データベース「世界と日本」(代表:田中明彦)
日本政治・国際関係データベース
政策研究大学院大学・東京大学東洋文化研究所

[文書名] 国連創立40周年記念会期における中曽根康弘内閣総理大臣演説

[場所] ニューヨーク
[年月日] 1985年10月23日
[出典] 外交青書30号,414ー418頁.
[備考] 
[全文]

デ・ピニエス総会議長閣下,ペレス・デ・クエヤル事務総長閣下,並びに親愛なる各国代表の皆さん

国連創設40周年に当たり,私は,まず日本国政府及び国民を代表して祝意を表したいと思います。

この演説に先立ち,私は,先月の大地震によってメキシコ国民が多大の災害を被られたことにつき,同じ地震国の国民として心から同情の念を表明いたします。

議長

1945年6月26日,国連憲章がサン・フランシスコで署名されたとき,日本は,ただ1国で40以上の国を相手として,絶望的な戦争をたたかっていました。そして,戦争終結後,我々日本人は,超国家主義と軍国主義の跳梁を許し,世界の諸国民にもまた自国民にも多大の惨害をもたらしたこの戦争を厳しく反省しました。日本国民は,祖国再建に取り組むに当たって,我が国固有の伝統と文化を尊重しつつ,人類にとって普遍的な基本的価値,すなわち,平和と自由,民主主義と人道主義を至高の価値とする国是を定め,そのための憲法を制定しました。我が国は,平和国家をめざして専守防衛に徹し,2度と再び軍事大国にはならないことを内外に宣明したのであります。戦争と原爆の悲惨さを身をもって体験した国民として,軍国主義の復活は永遠にあり得ないことであります。この我が国の国是は,国連憲章がかかげる目的や原則と完全に一致しております。

 そして,戦後11年を経た1956年12月,我が国は,80番目の加盟国として皆さんの仲間入りをし,ようやくこの国連ビル前に日章旗が翻ったのであります。

議長

国連加盟以来,我が国外交は,その基本方針の1つに国連中心主義をかかげ,世界の平和と繁栄の実現の中に自らの平和と繁栄を求めるべく努力してまいりました。その具体的実践は,次の3つに要約することができましょう。

 その第1は,世界の平和維持と軍縮の推進,特に核兵器の地球上からの追放への努力であります。

 日本人は,地球上で初めて広島・長崎の原爆の被害を受けた国民として,核兵器の廃絶を訴えつづけてまいりました。核エネルギーは平和目的のみに利用されるべきであり,破壊のための手段に供されてはなりません。核保有国は,核追放を求める全世界の悲痛な合唱に謙虚に耳を傾けるべきであります。とりわけ,米ソ両国の指導者の責任は実に重いと言わざるをえません。両国指導者は,地球上の全人類・全生物の生命を絶ち,かけがえのないこの地球を死の天体と化しうる両国の核兵器を適正な均衡を維持しつつ思い切って大幅にレベルダウンし,遂に廃絶せしむべき進路を,地球上の全人類に明示すべきであります。

 私は,現在ジュネーヴで行われている米ソの軍縮交渉,並びに11月に予定されている両国の首脳会談において,米ソ両国が,世界の諸国民が真に安心できるよう,真剣かつねばり強く努力することを強く要望いたします。

我が国は,従来から,核軍縮の重要な課題として,核実験全面禁止を重視し,それに至る現実的過程として,核実験の規模を段階的に引き下げて行く「ステップ・バイ・ステップ方式」等を提案してきました。私は,本提案を含め,実効的な核実験禁止への前進を熱望しております。

また,我が国は,核不拡散体制の強化を重視しており,いまだこの条約へ加入していない諸国に対しては,その参加を強く訴えるものであります。

通常兵器の軍縮も,また重要であります。今日,地球上の各地域で諸国民に惨害を与えている武力紛争は,いずれも通常兵器によるものであります。我が国は,平和国家に徹するとの基本的立場から,一般的に武器の輸出を慎むという政策を堅持してきました。通常兵器の無統制な国際移転の抑止は,国際紛争の発生や拡大を防ぐためにも必要不可欠であります。また,化学兵器の禁止及び廃絶,宇宙における軍備競争防止も重要な課題であります。

軍縮・軍備管理の停滞は,基本的には東西間の不信に起因してきたものであります。チャーチル英国元首相が「鉄のカーテン」と呼んだ不信の障壁はすでに40年も経過しており,もはや完全に取り払うべき時が来ているのではないでしょうか。

また,私は,中東,アジア,アフリカ,中米等で生じている地域紛争を,放置すれば大戦争への引き金となりかねぬものとして真剣に憂慮しております。我が国は,これら紛争について,平和共存,民族自決,内政不干渉等,国際法の原則と善隣友好の精神とに基づく想起解決のための環境づくりに力を傾けてきました。アジアではこの原則と精神は,1955年,バンドン10原則として合意されており,私は,このような原則は,国際政治に正義と公正を実現する上で普遍的な価値を持つものと信じます。

なお,私は,南アフリカ共和国における人種差別の撤廃を強く求めるものであります。更に我が国は,ナミビアの独立が,安保理決議に従って速やかに達成されることを望みます。

議長

 第2は,自由貿易の推進と,開発途上国への協力であります。

 自由貿易主義は,1930年代の苦い経験に基づき,大戦後世界共通の指導原理として強力に擁護されてきたものであります。しかし,それは,ガラスの人形のように壊れやすく,守る努力を怠れば,僅かな衝撃でこなごなに粉砕されるものでもあります。むろん自由貿易は,その原則が競争を前提とするため,必然的に各国の国内産業の一部に痛みを与えざるを獲ません。しかし,この痛みを恐れるがあまり,過度の国家的利己主義に陥るならば,自由貿易主義が瓦解する事は自明でありましょう。

保護主義は,麻薬のように,ほんの短時間,一部の人々に気休め的効果を発揮するにすぎず,それは,むしろそれらの人々の活力を奪うばかりか,1つの保護主義は他の保護主義を呼んで,やがて,世界経済は活動麻痺の状態に転落するに至るのであります。我々は,この際,断固としてかかる保護主義を抑圧し,自由貿易体制を維持強化すべきであります。

 私は,かかる観点から,我が国自ら国際水準を上回る開放度を達成する政策を推進してまいりました。また,私は,ガット・ニューラウンドの開始を提唱いたしましたが,そのすみやかな交渉開始と締結に向かって前進することについて,ここに各国代表の方々の御理解と御支持をいただきたいと思うのであります。

 世界経済の健全な発展にとって,開発途上国の発展が不可欠であることは言うまでもありません。

 我が国は,100年前には自ら開発途上国であり,多くの先進諸国の支援を得つつ近代化・工業化をとげてきました。それだけに我が国は,開発途上国の悩みや希望を痛切に理解できます。私は,我が国がこれまでに蓄積してきた経済力や技術力や経験をもって開発途上国の「国造り人造り」に奉仕することは,特に日本人にとって道義的な命題であり,かつ重大な国際的責任であると考えております。言いかえれば,「南北の懸け橋」となることこそ,我が国の重要な世界的使命にほかなりません。私は,かねてから,我が国民や先進工業国家の諸国民に向って,「南の繁栄なくして北の繁栄なし」と唱えてきました。これが私の信条であります。

我が国は,これまで2度にわたりODA倍増目標をたて,これを実施してきましたが,今般,明1986年を初年度とする第3次中期目標を設定し,引き続きODAの拡充を計ることといたしました。これは,1992年までのODA実績総額を400億ドル以上とすることを目指し,このため,二国間贈与,多国間援助,円借款の拡充を図りつつ,1992年のODA実績を1985年の倍とするよう努めるというものです。我が国としては,本目標を誠実に実現していく決意であります。

議長

第3は,世界諸国民の文化,あるいは文明の発展に協力することであります。

 文化こそ人間の至上の価値であり,私は,「政治の目的は文化に奉仕することにある」と考えております。かかる観点から,私は,国内政治においても文化構築の原動力たる教育,学問,芸術,科学技術,環境等の問題に特に力を入れておりますが,国際的にもこのことはますます重要性を増してきたと思われてなりません。

 科学技術,芸術,スポーツ,学問等の交流は,平和を支え,文明を創造するための不可欠の手段であります。我々は,交通・情報・通信手段の今日の素晴らしい発達をフルに活用し,国境の垣根をひくめ,あるいは取りは取り払って,その交流を促進し,人権を最大に尊重しつつ,平和と文明の創造につとめなければなりません。人類の平和の維持の成否は,正に諸国民の人類的良心と文化の交流の量にかかっているのであります。

 平和国家,文化国家としての進路を確立した日本は,国連加盟以来,経費の負担においても情報や人材の交流においても,誠実かつ強力に国連の諸活動に協力してまいりましたが,今後もこの方向への努力,とりわけ,環境問題,人口問題,衛生問題等への努力を強めて行きたいと存じます。

 国連は,この40年間,その憲章の基本的精神を守りつつ,その時々の国際情勢に対応する努力を行って来ました。しかし,この国連が21世紀へ向けてその機能を十分に発揮するためには,常に見直しや改善の努力を怠ってはなりません。我が国はこれに対し全面的に協力することを表明いたします。これに関連して,9月の本総会で,我が国の安倍外務大臣は,国連諸機関の効率化を検討するための「賢人会議」を提唱いたしました。私は,これに対する各国代表の皆さんの御支持,御協力を強く要請いたすものであります。

議長

 今や,我々の世代の人類は,地球が何億年もかかって用意してくれた我々の生存にとって不可欠の自然環境を自ら破壊しつつあります。土も水も大気も,動物も植物も地球誕生以来最も野蛮な攻撃を仕掛けられています。この地球の自殺とも言うべき不条理の中で,少なからぬ地域において,次代を担うべき子どもたちを中心に,毎日何百万人という人々が飢餓ため尊い生命を失っています。栄養失調や苛酷な条件の中で,肉体や精神の健全な発達に障害を受けている人々は数知れません。これらの地域では世代の欠落すら生じかねないのであります。

 我々は,このかけがえのない地球を保持し,人類の生存を維持して行くため,新しい地球的倫理とそれ裏付ける制度を生み出すべきだと思います。そして,将来の歴史家が,20世紀の最後の十数年を,人類史上初めて,人類共存と相互尊重が確立された時期と呼ぶようにしようではありませんか。

我々日本人は,数千年来維持されてきた我々の祖先の固有の思想や行き方を根底とし,その後儒教や仏教に影響されつつ,その思想と哲学を形成してきました。我々の基本的哲学は,人間は宇宙の大自然の恩恵によって生まれたという考え方であります。我が国の詩人は,古来,多くの詩にこのテーマをうたってきました。私もこれらの詩人にならって,ある夜,1つの俳句を頭に浮かべたことがあります。

 天の川我がふるさとに流れたり。

 すなわち,我々日本人にとって,宇宙大自然はふるさとであり,これとの調和の中で,生きとし生きるものと共存しつつ生きる−人間も,動物も,草木も,本来は皆兄弟である−という考え方は,極めて一般的であります。私は,このような基本的哲学を共有する民族は決して少ないわけではなく,こうした哲学への理解の増進は,今後の国際社会における普遍的価値の創造に大きく役立つのではないかと思います。

 もともと人間の潜在的創造力は地域や民族によって差異のあるものではありません。特に宗教的思想や芸術的直観の世界においては,それぞれの地域や民族の独自性や優秀性が等しく保障されているのを見るのであります。このような文化・文明の確認による相互評価と相互尊敬の謙虚な態度の人類的な確立こそ,平和の出発点であり,これによってそれぞれの文明や文化は更に進歩をとげ,さらにすべての文化や文明の調和による人類の新文明の創造が期待されるのであります。

 国際連合は,正にこのような人類の相互評価・相互尊敬と21世紀へ向かっての人類文明創造の母体ではないでしょうか。

議長,並びに各国代表の皆さん

明年,1986年は,ハレー彗星が地球に最も接近する年であります。前回接近した75年前と比べて,我が地球はどのように変化したでしょうか。たしかに科学技術は当時の人々の創造を絶するほど進歩しました。我が国はじめ数カ国は探査衛星を打ち上げ,有史以来謎とされてきたこの天体の秘密はいまや解き明かされようとしています。また,その間たしかに,地球上の植民地主義は順次追放され,民族自決による独立国が急増し,人間の自由と尊重は,以前に比較して,飛躍的に拡大されてきております。

しかし他方,地球の人類は,科学の進歩によりすでに原水爆というビヒモスを誕生させてしまっております。また,遺伝子操作の発達は,人間の生命の尊厳を危うくする恐れを生みだしています。外と内なる2つの核の脅威にさらされて,人類は,以前にも増して深刻な状況にあると言えるのではないでしょうか。あるいは,飢餓と暴力と差別と麻薬の跳梁を恣にさせるだけでなく,かつてない規模の環境破壊を自ら行い,地球上のすべての生物の生存を危うくしながら拱手してはいないでしょうか。

 私は,地球上の政治家の一人として,この目前の事実についての大きな責任を感じずにはいられません。

 我々は,あの大きな周回軌道を辿って,ハレー彗星が次の世紀の半ばに再び地球に接近してくる時,核兵器の廃絶と全面軍縮を実現した我々の子孫達がこの彗星に次のように告げることができるよう,共に努力することを誓い合いたいと思います。

 「地球は1つであり,全人類は,緑の地球の上で,全生物の至福のため働き,かつ共存している」と。

 御静聴ありがとうございました。