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日本政治・国際関係データベース
政策研究大学院大学・東京大学東洋文化研究所

[文書名] 第5回日米関係民間会議(下田会議)における鈴木善幸内閣総理大臣演説−アジアの挑戦−

[場所] 大磯
[年月日] 1981年9月4日
[出典] 外交青書26号,423ー428頁.
[備考] 
[全文]

1.本日,お招きを受け,この下田会議において,皆様方に親しくお話しする機会が与えられましたことは,私の喜びとするところであります。

前回の下田会議が開かれたのは1977年の夏でありました。以来4年,世界はますますその変動のテンポを速めているように思われます。このようなとき最も必要なことは,個々の現象にまどわされることなく,長期的な視野に立って時代の流れを正しく見極め,当面する問題に対処して行くことでありましょう。

 私は,この意味において,日米両国の各界を代表する方々が一堂に会し,意見を述べ合うこの下田会議は,きわめて重要な意義を持つものと考えます。

 政府間の討議はもちろん大切でありますが,ご承知のように,立場の制約というものを全くなくすことはできません。また,例えば民間の各層各界間の話し合いも,ともすれば当面の事柄に集中しがちであります。

 これまで開かれてきた下田会議は,こうした話し合いを補完するものとして,大きな成果をあげてきました。

 私は,今日21世紀を展望しうる1980年代の初頭において,この会議の持つ役割がますます大きくなってきたと感じられてなりません。

下田会議発祥の地である下田は,日本が米国を通じて,西側の近代文明との接触を持った地でありました。私はいま下田会議は,日米両国にとって,未来への接触を持つ場でなければならないものと考えるものであります。

前回の下田会議では,率直な対話を通じて当時の日米間の諸々の課題が先取りされ,その後両国がこれらの課題に機敏かつ適切に対応することを可能といたしました。

今回の会議においても,私は,参加者の方々の将来の課題を先取りする能力に大きな期待を寄せております。

2.私は,総理就任以来,ASEAN,米国,カナダ,西欧等各国首脳との対話に意を用いて参りました。

益々国際情勢が複雑になり,各国間のかかわり合いが緊密になっている現在,できる限り多くの国々の首相に会い,友誼と信頼の関係を築き上げるのが急務と考えたからであります。

とくに5月の訪米においては,私とレーガン大統領は,最初の出会いであったにも拘らず,極めて打ちとけた雰囲気の中で会談を行うことができたのであります。このため,2回の会談とも予定時間を大幅に超過しましたが,それでも話は尽きることを知りませんでした。これらの会談を通じて,日米友好協力関係が民主主義,自由,開放経済など両国共通の基本理念に立脚した特別に緊密なものであり,このような関係にある日米両国が連帯して世界の平和と繁栄のために一層協力すべきことをあらためて確認し得たことは,大きな意義を有するものと思うのであります。

3.訪欧においては,アジアと欧州の対比に印象付けられました。

 すなわち西欧においては,各国社会はいずれも先進民主主義工業社会として価値を共有しており,いわば成熟した段階にありますが,その反面経済は停滞し,経済の再活性化が最大の課題となっております。また欧州では,NATO対ワルシャワ条約諸国の対峙という二極構造が確固として成立しています。

 これに対し,アジアでは,近代化をめざすダイナミズムが顕著であり,また,そこではアジアの多様な価値観が併存しております。政治構造も,東西対立といった単純な図式ではなく,多極的な構造となっております。こうしたアジアにおけるダイナミズムの典型はASEAN諸国の経済であり,他方アジアの政治の多極化を決定的にしているのは中国の存在であります。

 そこで,本日は,そのアジアのうちでも,我々にとって最も身近な存在である東アジアに焦点をあてつつその現状について触れ,ついで日米両国がこの地域の平和と繁栄のためにいかなる役割を果たすべきかについて私の日頃の考えを申し述べたいと思います。

4.まず中国について述べさせて頂きます。

 私は,1979年に一議員として訪中し,広く国内を旅行し,また●小平副主席他中国の指導者と会談いたしました{●は登におおざと/トウ}。その際いわゆる文革・四人組時代の混乱を収拾し,近代化路線を推進せんとする中国の指導者の決意と自信に強く感銘を受けたことを記憶しております。

中国の近代化への路は平坦なものではあり得ず,その巨大さ自体が急速な近代化をより難しくしております。また,中国をめぐる国際環境をみるに,中ソ国境方面での軍事的緊張の存在,中越対立,朝鮮半島での緊張など諸々の不安定要因があります。

しかしながら,現指導部が団結をかため,経済・社会の近代化推進をその政策の基本におき,またその前提として平和な国際環境を求め,西側との協調を進める姿勢を打出し,もって国際社会の建設的な一員として行動しようとしていること自体,アジアにおける重要な安定要因と申せましょう。

5.次に東南アジアに目を向けたいと思います。ASEAN諸国との協力関係の増進は,わが国外交の柱のひとつであり,私は総理就任後最初の外遊先としてASEAN5ヵ国を訪問いたしました。

 これらの諸国は,自立,自助の精神に則って,開放経済体制の下に着々と国造りの成果を挙げています。ここ数年世界経済の停滞にもかかわらず,総計2億6,000万の人口を有するASEAN諸国は,全体として年平均7%強の経済成長率を記録するなど,その経済的ダイナミズムは目を見張らせるものがあり,まさに南北問題の最も成功しつつある事例であると言えましょう。

 もとより,手放しの楽観は禁物であり,事実,第2次石油ショックを契機として経済的により困難な局面を迎えている国々もみられます。

 しかし,ASEANはそのダイナミズムをもってすれば必ずや,こうした困難を克服することが可能と信じますし,我々域外国としても,ASEANの一層の成功のためにできる限り支援することが肝要と思います。

 私は,また各国が文化的にも,社会的にも,また,政治的にも全く異なった多様性を保持しつつ,緊密な域内協力を進めていることを目のあたりにし,心を強く打たれました。しかもその域内協力の態様も,当初は経済面に限られていましたが,最近ではカンボディア問題をめぐりASEANが一体となって,数々の政治的主導権を打出すに至っています。こうしたASEANの成功は多くの開発途上国にとって模範とされており,市場経済体制による開発の優位性を立証するものとなっているのであります。

 インドシナ戦争終結当時にASEAN諸国内にみられたドミノ理論をめぐる強い危機感を思うとき,今日のASEANの状況には,まさに隔世の感を持つものであります。ドミノ理論の終焉はASEAN諸国が強靱性の強化のために払った努力の賜物であり,その結果ASEAN諸国はいわば「集団的自信」を深めつつあります。こうしたASEANの自信と発展は東アジアの重要な安定要因であります。

 これに対しインドシナは,大きな不安定要因であります。ヴィエトナムがカンボディアに対する軍事介入を続け,戦闘が続いていることはまことに遺憾であります。

 我が国としては,先般のカンボディア問題国際会議が国連加盟国の2/3という多数の諸国の参加を得て開催され,コンセンサスをもって宣言及び決議を採択したことを高く評価するものであります。私はヴィエトナムに対して,カンボディア問題の永続的な解決のために,こうした国際社会の圧倒的な声に謙虚に耳を傾け,同宣言に盛りこまれた国際的保障といった諸原則に基づいて話合いに応じるよう,強く訴えるものであります。

東南アジアにとって,より長期的,構造的問題は,一方において経済的には疲弊し,かつ軍事的には強力で,戦勝の記憶を誇りのよりどころとしているヴィエトナムと,他方において経済的には発展しつつあるが,軍事的にははるかに劣るASEAN諸国とが併存しているということであります。こうした状態が続く限り東南アジアに真の安定をもたらすことはできません。

従って長期的目標としては,ヴィエトナムをはじめとするインドシナ諸国とASEAN諸国の間の平和共存体制の構築を目ざすべきであり,このような観点に立ってインドシナ問題に取組むことが肝要と思います。

6.ここで韓国の問題について一言申し上げたいと思います。朝鮮半島の平和と安定は,我が国を含む東アジアの平和と安全にとって重要であり,全斗煥大統領が提唱されているように,南北の首脳会談等実質的な対話が進展することを強く希望しております。

他方,現下のきびしい情勢のもとにおいて,韓国の防衛努力と在韓米軍の駐留が,朝鮮半島の勢力均衡に寄与していることについては,我が国としても高く評価するものであります。我が国としては,一衣帯水の友邦であり,かつ,我が国との間に歴史的特殊性を有する韓国に対し,これまでも経済,文化面を始め幅広い協力関係を進めてきましたし,今後とも両国間の緊密な協議をつくしつつ誠意をもって日韓友好関係をすすめていきたいと考えております。この意味でも,今回の日韓外相会談は相互理解の基盤を作るものとして有意義であったと考えており,今後さらに各種レベルでの日韓の交流を深めてゆきたいと考えております。7.以上,我が国周辺の東アジアの諸国の状況を概観しましたが,基調としては,多様性の中で安定と繁栄に向う方向が看取されます。また,こうした流れに沿い,中国・ASEAN関係の安定化への努力とか,全大統領のASEAN歴訪に示されるASEAN・韓国協力関係の促進といった好ましい進展が見られます。

一部ASEAN諸国の中には中国に対する根強い警戒心があることも否定できませんが,中国の首相がASEAN各国を訪問するといった最近の動きが,中国・ASEAN関係安定化への努力を示すものであり,東アジアの安定に大きく貢献するものと期待しております。

他方,この地域全域にわたる不安定要因は,ソ連の動向であります。ソ連の継続的軍備増強と,これを背景とした第三世界への進出にいかに対処するかは,西側にとって,大きな課題となっていますが,この地域も例外ではありません。ソ連の動向の故に,域内の対立とか紛争がより深刻な意味合いを持つ場合が多く,また,域内におけるソ連の軍事プレゼンスの増大には域内の多くの国が強い懸念を持っていることは,御承知の通りであります。

8.以上のような状況において,日米両国は,それぞれの立場から,アジアにおける好ましい基調を助長し,不安定要因を減殺していく努力が必要でありましょう。我が国としては,東アジアの安定と繁栄は我が国安全保障の大前提であり,また,東アジアの安定と繁栄のために全力を挙げることは,アジア唯一の西側先進工業国たる我が国の大きな責務でもあると考えております。

こうした我が国の努力の態様について次の点を指摘したいと思います。

第1に,我が国の努力は,平和的手段のものに限られるということであります。これまで繰返し明らかにしてきた通り,我が国として各国に対する軍事的な協力は行い得ません。そして過去の不幸な経緯もあり,このような我が国の方針はアジア諸国も理解しているところであります。

 第2に,我が国の成し得る最大の貢献は,経済社会開発と民生安定を通ずる各国の国造りに対する協力であります。

 ASEANについては,我が国の政府ベース援助の3割強が同地域に向けられていますが,私のASEAN歴訪に際して明らかにした通り,農村農業開発,エネルギー開発,「人造り」及び中小企業振興を四つの柱として,今後とも重点的に協力を進める考えであります。

 中国については,その近代化に協力すべく政府ベースによる経済技術協力等幅広い協力を進めております。

 その際,我が国としては,軍事面での協力は行わないのは勿論のこと,米国及び西欧諸国との協調及びASEAN諸国を始め他のアジア諸国との協力関係などに十分配慮して実施していく考えであることを改めて明確にしておきたいと思います。

 なお,我が国との間には現在中国の調整政策との関連で,プラント輸出をめぐって資金協力の問題が生じておりますが,我が国としては,近代化に協力するとの観点から中国側との話合いを通じ,早急にこの問題を解決したいと考えております。

 第3に,こうした国造りへの協力とともに,この地域の平和と安定のための政治的役割も果していくことが今や我が国に求められていると考えております。

 勿論,現下の情勢で我が国の動きうる余地は決して大きくありませんが,この地域における不安定要因となっている対立・紛争について関係国に対する働きかけを通じて,局面の打開を模索し,あるいは関係者間の対話のための環境づくりといった形で,アジアの一員としての役割を果したいと考えております。

 例えば,カンボディア問題をめぐってヴィエトナム,中国,ASEANといった主要関係国のいずれとも対話の関係を有する我が国としては,これら諸国との話し合いを通じ,何がしかの効果を挙げる途を探りたいと思うのであります。

9.アジアにおいては,一時「米国のアジア離れ」という認識が,一種の諦めにも似た感情とともに見られましたが,今やそうした認識は薄れたように思われます。

 私がASEAN諸国を歴訪した際も,「強い米国」のアジアに対する積極的姿勢について期待を寄せる声が強いことに印象付けられた次第であり,訪米に際してこの点をレーガン大統領にもお伝えしました。これに対して,大統領自身から,米国がアジアの安定と繁栄のために積極的な姿勢を有していることを伺い心強く思いました。

 アメリカの東アジアにおける役割は,次の3点にあると思います。

 まず,第1は抑止力としての軍事プレゼンスを提供することであります。現在,東アジアにおいては,世界的な破局に至りかねないような危機的状況はありませんが,米国の「力」が存在すること自体が平和を確保する最も重要な要素と思います。

 第2は政治的役割であります。東アジアの平和に深く関心を抱いてきた米国としては,今後も域内の不安定要因に対処し,緊張緩和の模索のために大きな政治的役割を果す意向と思いますし,我々もこれに大きな期待を寄せております。

 ただ,アジアのダイナミズムは多様性・多極性を伴っているものだけに,アジア諸国の一部には,米国が味方に非ざれば敵といった割り切った見方でアジア情勢に対応するのではないか,といった懸念もないではありません。そこで米国としてもきめの細かい配慮が必要である点を,アジアの友人として,また,自戒の意味もこめて指摘しておきたいと思います。

 第3に,経済協力或は貿易,投資といったアジアの国造りに対する協力についても改めて期待を表明したいと思います。とくに米国をはじめとする西側先進工業国の開放された市場は,東アジアにみられる経済開発のダイナミズムを支える重要な要因であります。我々として東アジアの繁栄のためにも今後とも開放された市場を維持することの重要性を改めて強調したいと思います。

 平和と安定をダイナミックに志向する東アジアに対し,米国が以上のような形で係わり合いを持っていくことは,東アジアのためのみならず,世界国家として,太平洋国家としての米国にとって,不可欠なことではないでしょうか。

10.当地大磯は,私の尊敬する大先輩の故吉田総理が居を構えたところであります。氏は戦後の試練にさらされていた日本の運営を一身に背負い,さまざまな困難を乗りこえて,1951年,サンフランシスコに赴き,日本全権として対日平和条約,及び日米安保条約に署名しました。これによって,我が国は,日米友好関係を基軸としつつ国際社会への仲間入りをすることができ,今日の平和と繁栄の基礎を築いたのであります。それは戦後日本が行った最も重要な外交上の選択でありました。

今日から4日後の9月8日は,まさにその30周年記念日にあたります。

本日ここに,そのすぐれた洞察と見識に満ちた故吉田総理にゆかりの深いここ大磯において,米国の友人諸君とアジアの平和と繁栄のために果たすべき両国の役割についてお話をいたしますにつけても,私は,あらためて大きな感慨を覚える次第であります。

御静聴ありがとうございました。