データベース「世界と日本」(代表:田中明彦)
日本政治・国際関係データベース
政策研究大学院大学・東京大学東洋文化研究所

[文書名] 豪州ナショナル・プレス・クラブにおける中曽根康弘内閣総理大臣演説

[場所] キャンベラ
[年月日] 1985年1月16日
[出典] 外交青書29号,439‐445頁.
[備考] 
[全文]

 新たな展望‐アジア・太平洋新時代への日豪パートナーシップ‐

御列席の皆様,

 本日,この由緒あるナショナル・プレス・クラブにおいて,所信を申

述べる機会を与えられましたことは,私にとって大きな光栄であります。ランドール氏始め評議員各位の御高配に対し,心から感謝いたします。

 (序言・平和と軍縮)

御列席の皆様,

 近年,太平洋地域が,科学文明の発達をもって距離の障害を克服し,21世紀に向けての最も有望な地域として,歴史の地平に浮かび上がりつつあることは,世界のよく知るところであります。

 私の今回の大洋州諸国訪問は,我が国がこれら諸国のそれぞれと友好の関係を深めるとともに,アジア・太平洋新時代の到来とも言うべき,こうした大きな時の流れの中で,協力して何をなしうるかの方途を探ることを目的としており,その重要性に鑑み,総理就任以来,早期の実現を希望していたものであります。

 その希望が東西関係に緊張緩和への微光が差し始めた1985年の始めに実現できたことを,私は,特に嬉しく思います。今日の世界の特徴はあらゆる分野における相互依存関係の加速度的な深化でありますが,私は,その結果平和という問題が世界のすべての国にとって今や不可分のものとなったということを指摘しなければならないと思います。その意味で,平和の維持と軍縮の実現という問題は,世界のすべての国が,夫々の立場から,今まで以上に心を砕いていかねばならない問題になってきております。私は,本年が世界の歴史において「世界平和の構築のための偉大な一歩が踏み出された年」として記録されることを祈念しているものであります。かかる念願を胸に,私は本年初頭,日米首脳会談を行い,引続き大洋州諸国の首脳との会談に臨んでまいりました。ホーク首相とは昨日、本日と2回にわたって実りある会談を行いましたが,平和と軍縮のため一層の努力を共にすることにつき,完全な意見の一致を見たことは私の大きな喜びとするところであります。

 さて,本日の演説においては,ここのような{前6字目ママ}認識に立脚しつつ,まず南太平洋島嶼諸国についての所感を申し述べ,次いで,太平洋協力の在り方について若干の意見を披瀝し,最後に,日豪両国が,今後如何なる相互協力を発展させて行くべきかについてお話しいたしたいと思います。

 (南太平洋島嶼諸国)

御列席の皆様,

 南太平洋地域の指導国たるフィジー,並びにパプア・ニューギニアを訪問し,私がまず感銘いたしましたのは,両国がいずれも,燃えるような国造りの意気をもって,産業の振興に,民生の安定に懸命の努力を続けている姿でありました。我が国としては,両国を始めこれら島嶼諸国の国民が,いつまでも平和で安定した環境の中で美しい自然と調和を保ちつつ,国造りに励まれることを願い,これらの国々に対し,今後とも一層の経済協力を強めてまいりたいと考えております。

 (南太平洋地域における地域協力)

 また,私は,これら島嶼諸国が互いに力を合わせて地域の繁栄を図るべく,南太平洋フォーラムや南太平洋委員会等の地域機構を作り,地域協力を推進していることに心を打たれました。

 太平洋地域にあって地域協力というテーマに最初に挑戦したのはASEAN諸国でありますが,私は,今回の旅において,南太平洋地域においても,新たな地域協力の動きが生き生きと展開しつつあることを目の当たりにし,誠に心強く感じた次第であります。

 私は,フィジーに所存する南太平洋大学に「南太平洋人造り基金」を設立するため50万米ドルの資金拠出をお約束しましたが,この援助は同大学が,この地域全体の未来の指導者養成の役割を果たしているということを評価して行われるものでもあります。私は,この基金が,我が国による技術援助と相俟って,今回私の訪れることのできなかった島嶼諸国の人造りや教育のお役にも立つことを期待しております。

 なお,私は,これら南太平洋の諸国が我が国の低レベル放射性廃棄物海洋処分計画に対し懸念を有することを十分に承知いたしております。この機会に我が国は,本件については安全と関係諸国・地域の理解が必要と考えており,これら諸国・地域の懸念を無視して海洋処分を行う意図のないことを表明したいと思います。

 また,私は,これから,我が国にとっても大切な友邦であるニュー・ジーランドを訪れますが,貴国と同国がこの地域の主要国として,南太平洋島嶼諸国の前進のために大きな寄与を行っておられることに敬意を表します。

 (市場経済システムの重要性)

御列席の皆様,

 それでは,これからの太平洋協力は如何なるものであるべきか−それを考えるには,まず,太平洋地域が今日世界で最もダイナミックな発展を遂げつつある基本的な理由として,この地域が豊富な資源と勤勉な諸国民を有し,市場経済システムを享受してきたことに注目しなければなりません。このような条件があったからこそ,太平洋の諸国は,この大洋を媒にして,自由な経済交流の大きな渦を巻き起こし,水からの潜在力をフルに発揮しつつ,それぞれに目ざましい経済発展を遂げることができました。

 (太平洋地域の多様性)

 私は,太平洋地域にダイナミズムが発現されているもう一つの理由は,この地域の多様性に存すると思います。即ち,ここに集まる多数の異質の諸国が時には相補い,時には刺激し合って,それぞれの潜在力を引き出しつつあるのです。太平洋協力とは,これら諸国が相携えて,このダイナミズムを維持し,長期にわたって発展することを目指すものと言えましょう。

 (地域協力の進め方)

 太平洋協力を進めるに当たって重要なことは,様々な形の協力を多層的に積み重ねることによって各国間に,全体としての発展を支える確固とした,厚みのある相互依存と相互信頼の関係を生み出して行くことであります。ホーク首相閣下は,太平洋協力について,「現実的漸進主義」が必要だと説かれましたが,誠に我が意を得た思いがいたします。

 かかる観点からするなら,国力の大きい域内先進諸国が,域内諸国間の協調と発展の基盤を築くため「縁の下の力持ち」の役割を担うべきことは当然であります。我が国としては,ASEAN諸国を始めとする域内諸国のイニシアティヴを持ち,具体的なプロジェクト等に対しできる限りの協力の手を差し伸べたいと考えております。その意味で,昨年のASEAN拡大外相会議においてい太平洋協力の手始めとして合意された「人造りプロジェクト」は,同地域の潜在力を開花させる鍵として誠に時宜を得たものと信じます。関係各国が積極的にこれらを支持して行くことを期待してやみません。

 また,関係民間機関のこの分野での活動には刮目すべきものがあり,自由と多様性尊重の立場からも民間のイニシアティヴを助長すべきでありましょう。さらに,地域協力の姿を構想するに当たっても,形のできたところから次第に全体に及ぼして行くという手法が必要だと思います。

 (軍事的,政治的性格とブロック主義を排す)

 さて,このような太平洋協力の推進に当たって,我々は,次の二つの点について厳しく留意しなければなりません。

 その一つは,この協力が軍事的,政治的な性格を帯びてはならないということであります。

 私はかつて,「太平洋経済文化圏」(Pacific Economic And Cultural Enclave略称PEACE)と言う構想を描き,識者に働きかけたことがありましたが,経済文化圏と称したのは,経済・文化の分野にこそ,この地域の共通の利益が見出されると考えたからであります。

 もう一つは,太平洋協力は,開かれたものでなければならず,この地域だけの利益を追及するブロック主義を助長してはならないということであります。太平洋地域のダイナミズムが世界経済への良き刺激となるよう心掛けるべきであり,かりそめにも,太平洋か大西洋か,アジアかヨーロッパかなどの二者択一に陥ることがあってはなりません。言い換えれば,太平洋・大西洋協力時代が次に来つつあるのではないでしょうか。我々はまさに,太平洋と大西洋の協力,そして地球上の各地域との協力を通じて,21世紀の人類が新たな躍進を達成することを目指すべきでありましょう。

 (日豪パートナーシップ)

御列席の皆様,

 それではアジア・太平洋新時代に向けて,日豪両国は,今後如何にその協力関係を進めていくべきでありましょうか。私は,日豪両国は,それぞれに発展を図り,またこの地域の南北の重要な柱として,,その平和と繁栄に貢献して行くべきであり,そのために今後両国間のパートナーシップを新たな次元に高め,如何なる波風にも耐えうる強靭なものとしなければならないと考えます。かかる観点から,私は,以下の四つの点について述べたいと思います。

 (相互信頼の確立)

 まず第一は,真のパートナーとしての相互信頼を確立し,相互補完の関係を更に強固なものとすることです。

 日豪両国間のパートナーシップの基礎をなすものは,両国の貿易経済関係であります。我が国は戦後の廃墟の中から再出発し,40年間に今日の繁栄と国際社会における地位を築き上げましたが,資源に恵まれない我が国にとっては,貴国との間の貿易面の相互協力がなければ,その達成は難しかったに違いありません。また他方,貴国がその持てる潜在力を開花させ,世界有数の資源輸出国となる上で,日本という市場の存在が幸いしたことも事実でありましょう。日豪両国は,お互いにその発展の鍵を提供し合うという意味で,運命的なパートナーであるとも言えるのです。今日,両国間の貿易量は,1957年の日豪通商協定締結当時の約30倍,また貿易相手国としての重要性は,日本が豪州にとって第1位,豪州が日本にとって第4位となっております。このような両国の関係の緊密化の中で,幾つかの困難な問題が生じてきたことも否定できません。また関係が緊密化すればするほど,それに伴って新たな問題が浮上してくるのが国際社会の常であります。

 私は,このような場合,何よりも信頼できるパートナー同士として,問題を直視し,率直に話し合うことが必要であり,相互信頼と誠意をもってすれば問題を解決することができると考えます。昨年と今回の両国首脳の相互訪問はこうした両国間の信頼関係の醸成にとって,限りなく大きな意味を持つものとなりました。

 なお,私は,この関連で,貴国がしばしば表明しておられる貿易問題に関する懸念に対して,我が国の立場を明らかにしておきたいと思います。すなわち,我が国にとって,鉱物・農産物等一時産品の供給者としての貴国の地位は,豪州産品が競争力を維持し,かつ安定供給が確保される限り,その重要性を減ずることはないと信ずるものであり,第三国との貿易問題を,我が国は貴国の犠牲において処理する意図はないことを,ここに再確認いたします。

(協力関係の強化と協力分野の拡大)

 第二は,パートナーとしての協力関係を強化し,その分野を拡げることです。

 日豪貿易経済関係は日豪関係の根幹をなすものであり,今後とも両国は協力してこれを一層深めて行くべきことは言うまでもありません。先般,対日貿易ミッションの相互派遣が実現しましたが,豪州産品・サービスの対日輸出拡大が一層進展することを期待いたします。

 また,先進工業国たる両国は,世界経済の活性化のためにも,また太平洋地域の繁栄のためにも,産業・科学技術の発展に努めなければなりません。私は,貴国が近年極めて意欲的に産業構造の改善に取り組み,一次産品の加工度の上昇,製品品質の向上等を図るとともに,ハイテク分野,なかでもエネルギー関連技術,コンピュータ・ソフトウエア,バイオテクノロジーの開発等にすぐれた成果を収められつつあることを高く評価いたしております。また,我が国は,近年の貴国の金融の開放化の動きについても,これを大いに歓迎しております。 こうした新しい分野における協力,すなわち,両国間の産業協力,技術協力,資本協力等の可能性は極めて大きなものがあり,我々はその追及を強めて行かなければなりません。この関連で,私は明日,ヴィクトリア州モーウェルにおいて,日豪エネルギー協力の象徴的プロジェクトである褐炭液化の現場を視察できることを大きな楽しみといたしております。

(文化・人的交流の促進)

 第三は,文化や人的交流を促進して,両国のパートナーシップの裾野を大きく拡げることです。

 この面については,ここ数年来,著しい発展が見られました。人的往来は,ここ数年間に倍増し,その分野も各界に拡がっております。こうした交流がワーキング・ホリデー制度,姉妹都市交流,その他多くのロイヤル・メルボルン・ショーやシドニー祭への日本参加が,豪州国民に日本の文化への関心を大きくかき立てたことは記憶に新しいことろであり,他方,日本においても,先日,親善大使として派遣されたコアラの到着をきっかけに,一種の豪州ブームが生じつつあります。

 こうした中での特徴は,日豪の交流が次第に「草の根」的なものになってきたことです。

 先般惜しくもなくなられた元駐日大使夫人は,その著書の中で次のように書いておられます。

「日豪関係の歴史の中では,これまでもビジネスマン,役人,政治家,学者が活躍してきた。これからは,一般市民も,もっともっと両国の関係に貢献すべきであり,貢献できると私は信じている。」

 私は,この言葉に多くを付け加えるものを持ちません。

 裾野は広ければ広いほどいい,と私は思います。貴国は,1988年の建国200年祭に,国際博覧会はじめ多彩な行事の開催を予定されているとのことであります。歴史の大きな流れの中では比較的短いこの期間に貴国民が勇気と勤勉さをもって,この偉大な国造りを成し遂げられたことに我々は強い尊敬の念を覚えます。我が国は,この催しが,日豪両国民がより深い相互理解を培う機会となるよう希望し,日本国内に参加のため準義委員会を設立することが決定されたことを,お伝えいたします。

(世界的見地からのパートナーシップの強化)

御列席の皆様,

 最後に,第四点として,私は,主要な国際政治・経済問題につき広く世界的見地に立って,両国のパートナーシップを強化すべきであることを協調したいと思います。

 我が国は第二次大戦の悲惨な教訓により,平和を国是とし,近隣諸国を脅かすような軍事大国とならぬことを誓った国であります。また貴国も世界に平和愛好国として知られている国であります。加うるに両国は西側先進国として,自由と民主主義という基本的価値を共有しております。この二つの国が,アジア・太平洋地域,ひいては世界の平和と繁栄のために協力して貢献すべきことは言うまでもありません。

 私はまず,既に冒頭に申し述べたとおり,平和と軍縮の促進にあらゆる手段を尽くして協力し合うべきだと考えます。アジア・太平洋地域のみならず,世界の各地における紛争の平和的解決,あるいは未然防止等,協力することのできる分野は多々あるでありましょう。

 また,平和と繁栄を確保するに当たって経済発展が重要であることを考えれば,両国がこれまで行ってきた世界の開発途上国に対する経済協力も手をゆるめてはなりません。また,国際経済の分野において,新ラウンドその他の面に引き続き力を入れ,協力して保護主義の台頭を抑えることも大切であります。自由貿易体制こそ経済発展の基盤であり,我が国を始めアジア・太平洋地域の諸国の繁栄はこれによってもたらされたものであるからであります。私は,日豪両国はこの面での努力を一層強化し,自由貿易体制の維持・強化に寄与して行くべき責任を有していると考えます。

(結語)

御列席の皆様,

 ホーク首相と私は,今回こうした両国間の各般にわたる交流を一層促進し,そのパートナーシップを新たな次元に高めるべく,政府としてこれまでにも増して一段と積極的に取り組んで行くことが必要であるとの点で意見の一致を見ました。両国が,21世紀を視野において,その共通利益とアジア・太平洋地域全体の利益の増進を図る道は,決して平坦なものとは限りません。しかしながら,如何なる障害や問題が生じようとも,私は,貴国民がこの2世紀の間に,厳しい風土の開拓の中で培ってこられた「マイトシップ」の精神と,我が国に長く伝わる「調和」の精神さえ失うことがなければ,困難の壁は必ず打ち破れると確信いたすものであります。

 日豪パートナーシップの強化が,アジア・太平洋新時代という歴史の流れへの大きな寄与ともなることを,皆様とともに念じつつ,私の演説を終わります。 ありがとうございました。