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日本政治・国際関係データベース
政策研究大学院大学・東京大学東洋文化研究所

[文書名] 対談「エネルギー新時代への対応(抄)」(大平内閣総理大臣)

[場所] 
[年月日] 1979年8月9日
[出典] 大平内閣総理大臣演説集,361−370頁.自由国民会議会報,第5号.
[備考] 
[全文]

内閣総理大臣      大平正芳

総合研究開発機構理事長 向坂正男

   石油の需給今冬も一応心配ないが

向坂 東京サミットの議長として、総理はたいへんご苦労があったと思いますが、石油輸入目標について、首脳間で合意をみたということは、私は大きな成果であったかと思うんですね。

 “石油軍縮会議だ”と言った人もおりますが−−これは大げさにしましても、石油の大量消費国の間で石油の奪い合いをしないよう、そうして、開発途上国を石油不足で苦しめないようにという意味で、たいへん重要なことではなかったかと思うんですね。

 石油は、戦略物資といいますか、国の安全保障にとって欠かせない物質ですから、こういうものが不足になりますと、石油会社の間で買い付け競争が強くなるだけではなく、政府が介入しがちですね。ですから、石油消費の大きな国々の首脳が、将来の自制目標を合意したことは、将来の国際的な摩擦を避けるために重要な意味をもつものと思うんです。

 今後の石油不足時代において、石油が各国にできるだけ公平に配分されていく一つの方式を考えていく端緒になるというふうに思うんです。

 問題はアメリカとかヨーロッパ各国、日本が、石油節約、代替エネルギーの開発促進によって石油輸入目標を達成できるのかどうかということにあるわけですね。

 サミット後、各国ともその実現に向かって政策努力を始めているわけですけれど、その点についていかがでしょうか。輸入目標は達成できるか、長期的に見て石油不足が引き起こすいろいろな困難な事態が避けられるのかどうか、といった点についてのお考えをうかがいたい。

   石油を超えた東京サミットの意義

大平 あのサミットの合意は、ひとり石油経済の立場から意味があったということ以上に、いまの世界経済の運営について、指導的な国家間の協力がいかに大事かということを、たとえば、輸入量の設定ということで実証したわけです。今後のいろいろな問題に対しても、リーディング・ネーションズとして協力していくんだということが一つ確立したということですね。だから石油問題だけでなく、そういう意味があったと思うんです。

 それから第二には、石油の輸入目標を設定したということです。あなたのおっしゃるように自己を抑えなければ画餅に帰するわけでございます。これは、実行しようじゃないかということを誓い合ったわけです。それを実行する手段として、これからもいろいろフォローアップを相談しようじゃないかと。それをいつやるか、というようなことは、いま話し合っているわけですけれども、いずれにいたしましても、実行を担保することが大事で、それが世界の経済にとってたいへん大事なことであったと思うんです。

 だから、あそこに決まりました数字以上に、その背景になっているそういうお互いの信任関係、協力関係があるということが、世界の救いでないかと、そのように私は見ております。したがって、ご質問の、果たしてそれだけの約束が守られ、需給の基礎が大きな動揺なくいけるかということは、同時に、そういう協力関係、信任関係がきちんと維持されていくかどうかということにかかるんじゃないかと思います。

 もとより、石油の供給は、産油国の権限でございます。OPECにせよ、非OPECにせよ、オイルの生産を左右するのは産油国であって、われわれの及ぶところじゃないのですが、しかし、彼らがこちら側の協力の度合、信任の度合というものを見ているわけです。サミット以後を見ておりますと、OPECの国国も、消費国側は今度は比較的本気でかかっているということを感じとったのでございましょう。一部の国で増産の計画も発表されるとか、スポット価値が落ちるとか、一応われわれを勇気づける兆候は出ていますね。

 だから問題は、先生のご質問のように、予定どおり設定された目標の中でやりくりがついていくものかどうかということは、石油経済の内部にある要素のみならず、むしらその外にある国々の間の協力関係、信任関係の強さ、それが決めていくんじゃないかというように思うんです。そこで、各国が精いっぱいやって工夫をしていきますと、いい結果が出ると、私は思いますね。

向坂 ただ、サウジアラビアのように、消費国側の石油節約を好感して今冬に増産しようという国もある反面、クウェートやアフリカの一部の国のように減産しようとする国もある。イランも、まだ政情不安、石油ストライキなど、どういう事態が起こるかもしれないというように、石油供給には不安定な要因がございますね。

 私は、来年は今年ほど石油需給は窮屈じゃないと思いますが、長期的に見ますと、石油はこれからいつも需給すれすれで、何かが起こるとすぐ不足状態になる心配があります。したがって、今後つねに省エネルギーと代替エネルギーの利用拡大で、石油を節約しなければならない状態だと思いますね。

大平 そのとおりだと思いますね。石油がこういうふうに供給に不安をもつようになり、価格上の不安も大きくなってきたということでございますから、このように石油にたっぷりつかりきった経済生活というものを、もっておってはいけないわけです。

 石油経済の緊張という問題は、結局、明るい面からいうと、それを媒体として、われわれが脱石油にいろいろ工夫を凝らす契機を与えてくれたものですから、石油が減ってくるという事態、あるいは高くなるという事態に対して、われわれ自身の対応力を強めていく契機をつくってくれたと思うんで、そこは、私はマイナスばかりじゃないように思いますね。

 しかし、それはやせ我慢といえばやせ我慢かもしれないけれども、現実に石油が不足したり、高くなったりしたら、困ることは困りますね。しかも、こんどの値上がりはえらいことでして、われわれは、石油の値上がりは、そんなに経済にも生活にも響かないんであるというように思っておったら大間違いで、われわれの経済の運営にしても、生活のやり方にしても、変えていかなければいけない。

 それにちゃんと対応できれば、できただけ救いが出てくるんじゃないかと思いますから、勇気をもってぶつかって、汗かいて、努力していくということじゃないでしょうかね。

  両立できるか石油輸入抑制と経済計画

向坂 ところで先般、経済七カ年計画を閣議で決定された。

 この計画がほとんどまとまったところで東京サミットが行われ、そこで計画の最終年次である昭和六十年の石油輸入目標を、一日あたり六百九十万ないし六百三十万バーレル程度におくことが合意されたわけですね。

 東京サミットの共同宣言の内容からみて、六百九十万という上限が認められたから甘んじてそれでいこうというのではなくて、やっぱり六百三十万バーレルの下限値になるべく近づける、あるいはできればそれ以下にするくらいの目標でやるべきだと読めるんですけどね。経済計画の課題と六百三十万バーレルの石油輸入と、両立して達成できるものでしょうか。

大平 こういう状態になってきたので、七カ年計画を急いでつくる必要があるかどうかという問題があったんです。ところが急がなくていいというのはマイノリティでして、つくるべしという議論が多いんですね。企業にせよ、生計にせよ、将来を考える場合に、不透明な状況において展望をできるだけもちたいと考える場合には、それは立派なものができるはずはないんだけれども、一応つくるべきじゃないだろうか。そして、時代の推移に応じて改めながらやっていくべきじゃないかということにしたんです。そういう不透明な時代であるから、それだけに十分なものはできないけれども、一応の目安というようなものをつくっておくということは政治の任務かもしれないと考えたのが、第一点ですね。

 第二点は、石油はこれだけ節約していく、石油に代わるエネルギーはこれだけ確保しましょうということになれば、昭和六十年の輸入のシーリング(天井)の中で、一応五・七パーセントという従来考えてきた成長が不可能じゃないということになってきたわけですね。で、問題は二千万キロリットルの代替エネルギーの調達、千五百万キロリットルの節約、それはわれわれの手でやることでございますから、それを精いっぱいやってみようじゃないかと。日量六百三十万バーレルというのは外から与えられるものでございますが、一応サミット合意の下限をとって努力することとし、その努力目標が実現できれば、五・七パーセントも不可能でないという一つの絵が描けますということでございまして、これからの道標として、そういうことをやればこうなるんでございますよという目標を設定して、みんなの検討を求めたということが、第二の意味だと思うんです。

 第三の問題は、エネルギーばかりじゃございませんで、ほかの要素もいろいろございまして、これから、とりわけ来年から本格的な財政再建のプログラムも進めてまいらなければならないという要請でございます。七カ年計画というものは、これらを考慮して、斉合的な一つのスケッチを描いてみたということで、これからこの計画の穴をいろいろ埋めていって、どこまでより確かな絵が描けるかというのが、これからのわれわれの仕事ではないかと。そういう意味で七カ年計画を受け止めていただきたい。これは、もう穴だらけじゃないかとか、甘すぎるじゃないかとか、前提が多すぎるじゃないかとかいう批判はありましょう。しかし、丹念に絵具を使って、できるだけ絵らしいものにしていって、ここまでできましたということで、国民に見てもらうのがいいのではないかということでつくったわけです。

   強力な経済力これから先こそ必要に

向坂 今年も大幅に石油価格が上がりましたが、来年以降も年々上がる可能性は十分ある。日本は、大量の石油を輸入するのですから、今後年々の外貨支払い額もたいへん大きい。経済、企業が活力を持ち続けていないと、巨額の外貨を支払う能力は出てこない。石油の高価格に耐える経済力を持たなければならないと思います。

 ところで、当面の石油不足を乗りきるためには、応急的な石油の節約−−けちけち作戦以外にはないのですが、いつまでもそうであってはいけないんで、積極的に省エネルギー型の産業構造、あるいは生活様式に切り替えていく姿勢がほしい。それには政府の仕事もあるし、企業や消費者の創意工夫にまつところも大きいと思うのです。

大平 そのとおりだと思いますね。石油は高くなる、入るか入らないかわからないということだから、こういう工夫をしなけりゃならんというのではなくて、やっぱりこうすることのほうが、われわれの生活はより文化的なんだ、より洗練された生き方はこういう生き方だというような気持にみんながなること。産業にしても、エネルギーをむやみに食う産業をはじめとして、こういう産業構造自体について、あるべき姿はこうなんだということを積極的に開拓していくことが、非常に大事なんじゃなかろうか。要するにあまり暗い気持ちで強制された姿じゃなくて、われわれは進んでこうやることがいいんだ、将来のあるべき姿はこれなんだということを、政府も国民も一緒になって考え、実施していくようにもっていかにゃならんのじゃないかと思います。積極的に、明るく、自身をもって対応する姿勢を、産業界も、国民生活の面でもつくりだしていくのが政治の任務だと思いますね。それはみんなで工夫しようじゃないですか。

向坂 それで、こういう状況になってきますと、エネルギー問題に対する政府の責任が非常に重大になってくると思うんですよ。いままでは経済がどんどん成長して、エネルギーが足りなければ石油輸入してくればよかったのですが、今度は総理がこの程度の石油輸入にとどめることを目標として努力するということを国際的に約束されたわけですから、それをもとにして経済運営を考えていくという必要性が出てまいりましたね。

 エネルギー問題の解決は、基本的には、企業、消費者の創意工夫にまつところが多いのですが、また地方自治体の活躍部面が大きくなるべきじゃないかと考えます。

 たとえば、電源立地の促進、ソーラーハウス、太陽電池の利用、風力発電、ゴミ発電、家屋への省エネルギー思想の普及など、地方自治体が施設をつくったり、指導したりする仕事がふえていくんじゃないかと思うんですけれどね。

   石油外交の展開に国民の理解と協力を

大平 政府とか地方自治体の任務、責任が大きくなってきたんじゃないかというのは、仰せのとおりだと思いますね。石油外交にいたしましても新たな工夫が必要だといわれております。そのとおりだと思うんですけれども、ただ注意しなければいけないのは、大部分がメジャーを通じてOPECの国々から入ったわけでございまして、このルートは、いま、確かに先細りになりつつありますけれども、しかし、なんといっても非常に大事だと思いますね。従来われわれはそれなりの相互の信頼関係をもって、長い間の顧客関係にあったわけでございますから、この関係は、新しい時代に入ったからといって、そそくさと手軽に変えられるものではないんで、ある意味においてより以上重要になったともいえるわけで、在来の関係は大事にしないといかんと思うんです。

 それから、われわれが石油外交に乗りだす場合に注意すべき事は、いままで十分のおつき合いがないのに、急に人並みのおつき合いを求めてもできるはずはないわけで、それは、欧米各国などとちがって外交的な基盤が弱いんで、われわれがやるにいたしましても、急にメリットが出てくるはずはないわけで、それは国民にもよく理解していただかなければならんと思うんです。われわれとしては、もとより最善を尽くさなければいけませんけれども、それには、短時日の間に大きな成果を上げろというようなことではなくて、じっくりと取り組んでいかなければいけないし、地道にそれはやらなければいけないことではないかと思いますね。

 それから、さきほどあなたも言われたように、先進国の首脳が集まって輸入の水準を決めてしまう。しかも数量的に決めてしまうようなことをやる時代になってきたんですね。ですから、それは大きな変化だと思うんです。そういうことは、市場が決めることであったし、少なくともこれまで民間の経済の取引で決めることであったのが、最高首脳が集まって、朝から晩まで、そのことばかり議論して決めなきゃならんというような時代になってきておるわけでございますから、これは、政府もよほどしっかりしてかからにゃいかんと思います。同時に、国民の側におかれましても、世界は、そういうふうにこわれやすくなってきているんで、協力体制がとられなければもたなくなってきているんだということを頭において頂きたいと思います。中央、地方を通じて、一滴の石油も全世界の政治を映しているというような時代になりましたね。だからお互いが生き延びるためには、よほどの覚悟がいるんじゃないかということを象徴しているというような感じがするんですね。

向坂 そういう方向づけは政府がうけもち、自治体はキメ細かく役割を果たし、それから企業、消費者は大いに創意工夫を発揮する−−こうしてはじめて、エネルギー危機を乗りきることができる、ということになりますね。

 今日はどうもありがとうございました。

 (「自由国民会議会報」第5号より)