データベース「世界と日本」(代表:田中明彦)
日本政治・国際関係データベース
政策研究大学院大学・東京大学東洋文化研究所

[文書名] カナダ連邦議会における大平正芳内閣総理大臣演説

[場所] オタワ
[年月日] 1980年5月5日
[出典] 外交青書25号,373ー377頁.
[備考] 
[全文]

「太平洋をはさむ隣人」

首相閣下,上院議長,下院議長,上院議員,下院議員並びに御列席の皆様

 本日,ここカナダ議会を訪れることができましたことは,私の深く喜びとするところであります。特に日本の総理大臣として初めて,こうしてカナダの国会議員の皆様の前でお話しする光栄を与えられたことを衷心より感謝いたします。

 1974年に貴国を訪れて以来,私は常に貴国を再訪することを願っておりました。今回の訪問にあたって,私は勇気をふるい起して,英語で演説を行うことにいたしました。私の発音はカナダ的に聞こえないとしても,ご勘弁願いたいと思います。なお,この訪問のための準備期間は,フランス語をも習得するには少々短かすぎたことは甚だ残念であります。

 本日,私は,日本とカナダに必要とされる協力のあり方に焦点をあててお話申し上げたいと思います。日加両国は,その文化的背景,歴史的遺産,国土,自然の恵み,あるいは人種構成等多くの面で対称的な特徴を有しておりますが,他方,多くの共通点を有しております。

 −我々はともに民主主義と自由を信奉し,

 −自由で開放的な経済の原則を守る決意を有し,そして,

 −公正で平和な国際社会を築くための夫々の努力において類似の目標を有しております。

 私は,従って,両国の間にはすでに毎年その幅と濃密度を増している経済関係を越えてさらにより広範な協力関係を推し進めていくための基盤があるものと考えます。

 1980年代は激動のうちに始まりました。イランやアフガニスタンにおける出来事は,我々が現在の多極化した世界の中で直面する試練の性格を浮き彫りにいたしました。

 我々はイランの革命の目的とするところを尊重しており,中東のこの重要な国との協力のきずなを拡大・強化したいとの真摯な願いを有しております。しかしながら,我々は,イランが米国の外交官を人質として引き続き拘束していることを容認できません。これは,この不法行為がいかなる人道的見地からも受け容れられないばかりでなく,国際社会の基本的な秩序に対し,深刻な脅威をなすものであるからであり,それ故にこそ,我々は,米国に対し,引き続き忍耐と自制をもって対処するよう求める一方,国連を通じた国際努力を全面的な支持し,また,イランに対しても,人質は直ちに解放されなければならないとのわが国の立場を繰り返し明らかにし,イランに対し,より最近では,その不法な行為を止めるよう強く促すため,EC9カ国と幾つかの措置を協調してとった次第であります。

 わが国としては,国際社会の責任ある一員として同様の考えを有する諸国と協力しつつ,人質問題の早期かつ平和的解決のために行動していく所存であります。この問題に関し貴国がわが国と同じ立場をとっておられることは承知しており,この1月に貴国が果たされた劇的で勇気ある役割に対し,心からの敬意を表したいと思います。

 ソ連によるアフガニスタンへの軍事介入もまた,その明白な不法性のみばかりでなく,これが与えうる地政学上の影響からも,世界全体にとり重大な問題であります。従ってこの問題に対しては,国際平和と安定の維持に真剣な関心を有する国際社会のメンバーが協調して対応することが必要であります。

 我々は平和を真剣に受けとめており,アフガニスタンにおいて,ソ連が行っていることを非難せざるを得ません。従って,わが国は,ソ連軍の即時撤退を繰り返し求めてきており,また,このようなソ連の行動を容認しえないことを示すため,具体的な措置を講じて参りました。我々は,この深刻な事態のすみやかな解決に貢献するため,同様の考えを有する諸国と協調して引き続き努力を尽していく所存であります。

 そしてまた,この問題についても私は貴国がその国際平和に対する強い支持のあらわれとしてとっておられるイニシアティヴに大きな感銘を受け勇気づけられるものであります。

 新たな挑戦は,政治問題からだけでなく,経済の分野においても生じております。まず何にもまして重要な問題はエネルギー問題であります。今やエネルギーが,1980年代,さらに21世紀へ向けての世界経済の健全かつ安定した発展への鍵であります。我々が直面している最もさし迫った問題のひとつは石油の節約であります。節約は産出国と消費国をともに益するものであり,わが国は,石油消費を削減するための努力を行ってまいりました。1973年と1978年の間に,日本の国民総生産は19.6%拡大いたしましたが,エネルギーの使用量の伸び率はわずか5.7パーセントに,また,石油使用量の伸び率は0.7パーセントに抑えることができました。我々はまた,石油供給源を多様化し,代替エネルギー源の開発を促進するための努力を行っております。私は,カナダが新エネルギー源の開発,たとえば合成燃料の生産及び太陽エネルギーやバイオ・マスの利用において最先端にあることを承知しております。我々は貴国の努力を賞讃の念をもって注目しており,この分野において,我々が協力できる多くの機会があるものと考えます。私はまた,エネルギー節約及び代替エネルギー源開発のための我々の研究と開発の成果は,開発途上国を含むすべての国に供されるべきであると考えております。

 インフレーションもエネルギーに劣らず深刻な問題であり,我々の経済的繁栄にとっても敵であります。わが国は最近総合的なインフレーション対策を導入し,インフレーションに対する断固とした戦いを展開しております。インフレーションは,その悪影響を通じて国民経済の活力をうばいとり,安定した経済成長の実現を妨げるものであることに疑いはありません。インフレーションは国際的に伝播いたしますが,それが故に,我々はこの悪質な問題を抑制するため,他の先進民主主義諸国とともに協力していかねばなりません。

 ただ今ふれた二つの問題を含め,どの主要な経済問題も一国の孤立した処置によっては効果的に対処することはできません。すべての主要国が協調して努力することが必要であります。主要国首脳会議は,まさにこの協力の精神に基づき生まれたものであります。わが国政府は,この面で貴国が積極的かつ建設的な貢献を行ってこられていることを多とし,引きつづき貴国と主要国首脳会議及びその他の場で協力していくことを希望しております。

 国内経済及び世界経済を運営するにあたって,我々が協調し,努力していくことは勿論極めて重要でありますが,これらの努力だけでは十分でありません。科学技術の進歩は,先進民主主義諸国及び世界全体の経済の活力を維持する上で不可欠であります。カナダは,この最も実り多く,そして多大の努力を必要とする分野において世界をリードする能力を有する国の一つであります。わが国も,この分野において多くを行ってきており,科学技術の分野における協力は,両国間の関係をさらに豊かにするものと確信いたします。

 日加両国が非常に実りある協力を行いうる今一つの国際活動の分野は,開発途上国との経済協力であります。我々の長期的な繁栄は,開発途上国の将来に大きくかかっております。わが国は,人造りが自主的な国造りの努力の基盤であることを経験に照らし知っており,わが国の援助を通じてそのような基盤を強化することを重視しております。1978年に政府開発援助(ODA)を3年間で倍増することを約束いたしましたが,この我々の努力は成功するものと確信しております。また我々は,借款条件を緩和し,GNPに対するODAの比率を改善するため一層の努力を払っております。

 私は,カナダが南北問題で一貫して指導的役割を果たしてこられていることを承知しております。たとえば,故ピアソン氏の報告書「開発と援助の構想」は,国際経済協力のあり方を方向づけたものであります。

 アジアの国として,我々は経済協力を行う上でアジアに特に重点をおいております。この点に関連し,インドシナ難民の定住問題については,わが国も相当な資金協力を行っておりますが,定住に対する貴国の寛大な政策を高く評価しております。貴国のこの援助計画は崇高な人道的行為であるばかりでなく,アジア・太平洋地域の平和と安定に貢献するものであります。

 アジア・太平洋地域は,現在世界において最も活力のある経済を有するいくつかの国家を有しております。

 太平洋を取りまく諸国間の協力関係を促進することは,同地域の平和と繁栄に寄与するものと考えます。カナダ及び日本国民は,この地域における友好と協力のきずなを強化する上で特に重要な役割を担っていると考えます。

 トルドー首相がかつて「The New West」とよばれたこのアジア・太平洋地域は,カナダの積極的な参画から得るところ大であることを私は信じて疑いません。

 我々は,近年来,日加関係において両国があげてきた成果を誇りにするものであります。日加両国間の貿易額は過去10年間に5倍に伸び,日本はカナダにとって第2の貿易相手国となっております。日加両国は政治上の諸問題について密接な協議を維持しており,また,文化,学術交流も,東京においてトルドー首相と当時の三木総理との間で署名された日加文化協定によりかためられた基盤の上に深みを加えてきております。しかしながら,これは始まりにしかすぎません。日加協力の地平線は,はるかに大きく広がっているものであります。

 最近の出来事は,先進民主主義諸国間のより緊密な協力と協調が必要不可欠であることを如実に示すものであります。このような意味で,これからの10年及びさらにその先の将来において築いていくべき世界について,共通のビジョンを有している日加両国は,有益かつ建設的な役割を果していくと信じます。

 本日,私はトルドー首相とお互いに関心を有する多くの問題につき,広範かつきわめて実り多い話合いを行いました。その結果,私は日加両国は単に太平洋を挟んだ隣人であるばかりでなく,共通の関心と利害をわかちあう真に親密な友人であるとの確信を深めるに至りました。我々は,国民の繁栄を目標としております。しかし。私は,我々は単に統計数字上の成功を求めているのではないということをしばしば実感いたします。

 我々が求めている豊かな生活とは,我々により深い満足感をもたらしてくれる生活であります。我々は,我々の子孫が生まれてきたことを誇りと感じることができるような世界をつくり上げるために努力をしているのであります。

 私は,カナダはその国民に豊かなめぐまれた生活を提供していることを知っております。私はまた,これは,カナダ国民が祖先から引き継いできた文化的,社会的,経済的遺産と,民主主義の伝統の結実であることを承知しております。日本も同様に,祖先の努力の恩恵を受けております。私はこの遺産をさらに豊かにし,我々の業績を将来の世代に引き継ぐことが我々の義務であると考えます。この重要な責務に対処するにあたって皆様と一緒に協力していこうではありませんか。

 ありがとうございました。