[文書名] 全国都道府県知事会議における鈴木内閣総理大臣の挨拶
本日ここに、全国都道府県知事会議を開催するに当たり、私の所信を申し述べ、各位の御理解と御協力をお願いするとともに、忌憚のない御意見を拝聴し、国と地方の緊密な連携の下に、今後の行政の一層の伸展を図ってまいりたいと思います。
まず、過般の集中豪雨と台風一〇号等によって被災された皆様には、慎んでお見舞い申し上げます。先般、私自身被災地である長崎を視察してまいりましたが、政府は、この度の災害の復旧と災害の防止策に万全を期してまいりますので、各位の御協力をお願いしたいと存じます。
さて、今日、我が国を取り巻く内外の諸情勢は、誠に流動的かつ厳しいものがあります。アフガニスタン及びポーランド問題に見られるように、東西関係は不安定な様相を示しており、また、中東を始め世界各地には紛争や混乱が続いております。さらに、世界経済はインフレ、失業等の諸々の課題を克服するに至らず依然停滞しており、この中で先進諸国には保護貿易主義的圧力の高まりが見られる一方、債務累積問題の深刻化などを抱えた開発途上国、特に非産油発展途上国経済の状況には、なお厳しいものがあります。
こうした不安要因の多い現在の世界の中で、我が国が政治的にも経済的にも比較的安定した状態にありますことは、ひとえに皆様方を始め国民各位の努力の賜物であると存じます。
しかしながら、我が国も、危機的な財政状態の下にあって、行財政改革の本格的な実行段階を迎えるとともに、対外的には経済摩擦を始めとする懸案を乗り越え、国際社会での信頼を確かなものとするため、課せられた責任を果たしていかなければなりません。
私は、我が国の将来を誤りのないものとするため、細心の配慮と大胆な決断をもって多くの難題に立ち向かってまいる決意であります。
以下、順を追って当面の重要政策について申し述べます。
行政改革
まず、行政改革についてであります。
先般提出された臨時行政調査会の第三次答申については、これを最大限に尊重するとの基本方針の下に新たな決意をもって行政改革に取り組むこととし、去る八月十日の閣議において同答申の実現に関する政府の対処方針を決定いたしました。
この答申は、近年の内外環境の変化の下で国の機構制度及び政策の全般にわたって幅広く見直しを行い、中長期的な展望に立って、行政の在るべき姿、今後の行政改革の基本的な方策を提示したものであり、画期的な提言であると考えます。
答申の内容は広範にわたっておりますが、政府としては、当面具体化を急ぐべきものについては速やかに成案を得て所要の施策を実施に移すことといたします。また、制度改正を伴う基本的問題等の取り扱いについても、逐次、所要の結論を得て着実に改革の実現を目指す方針であります。
同答申では、国と地方の機能分担及び地方行財政に関する改革方策について特に一章を設け、機関委任事務の整理合理化など、国と地方の機能分担の適正化を図りつつ、国、地方を通ずる行財政の簡素効率化を推進すべきことを述べております。これらの点についても、地方公共団体との連携の下に答申に沿って実現を図ってまいる考えであります。
この様な内閣の方針を踏まえて、八月十二日には、私から特に各省庁の事務次官及び三公社の総裁に対し、答申の内容の実現に前向き、かつ、積極的に取り組むよう指示いたしました。知事各位におかれても、国民的課題である行政改革の実現のため、より一層の御協力をお願いする次第であります。
財政再建
次に、財政再建について申し述べます。
我が国財政が緊急かつ重大な局面にあることは改めて申し上げるまでもなく、特例公債を含む公債発行残高は昭和五十七年度末で百兆円の大台に迫りつつあります。
こうした財政を再建し、その対応力を回復するため、政府においては、かねてより当面の目標として昭和五十九年度までに特例公債依存体質から脱却するとの目標を掲げ、歳出の節減合理化等その推進に努力を重ねてまいりました。
しかし、第二次石油ショック後の世界経済の停滞等の影響から、昭和五十六年度税収は大幅に落ち込む結果となり、昭和五十七年度税収についても、相当の減収が避けられない情勢にあると考えられます。
また、昭和五十八年度においても、具体的な見通しを立てることは現時点ではいまだ困難でありますが、極めて厳しい財政事情となることは避けられないと考えられます。
こうした事態に対処するためには、まず、歳出全般にわたってその抑制を図る必要があり、昭和五十七年度においては、追加財政需要について、災害復旧等真にやむを得ないものを除き、極力抑制の方向で検討する必要があると考えます。
また、昭和五十八年度においては、昨年のゼロ・シーリングに引き続き一層厳しいマイナス・シーリングを設定し、概算要求段階から、現実的に可能な限りの歳出の節減合理化努力を行っているところでありますが、今後の予算編成過程においては、まず、一層の歳出削減への努力が必要であります。
我が国の財政を今日の危機的状況から脱却させ、財政再建を強力に推進していくことは、正に国民的課題であるとともに、我が国の将来の安定と発展にとって避けて通ることのできない問題でもあります。このような厳しい諸事情の下で財政再建を図っていくに際しては、国民各層それぞれが痛みを共に分かち合っていただかざるを得ませんが、他方、今日ほど、財政再建に対して国民の関心が寄せられている状況はかつてなかったところであります。こうした困難な状況の下ではありますが、ここが正念場であります。私は、引き続き、従来路線に沿って財政再建を推進するため、各般の努力を重ねてまいる所存であります。
当面の経済運営
最近我が国経済の動向をみますと、個人消費は、このところ天候要因による影響等が懸念されておりますが、五十七年度四〜六月期国民所得統計では、堅調に推移しております。一方、住宅建設は低水準で推移しており、設備投資につきましては、大企業は一部に見直しの動きはあるものの底固さを維持しておりますが、中小企業は停滞が続いております。また、輸出は昨年末以降減少気味であり、その影響もあって加工型業種を中心に在庫調整が図られており、労働力需給はこのところ悪化の傾向を示しております。
政府といたしましては、以上のような状況を踏まえ、既に公共事業の前倒し等の対策を行ってきておりますが、今後とも国内民間需要を中心とした景気の維持・拡大を図るため、経済情勢の推移を見守りつつ、機動的かつ適切な政策運営に努めてまいりたいと存じます。
私が総理大臣に就任した一昨年には、八パーセント台の上昇率を示す物価の鎮静化が急務でありましたが、幸い、その後の官民挙げての努力により、現在では安定的な推移をみております。私は、我が国経済が経験してきた幾多の歴史に学びつつ、これからの経済運営に当たる決意であります。
また、世界経済の一割の規模を占める我が国としては、国際社会における自らの役割を十分に踏まえ、自由貿易体制の維持・強化に全力を挙げて取り組む必要があります。このため今後とも、諸外国の一層の理解を得ながら、既に決定した一連の市場開放対策の着実な実施に努め、世界経済の再活性化を図るべく我が国としても努力してまいりたいと考えております。
農林水産業の振興
農林水産業の着実な発展を図ることは、我が国経済社会の発展と国民生活の安定を図る上で重要であります。政府は、八〇年代の農政の基本方向に関する農政審議会からの答申等を踏まえ、総合的な食糧自給力の維持・強化を基本として健康的で豊かな食生活の保障と生産性の高い農業の実現を目指した農政を展開してまいる所存であります。
また、緑の森林資源の整備を通じた林業の振興とつくり育てる漁業の振興等新時代に対応した水産業の発展を図るべく一層の努力を払ってまいります。
国土政策と住宅・宅地政策
国民が豊かで安定した生活を享受していくためには、国土の均衡ある発展と健康で文化的な生活環境を確保し、住みよい国づくり、魅力ある地域づくりを進めていく必要があります。このため政府は、地域の自主的な力と創意工夫を軸としつつ、第三次全国総合開発計画に沿って、定住構想の一層の推進を図るとともに、交通基盤施設等各種社会資本の充実、技術の地方展開を通じた地域開発等の施策を計画的に推進しております。
良好な住宅と住環境の確保は、国民生活を豊かにする上で重要な要素であります。近年、国民の住宅に対するニーズは高度化、多様化してきており、今後は、特に住宅の質の向上に重点を置きつつ、国民の居住水準の一層の向上に努力してまいります。
住宅政策推進の上で重要な宅地供給については、大都市地域を中心にして、市街化区域内の土地の有効利用の促進、大規模宅地開発の計画的推進等の施策を展開し、その円滑化を図りたいと存じます。また、同時に、街路、公園、下水道、交通施設など生活基盤施設の充実を図り、良好かつ安全な都市環境の整備に努めてまいります。
エネルギー政策
エネルギー問題については、官民挙げての努力の結果、昨年度の石油依存度が六四パーセントまで低下する一方、国際的な石油需給が緩和基調で推移していることもあって、短期的には小康を得ております。しかしながら、中長期的には国際石油需給は循環的構造的に逼迫するものと予想されており、また、我が国のエネルギー供給構造はいまだ極めて脆弱であります。したがって、中長期的な視点からエネルギー問題に取り組む必要があり、政府としても本年四月に改定された「長期エネルギー需給見通し」に沿って、石油の安定供給の確保、原子力発電の推進を始め、石油代替エネルギーの開発導入、省エネルギーの徹底など総合エネルギー政策の推進に努めてまいります。
科学技術政策
資源に乏しい我が国は、幸いにして勤勉で高い知的能力を持った国民に恵まれており、この貴重な国民の資質を活用して、独創的な科学技術を創出することにより科学技術立国を志向する必要があります。このため原子力、宇宙、生命科学、新材料技術等新しい分野の研究開発はもとより、各方面にわたる技術の革新・開発を図ってまいります。
環境政策
環境問題について申しますと、都市・生活型公害や富栄養化による水質汚濁、さらに石油代替エネルギーの開発導入に伴う環境対策など環境上の問題は多様化、複雑化の傾向を示しております。このため、政府は、引き続き各種公害の防止、自然環境の保全を図るとともに、快適で潤いのある環境づくりを目指すなど総合的な施策の推進に努める考えであります。また、現在国会で継続審議となっている環境影響評価法案については、環境汚染の未然防止の徹底の観点からその成立を期してまいりたいと考えております。
社会保障と雇用
我が国の社会保障は、長年にわたる国民各層の努力により、西欧諸国に比較して遜色のない水準に達しており、国民の健康で豊かな生活の基盤として大きな役割を果たしております。
しかしながら、我が国の人口構成は急速に高齢化しており、今後とも社会保障制度が国民生活の支えとして有効に機能していくためには、的確な長期展望の下に給付と負担のバランスに配慮しつつ、制度の安定した展開を図っていく必要があります。このため、政府は、恵まれない立場にある方々に対しては手厚い配慮を加えつつ、国民の自助努力を前提として、各種制度の体系化、効率化を推進する考えであります。
なお、前国会で成立した老人保健法は、今後の高齢化社会における保健医療対策の基本となるものであり、政府としてはその円滑な運営に努めてまいる考えでありますので、地方公共団体におかれましても適切な対応をお願いいたします。
また、年金制度につきましては、人口の高齢化のピークを迎える三十年から四十年後においても老後の所得保障の中核としてその機能を発揮できるよう制度全般について検討することとしております。
更に、高齢化社会を迎え、高齢者の雇用問題の解決が重要な課題となっております。このため、六十歳定年の早期実現、六十歳代前半層の雇用対策の充実等を積極的に推進してまいります。
教育条件の整備と社会環境の改善
教育は、国政の基本であります。我が国が今後とも発展を続けるためには、心身ともに健全で、豊かな創造力を持ち、国際的視野に富んだ国民の育成に従来にも増して努力する必要があります。そのため政府は、学校教育の内容や教育条件の一層の改善を図るとともに、すべての国民が生涯にわたって積極的に自ら学び、スポーツ、芸術、文化に親しむことができるよう教育、文化条件の整備に努めてまいります。
なお、韓国、中国等から我が国の歴史教科書の記述について批判が寄せられている問題については、先般、官房長官談話により政府の見解を明らかにいたしました。我が国としては、この見解をもとに誠意をもって対処しているところであります。
近年、校内暴力、家庭内暴力等の青少年非行、さらには、覚せい剤等の乱用事犯が増加傾向をたどり、深刻な社会問題となっております。
私は、これからの社会が希望に満ちた明るい社会であるためにも、政府の関係機関はもとより、家庭、学校、地域社会が一体となって社会環境の改善に努め、青少年の非行防止と健全育成に当たることが必要であると考えており、そのための国民運動の推進に全力を挙げてまいる所存であります。
ここ数年来横ばい状態を示していた交通事故死者数が今年に入り急増しており、貴重な人命が多数失われている現状は誠に憂慮すべきものがあります。政府は、去る六月、当面の緊急対策を決定し、事故実態に即した効果的な事故防止対策を展開中でありますが、都道府県におかれても対策の推進に一層の御配慮をお願いいたします。
地方行財政
地方財政の状況をみますと、昭和五十六年度の国税三税の減収に伴い、地方交付税について巨額の減額精算の問題が生ずるなど一層その厳しさを増しており、地方財政の再建が国の財政再建と並んで緊急の課題となっております。
国の財政と地方の財政はまさしく「車の両輪」であり、行政の減量化、効率化を通じて双方の財政再建を同時に進めていくことが必要であると存じます。政府といたしましても、地方財政の円滑な財政運営に支障を生ずることのないよう努力を傾注してまいる考えでありますが、地方公共団体におかれましても、行財政運営全般にわたって十分な検討を加え、自らの創意で従来にも増して行財政の改革を行い、新しい時代にふさわしい地方行財政を実現されますようお願い申し上げます。
以上、当面の諸問題について私の所信を申し述べてまいりましたが、これらはいずれも国と地方が一体となって推進することによって始めて国民の期待に沿う効果が発揮できるものでありますので、重ねて各位の御協力をお願いして、私の挨拶といたします。