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日本政治・国際関係データベース
政策研究大学院大学・東京大学東洋文化研究所

[文書名] 内外情報調査会第二十八回全国年次大会における講演,国際情勢の展望と日本の進路(中曽根内閣総理大臣)

[場所] 
[年月日] 1985年9月30日
[出典] 中曽根演説集,522−549頁.
[備考] 
[全文]

【東西幕開けの時】

去年の秋は、じつは物みな時待ちの時代でありました。アメリカは大統領選挙でどちらが勝つかわからないし、大統領選挙の間は物は決まらない。明けてからだと思っておりましたし、ソ連はチェルネンコさんが病身でございまして、これも決まらないだろう。結局は大統領選挙の一九八五年、すなわち本年、昭和六十年ごろから物は動き出すのではないか。世界中の皆さんが想像していた、私も想像しておりましたが、果せるかな最近の模様を見ますと、いよいよ役者が出そろってまいりまして、東と西の関係も幕がやや開くのではないかという予感がしてくる、東西、東西という声がかかってくる、東西幕開けの感じが催してきているということはご同慶の至りでございます。

世界経済の動向も、あるいはアフガニスタンから、あるいは中米に至るまでの世界的な紛争等も、やはり深く根元をたどっていくと、その東西関係というものに直接、間接影響されていると思うのであります。そういう意味において、米ソ超核保有国のあいだに緊張は緩和され、理解が進み、意思が疎通していくということは、世界的に経済および政治に明るさを導くものでございまして、私は大いに期待もし、そしてそれが推進されるように皆さんと一緒に念願するものなのでございます。日本もその方向に大いに協力して前進させたいと思っており、国連総会その他の時期を通じ、あるいは個別国家間の会談等も通じまして積極的に努力してまいりたいと思っておるのでございます。

そして今、昭和六十年という年はまさに歴史の一つの転期に来つつあると思います。節目の年に当たると思います。内閣制度も創設以来百年目でございます。今、時事通信社が編集しまして細川先生が監修した『日本宰相列伝』という本のパンフレットを拝読いたしましたが、じつに明治十八年に内閣制度ができて、現在は七十二代目にあたり、総理大臣としては、私は四十五人目であります。この長い内閣制度百年という一つの折り目に遭遇しておるし、天皇ご在位六十年、そして戦後四十年を経ました。また、わが自由民主党結党三十年というそういう歴史的な節目にもなっておる。戦後三十年という意味は、よく左翼の諸君が唱える一九五五年体制というもののスタート以来三十年、という意味にもなるわけでございます。

こういうときに当たりまして、必ずしも明るい話ばかりではない。一面において米ソ間における核軍縮を中心にする東西の一つの転期というものの期待が動きつつある。が、一面において日米間等を中心にして経済摩擦の問題はいよいよこれから峠に差しかかるという大きな、重大な時期を迎えつつある。米国における情勢は決して楽観を許すような情勢ではないのでありまして、われわれがまさにここで踏ん張って努力を完結すべき時にきつつあると思います。

それから世界を見回しましても、イラン・イラク戦争はやや激化の兆候をたどっております。アフガニスタンは、またベトナム・カンボジア問題は、あるいは朝鮮半島の分裂の問題は、あるいは中米・ニカラグア問題等々は、またベイルートを中心にするあの辺の中近東の情勢等も膠着{こうちゃくとルビ}状態でありまして前進の気配は今のところは見えない。そういう意味において悲喜交々の情勢で今、この秋が進みつつあるという状況にあるのであります。

この中にありまして日本がどこへ進んでいくか、どういう政策をとればよろしいかということは、我が国民にとりましても非常に重大なことでございます。政府の重大責任でございます。また一面において、日本がこれだけの大きな経済大国に成長いたしまして、日本の動向というものは単に経済的な影響を及ぼすだけではない。最近においては、政治的影響力も大きくなってきつつあります。そういう面から、先般国連総会を機に、安倍・シェワルナゼ外相会談等もありましたし、あるいは坂田衆議院議長等がソ連を訪問いたしまして先方と重要会談もしてまいりましたし、いろいろ動いているわけであります。日中間におきましては、この十月始めに日中二十一世紀委員会が開かれまして、両国の賢人たちが二十一世紀に向けての友好強化の方策について話し合うということが行われます。さらに十月の初めには、ソウルにおきましてIMFの総会が行われまして、この間の五か国蔵相会議で決めましたあの通貨に関する一連の協調政策というものが、どういうふうに評価され、どういうふうに扱われ、今後どういうふうに進むであろうかということを予測すべき大事な会議にもなろうかと思います。ガットの問題等につきましても、それは響いてくるという情勢でもございます。

 そういう意味におきまして、この秋は昨年と違って幕は開いた。しかし役者がどんな仕振りをやっているかということを見る段階になり、非常に慎重に、しかも機が来たら大胆に、政策を推進すべき時は推進しなければならない。そういう段階に入りつつあるように思うのであります。

【新しい兵器体系の時代に】

 さて、米ソ間の問題についてでございますが、何と言っても一番大きな関心事は、ソ連側にすればSDI(戦略防衛構想)の問題でございましょう。アメリカ側にすれば、長距離弾道弾、核兵器というようなものはもはや意味がないという考えに立って、ソ連をいざなって、超弩級{ちょうどきゅうとルビ}の大量の攻撃兵器で均衡と抑止と安定をつくるというやり方から、攻撃兵器ではなくて防衛兵器で均衡と安定をつくる体系に変わろうではないか、という話合いを始めようとしている、これがSDIであります。だから、自分の方だけでやるのではない、君の方もやりたまえ、やるときは一緒にやろうではないかという調子で話合いを始めておる。千五十四発だとか、二千発だとかいうように、地球を完全に壊してしまう恐るべきICBM、そういう均衡と、抑止力によらない別の兵器体系を展開することによって、地球上を安心させると同時に、今のような無駄を省こうではないかという、第二次世界大戦で原爆が出現して以来、今度は次の新しい兵器体系の時代に移る、という予見性を持ってアメリカは言ってきているのであろうと私は思うのであります。

 それが果たして的確にそういくかどうか、科学的に、あるいは政治的にこれが成立するかどうか、きわめて微妙なものがあります。しかし、アメリカ、ソ連両方ともABM(弾道弾迎撃ミサイル)条約は壊すまい。この範囲内でいこうということは、そちらの方向に移行する場合においても、現に持っておるこれだけの長距離核兵器の処理というものを適切にレベルダウンをしながら廃絶に向けていく。その間に不可測の悲劇が起こらないように両方でホットラインを十分効かせながら、安定的に推移していこう。そういう配慮がアメリカ側にあると思いますし、それは当然のことであり、われわれもそれについては非常に大きな関心を持っておるところであります。

 兵器というものがただちに全面的になくならない、そういうものであるならば、できるだけ地球に被害はない、そして隣国や人類に被害の少ないやり方に転移していくべき性格のものであります。そういうような方向に、大きく二十一世紀に向けて進めていき、最終的にはやめてしまうのが一番いいわけでありますが、一挙にやめてしまうというところまではいけないかもしれません。しかし、生物・化学兵器というべきものは断然これはやめるべきであります。

 そういうような考えに立ちまして、この米ソ間の交渉というものは、秩序立って、建設的に、安定的に推移していくように期待してやまないのであります。

【ゴルバチョフ氏に期待】

 私はゴルバチョフ氏と三月、チェルネンコ氏のご葬儀のときに一時間十分ぐらい会談をいたしまして、そのときの印象を国会でも報告をいたし、新聞にも申し述べたとおりでございます。そうして、おそらくレーガンさんとの対談は実現する可能性が多いとそのときから見ておりましたし、あるいは、思い切った核兵器の削減の方向に、ある条件をつけて物事が出てくる可能性もあると読んでおったのでございます。どうなるかこれはわかりません。しかしある種の提案をすでにホワイトハウスにしているやに新聞報道されております。これはある意味において、ソ連が積極的にそういう方向に打ち出してきつつある、そう見ていいのではないかと思います。

 ゴルバチョフ氏に対する私の印象は、非常に近代的なマルクス・レーニン主義者であるということであります。そしておそらくこの人は書記長になる前から、ある程度クレムリンにおける支配権を握っていたのではないかという印象を持ったのです。それは、三月ゴルバチョフ氏と会ったときに、向かい側に座っておったゴルバチョフ氏のわきのグロムイコ外務大臣のゴルバチョフ氏に対する態度を見ると、非常に謙虚に、何か仕えるような態度をとっておったのです。私はそれを見まして、政界の大先輩である、また官僚界においても大先輩であるグロムイコ氏がこのような態度をとるということは、これはおそらくチェルネンコ氏の病気の間にゴルバチョフ氏が代行して仕事をしていたのかもしれんな、そういう印象を持ちました。

 その後のいろんな展開を見ましても、そういうような感じがしないでもありません。最近、チーホノフ氏が引退いたしまして、新しい総理大臣が就任されました。ルイシコフ氏でございます。さっそく私は祝電をお打ちしておきましたけれども、しかしソ連は来年二月に党大会がございますから、党大会の前にどの程度の動きができるかどうか、という点は一つの問題でございます。党大会において相当の人事の異動等もあり、そうして完全なる主導権を把握する、その以後についてはかなり力強い行動が見られるであろうと予測しておりますが、その前におきましても着々とこのような動きが見られるということは、東西間につきましてある種の期待をわれわれに抱かせるものであると思います。ソ連の内外の情勢を見るというと、必ずしも芳しくない情勢である。内においては三代にわたって書記長が病弱で、あまり物事がどんどん決まっていくという状態ではなかったと想像される。何と言ったって一番トップの人が病弱であるということは、国家に力がなくなります。

 そして内容を見まわしても、よく言われるように必ずしも経済政策は成功しているわけではない。ソ連から昨日帰って来ました議員団の話を聞いてみましても、アルコールを禁止したそうですが、アルコールを売るという店が開くというと、蜿蜒長蛇の列をなして並んでおるそうであります。これが一つの象徴であるかもしれません。経済必ずしも思うようにはいかない。特に農業政策はうまくいっていない。

【だれもが平和を欲している】

 国際関係を見ましても、アフリカにおいても、あるいはアジア、その他の地域におきましても、ソ連の対外政策というものは必ずしも思う通りには進んでいない。ある国はソ連から離れ、ある国はまた中立的な地位をとっていく。ある国は自由世界に接近する。ある国はソ連とやや対立的なトーンを持ってくる。いろいろな、さまざまな変化が国際関係にも起きてきて、ソ連の世界政策がひところに比し精彩を失ってきているということは事実でありましょう。こういうソ連政権の実情を、ゴルバチョフ氏は若い新鮮な目でずっと見てきておるのではないかと思います。それで、病弱な書記長の後を引き受けて、おそらくソ連共産主義というものの一大イノベーション、近代化・改革を考えているのではないだろうか、内政、外政ともに。これは政治家なら当然考えるところであります。しかも年齢はまだ五十代でございますから、自分には二十年以上の持ち時間がある、そう思うでしょう。

 これだけ内外に鬱積{うっせきとルビ}してきているソ連の問題を解決するには、二十年の歳月を考えて取り組まなければならないと考えているのではないでしょうか。そういうような考えに立てば、短期当面の仕事、中期の目標、長期的な結論、そういうところへ自分の工程管理表をあるいはつくっているかもしれない。そういうような、二十年ぐらいのスパンをかけた考え方でものをやっていくという面について一番大事なことは、やはり平和ではないかと思うのであります。これは日本にしても、アメリカにしても同様であります。経済的にこういうような状況になってきますれば、世界中が平和を欲するという点においては一致してきつつあると思うのであります。そういうような面から平和を欲するものであると思います。

 それと同時に、いままでのソ連の共産主義社会や共産党の状況等も見て、大きな改革、イノベーションを必要と考えているのではないだろうかと想像するのです。私がゴルバチョフさんであったらこうだろうと思って今それを申し上げているので、彼がそうだということを私が言っているのではない。私の立場から見て、自分ならそう思うということを申し上げておる。一番大きい意味のプレッシャーをかけてきておるのは中国ではないかと思います。中国の●{登におおざと/トウ}小平さんが若返りを思い切ってやりまして、経済の自由化、開放化に強く前進して成果を上げております。こういうような生気をよみがえらせてきつつある中国というもののプレッシャーを受けないはずはないと思うのであります、いままでの経緯から見まして。そういうような面からかなりのイノベーションを思い切ってやると考えざるを得ないのであります。

【日ソ話合いの時期に】

 そういう点から見れば、マルクス・レーニン主義者というけれど、むしろレーニン主義者である、つまり戦略家である。現実的戦略家というものがゴルバチョフ氏ではないかと思うのであります。そういうような関係で対米関係が打ち出され、あるいは対日関係・対中国関係・対ヨーロッパ関係が打ち出されつつあるのではないか。もちろんその手の内なんかはわれわれが読めるはずはありませんが、しかし状況的な判断から見て、そういう感じがしないでもない。もしそういうものであるならば、日本としても十分話合いの余地はあり、また話し合うべきものである。われわれの間には領土問題という避けて通れない重大な案件があります。この問題を解決しつつ、同時に幅広く日ソ間の諸般の問題等についても一歩一歩着実に前進するようにわれわれは胸を広げてお互いによく話し合うべき時が来れば幸いであるし、そういう時が来つつあると思うのであります。

 この意味において、シェワルナゼ外相は十二月、あるいは一月に来日なさるという報告を外務大臣から受けました。大いにこれを歓迎し、そうしてお互いにゆっくり胸を開いて話合いをすべきである、そう考えておるのであります。アメリカとの対話がどういうふうになるか。これはわれわれが日ソ間の状況を進める上に大事な問題であります。しかしそのほかにゴルバチョフ氏はフランスへ参り、ミッテランさんと会います。ソ連がどういうふうにヨーロッパに対して考えているか、非常に大事な参考資料にもなり得ると思います。そういういろいろな情勢を判断しつつ日本の政策を決めていく。こういうふうに考えて、そうしてまず第一に基本的問題である米ソ間において、お互いに理解と協調とそして成果を生むような精力的な話合いがなされることを期待してやまないのであります。

 私はSDIにつきましては、これは核兵器をなくすという大きな目的を持った新しい兵器体系であるという点において理解を示すという態度をとっております。このSDIというものが出てきたのも一つの大きな原因になって、米ソ間でジュネーブ交渉が開かれたという判断がありますが、私はこれは、かなり合理性があると思っておるのであります。そういう面から見ますと、やはり核兵器をなくすという大目的に向かって米ソ間の話合いを実らせる、そういう観点からこのSDIという問題もわれわれとしてはよく検討を加えていく、という立場にあると思うのであります。おそらく兵器体系、兵器なんてものはないにこしたことはないのです。軍事費というものも削減すべきで、それを発展途上国の応援に向けるということは正当な理論であり、そういう方向に努力すべきものであります。

 近年の情勢を見ますというと、世界各国の軍事費の総計が、八千億ドル以上になりつつある。増え方がかなり強くなってきておる、超大国等におきまして。兵器を途上国に売る勢いがかなり強いと言われております。とくにヨーロッパの国々、あるいはソ連、あるいはアメリカも入りましょうが、ともかく兵器を売るということがかなり最近は強くなってきつつあるように、外国の新聞を読んで感じました。

 そういう意味におきまして、紛争を早く解決して、そうしてできるだけ平和な世界にしていくという面から見れば、わが国のような兵器の輸出を原則として行わない、とくに紛争地域についてはやらない、そういう、いわゆる武器輸出三原則を堅持しているということは賢明な政策であって、世界各国はこのような方向に動くことを強く私は熱望したい。とくに今のような兵器の購入・売却が盛んに行われているという現状を見、紛争を早く終結させるという一方的な片一方の要請を考えてみると、この点を大いに世界に向かっても強調していきたい、そう思っておるのであります。

【アンフェアと言われぬように】

 その次に現在の大きな問題は、日米間の貿易摩擦、経済の問題でございます。この点につきましては、われわれの方といたしましては、できるだけ速やかに日本の市場を外国並み以上に開放して、そして日本人がアンフェアであるという言葉を地球上から消そうと思って全力を尽くしてきているところなのであります。アンフェアという外国語で一般の国民はそれほど感じないかもしれませんが、多少外国語を知っておる者から見れば、アンフェアという言葉ぐらい恥辱的な言葉はないと思っておるのであります。不公正というような言葉で表現されますが、これは使いようによってはインチキだ、そういうふうにもとられるわけであります。あれはゴルフでアンフェアだと言われるぐらい、ゴルファーにとって恥辱はないのであります。国際社会においても同じことでありまして、アンフェアという言葉を一日も早く消したいというのは政権担当以来の私の念願であります。そういうこともあり、アクション・プログラムを策定し、その他諸般の政策を今、全力をふるって推進しておる、市場開放に向けてやっているわけです。

 すでに金融や資本の移動等につきましては、日本はアメリカ、ドイツ、イギリスにほとんど近づいているというぐらいに開放は今進んでいる。この勢いでもっと進めていけば、私はドイツやイギリスに完全に肩を並べる、あるいはそれを追い越すところまで近くいけるだろうと思うのであります。

【民活付与の法案】

 一方においてそのように資本や金融について前進をしておるのでありますから、物の面においても、今やっておるアクション・プログラムを、これを速やかに、誠実に実行して、そこまで進んでいきたい。そう思っておるのであります。今回の臨時国会におきましても、たとえば関税に関する措置、千八百五十三品目について関税引下げを断行することを決定しておりますが、党内の了承を得て臨時国会でこれをやって、来年一月一日から実行する。そういう方向に努力したいと思っておりますし、また基準認証制、あるいは自己認証とか、あるいは制限の撤廃とか、あるいは外国人を審議会に入れて透明性を確保するとか、そのほかの諸般の問題につきましてはこれをどしどし実行し、必要な法案は臨時議会に繰り上げて提出し成立させたいと考えておるのであります。

 同時にデレギュレーション、行革審から答申をいただきました規制の解除、これによる民活の付与、そういう目的のための規制解除の法案。これは投資であるとか、土地であるとか、あらゆる面に及んでおりますが、これらについてもでき得べくんば臨時国会に法案を提出するように、今全力をふるって努力しておるところなのでございます。こういうようなアクション・プログラムを中心にする日本の市場開放を、馬力を入れて実行する必要があります。

 もう一つは、内需の振興という問題でございます。内需の振興の問題では、現在は景気がそれほど悪いとは思いません。ばらつきはもちろんございますけれども、このあいだ発表された今年度第一・四半期のGNPの伸びを見ますと、確か年率七・九パーセントという、そういうかなり成績のいい経済成長率を示しておる。したがって、今日の時点においてそれほど景気が悪くなったとは思わない。むしろ雇用状況は非常に改善されてきております。顕著にこの一、二カ月は、改善されております。にもかかわらず、われわれが内需の振興ということをなぜ言うかといえば、一つは円・ドル関係におきまして円が強くなっていくというと、これは困る企業が国内に出てくるかもしれんし、景気に影響が出てくる危険性がなきにしもあらずである。今のように円が強くなりまして、大企業は太刀打ちできるでしょうけれども、中小企業の中で非常に困る、そういう企業がもし万一出てきた場合には、われわれは当然これに対する対策も考えてあげなければならないと思います。

【円高誘導は不動の方針】

 これらはみんなケース・バイ・ケースの問題として処理するよう、通産省に指示いたしまして、万全の用意を整えるようにさせております。しかし、原則として円を強くしていくという方針は、これはわれわれの不動の方針でありまして、今後とも努力していきます。

 しかし、今後の景気の推移が円の強化によってどういうふうに動くであろうか、そういう意味において今日から先見的に諸般の政策を考えておく。大体国会でいろんなことをやるにしても、時間のズレがございますから、早めに準備はしておいた方がいい。貿易摩擦の解消という面からも内需を振興する。そして物、あるいはお金といものが外国に向かって進まないで、国内に向かって進むという方向に切り替えていくということは、非常に大事でございます。そういう意味におきまして、内需の振興という点について、思い切って努力してみたいと思うのです。

 先般も金曜日に政府与党の首脳部会議を開きましていろいろ検討いたしましたが、やはり内需の振興の中心というのは住宅であろう、住宅・土地政策というものをもう一度考えてみようじゃないか。あるいはそれに伴って林政の問題もございます。木材を思い切って使用するようにさせよう。これが一面において荒廃した今の林業というものを復活する大事な仕事にもなりますし、また今問題になっておる合板の問題等も解決するためにも、基本的には木材需要を起こすということが大事であります。そういうようないろんな面から考えてみまして、適切な対策をわれわれとしても考えていく。住宅あるいは土地というものを中心に考えていく必要があるのであります。

【基礎科学の重視を】

 それから長期的な観点からしますと、やはり日本経済というものをどこへ持っていくか、何を一つの起爆力にして二十一世紀にわれわれは前進していくかといえば、科学技術でございます。日本の応用科学というようなものはほどんど外国の水準を飛び抜けてきておるのでありますから、ここで力を入れるべきものは基礎科学の分野でございます。基礎科学の分野はまだ大分遅れていると考えざるを得ない。そういう意味において、ここで基礎科学の分野にわれわれは思い切って力を入れるべき段階です。

 よく外国人から、日本人は物まねだけで創造力がないじゃないか、こういう批判を受けますが、私はそんなことは絶対にないと考えております。だいたい西欧の国々にノーベル賞は多いのですけれども、ノーベル賞というものが生まれたのは一九〇三、四年ごろだと聞いておる。したがって先方は八十年の先行期間があるわけです。

 われわれの方は基礎科学といえば、本格的には、戦後もだいたい安保が終わってから、つまり一応の日本の経済の基礎的構造が整備したあとから一応整ってきたともいえるのではないでしょうか。そういう意味では、日本はまだ二十年しかたっていないわけであります。この二十年の間にともかくノーベル賞が五人も六人も、五人ぐらい出てきましたか。この効率を見ますれば、あと八十年かけて、百年たったら欧米に負けないくらいのノーベル賞は十分出るだろうと、私は思っております。だから日本人に創造力がないということはない。どの国においても一応水準ができ上がって、そしてある程度の熟成度を持ってから、新しい創造力というものに入っていくものです。

 おそらく西欧の国々だって、科学技術というものは自分で独創で発明したものは少ない。大部分のものはアラブからきているのでしょう。数学にしても、科学にしても、アラブからきたものを受け継いで、その奥を突っついてみて新しい原理なんかを発明したのであって、やはりタネはあるわけであります。

 そういうことを考えてみれば、われわれが西洋の科学技術をここでタネとして仕込んで、そして本格的な基礎研究に入って二十年くらい。しかもあんまりお金も出さないで、ともかくこれだけノーベル賞が出てくるということは、日本人に創造力がないということを完全に否定しているとみてよいのであります。ある程度熟成してから、それはバッと出てくるものであります。

 そういう意味においてこれから八十年かけるか、あるいは二十年ごとに刻んでそれをいくか、ともかくそっちに力を入れて熟成度を高めていく。層を厚くしし、ペーパーを多くし、実験の数を重ね、そういうような形で、そして次は何をやるかといえば、ここであると私は申し上げたいのであります。

【次の世代への環境整備を】

 先般、筑波科学博に行ってみまして、そして子供たちがすごく先を争ってエレクトロニクスのパビリオンに飛び込んで行きましたね。そしてロボットが肖像を画いたり、コマの刃渡りをしたり、あるいは自分がボタンを押してコンピュータ競技に興じたり、あるいはバイオのトマトを見たり、どれぐらいの子供たちに大きなインパクトを与えているかわからないと思うのです。われわれの子供のときには、ああいうものは夢にもなかったわけです。それが今十代、二十代の子供たちが考えられないくらい、パソコン能力を持っています。これは大きなソフトを将来生む力を蔵しているということであります。そういう世界に入り込んで、そして科学博を見て大きなインパクトを彼らが受けたということを見ると、十年、二十年後が楽しみであります。しかし、この子供たちがそういうふうな科学技術の世界に入り込み、あるいは人文科学の世界に入り込んでいくために必要な環境を整備してやるのは、今日の親たちのわれわれの責任であります。

 片方においては、アメリカではSDIがある。これはスペースシャトルをはじめ、偉大な大きな科学技術力が隠されてあると私も見ています。アメリカではすでに一方においてはミリタリー、もう一方においてはスペース、それからバイオの面においてわれわれの知らない、うかがうことのできないぐらい大きな深い研究がある、成果があると私は思います。

 またソ連においても、平和産業と軍需産業の間には非常に落差があります。しかし、軍需産業等においてはそうとう高度なものがあると考えざるを得ないでしょう。あれだけの宇宙船を打ち上げ、人間が行ったり来たりしているのでありますから。それからヨーロッパにおきましても、これは非常に大きなストックを持っておる。

 私はロンドン・サミットに行きましたあとイギリスを公式訪問しましたが、イギリス首相官邸でサッチャーさんと会談いたしまして、お昼になりまして二人で食事をする。連れて行かれた所は執務室のわきの小さな部屋でありましたが、十二畳ぐらいの部屋であります。そこへ行ってみると、サッチャーさんのうしろに像があり、まわりに肖像がかかっている。私はサッチャーさんに「あの像はだれですか」と聞いたら、「ニュートンだ」「あの絵はだれですか」と言ったら、「ワットだ」と言う。蒸気機関車を発明したワットです。「これはだれですか」と言えば、みんなイギリスの生んだ科学技術の肖像とスタチューがあるのですね。

 私はそれを見まして、ハハー、イギリス人はこのプライドを持ち続けて、この子孫を生もうとしているのだなと思いました。また見ようによっては、日本はずいぶん応用科学やあるいは身の回りの品物では卓越しているけれども、こういう人はいないでしょう、と言いたかったのかもしれませんね。そういう点を考えてみまして、日本の首相官邸にそういう人たちのスタチューや像がもっと掲げられるような時代を、十年、二十年、五十年の間につくっておいてやることが、われわれの今日の責任である。

 ヨーロッパにはユーレカ計画という新しい計画で、SDIに対抗して全ヨーロッパを挙げてそのハイテク、あるいはバイオ、ガンその他に挑戦する国家共同連合を今つくりつつあります。日本はその谷間にあってどうするのか。こういう問題をわれわれは投げかけられていると思うのであります。そういう面からいたしましても、先般、科学技術会議から今後の科学技術の振興のあり方について答申をいただきましたが、これらを中心にして日本もそういう年次計画を持って、着実にこの成熟度を上げていくような方向に進めてまいりたい。これが目下の大国策である。そのように考えておるのであります。

【GNP一パーセントの枠の背景】

 もう一つここで問題になるのは、日本の防衛の問題でございます。先般来五カ年計画を決めまして、いろいろ新聞その他で賛成、反対とご批判を拝読しております。しかし私は今度のやり方というものは、文民統制、シビリアン・コントロールという面から一大前進したと思っておるのであります。日本の防衛計画というものは、一次防から二次防、三次防、四次防、私が昭和四十五年に防衛庁長官をやったときに手がけたのは四次防というものであります。

 それで五十年代になりまして、三木内閣になって、五次防、六次防、七次防、八次防と無限大に伸びるのかというような話もあり、そして当時はデタント、アメリカがベトナム戦争で疲れまして、そしてソ連との間に強調のムードでデタントが支配した時代であります。そのときに、今までのような四次防、五次防、六次防という考えをひとつ考え直そうというので、基盤防衛力という発想に変えまして、そしてまず日本の防衛というものは、憲法にもとづいて限定・小規模の侵略に対応する力を持つ。そういう意味で防衛計画の大綱をつくった。これだけのものをやればそれに太刀打ちできるという、当時の相手方の客観情勢の数量に応じた防衛計画の大綱というものをつくった。

 しかも、限定・小規模というものは、ある地方に上陸されるとか、ある地方に空挺が下りるとか、そういうようなものを想定した防衛計画であったわけであります。日本全体、国土全体を守るというような、そういう大がかりなものではないのです。同時多発ではないわけであります。限定・小規模という思想でできている。もちろん、核は想定していないのである。それに対応するための基礎防衛力をつくっておこう。そういうものがキナ臭くなって、危なくなったら、それに対して弾薬量を増やしていくとか、人間を増やすとか、戦闘機を増やすとか、そういう形のものの基盤となる防衛力という思想でできておったのであります。

 ところがそれを決めたのは確か五十一年の十月二十九日ごろでありましたか、防衛計画の大綱という、これだけあれば何とかやれるというものをつくったわけです。ところが当時、GNPはそうとう伸びておりまして、だいたい一〇パーセント以上伸びておった。経済企画庁が当時つくった経済計画というものは、五カ年間は大体十%以上の伸びでいくという想定になって、五十一年は現に一三パーセント伸びておる。これだけ伸びるならば、この程度のものは五年以内にできる。そういう頭が当時あったわけであります。だから五カ年計画というものをつくる。その五カ年計画は国防会議とか、政府が正式に決めるんじゃなくて、防衛庁の内部資料として毎年毎年予算を要求するときの基礎資料として、メモとして手元に持っておる。そういう性格のもので、五六中業、あるいは五九中業、中期業務計画という思想で出てきたわけであります。

 ところが、何しろGNPが一三パーセントも伸びるので、それでは予算がかなり膨大にふくれる。大蔵省側から強い要望等がありまして、そこで一パーセントというものはあとから追っかけて出てきた、一週間後に。そして十一月の四日か五日ごろ、また閣議を開いて、そして予算要求の際においては当面一パーセントを上回らないようなことをメドとして行う、そういうふうに決めたのが一パーセント問題の発祥なのであります。

 ですから、当時の防衛庁長官の国会の応答等をずっと読んでみますと、大体四、五年ぐらいでこれはできるであろう。

 ところがその後GNPはぐっと下がってしまった。二度の石油危機によりましてマイナスあるいはゼロパーセントにもなった、GNPがゼロあるいはマイナスという時もありました。そして歳入は大減収したのを皆様もご存じでしょう。六兆円も赤字公債を出して、赤字を消した年もその後ありましたですね。

【極東軍事情勢、劇的に変化】

 ですから、その後大きな変化がありました。また客観情勢においては、日本海には航空母艦が二隻も、ヘリ空母は到達するとか、北方領土には一個師団、そしてミグ23は四十機以上も展開するという新しい事態が出てきている。だいたい極東における情勢を見ますと、その部分だけでアメリカの勢力に対抗するというような力の培養が行われてきつつあるわけです。SS20というものも約百四十基以上アジアの方に展開しているという情勢も出てきておる。

 北方領土の情勢を見ると、ミグ23が四十機以上もあるという新聞報道がなされておりますけれども、これはじつは大変な力であると考えざるを得ない。そういう北海道の北の方と東の方の情勢を見てみるというと、日本側から見ればどういう状況にあるのか、皆様ごらんのとおりであります。

 そういうような大きな変化等も生まれましたが、対策は何らできていない。これではいかんじゃないか。その後それだけの大きな変化があったのなら、アメリカがやきもきするのは当たり前であります。しかもアメリカ側はインド洋の方まで第七艦隊の仕事が増やされた。というのは、アフガニスタンの問題が起き、中近東の問題が起きまして、太平洋第七艦隊の仕事がインド洋や中近東のアラビア湾まで拡大されたわけです。いざということになると、あっちへ持って行かれる危険性がある。日本の防衛に対してあんまり増派できなくなる危険性も、いざというときにはなきにしもあらずです。アメリカの防衛力だって無限ではない、限定的なもので、アメリカの国民の税金をも考えてやっているわけなんでありましょう。それでもアメリカは約二千億ドルの赤字を出しながら、約二千億ドルの防衛費に耐えてやっているわけです。

 日本の防衛費はいくらであるかといえば、一人当たりの国民の負担を比べてみるというと、アメリカ側は約二十万円です。ソ連が約二十万円です。イギリスやドイツは一人当たり十一万円から十万円です。日本は二万二千円ぐらいです。アメリカの十分の一ですね。アメリカはあれだけ財政赤字で悩んでおる。財政赤字を切るために非常に大きな苦労をしておる。ドイツやイギリスは失業が十三パーセントぐらいもある。失業で困っておる。

 そういうような各国の状況の中で、一人当たりの防衛費というものを比べてみると、アメリカ、ソ連が二十万円台、イギリス、ドイツが十万円前後、日本が二万二千円。これは目につくのは当たり前であります。しかも、その平和の恩恵を一番受けているのは日本じゃないか、日本経済じゃないか、こういう論理が成り立つわけであります。

 そういう点から見ると、何もアメリカなみのことをしろというわけじゃないが、自分で自分の国を守る、この大きな客観情勢の変化に対応できるぐらいの日本列島防衛の方策ぐらいは講じてもらいたいものだ、とアメリカの議員が考える。これはもっともではないかと思うのであります。

 しかし日本には日本の国是もあり、日本の防衛に関する自主的な判断もあり、国民の世論もございます。したがいまして、われわれはその調和を考えていかなければならんわけであります。

【国内・国際要請の調和を】

 そういう意味において、今回はまず第一にこの防衛計画を国防会議に正規にかけ、そして内閣で決めて、国会に報告すると正式に決めたわけであります。これぐらいな民主的統制はない。今まで防衛庁の内部資料で、メモであると言って、五カ年はだいたいの概貌を見当をつくっておいて、そして防衛庁の内部だけのものにしているということ自体が、私は非民主的であると思っております。だから私は政権担当以来、できるだけ早くこれを国防会議にかけ、また国会に報告する方がいいと思ってきておったのです。いよいよ時期がきて、切替えのときがきましたから、今度はそういうふうにして民主的統制を強める。そういうふうに持っていった。王道を行くというのはそういう意味であります。それが正しい民主的なあり方であると思っているからであります。それと同時に、できるだけ三木内閣の一パーセントという趣旨を尊重していこう。国民の大きな願望でもある。私はそう解釈いたします。

 しかし政治家としては、この国際関係と国内関係を調和しなければいけない。国民の皆様には、国際関係が全部必ずしも一〇〇パーセントお分かりの状態ではない。今申し上げたようなことも知らない国民の皆様が大勢いらっしゃる。大きくこういう機会を使って、できるだけ私は申し上げたいとそう思っておるわけでございます。その調和を政府は考えなければなりません。調和のギリギリの線を考える。そして日本の防衛というものを真剣に考えてみて、問題は何で何ができるか。日本の防衛ができるか、できないかというのが大事なのであります。日本の防衛に役立たないならば、やめた方がいいのです。税金の無駄になるだけです。やる以上は有効であるというものにする必要があります。

 防衛について一番有効な方法は何であるかといえば、侵略してきたらひどい目に遭う、こっぴどくやられるぞ、そう思わせて侵略を思いとどまらせることが、最大の防衛対策であります。そういう意味で、来たらこっぴどい目に遭うぞ、という程度のものは持っていなければいけない。

 それは何であるか。日本全体の列島の防衛計画をずっと調べ上げた上でこの程度と決めたのが、この間の十八兆円四千億円の五カ年計画であります。しかし五カ年計画であって、計画ですから、三木内閣の決定というものは毎年毎年の要求について一パーセントをメドにうんぬん、そういうことなのであります。そういう意味において、われわれは毎年度予算編成に際しましては、三木内閣決定の趣旨を尊重して努力していく。これが国民のご意思に沿うゆえんである。そう考えて、三木内閣の決定の趣旨を今後とも尊重してまいりたい。そのように考えてやっていきたいと思うのであります。

 この点につきましては、いろいろとご批判もあるようでございます。世論調査を見るというと、靖国の問題については非常なご支持が多いようです。圧倒的なご支持があるように、世論調査では新聞で伺いました。しかし、防衛の問題についてははなはだ不評判であるというふうに、同じように新聞で伺いました。しかし、真実はこういうことなのでありまして、この説明の足りない政府のわれわれに責任がございますけれども、申し上げれば必ず分かっていただけると私はそう思うのでございまして、今後とも全力ふるってお分かりいただくように努力してまいりたい。そう思う次第なのでございます。

【定数是正と行革推進】

 これからやる大きな仕事は、まず臨時国会でございます。臨時国会については、今開会についてお願いをしておりますが、まず何といっても六・六のあの衆議院の議員定数問題を解決すること。これが焦眉の急の問題であります。この前の議会で各党からおのおの案が出ております。自由民主党も提案して、継続審議になっておりますが、各党でよく話し合いまして、次の議会で必ず解決するように努力してまいりたいと思うのであります。

 この問題は、一自民党の責任とか、現内閣の責任とかいう問題だけではなくして、立法府が裁判所に背負っておる共同の課題であり、われわれの務めである。そう考えなければならないと思うのであります。さもなければ、国権の最高機関としての立法府は責めを全うしているとは言えないと批判されても仕方がない問題なのであります。国権の最高機関である以上は、われわれは立派にその責めを果たさなければならない。そういう見地に立って、この問題はぜひとも次の国会において解決したいと思うのです。

 それと行革の推進でございます。行革については今までいろいろ努力してまいりましたが、今共済年金法を出しておりますが、これは要するに官民格差を是正しようという、国民の長い間の念願を実現した法案なのであります。

 そのご指摘に対しまして、政府も国民のご意向に従わなければならん、また行革審の方針に従わなければならんというので、その答申を受けまして、それを調整する年金の法案を出したわけでございます。これについては、公務員の労働組合は全面的に反対であります。だがしかし、国民公平の観念に立ち、行革の理想から立てば、これは実行しなければならん。政府は昭和七十年に国民年金、厚生年金、あるいは今までの公社の年金、および国家公務員、地方公務員、船員、そのほかあらゆるものを一元的に統合しよう。その前に来年の四月に公社関係、それから今の国家公務員、地方公務員、あるいは農協職員、私学の職員等々のものを、これを今年中にまとめて、そして来年四月にこれを国民年金や厚生年金等々と統合していく。これで国鉄の年金が支払える。今公社だけで支えておりますが、国鉄年金パンクしそうであります。

 そういう意味において、国鉄の皆様の年金を保証するためにも、これは急を要する。みんなで抱えてあげなければならん。そういうことで、それは七十年に向かって大統合をやるための前提である。ですから急いでおる。来年四月に発足させるために間に合わせたい。こういうことなんで、この点についても野党のご協力を得たいと思っておるのであります。

【国有地の活用を】

 それから先ほど申し上げた諸般の対米摩擦関係の政策を繰り上げて実行する、あるいはさらにでき得べくんば、民活、内需の振興に関する法案も間に合えば出したい。つまり民間を中心にして、民間の金と民間の知恵を動員して、いろんなプロジェクトをやっていただく。今までは国家とか、あるいは住宅公団とか、公団とか、そういうものはやっておったけれども、民間の知恵を使ってちょうど関西新空港みたいに、ああいうような形でやれる特別立法もできたら間に合わせたい。そしてどしどしやっていただく。

 大蔵省に命じて、そして国有地で使えるものがどの程度あるか調べさせて、この正月ごろ五百か所挙げてきた。その中で総務庁に命じまして、現実にいくつ使えるか、やれるかというのを精査させまして、約九十カ所これを全国で使える。ただちに使える。それは具体化していきたい。これを民間に売るものもあれば、あるいはいろんな新しい仕組みによって実行していくものもある。それから国鉄が持っているものものがあります。たとえば操車場のような膨大なところもあります。これらについては地方公共団体の意見も十分聞いてやる必要がございます。そういうような政策をこれから思い切って進めていく準備もやっておるのであります。

 いろいろ騒がせました西戸山の約三万坪の戸山ケ原の公務員宿舎が、建ってもう古臭くなっちゃって、しかも膨大な土地の一角を使っているだけでもったいない。それを今度は高層建築に直して、その空いた所に相当の民間の住宅地をつくろう、公園もつくろう。そういうのでこの間からいろいろ政府も努力し、民間も六十何社だか集まって、そういう共同企業体をつくって民間の金を出してやるという方策を決めたのでありますが、共産党がいろいろ反対して、ある新聞がまたあるようなないようなことをいろいろ書いておりましたが、幸い区議会のご協賛を得る段階になりまして、だいたい、都のほうも順調に進むだろうと思います。

 こういうような先例を全国にできるだけうんとつくっていきたい。もちろん適正にして適法な、合理的なものでなければなりません。国民の財産でございますから、国民の納得する方法でやらなければならんけれども、今まで国とか公団とかいうものがしゃしゃり出なければそれだけの仕事ができないというのは間違いなんでありますから、できるだけそういう税金使うところは撤退して、そして民間の知恵と民間のお金によって公正に行う。その方がはるかに効率的であります。そういう方向に今行う準備を進めておりまして、今度の臨時国会において間に合えば、そういうところまで法律的にも進めたいと思っておるのであります。

【大学と学生が勝負を】

 その次に大事なことは、教育の問題でございます。臨時教育審議会から答申をいただきました。一番大事なのは、要するに暴力とかいじめとかいうものをなくすことです。手っ取り早いことは。それは、偏差値教育、あるいは今の共通一次テストから直接、間接きておる。あるいは学校の先生の心の持ち具合からもきておる。そういう面を直すために、今いろいろご審議願っておる。

 そこでこの間答申いただいて、共通一次テストはやめる。ああいうふうにマークシート方式で短時間に大量生産方式に答案をどんどん書いていくというやり方は、これは反射運動の発達した子供は得手だけれども、物をじっくり考えるという子供には向かない。どっちの子供が大事かといえば、物をじっくり考える子供のほうが大事でありますから、そういう意味において共通一次テストはやめる。そして新しいテストをつくる。これは任意のテストで、学校は採用しても採用しなくてもよろしい。ポイントは大学のほうの問題なんです。勝負は受験生と大学でやりなさい。その間に国家がしゃしゃり出て、ああいうマークシート方式の大量生産方式で、お前はこっちを受けていい、お前はこっちを受けたら悪いなどということを勧告するような、そんな権力がどこに国家にあるか。これこそ統制経済みたいなものじゃないですか。

 受験生が体当たりで学校にぶつかって、学校と勝負する、勝っても負けてもあきらめがつくでしょう。しかも一回だけじゃない。なるたけ敗者復活戦をつくってくれ。昔は一期校、二期校というのはありましたけれども、あれで差別ができた。そういう意味じゃない。うまくコンビネーションをつくって三回ぐらい滑止めをつくっておいてやれば、案外そこからノーベル賞が出てくると私は思う。エジソンであろうが、アインシュタインであろうが、一芸には秀でたけれどもあとはダメ、必ずしも優秀ではなかった子供です、みんな。ここにもそういう方がうんと多いんじゃないかと私は思うのです。そっちのほうが案外大事な世の中になってくる。なぜなら情報化時代で、そういう弾力的な頭脳がこれからの要る時代になる。定型的な紋切り型のやり方というものはロボットがやってくれます、これからは。あるいはデータバンクがやってくれるのです、これからは。大事なのは生きた人間の創造力をどう見分けるかということが、これからの情報化時代には重大なのです。それに会うような学校制度や試験制度に、今変えていかなければならないというのが私の信念なのでございます。そういう方向に思い切って改革していきたいと思うのであります。

【税の不合理性を是正】

 それから減税問題です。これは九月二十日に正式に税調に諮問いたしました。それでともかく今の税のひずみ、重税感、不合理、シャウプ以来のこのひずみや不合理を直してくれ。まずそこからやってくれ。そういう方式でいきます。

 やはりレーガンのやったあれは非常に参考になる。そこで、簡素化・公平化・公正化、それから住民の選択性、それから民活に資する。そういう原則で、今のシャウプ以来のこのいろんなものを大検討してもらいたい。

 この間、加藤税調会長にアメリカ、イギリスその他を見てもらいましたが、だいたいみんなレーガンのやり方は、あれがよさそうじゃないか。所得税にしても簡素にしてしまって三つの段階にして、一五、二五、三五でしたか、それにしてしまう。法人税にしても大体三五、六パーセント程度、一本にしてしまう。その代わりいろんな付加的なことはやめてしまう。それで自分で税の申告ができるようにする。これは非常にいい考え方であります。

 それと同時に、相続税も地方税も同時にこれは改革していくべきでしょう。地方税の負担が以外に重いということは、私も自分で月給袋を見て、こいつはひどいなと自分でも思ったぐらいであります。それから相続の問題。

 もう一つ考えてもらいたいとこのあいだ言ったのは、国際協力減税という減税です。たとえば、ホームステイで一カ月アメリカの高校生を泊めた。あるいはインドシテ{前1文字ママ}の子供を泊めてくれたうちは、そのかかった費用に関連して税額控除制度をしたらどうか、申告制で。あるいは、かかった費用というのは平均的に計算して、定型的にいくら引く。そういうようにしたらどうか、たとえば、法人にしてもそうです。そういう国際協力を、いろんな企画でやってくれたところは、これを免減税の対象にしたらどうか。国家がやるよりよほど魂のこもったいい方法で行われる。現に全国に姉妹都市がうんとある。姉妹都市の間では、高校生や中学生の往来はかなりある。これをもっと激増させることであります」{かぎ括弧原文ママ}

 それから府県市町村が外人教師をもっと呼んでもらうことです。あるいは県においても、高校の教師、中学の教師、一万人ぐらい呼んでいいのです。国際国家になった以上は、そういうようなものに資するような減税方策というものをひとつ考えていこうということです。国が何も金出して一から十まで面倒見る必要はない。地方の発意においてそれがやれるような税制というものを考えてもらいたい。そう言っておるのであります。

【国鉄職員は新天地開け】

 最後に、大事なことは国鉄の問題でございます。私はこの間大阪に参りまして、あの梅田の駅の近所で、国鉄の諸君が列車にイギリス、フランス、ドイツというような国々の列車に模様替えをいたしまして、そこでバザールをやっておる。それは大きな天幕を張って、食料品その他のバザールをやっておるというので、そこに行ってみて激励しようと思って行ったわけです。そのそばに劇団四季が今キャッツをやっておりまして、ある新聞読んだら、そのキャッツの切符の売り込みに国鉄職員を相当採用してやっておる。それからあの辺の警備は国鉄の公安職員を雇ってやっておる。

 そういう話を聞きましたから、ついでにその諸君も激励してやろうと思ってキャッツをのぞいてみまして、その職員に聞いてみた。だいたい国鉄入社十年ぐらいのまだ青年でした。この竹川君と山田君という青年を呼び出しまして、そして「どうだ商売、どうだね」と聞いたら、「近ごろようやく慣れました」「うまく売れるかね」と聞いたら、「近ごろは売るコツが分かりました。初めのうちは電話のところに座っていて、どうしていいか分からなかった。いろいろ教えられたけれども、何かやると恥ずかしいので、人のところに行って頼むのはいやでした」そう言っておりました。「それでちっとも売れないのでもう泣きたい気持ちでした。しかし、最近はもう勇を鼓していろいろやったら、国鉄から来たかと、それじゃ買ってやろう。非常に同情してくれまして、そして今億円以上の売り上げをやっておる」{原文ママ}と言うのですね。目が生き生きしているのです。

 それから、公安職員がいましたから、「警備どうだね」と聞いたら、「それは今までよりは気分が若干晴れやかです{原文句点欠如}やはり国鉄におってお客さんからうさん臭い目で見られるよりはいいのかもれませんね{原文ママ}。

 それを見まして、それから駅、貨車に入って、イギリスの貨車、ドイツの貨車、フランスの貨車に入っていくと、いろんなチョコレートだとか、いろんな物を売っています。そこに行ったら、五人ぐらいずつみんな乗っかっていて、売り子の恰好をしておるわけです。「君は何年か」と言ったら、大体十五年ぐらいでありまして、「売れるかね」と言ったら、「夏休みにはかなり売れたけれども、近ごろは雨でだめです」そう言っていました。「売れる日はうれしいかい」と言ったら、「とてもうれしいです」と。「近ごろは雨で困っているね」と言ったら「困っています」と。そういうようなことで「つらいかね」と言ったら、「やっぱりつらい、国鉄から見たら雲汚です」そう言っていましたね。

 しかし、売ることに非常に喜びを感じておるようですね。汗流して、自分でお金が入ってきて、それをちゃんと届けるということに結果が出るという点に、やはり喜びを感じている。私は「一生懸命やるかね」と言ったら、「一生懸命やります」というので、みんなと握手してきたが、ちょっと涙ぐましい感じをした。

 私はそれを見まして、アー、国鉄改革というのはこれだな。みんないい子供なんだ、国鉄に入る子供は、みんな優秀な子供が多いのです。

 実際は、だけれども職場の環境で労働組合が三つもあるものだから、あるいは四つもあるものだから、あっちから牽制され、こっちから索制{前2文字ママ}され、一生懸命やろうという気持ちが抑えられてしまうのですね。組合の牽制やらいろいろあるのでしょう。

 そういうことを考えてみると、そういうものから開放された喜びがあると、じつはある組合員の人が言っておりました。それを見まして、ハハー、これは、そっちの方はそっちの方で、今度は分割・民営でいろいろ変わっていくだろうが、大事なことは運輸大臣とか総理大臣が国鉄の現場にできるだけ歩いていって、そして諸君の就職の面倒は見る、心配するな、年金もわれわれは全力をふるって君らの年金を保証するようにやるから、安心して新天地で働け。そう言って彼らを激励してやることが、最大の国鉄対策だというふうにじつは自分で感じて、それをやりたい、そう思っておるところであります。

 要するに政治なんていうものは、そう難しい理論や何かじゃない。ほんのちょっとした気の使い方で物は動き出し、歯車は動き出すということを教えていただいた次第でございます。そういう考えに立って政府を挙げて努力をしたいと思いますので、皆様のご支援をお願いいたします。

 以上で私のご挨拶を終わります。