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日本政治・国際関係データベース
政策研究大学院大学・東京大学東洋文化研究所

[文書名] ベルリン日独センター・レセプションにおける中曽根康弘内閣総理大臣のスピーチ

[場所] 西ベルリン
[年月日] 1985年5月5日
[出典] 外交青書29号,452‐454頁.
[備考] 
[全文]

 ゲンシャー外務大臣閣下,ディープゲン市長閣下,内田ベルリン日独センター総裁閣下,プレットナー同副総裁閣下,同評議員の皆様,並びに御列席の皆様,

 本日,ベルリン日独センターの誕生を機に,日本国の総理大臣として初めて当地を訪問し,このレセプションに出席できますことは,私にとって無上の光栄であり,溢れてくる感慨を抑えることができません。

 まずはじめに,本センターが,日独双方の多くの方々の長い御尽力の末,ここに発足を見たことにつきまして,心からの御祝いと感謝を申し上げたいと存じます。

 また,この機会に,当地において,本センター発足のため多大の労をとられましたクンツ=ベルリン州前財務長官,ケーヴェニッヒ同州学術研究長官,並びに同州関係者の皆様に対して,深甚な敬意を表するものであります。

御列席の皆様,

 日独両国民の共同事業たるベルリン日独センターが,第二次大戦終結40周年と機を同じくして誕生したことは,長い日独関係,さらには日欧関係においても,とりわけ重要な歴史的意義を持つものであります。

 本日ここに相集う我々は,このことに深く想いをいたし,本センターの使命を改めて確認しなければなりません。もとより本センターの目的や運営方針等は,その理事会,評議会のメンバーの方々により決せられるものであり,日独両国政府は,これに協力,支援を行う立場にありますが,せっかくの機会でありますので,いささかの私見を申し述べることをお許しいただきたいと思います。

御列席の皆様,

 私は,本センターの最終的な目的は,東洋と西洋の文化の交流と世界の平和と繁栄の永続的実現に寄与することにあると考えます。このため,センターは,つねに新たな時代への展望に立ち,各般の分野に亘って,日独間の知的交流と日独協力による知的創造を行うことにより両国の発展に資することを基本としつつ,更には全地球的交流の触媒的役割を果たし,国際間の相互理解と相互信頼の構築に資さなければなりません。

 私は,それこそが,日独両国が,戦後,廃虚の中から営々たる国民の努力によって築いてきた今日の国際社会におけるそれぞれの地歩にふさわしい責任を果たす所以だと信じます。

御列席の皆様,

 次に私は,本センターがここベルリンに設置されることの意義について申し述べたいと思います。

 歴史的,地理的に見れば,ベルリンは全欧の中央部にあり,長くこの地域の文化・学術の中心たる役割を果たしてきました。それは,今日でもなおドイツ最大の都市たることを失わず,しかも自由で国際的という伝統を維持し,高い文化を花咲かせております。ディープゲン市長閣下は,「ベルリンはドイツのかつての首都であるだけでなく,ドイツの精神的,国民的な共同体の現在の首都である」と述べられておりますが,日独,日欧間の広汎で奥行きの深い交流を目指す本センターがここに立地を求めるのは,けだし当然と言えましょう。

 また,政治的に見れば,ベルリンは東西問題の最前線であります。「壁」はその象徴であり,我々はそれがもたらした悲劇を忘れることはできません。しかし他面,ベルリンは東側内部に位置する唯一の接点として,全欧にかかる橋でもあります。私はここにこそ相互理解に基づく相互信頼を培う最大の必要と,困難ではあるが決して絶望的ではないその可能性があると信ずるものであります。本センターが,日独交流の精神を,次第に価値観や体制の違いを越えて全地球的規模にまで押し拡げていくべきものとするならば,ベルリンこそ,その場所であり,それ以外にはないのであります。

 さらに,ベルリンは,戦争のもたらす破壊と恐怖の生き証人であり,人類がかかる行為を二度と繰り返すことのないよう厳しく告げる戒めの記念碑であります。と同時に,それは,人間がいかなる悲惨や廃虚の中からもたくましく復興しうることを示す顕著な実例ともなりました。

 そして,まさにそれゆえにこそ,我々は,この都市で無惨な弾痕をさらしてきた旧日本国大使館の修復によって,我々の「戦後」に決着をつけ,これに平和の殿堂たるの任務を与えようとしているのであります。

 ベルリン市民の皆様が,本センター設立の趣旨を諒とされ,多大の御支援と御協力,並びに尽きぬ御愛情を賜わらんことを切にお願いいたします。また,私としては,一昨年秋,コール首相閣下の御要望に応え,本センターのプロジェクトを推進して参りました立場から,今後とも惜しみない支援を行ってまいる決意であります。

御列席の皆様,

 時代の潮はいま新たな世紀に向かって滔々と流れておりますが,来たるべき新時代には,それを律する新たな時代精神がなければなりません。世界の恒久的な平和と繁栄は,まさにこの時代精神の下に実現するものでありましょう。ベルリン日独センターが東洋と西洋の知性の出会いの場となり,両者がそれぞれ何千年に及ぶ時を費して蓄積されてきた知恵を持ち寄って,互いに学び合い,相協力することに役立つことができるならば,私にとってこれに勝る喜びはありません。

御列席の皆様,

 13世紀日本における禅宗の開祖の一人,道元の書に,「いはゆる地によりてたふ(到)るものは,かならず空によりてお(起)き,空によりてたふるものは,かならず地によりておくるなり」という言葉があります。当時,大地と大空とのへだたりは十万八千里,互いに相交わることはないと考えていましたが,道元は,この誤りを指摘して,大地があるから大空があり,大空があるから大地がある。すなわち,これが一体のものであるがゆえに,人間が生存できるのだと説いたのであります。

 私は,道元禅師のこの言葉は,今日,相互依存の関係をますます深めつつある地球社会に,そのまま当てはまるものだと思います。東も西も,南も北も,それぞれ自らを一体のものの一部ととらえ,一方の痛みを自らの痛みと感じて互いに助け合うところにこそ,人類の永続的生存の道を見出しうるのではないでしょうか。

 ベルリン日独センター発足を機に,この哲人の言葉を想起し,私の挨拶を終えたいと存じます。