。日本でも天照大神{あまてらすおおみかみとルビ}は女性だもの。女の天皇も多いしね。ですから、卑下する必要、ひとつもなし。

檀 でも、ちょっと「あ!」という感じはなかったですか。

大平 そうねえ。サッチャーさんの登場は、大空にすい星がよぎったような鮮烈な印象はありましたね。

檀 日本にも女性の首相が誕生することがあるでしょうか。

大平 あるんじゃないですか。

檀 目ぼしい人、いらっしゃいますか。

大平 どっかにいらっしゃるんじゃないでしょうか。ぼくの前にいるかもしれません。ハハハ…。

檀 力ーター大統領の奥さんもステキでしたけれど、総理の奥さまもステキな方だと伺っております。

大平 いやいや、平凡な人です。

檀 ちょっと存じ上げないんですけれど、お見合い結婚?

大平 見合いです。昭和十二年に一緒になったんですから、もう四十二年か。(感慨深げに)長もちしておるわけですよ。

檀 総理のご家庭についてどういう…。

大平 まあ…あのう…立派な家庭とも思いませんけれど。こういう家庭を恵まれたことを幸せと思わなければいけないんじゃないかと思いますね。なによりも、やすらぎがある。それからなんでもいえるでしょう、全然留保なしに。それと、家庭は、善意だけがある世界じゃないだろうか。しっととか、あいつをいつかやっつけてやろうという、よこしまなことは一切ないでしょう。ほんとのやすらぎが得られるんじゃないだろうか。だから家庭というのは大事だと思いますね、人生にとって。あなたはまだ結婚していらっしゃらない?

檀 (肩をすくめて)まだです。

大平 え? まだ? それじゃあ早くしなければ。(笑)

檀 すみません。(笑)

大平 夫婦を軸にして作る家庭という世界は別世界です。外の世界はけわしい世界、油断のならない世界です。家庭に帰ると、非常に落ち着きと安心を取り戻すことができる。そこにはこわいものがない。それを守っていくことが大事なことじゃないでしょうか。(しみじみと)それがなければたいへんですよ。

檀 総理は、朝がお早いんですね。

大平 六時には起きています。テレビ体操をやっているんですよ。

檀 え? あの女性がやっているあれ?

大平 そう、あれあれ。

檀 あのとおり、できますか。

大平 あのとおりにはできない。(笑)曲りなりにも、あれにくっついていこうと(足をのばし、足先に手の指を近づけながら)のばせるところまでのばしてね。

檀 まあ! すばらしいですね。

大平 ゴルフも毎週一回やりたいんですが、そうもいきませんのでね。朝のテレビ体操というのはいいですよ。安上がりの健康法です。(笑)

清楚なものの中にこそよさものがある。シンプルライフはいいものですよ。

檀 総理は、本をたくさんお読みになっていらっしゃるそうですが…。

大平 いや。ときどき拾い読みする程度です。さわっているのが好きなんです。(本をさわるしぐさをしながら)あの新鮮なにおいがね。パラパラとめくって、「おもしろそうだな」と思ったりね。そういうことをやっておるんですよ。アットランダムな読み方で…。

檀 最近、心に残った本、ございます?

大平 そうねえ(拝むような形で両手を顔の前で合せながら)中国の古典を読んだり…。シュラン・シュバイツの「三人の巨匠」、これはよかった。ドストエフスキー、ディッケンズ、バルザックの人物評なんです。すばらしい文章ですね。(力をこめて)とても、とても。ああいう文章が書けるということは、シュバイツ自身がえらいんですね。頭が下がるな。

檀 総理自身もお書きになっていらっしゃいますね?

大平 いやいや、そんな。(大きく手を振って)演説集や、新聞雑誌に書かされたものを集めて、身のまわりの人に差し上げるというくらいで。

檀 それから、英語もたいへんお得意。

大平 とんでもございません。英語がじょうずだなんていわれたら、穴があったら入りたい。(笑)じょうずとは程遠いけれど、比較的正確なんじゃないでしょうか。私の英語は「ジス・イズ・ア・ペン」という英語ですから、だれにでもわかりますよ。そういうことでいいんじゃないですか。あまりうまく英語をしゃべろうという気は全然ないんです。

檀 パーティのときなんか、テレビで拝見していると、楽しそうに話していらっしゃる。

大平 カタコトでやっておるわけです。

檀 どんどん忘れていきません?

大平 いきます、いきます。(笑)毎朝、英字新聞を読んだりしていますけとね。

檀 すごく勉強家なんですねえ。(笑)勉強といえば、このごろの子ども、勉強勉強でしょう。先ほど「家庭は別世界」とおっしゃった総理の言葉、すばらしいと思いますけれど、子どもの受験のために、家庭がゆがんできているんじゃないかと思うんです。子ども優先、勉強優先の形になっているんじゃないでしょうか。

大平 それは、親御さんの選択の問題だと思いますね。勉強させて、有名な学校に進ませるか、ごく自然に、子どもののびる状況を見ながら、無理なく育てていくか−−。とちらが良くて、どちらが悪いというものでもありませんが、私は、どちらかというと、あまり無理をしないほうを選択しますね。受験勉強というのは、一つの緊張した修練ですから、悪いともいえませんしね。

檀 お子さんも、お孫さんも自由に?

大平 教育パパではありませんでしたね。(笑)長い人生の道のりからいうと、のびのびと育った人のほうが、比較的いい仕事をしているんじゃないでしょうかねえ。

檀 ちょっと話題を変えまして。ことしは、たいへんな問題が山積みになっていますけれど、私たちが心していかなければいけないのが省エネルギーの問題だと思うんです。総理は、私たちにどういうことを期待していらっしゃいますか。

大平 今までエネルギーというのは、空気みたいなもので、あって当たりまえという感じだったんですね。ありがたさが実感としてわかっていない。空気の存在自体も日ごろ考えたことがないでしょう。ところが、石油が不足すると、産業はもとより、われわれの生活を根底から考え直さなければいかんわけです。今は、たっぷりと石油につかったような生活になっていますけれど、お互いに、今まで十使っておったところを八つにする、八つを六つにするというくふうをしなければならない。節約して損はないんです。それだけ出費も少なくなるんですからね。少ないエネルギー、少ない経費で、毎日の生活ができるということは、いいことじゃないでしょうか。

檀 節約につとめれば、石油の問題は解決するんでしょうか。

大平 むろん、解決しなければいけない。解決するよう、みんなでくふうしていくということです。シンプルライフというのはいいものですよ。

檀 慣れってこわいですね。冷房の涼しさに慣れてしまうと、冷房なしではいられないし、暖房の快適さに慣れてしまうと、暖房なしの生活は考えられないし、こわいなと思います。

大平 檀さんを見ていると、清楚な美を感じるんです。

檀 (突然話が変わったので、びっくりして)そーんな。(笑)

大平 あまり、てかてかとした厚化粧はほめたことじゃないでしょう。控えめで清楚な中に、よきもの、美しきもの、尊いものを見出していくのが人生の喜びじゃないだろうか。省エネルギーの問題も、節約ということ、いやなこと、辛いことだと思わないでいただきたい。楽しいことだと思って、やっていったらいいんじゃないでしょうか。日本人は、そういう喜びを知っている民族だと思うのです。

檀 夏は、すだれにうちわ、冬は、火鉢やこたつなんて風流ですね。でも、今までは「消費は美徳」といわれていましたね。それが、今度は「節約は美徳」の方向にいってしまうと、景気のほうはどうなるのかしらと思うんですけれど。

大平 消費生活で、少し使い過ぎの部分を節約していくようにお願いしているんです。産業用の燃料に使う石油は、なるべく手をつけないようにしていこうということです。石油がないため、工場を縮小したり、人を減らしたりすることは避けなくてはいけませんからね。個人の生活のエネルギーをできるだけ節約していただきたい。クーラーで家の中を冷やしすぎないとか、電気をこまめに消していただくとか。

檀 小さいことでも、日本中にするとたいへんな節約になるんでしょうね。

大平 そうですよ。この部屋もクーラーは入っていません。(窓に揺れるカーテンを指さしながら)自然の風というのもいいものでしょう。(天井を仰ぎ)けい光灯も半分消してあるんです。

檀 最後に、物価のことも伺いたいのですけれども…。

大平 エネルギーが高くなりましたからね。政府が上げたんじゃなくて、石油産油国のほうで上げてきた分は、勘弁してくださいね。(笑)

檀 ハイ。

大平 石油が高くなった分だけは、適正な範囲でどうしても上がらざるを得ない。われわれの所得が、産油国に移るわけですから、われわれは、それだけ貧乏になるわけです。同じ量の石油が入ってきても、よけい金を払わなければいかんのですからね。その分、われわれはがまんしなくてはならないわけです。ものの値段が上がることも覚悟しなければならん。だからといって、一上がるところを、ついでに二や三上げようというのは困る。このような便乗値上げは容赦しません。

檀 きびしく目を光らせていただかないと…。

大平 石油だけじゃございませんで、外国から入る食糧も木材も、若干上がっているんです。それだけ高く支払わされている。その分だけ上がるのはやむを得ないけれど、異常に上げてはいけない。今の物価を一銭たりとも上げちゃいかんといわれてもやりようがない。その分だけは公正に負担してください。

 ただし、それをこえるような値上げや売り惜しみ、買い占めについては、びしびし取り締まっていきますよ、といっているんです。

檀 ぜひ、お願いいたします。

大平 みんなが自重していけば、やっていけるんですよ。みんながあわてるとハチの巣を突ついたようになって、みんなが傷つくことになりますから、落ち着くことが大事じゃないでしょうか。

檀 この前の石油ショックのときと違って、みんな落ち着いているみたいですね。買い占めの行列もありませんし…。

大平 品物は十分にあるんですから、あわてて買うことはないんです。あわてなくても大丈夫ですよという情報を絶えず提供していくつもりです。

檀 総理は最初、先生になりたかったそうですね?

大平 (顔をほころばせ)そう思っとったのですが、いろんなことをやっているうちに、だんだんこんなことになっちゃった。あれよあれよというまに思わざることになってしまった。しかし、きょうはいい日です。(檀さんとぐっと握手して)ほんとにいい日でした。(笑)。