[文書名] 第十回全国研修会における中曽根内閣総理大臣の講演,グレー・ゾーンへのアピール,改革者の政党
【衆参同日選挙の圧勝】
この間の選挙では大変お世話になり、ありがとうございました。皆さんの第一線におけるご奮闘のたまもので、思いがけない大勝利を得ることができました。本当に皆さんと喜びを分かちたいと思います。これで政局が安定され、国家の繁栄のために役立つことができるようになったと喜んでいる次第であります。
【党活動の要諦】
これから三日間、皆さんはここで勉強なさるわけでありますが、この大事な時期に、言い換えれば選挙が終わって、そして皆、興奮が冷めやらぬこの間に、なぜ選挙で勝ったか、この次に何を備えなければならないか、そのためには時代がどういうふうに動いているか、国民は何を望んでいるか、自民党はその間にあって何をなすべきか、そういうことをここでよく勉強されて、そして国家の行く道、あるいは党活動の要諦等についてしっかり身につけてお帰り願いたいと思う次第であります。
私は、自分で考えた今度の選挙の反省と、それからわが国家及びわが党の行く道について、ここで皆さんに申し上げてみたいと思うのです。これはあくまで私の独断であって、それが合っているか合ってないか、皆さんが自由にご判定願いたいと思います。
その皆さんに上げた資料の中に、この間、私が自民党の講習会で一般の参加者に講演した内容が載っております。それと多少重複する点がありますが、その中にある資料は、選挙後初めて私が自分で独自に分析し、またわが国家及びわが党の行く道について申し上げた点が多いので、ぜひそれをお読み願いたい。この内容については、新聞で大きく報道されたところであります。
【八六年体制へ前進】
そこで、結論から申し上げるというと、今、時代は五五年体制から八六年体制へ前進すべきであり、それが要請されています。自民党がその線に乗っていくか乗っていけないかということによって日本の運命も随分変わるし、日本の民主主義の発展のためにも大きな影響が持つと思います。しかしこれは単に自民党ひとりでやれるのではないので、野党の皆さんのご協力がなければできないし、むしろ野党の皆さんのほうに大きくその点は期待されるところが多い、そう思っているのであります。
言い換えれば、どういうことであるかといえば、昭和三十年(一九五五年)に選挙前の体制ができて、約二十数年間続いてきたわけであります。それは、いわゆる保守合同が行われ、自民党ができた。その前に社会党の右派と左派が一緒になって今日の社会党が生まれた。そして二大政党の時代に日本が入るであろう、そう予想されて、野党の皆さんは、遂に我々は政権をとるんだというようなことで、政権獲得構想であるとか、あるいは連合の時代であるとか、保革伯仲の時代であるとか、そういうようなことを唱えて一生懸命、政権獲得のために努力をされた時代がありました。
そして昭和四十年前後には、おそらく労働者も増えるし、サラリーマンも増えるから、いずれ逆転して自民党が減り、野党が増えて、野党が政権をとる時代がくるというようなことが「中央公論」の論文に載りました。自民党でも石田博英君がそういう分析をして、「中央公論」に載ったこともあります。
そういうような予想を裏切って、自民党は三百四議席、新自由クラブを入れまして三百八議席という、今までの政党史上にない大きな議席を獲得した。これは全く、昭和四十年ごろ、あるいは一九五五年体制と言われた、あの昭和三十年ごろの予想を覆した結果が出てきたのであります。それはなぜであるかということをまず考える必要があります。
私は、基本的な原因というものは、与野党の政策の落差があまりにも大きすぎた。そして国民は自民党の堅実路線を選んだ。野党の皆さん方は、遺憾ながら国民の心を掌握し得なかった。それは政策が非現実的であり、信頼するに足りない、そういうような判定をこの間の選挙で下された結果ではないか。その一番のキーポイントは、要するに政策の脆弱性という面ではないか。それが安定性と信頼性を欠いた。一言でいえば、自民党は自由世界の中に生きる、そしてアメリカとの関係を最大限に重視する。しかし防衛政策においては、節度のある、そして必要最小限の日本の本土防衛に限って、効率のいい、充実した防衛政策というものを選んだ。アメリカとの提携において「安保条約及び自衛隊」という方式ができた。
【自由経済、市場経済原理に立脚】
そして経済の面からは、自由経済、市場経済原理というものをとって、特に最近においては行政改革にものすごい馬力を入れて、いわゆる国有・国営方式というものを解体する大作業に入った。そして、電電公社は民有化され、専売公社も民有化され、あるいは国鉄も民営・分割化という方向にどしどし進められています。これは、やはり国有・国営政策というものがいかに不能率であり、借金を生むだけにすぎないし、労働組合がそれに甘んじて、結局は親方日の丸であって、国民のせっかくの税金というものが無駄遣いされているということに対する憤り、それを克服しようとする我々の行政改革への努力、そして勇敢に、いわゆる専売公社でも電電公社でも国鉄でも、民営・分割に向かって効率化するために大手術をやっている、そういうことに対する共感。あるいは教育改革、あるいは税制改革、こういうものに対する自民党の改革者としての姿−−。
これに対して、野党の皆さんはあまりにも超保守的である。現状維持にきゅうきゅうとしている。あるいは自民党を単に言の葉というようなことで批判するにとどまって、自分たちの建設的な代案というものを出す力がなかった。そういう点が国民に批判されて、今度の選挙にその結果が出たのではないでしょうか。
【国際国家を唱道】
さらにわれわれは、国際国家を唱道して、国際社会における日本の役割というものを国民に訴え、それをある程度実践してきた。そして日本の発言権は、経済的な場面から政治的な場面にまで伸長して、国際的地位、あるいは世界における日本に対する認識というものも著しく最近変わった。一時はエコノミック・アニマルと言われた日本であるけれども、エコノミック・アニマルという声は消えてきた。貿易摩擦を解消してくれという声は非常に強くなってきたけれども、アニマルというような言葉は消えてきた。それは日本が敗戦のどん底からよくぞ立ち上がってこれだけのものをつくり上げた。今までは日本人は欧米の技術のサル真似にすぎなかったであろう、つくったものは粗悪品である、こういうふうに言われていたのが、世界で一流の一番いいものを日本人がつくり出してきている。その中には独創的なものもかなり多くなってきている。そして資源もない。そういう国にありながらよくぞこれだけのものをつくり上げてきたという、腹の底に日本人に対する再認識がある。しかし経済摩擦は困ったものだ。
そういうふうな形で日本に対する認識が変わり、さらにアメリカとソ連の力が少しずつ世界的に減衰してきている。そういう中にあって、ヨーロッパとアメリカとアジアの日本が自由世界の三本柱として力強く自由世界を支えている。ヨーロッパは、ECヨーロッパ経済共同体をつくって、あるいはヨーロッパ共同体をつくって、約二十カ国の国々が集まって一つの単位をなしているが、アジアにおいては日本が一国でこれを支えて柱になっている。そういう点から、日本の自由世界における位置というものの再認識がここで行われてきつつある。そういうような国際国家として上昇しつつある日本の立場というものを国民の皆さんに訴えて、そして如実にこれを実現しつつあるという点が、国民から認識され、評価されてきた。そういう面もあるのではないかと思うのであります。
【グレー・ゾーン、ソフト・ゾーンへのアピール】
そしてそれと同時に、今度の選挙におきましては、選挙戦の戦術としても、われわれとしては大きなところに目をつけた。それはどういうことであるかというと、後で、福岡正行助教授の最後の講義でこの分析はなされるようでありますが、われわれ、特に私は意識的に自民党の衆議院が勝つか負けるか、あるいは参議院が勝つか負けるかという点は、新しいマーケットで新しいお客さんをつかみ切るかどうかということによって勝負が決まる。大体、有権者の六割というものはちゃんとマーケットでお客さんが決まっている。よく言われるように、自民党は農林漁業者、あるいは商工業者に強い。社会党は労働者に強い。公明党は創価学会に強い。民社党は同盟系の労働組合に強い。大体マーケットとお客さんは決まっている。この数を全部合わせると、有権者の六割です。
ところが、都市の市民層、これはお天気が悪ければ選挙に行かない、あるいはそのたびごとに投票行動が変わる。そういう都市の市民層、あるいは新しい青年、あるいは婦人の層、こういう有権者の四割を閉める浮動票の層です。これは大体都市に多い。特に郊外地帯に住んでいる。こういうサラリーマンを中心にする家庭婦人、あるいは職業婦人、あるいは青年、そういうような新人類も含めた、この膨大な四割のグレー・ゾーン、ソフト・ゾーンと言われるところに手を突っ込んで、この何割をとるかによって自民党は二百五十人になり、二百七十人になり、今度、三百四人にもなる、そういう結果が出る。
既成のお客さんの六割は決まっている。これはあまり動きません。自民党はこの四割のグレー・ゾーンの二割ぐらいしかとれない、あるいは三割ぐらいしかとれないというときには二百五十前後、うまくいって二百六、七十です。
ところが今度は、このグレー・ゾーンの六割をとった。有権者の全体の、投票する者の四割の、その中の六割を自民党がとった。それで三百四という数字が出た。したがって、われわれがそれだけの数をとれないで、ぼやぼやしているというと、たちまちに今度はまた二百五十に転落する。大体今までの選挙を見ると、二百五十前後というものが、最近、昭和五十年代から六十年代にかけての自民党の基線であります。ベーシック・ライン、これが二百五十前後であります。私がこの前の前、選挙して負けたときも、大平(正芳)さんのときも、三木(武夫)さんのときも、大体二百四十八とか二百五十前後なのです。
そういう状況を見るというと、今後、われわれが選挙というものを考えいく場合に、いかにして全体の四割のグレー・ゾーンにアピールするか、この票をつかむか、そして選挙のときにそういう選挙戦術を生み出すか、ということがわれわれの関心でなければなりません。
もう一ついえば、この前の次点バネが効いた、そういう面もあります。後でも恐らくそういう報告があると思いますが、われわれは今度の選挙で純増した分はは五十五名です。五十五名のうち四十五名というものは野党の現職議員を落として出てきている。そして、われわれの次点者、この前の次点が当選したのは三十八名です。それに次々点者が一人入って三十九名ですね。次点バネというのが効いたことも原因ではあるけれども、しかし次点バネが効くには効くだけの環境条件が整ってなければできるものではありません。
【野党の政策的前進を期待】
しかし今度、私、正確に調べたわけではないが、野党全体を合わせると、次点者が約九十人近くいるということです。ですから、野党は政策をうまく合わせて、そしてこの次点バネをうまく活用してやるというと、自民党は五十人ぐらいバタバタッと減るという危険がでてくる。これは火を見るより明らかに出てくる。ただし、野党が今までのような政策を持っていたら、これはダメでしょう。言い換えれば、自民党の安定した政策というものが国民から受け入れられた。これに近づく努力を野党がしてきて、自民党とオーバーラップした政策を野党が全体としてもってきた場合には、われわれはそういう惨害を受けるだろう。しかし、野党が政策的に前進してくるほうが民主主義は成熟するし、政策的に国家は安定する。だからわれわれはそれを望む。今までのような五五年体制というものは、よく私がテレビその他でも言うように、安保条約、自衛隊、原子力発電、それから韓国との外交関係の設定、社会党の石橋(政嗣・元委員長)さんはこれを乗り切ろうとしたけれども、左派の反対で乗り切れない。以前として安保条約、自衛隊については反対である。自衛隊については、違憲合法論なんていう、妙なシャム双生児みたいな議論まで生んできている。苦悶しておったわけですね。しかし、かわいそうにも、残念ながら乗り切ることはできなかった。韓国にも行けなかった。北朝鮮には行くけれども、韓国には行けない。私はゆうべ帰ってきたばかりだけれども、一番隣の大事な国へ行けない。自分の足もとを固めないで外交なんかできるはずはないです。そういう不安感が国民にあるから、今の外交政策では寄せつけないでしょう。
安保、自衛隊の問題にしても同様ですね。無防備・中立で国を守れるなんて考えている人は、日本人にはほとんどないでしょう。一部にはあっても、大多数ではないでしょう。原子力発電にしても、日本の発電の二五パーセントは今や原子力になってきている。そして、原子力の発電の費用は安い。キロワット、大体十三円ぐらいです。ところが今の石油火力、これは十七円ぐらいです。だから電力代を安く引き下げているのは原子力のおかげなんです。これを石油にかえてしまったら、電力代はもっと上がってしまう。しかも日本の原子力は、軽水炉を日本独特で改良して、非常に安全で、稼働率は非常にいい。いわゆるロードファクターといわれる年間稼働率は約八〇パーセント近いところにきている。これは二か月ぐらいの定期修理を入れてです。定期修理の場合は三か月近く休む。それを入れても八〇パーセント近い年間稼働率を持っているということは、ほとんど故障がない、ほとんど休まないということなんです。だからこそまた電力代はますます原子力のほうが安くなる。これを無視して、そして原子力発電反対というようなことをあくまで言っているという、そういうことを国民はだんだん分かってきている。
そういうことを克服できないで、あの遠い所にまたおるというような状態では、国民は支援しないでしょう。今度は土井さんが新しく出てこられて、その三つの障害を破るか破らんか、私は注目していると申しあげておく。こい願わくば、やはりそばへ寄ってきてもらって、そして与党と野党がセンターラインを中心にしてオーバーラップする政策を持ってくる。そうすると、国民は安心感を持って野党を選んでもいいと思うし、われわれは野党に政権を渡してもそう心配はないと思うでしょう。それで野党が失敗したら今度はわれわれがまた受け取る。これが日本の民主主義が充実していく道なんです。そこで今まできた道をもう一回繰り返すぐらい愚劣なことはない。だから新しい方向に進んで、そういう方向への新しい体制をつくろうじゃないか。自民党は今までの固有のお客さんは大事にして、更に左へウイングを伸ばして、いわゆる中道右派、あるいは中道のセンターラインまで手を伸ばしてお客さんを三百四名分でとったわけでしょう。これをはなすというバカはないわけです。その道を行くということなのであります。
【日本は高密激動の社会】
それと同時に大事なことは、現代社会に適合するような独特の政治姿勢、あるいは政治の運営を行っていかなければ駄目です。現代社会に適合するとは何であるか。それは非常にリズムとテンポの速い社会です。昔のようにもったりもったりしているようなことをやったら国民はついてこない。なぜならば高度情報社会です。そして日本は高密激動社会です。一億二千万の人間がアメリカのカリフォルニア州ぐらいの大きさの島に閉じこもって、言い換えればアメリカの半分の人口がカリフォルニアに集まって、そしてアメリカ全体の生産、国民所得の半分をそこでどんどんつくっている。アメリカ全体の人間の半分がカリフォルニアに集まって、そしてアメリカの半分の生産活動をやっているというのが日本列島でしょう。そういう高密激動社会。しかもこれだけハイテク、あるいはマスメディアが発達して、テレビでもラジオでもこんなに発達した世の中で、毎晩、国民の皆さんはNHKの解説を聴き、あるいは「ニュースセンター・ナイン」を見、日曜日には「時事放談」を聞き、竹村健一さんのテレビを見る。そのほかいろんなものを見て、日本人ぐらい見ていれば自然に情報がたっぷり入ってくるという社会はないです。こんなにいろんな情報をわりあい正確に耳に入れている国は実際にないです。
しかも日本はこれだけの高学歴社会になっている。相当インテリジェントなソサエティになってきている。平均点から見たらアメリカなんかよりはるかにそうです。アメリカは黒人とかプエルトリコとかメキシカンとか、そういうのが相当いて、平均点に見たらまだ非常に低い。そういう高密激動社会の、高度情報社会の高学歴社会、そういうように激動している社会だから、その国民の知識欲に合うようにどんどん政治が進んでいかなければもたつく。そうするとフラストレーションが起こる。この不満が政治の不満になってくる。それを起こさないようにするためには、時代の激動にテンポを合わせて、リズムをもって、そして問題を設定しながら、それに勇敢に挑戦していくという姿で国民にフラストレーションを起こさせないだけの日常活動なり政策を打つ政党でなければならない。そういうことをわれわれはやった。
【改革者の政党】
第一にわれわれは改革者の政党であるとはっきり選挙でも申し上げたでしょう。これはもう内政の四大改革、五大改革ということをいって、行政改革、財政改革、税金の改革、それから教育の改革、長寿社会への設計変更、ガンの克服、そういう改革を我々として精一杯努力している姿を国民にお示ししたし、やっている。そういうような先手、先手を打ちながら挑戦していく姿が、国民には頼もしいと思われるだろう。
もう一つ大事な点は、この無党派の四〇パーセントのグレー・ゾーンが何を欲しているかといえば、穏健な民主主義であります。極端なことを嫌います。極端な国家主義も嫌う。そして穏健なヒューマニズムを愛する層です。そういうお客さんに合うような政策なり政治姿勢を示さなければ寄ってこない。そういう面についても自民党は随分心掛け、私も努力したつもりです。そして穏健な、堅実な民主主義である。リベラルな民主主義者である。それが安定感と信頼感につながった。一方においては、固有のお客さんは、商工政策や農林漁業政策で我々としても一生懸命努力してがっちりこれをつかむ。一方においては、余暇の問題であるとか労働時間の問題も含めて、われわれは防衛については節度のある防衛力で、極端な軍備拡張なんかは考えていないことも示すし、教育の改革にしてもそう極端なことなどはいっておらん。教育基本法を中心にして、ヒューマニズムを中心にしながら日本文化論、あるいは日本のアイデンティティというものを考えつつ、戦後の教育の欠陥を克服しよう。いじめの問題もあるし、ツッパリの問題もあるし、入学試験の問題もある。あるいは更にしつけと道徳教育という問題も大いに強調した。これは親がみんな望んでいることでもあります。そういうような総合戦略をもってやった。
もう一つ大事な点は、視聴覚時代に合うということであります。これは非常に大事な点になった。いろいろ新聞の世論調査等で、この問題をよく知ったというのを見ると、一番多いのはテレビです。約四割以上はテレビです。新聞で見たという人は二割ぐらいです。新聞とテレビで見たという人を合わせると、四割から五割ぐらいになる。もう大部分はテレビです。ラジオもあるかもしれません。自動車を運転しているときとか、あるいは園芸をやっていたり、大工さんでも近ごろは、若い大工さんは建て前をやっているときにラジオを聴きながらやっている。イチゴを摘んだり何かをするのもみんなラジオでやっています、ビニールハウスの中で。だから、ラジオというものを忘れてはいけない。
私は月に一回、「総理に聞く」という番組がある。あれは非常に注意して出ています。それは、女性は、あ、今度のネクタイはどんな色をしているかと、そんなことを一番見ると。何を言ったか憶えていないらしい。しかし、ネクタイがどうであったとか、服がどうであったというのはよく見ます。よく聞かれます。
実際はラジオもやりたいのです。ルーズベルトが「ファイア・サイド・チャット」というのをやって、炉辺談話をやりました。あれは目に見えないけれども、言葉のリズムとか言葉の話し具合というものは、かなり胸に入っていくのです、目に見えないだけに。テレビの場合は画面のほうへとられてしまって、頭はすっからかんになってしまう。しかし、ラジオの場合は目に見えないから、頭に入る。だから、ラジオは非常に大事で、レーガン大統領はラジオを毎月やっています。私もラジオをやりたいと思ったけれども、しかし、記者クラブやテレビとラジオと新聞がけんかしていて、今までのシェアを崩さないものだから、残念ながらラジオをやれない。
そういう現象まで注意する必要がある。近ごろはラジオ人口というものもばかにできない。それはいま申し上げたように、自動車を運転している人は、みんなラジオを聴きながらやっているでしょう。それから、畑作業、農作業、あるいは家内工業でやっている人、みんなラジオを聴きながらやっているのですから。それから、九時過ぎになると中学生、高校生はみんなラジオに切り替わる。テレビよりもラジオに入るでしょう。「ナカちゃんの時間」というのが日本放送にあります。あれなども私はときどき聴いているけれども、やはり今の中学生クラスまで自民党にしようと思うから、偉大な計画でやっているわけだけれども、しかし大事なことなのであります。
そういうことをよく考える。この前、私は岡崎で党首の演説会の録画を撮った。それは皆さん、選挙中、テレビでご覧になった。石橋さんも出たし、あるいは公明党の竹入さんも出たし、皆さんお出になった。しかし、あれは非常に影響力があるだろうと思ったから、前から同じ演説をしているのだけれども、その演説もそのとおり注意してやった。それは四〇パーセントのグレー・ゾーンをめがけた演説をやっている。今度の選挙は初めからそうです。われわれは、今度の選挙は浮かれないで、この重大な時期だから、切々として政策を訴えようと、選挙のときの議員総会でまず皆さんに申し上げた。決して浮かれてはいけない、これだけ重大時局に、責任政党として、われわれは悲痛なことで国民に訴えようと、そういうことを申し上げてスタートしたのです。だから野党の悪口などは一回も私は言わない。少しぐらい揶揄したことはありますが。これは多少やむを得ない。
それで、切々として自分の政策を訴える。これは、前に選挙があって、野党が安保反対とか何とか反対にギャーギャー騒いだときは、みんな野党は負けているのです。国民はもうそういう抽象的なものには耳を貸さなくなっている。それは昭和四十年代からそうです。五十年代になると、もっとなって、今、いわんや六十年代をや、です。具体的な政策を真面目に言わなければ国民が受け付けない時代になっていることを私らはよく知ったから、党員の皆さんにも政策を言え、政策を言おうと、そういうことでやった。それは国民の皆さんが受け入れてくださったと思います。
【地方選挙も地味で真面目・真心の実行】
今後ますますそうです。やはり大きな広言をしているだけでは駄目である。ホラを吹いているようなことをでかく言っているだけでは駄目である。またプロパガンダ的な、あるいはイデオロギッシュな宣伝臭的なことをいくら言っても駄目です。地味でいいのです。しかし、真面目で切々とこれを実行するという真心が出てこなければ駄目です。絶対地味でいい。来年は地方選挙があるでしょうけれども、そうです。国民の目はそれだけ高くなっている。そして、政策の選択を彼等はしようと考えてきています。そのことを考えて、われわれはこれから選挙というものを考えていく必要があると、そう申し上げたいのです。
【都市人口・サラリーマン人口に注目を】
そのほかもう一つの大事な点は、時代が進んできている。視聴覚時代、高度情報社会と申し上げましたが、もう戦後生まれの昭和のヤングの時代になってきたということです。これは驚くべきことであります。人口比率を考えてみると、まず今までのことを総括して大事な数字を申し上げてみると、都市人口と郡部人口とどれぐらいの比率になっているかと考えると、都市人口が七六・七パーセントです。郡部が二三・三パーセントです。都市という場合は市を中心にした数です。七六対二三になっている。だから、圧倒的に都市の有権者が多くなっているということが言えます
農業人口はどうであるかというと、八・三パーセントです。サラリーマン人口が七五・七パーセントです。サラリーマン人口が七五・七パーセントの中には、兼業農家も入っているでしょう。
この数字を考えてみると、われわれの政策の将来を検討しなければならないものが一つ出てきている。
【昭和生まれ八五・三パーセント】
それから大事な点は、明治生まれが三・九パーセント、大正生まれが一〇・八パーセント、昭和生まれが八五・三パーセントです。言い換えれば、明治生まれは男が百七十九万六千人、女が二百八十六万八千人。女が圧倒的に多い。男は三・〇パーセントであるが、女は四・七パーセント。両方で三・九パーセント。大正生まれが、男が五百六十三万人、女が七百四十七万人、男は九・五パーセント、女が十二・一パーセント。これで一〇・八パーセントである。
ところが昭和生まれになると、なんと男が五千百九十七万九千人です。女が五千百二十二万四千人。それで、昭和生まれは男のほうが多い、男が八七・四パーセント、女は八三・二パーセント。合計して八五・三パーセント。こういうふうになる。その昭和生まれの中でも、終戦後生まれた人たちが七千九十八万四千人です。これは五八・七パーセント。終戦前が五千万二千人。四一パーセント。こうして、終戦後の世代が過半数をゆうに越した。この現実を見る必要がある。
選挙の結果を見ると、五十八年の、前の選挙のときには、代議士は、明治生まれは三十五人、大正生まれが九十九人、昭和生まれが百二十六人であった。ところが今度の選挙、六十一年の結果を見ると、五十八年から六十一年ということになれば、わずか三年です。この三年間のうちに、明治生まれは三十五人が二十六人に減った、大正生まれは九十九人が百五人に、六人増えた、昭和生まれがなんと百二十六人が百七十三人に、四十七人増えている。そして、戦後生まれの議員が二十一名です。
こういうような人口変化というものを考えてみると、ますますこの格差は大きくなっていく。それに合う政策なり、それに先手を打つ政治運営、政治家のマヌーバー、パフォーマンスということを考えていかなければならないのであります。
そういう考えに立って、われわれは、これからは一九九六年体制で進みましょう、今までのシェアは完全に守る、更にこれを拡大すると。攻撃は最大の防御ですから。大前研一さんという有名な評論家がいる。この大前研一さんというのはときどき「中央公論」や「文芸春秋」に書いているけれども、マッキンゼー・リサーチ・インスティテュートというマッキンゼー調査会社、アメリカにある有名な調査会社、その日本支店長です。これはそういう分析力に非常に優れた人です。
【三百五十議席への攻撃】
彼の説明によると、この間の三百四名というものは、自民党が持っている畑の中の全部のお客さんをとりました、しかしそれはそういう条件を完熟させて当てました。タイミングといい、中身といい、だから今まで与えられた条件の中ではベスト・コンディションで選挙が行われたと言っている。しかし、もっと伸びるのですよと。畑はもっと伸びます、お客さんももっとつかめば、三百五十までいける可能性が自民党にはあるのだと、彼は言っている。当たるか当たらないか分からないけれども、彼は理論的に分析してそういうことを言っている。
しかし、それだけの条件が一斉に花開いて、同時に完熟するということはなかなか難しいでしょう。しかし、われわれは攻撃が最大の防御です。例えば大阪地帯をご覧なさい。五人区でも四人区でも、一人しか立っていないでしょう。場所によっては、大阪地帯以外でも一人しか立っていない。ところが青森の二区にしても、あるいはそのほかにしても、三人選挙区で自民党が三人とっているというところが今度はかなり出てきている。満杯のところがたしか十一か十二ぐらい出てきている。地方では完全に満杯状態にいっている。これを維持することは非常に苦しいです。次はだれかが貧乏くじを引かなければならないというのだから、その選挙区の人は、今、一生懸命です。しかしそれを守り抜くと。
それから大阪のように、四人区、五人区のところでも、公認候補者が一人しか立っていない。東京は大体、三人区でも二人とっている。八区でも一区でもそうです。三人区で大塚君と与謝野が出ています。東京一区。そういうふうに、東京は割合に頑張っている。しかし、大阪の場合はもっと悪いです。これを充実していったら、完全試合をやったら、三百五十までいける畑と、お客さんをつかみ得るはずだ、しかし今はこれが満杯状態ですと、そういうことを彼は言っていた。
国家の前途を考えてみれば、われわれは堂々としてわが党の党勢拡張及び国家の安定のために努力していかなければならない。一歩緩めたり、一歩増長慢になったら、これはガタガタッと落ちます。だから、張りつめて、今を守るというだけではない、もっと伸びる、もっと増やすという体制でやらなければいけない。それで、今守れるかどうかがもう危ないぐらいのところです。
そういう意味において、われわれとしては今後とも懸命の努力をする必要がある。票がいかに動くかということは、この間の選挙を見ると、衆議院では大体三千万票とっている。ところが、参議院の地方区を全部合わせると約二千六百万票です。地方区になると四百万票減る。比例区になると、また四百万減る。二千二百万票ぐらいです。三千、二千六百、二千二百。四百万票ずつ減ってくる。衆議院と、参議院の地方区、それから参議院の比例区と、こういうふうに動くわけです。衆議院で三千万とれるならば、参議院の地方区だってとれるはずなのです。あるいは比例区においても同様です。
そういう票の動き、もちろんこれは全部つかめるということは難しいところもありますが、しかし、それまでいけるというものなのだから、一旦は自民党の候補者を書いてくれたのだから、努力のしがいによってはもっと増やせるはずです。そういう可能性をみつめながら、われわれは更に努力を続けていかなければならないと、そう思っているのであります。
そこで、これからの問題ですけれども、私は、今、時代は大きく変わりつつあると思っている。私は政治家ですから、過去の分析−−過去の中には、今のような最も短い選挙の問題もあるし、日本の歴史、日本人とは何ぞや、日本の体質とは何ぞや、そういう分析が非常に重要です。今年の夏休みはほとんどそれを読んだり研究してきました。
【大きな転換期】
それから、今度は未来の問題が非常に重要です。政治家というのはその接点に立っている商売ですから、未来の展望というものを毎日毎日、風呂へ入っても、飯を食って果物を食べているときにも、考える。そういう意味で、今の時代がどういう時代になっていくであろうかという兆候を感ずる、これが大事だ。私は、今、大きな大きな転換期が動き出してきつつあると見ている。
【米ソ首脳会談】
それは一つは何であるかといえば、米ソ首脳会談の問題が転機になる。恐らく米ソ首脳会談は、レーガン大統領もゴルバチョフ書記長も、一生懸命やりたいと思っているのです。今、その条件づくりを必死になってやっていると思う。だから、USニューズ・アンド・ワールド・リポートのダニロフ記者を大使館に預ける。片方はスパイをつかまえたと。片方のUSニューズ・アンド・ワールド・リポート記者であってスパイではないと、そういうところから、アメリカ議会、アメリカ国内に世論が沸いて、レーガンさんは腰が弱いではないかと言われる。スパイのような者と記者を同じように扱っては困る。
そういうところもあって、今度は国連代表部のソ連の職員をつかまえて、アエロフロートでソ連へ帰させました。そういう駆け引きが、今、お互いに行われているが、しかし首脳会談をぜひもっていきたいという意欲は両方とも強いと私は見ている。その条件づくりにシェルツさんとシェワルナッゼさんが一生懸命努力している。両方の内部で批判する勢力や反対する勢力を押さえて、懸命の努力をしている最中だろうと、そう見ている。
それだけの情勢を見ていると、私は首脳会談は行われるであろうという感じを持っている。別に証拠はない。証拠はないが、時代の流れやその他を見ると、そういう方向にいくだろうという感じを持っている。また、それはぜひ実現させたいと、そう思っている。側面的にもいろいろその面で協力もしているわけであります。
【軍縮・核兵器削減】
こういう形でこれだけの大きな時代に出てきて何が行われるかといえば、核兵器の削減です。今まではSALTIとかSALTIIで、核兵器をこれで抑えるという約束をした。今度は減らそうという話に入る。かなり思い切って減らそうと。これは大きなことです。
ですから、まず最初にSS20、あるいはバーシングIIというような中距離核ミサイル、この問題が有望だと新聞に出ていますね。あるいはICBMにしてもかなり減らそうと。そういう形で出てきておる。現状維持じゃなくって減らそうということへいま動きつつある、その話を進めようとしているということは、これは大きな変化です。ある程度減らせば、もっと次は減らせる、その経験にかんがみて。
そうするというと、それを実現していくために、査察が出てくる。今まで査察現場へ行って減らしたか減らさないか確かめてみる。あるいは航空機を飛ばして中立国の航空機か、あるいはその国の航空機か、適当な監察員を乗せて飛ばして確かめてみるとか、そういう査察の問題が出てくる。ある程度は衛星でもう分かってきているから、特にソ連側も査察に応ずる形になってきている。査察に応ずるというところまでこれが前進すれば、私はぜひそこまで前進さすべきであると思っておるが、これが前進すれば大きな前進が行われると見ておる。今まではほかの国の領域内には査察員なんか入れなかったんですから、これが入るという形になって確かめられてくれば、平和の確保はたいへん強いカギが入るという形になる。ロックがされるという形になる。これは地球上に大きな安定感を生むでしょう。そのことは、米ソがそういうふうな形になればソ連とヨーロッパも緩和されるし、ソ連と日本も、ソ連と中国も緩和されるであろうし、そういうものが端緒になると、アフガニスタンとか中東とかカンボジアとか、そういう方面に時間がかかれば影響がでてこないともいえない。
そういう意味において、レーガン・ゴルバチョフ会談をぜひ成功させて、新しい局面に世界の情勢を踏み込ませて歴史をつくっていくと。そういうときに来つつある、やらせなければならぬと、そう思っています。そうして願わくば、その余恵が、全世界にわたって緊張緩和と平和維持の方向に影響を、好影響を及ぼすようにわれわれは努力すべきであると、そう思っているのであります。
もとより核兵器というものがある間は、あるいは通常兵器もそうであるけれども、安全保障というものは現実には抑止と均衡でたもたれている。つまり、両方の兵力がにらみ合いながら戦争をしないでいる。そうして相手の力をこれで殺し合っている。抑止と、その力がバランスしているところに平和が維持されている。これはもう冷厳なる現実である。しかもこれがグローバルベースで、世界的な規模においてその安全保障というものが行われているということも現実であります。だから、この現実をわれわれは否定することはできない。しかし、この現実の上に立ちながら、一歩一歩より望ましき方向に軍縮の道を実現をしていくということが大事である。ヨーロッパにおける通常兵器の軍縮の問題が新聞に昨日あたり出ていましたね。そいう面からも、一歩ずつ前進が行われつつあるような気配が見えるでしょう。そういう方向に今、大事な時期にきている。そういう方向にわれわれは、地球上の一員として誠実にそれを推進するということがわれわれの一つの道です。
【新しい産業革命−知的産業革命−】
第二の大きな変革は何か。これは先進工業国を中心にして、産業革命がおこりつつあるということです。産業革命というと今までは蒸気機関車だとか、あるいは織物機械であるとか、そういう面がわれわれの頭にありました。しかし、いま行われているものはハイ・テクノロジー、コンピュータ、あるいはバイオ、そういうものを中心にする思いがけなかった新しい要因が出てきつつある。特にコンピュータを中心にする世界というものは。
われわれが外国人と話をするときに、英語で話をする。私もレーガンさんへ話しするときに英語で話している。これが日本語で話せて、その日本語で話したのが英語でむこうへ通ずる、そのまま通ずるようになったら、こんな楽なことないね。そういう自動翻訳機械がもうできている。日本語と英語、日本語とフランス語、日本語とドイツ語、ロシア語と。まだまだ程度は低いけれども、現在のこのICの、この変化、上昇具合というものを見ると、もっともっとすごい分野にいく。最も小さな容量で、最も性能のいいものが続々できている。よくジョセフィン素子とか言われているでしょう。そういうものがどんどんできてくる時代になるというと、このメモリーはものすごいもので、パッパッーとなってすぐ翻訳なんかできてしまうでしょう。そういうような新しい産業革命が起こりつつある。これは蒸気機関車どころではない。今までの手工業が蒸気機関車に変わったどころではないのです。もっと大きな知的革命、人間の生活や精神生活に大きな変化が生まれている。この大きな変化は五十年、百年続く大変化でしょう。幸い日本は、その大変化に乗り遅れないで、アメリカと肩を並べるぐらいにして座席を占めている。これはわれわれの子孫のためにたいへん立派なことをしてくれている。
ですから、アメリカが今やそれを実際、実現していくという面においてアポロ計画があった。ケネディが月まで人間をやるというアポロ計画、あれには相当精緻なコンピュータからそのほかのものが入っていた。それが更に進んで衛星になりました。気象衛生から偵察衛生にいたるまで。そして、それが更に進んでSDIに今くるわけだ。このSDIもどこまでいくか、どの程度、いま確実性があるか分からないけれども、これはものすごい可能性を秘めた分野です。
ヨーロョパ{前5文字ママ}は日本とアメリカにコンピュータ世界で遅れをとった。ヨーロッパはIBMがほとんど占拠している。六割か七割ぐらいIBMにやられちゃっている。日本は幸いに富士通とか日立とかが頑張って、IBMのシェアは三割ぐらいです。あと七割は日本の会社がやっているわけです。ヨーロッパなど六割以上やられてしまっている。
それで日本はアメリカと肩を並べて、全部とは言わないけれども、かなりいい部分でいま一緒に進んでいる。SDIの研究計画に参加するというおおまかな方向は決められて、アメリカといよいよ折衝するということをこの間、決めました。アメリカとの交渉の結果にもよるけれども、科学技術に遅れまいという意図もある。しかし、日本独自のものをつくれと。アメリカはSDI、ヨーロッパはアメリカに負けまいとしてユーレカ計画というものをヨーロッパ連合で今、始めている。
【ヒューマンフロンティア・プログラム】
そこで私は、片やユーレカ、片やSDI、日本は谷間におって一人で転落してはいかん、目標を持てと。そういうわけで今、研究させているのが、ヒューマンフロンティア・プログラムというんです。この間、私が議長である科学技術会議でこの検討を命じたところで、フィージビリティースタディーにかかれと言っておる。このヒューマンフロンティア・プログラムというのは人体の機能をハイテクでいかに、どこまで追いつけて代替できるかということを追求しようとしている。今まではロボットによって人体の筋肉と脳の一部を追っかけてきた。もっとこの脳の精神作用をコンピュータその他で追いかける方法はないか。心臓の人工心臓ができた。人工心臓がどんどんできてますね。あれらはまだ筋肉的なのです。しかし、いま言ったように翻訳機械がそれだけできつつある。そうすると脳の精神作用というものをもっと分析してみて、それをハイテクで代替していくという大計画に二十年、三十年がかりで日本が進めていけば、これは人類の福祉に大きく貢献する。これは日本だけじゃなくて、このフィージビルティースタディーができたら世界各国に協力を求めて一緒にやりましょうと、そういう形でやったらいいと思っている。そういう目標を持たなければ駄目です。目標を持たせれば日本人は何でもやります。そういうような考えに立って、この世紀の第二の産業革命に遅れまいと、そういう努力をしていく必要がある。
【国際国家への道】
もう一つ大事な点は、これは国際国家への道です。これは先程来、申し上げたとおり。そうして、国際国家への道へ前進するために、その反面として最も大事なことは日本自体を知るということであります。言い換えれば、よくアイデンティティと言われる。アイデンティティ論議である。おのれを知らずして、外国との対比はできない。
したがって、国際国家へ進むという、その発想の反面には、自分自らを知るというのが同じエネルギーで研究されなければならぬはずであります。
そういう意味において日本の文化論、日本の政治学的な性格、あるいは精神史、あるいは大陸との関係、インドから中国から韓国からあらゆる面との文化的影響関係、日本の縄文時代からわれわれの祖先の持っていた精神構造、アイヌの研究からもそれはある程度生まれるでしょう。
なにしろ世界で一番古い土器が発見されたのは日本です。これは一万二千年前の土器が日本で発見されている。メソポタミアとか、ほかの国で発見されている土器の一番古いものは八千年前だと言われています。しかし、日本に一万二千年前の土器が発見されているというのは、この国の歴史というものがいかに古いものであるかということが証明されている。
しかし、記紀以前のことは今のところは記録に残っていないからよく分からない。推理小説でいくよりしようがないことであるが、文化人類学とか比較文化論、あるいは考古学で追いかけるわけだ。そういうものと結合しながら日本自体というものを知り、日本の欠点と日本の長所と、それからどこに世界に融合するそういうモメントがあるか、どこに反発するモメントがあるか。われわれがわれわれの文化を更にいい文化にして世界に貢献していくには、どの部面を追求したらいいか。そういう意味において、国際国家になっていくという面にわれわれはわれ{前2文字ママ}自らのアイデンティティを知る必要がある。
私はこの夏休みに国立民族学博物館の梅悼館長の−−彼と私とは仲がいいものだから「日本とは何か−近代文明の形成と発展」の本を贈ってきた。それは『日本文化の形成論』という本でした。NHKの講座でやったものらしい。彼がフランスのコレージュ・ド・フランスでやった講演とか、そのほか外国でやった講演を全部載せてあるものです。非常に面白く読んだ。
非常に勇敢な仮説を自分から提示しておるんですね。それは文化の同時並行発生論というようなものです。例えばヨーロッパと日本とを見てみるというと、ヨーロッパも北のほう、ドイツとか、フランスとか、英国、それと日本というものはまさに東と西で同じ文明形態を持って、同時並行に進んできている。決してヨーロッパのものが日本に来て、そして新しいものが生まれたんじゃない。同じに奇跡のように東と西で同時進行していた。
それは封建時代がそうである。われわれが知っている豊臣以前の封建時代ですね。頼朝とか、室町とか、あるいはそのほかの平清盛とか、あの封建時代。そのときヨーロッパのフランク帝国、あるいはイギリス、あるいはドイツにおいても同じように封建時代があって、城があって、そして騎士がいて、領主と騎士の関係というものは領主と侍の関係と同じ関係が不思議にも同じ時代に成立していた。
封建時代が終わってから、今度は絶対君主制の時代に入る。フランスでフランス革命以前のルイ十四世。ドイツにおいても同じようにドイツ帝国の統一ということが行われる。
それにあたるのは徳川時代である、と、彼は言っておる。まさに徳川時代だと。徳川時代になるというと日本に商業資本が相当伸びてきて、そしてブルジョアジーが発生してきた。そうして極めて濃密な独特の文化を日本は持ってきた。驚くべきことに、徳川時代においては識字率、すなわち文盲の率というのは五〇パーセントぐらいだ。世界でも奇跡的ぐらいに日本は教育が進んでおって、国民が字を知っていた。そのころヨーロッパの国々はせいぜい二、三〇パーセントだ。アメリカでは、今でも黒人では字を知らないのは随分います。
ところが、徳川時代というのは寺小屋というものがあって、坊さんが全部、日本人に字を教えた。そういうわけで識字率は高い。のみならず、例えば始めて生体解剖をやった。これは京都で日本人の医者がやったのであるが、これはヨーロッパでやった、オランダでやった時期とほとんど同じごろやっている。あるいは麻酔薬も同じころ使われている。等々、あらゆる面において、日本は相当円熟していた。
歌舞伎にしても、広重の絵にしても、ともかく繊細なああいうものが出てきたというのは、ヨーロッパに負けないものが既に当時出てきておった。江戸時代の根付けにしても、その他にしても、鎖国というものから内へ内へと文化力が凝集されていって、そしてそこに見事なものが江戸文化というものにはできているわけです。これはヨーロッパにおけるいろんな文化に絶対負けないぐらいないいものができてきている。
そして明治維新というものが革命であった。ここで西洋文明というものを入れたけれども、既に西洋文明を入れたというころ、明治維新のときというものは、外国の例えばイタリアの統一、エマニエル王家ができる統一と明治維新はほとんど一、二年の差にできておる。それからドイツ帝国の統一。これともやっぱり二、三年ぐらいの間にほとんど前後して行われている。
そうして、ヨーロッパの文明というものはローマ帝国の文明の周辺に備えた。ヨーロッパの連中というのはバルバールと言われて、北のほうは蛮族だったわけです。そうして、その周辺にああいう封建時代というものが生まれた。
日本の場合は中国文明というものの周辺地域に日本にそういうものが生まれた。これは何であるかというと、彼に言わせれば、ユーラシア大陸の中央に遊牧民族がおって、これがいつも大きな力を持っておった。この被害を一番うけなかった地域だと。このユーラシア大陸にある遊牧民族というのは騎馬民族であったかもしれんが、これが中国を脅かした。だから、中国には封建時代はない。大帝国があっただけです。ブルジョア革命もほとんどない。それからあのフン族やフビライ、元の侵攻を受けた、あるいは中央アジアにおける遊牧民族の襲撃を常に受けたその地域には、そういうような封建時代もない。結局、ブルジョア革命というのは日本と、それからヨーロッパのそれらの国において行われたと梅悼さんは言っておる。それはまだ通説にはなっているかどうか知らない。
しかし、私は彼に、「人間の発生というものがどこかから{前5文字ママ}もとが起こって、それが方々中に種つけ、流れてきて、出てきたのだろうか。アフリカのオーストラロピテクスと言われる、いわゆる四つんばいになっているのが立ち上がって人間になった。これは三百万年前とか二百万年前といわれるが、北京原人もある、ネアンデルタールもある。そういうものとがあるけれども、本源的な種があって、どこかから{前5文字ママ}流れてきたのか。どうだ?」と聞いたら、「同時多発である」と、彼は言下に答えましたね。
つまり、文明というものは同じような気候を持ち、砂漠ではない、遊牧民族ではない、片一方のヨーロッパはホイート、麦の世界である。こっちは米の世界である。そういうような温暖な気候で、そうしてアジア大陸におけるフン族やら、あるいは蒙古帝国のような騎馬民族の襲撃を割合受けなかった。守ることができた。日本も元寇で守ることができた。そういうところに期せずして生まれたんだ、と彼は言うている。それが正しいかどうか知らんけれども、ともかく人類は今や同時多発的に存在した、というような感じは非常にしますね。
そういうことを考えてみるというと、アフリカへ行ってみても住み分けをしている。ダーウィンは進化論を言って、弱肉強食を言っているけれども、アフリカへ行ってみればライオンはライオンの世界に住んでいる。シマウマはシマウマの世界に住んでいる。サイはサイの世界に住んでいる。侵した場合には食われる。病気になって弱くなったら食われる。しかし、強い間は住み分けて生きている。決して弱肉強食ではない。もう、ひもじくて食えなくなった場合には襲いかかる。しかし普段そういうことはないんだと。それが“住み分け理論”という今西錦司さんの理論である。
【仏教哲学−人類共生の原理−】
そういうようないろんな議論が日本から出てきておる。私は去年、国連の総会の演説で仏教の哲学を言って、また今年の正月の日本の議会でも演説して、天上天下唯我独尊と山川草木悉皆成仏、これで日本の考えがあるんだということを国連でも言った。天上天下唯我独尊ということは、人間の価値がいかに尊いか、と、人間の尊厳を訴えておる。お釈迦様が言った天上天下唯我独尊というのは、おれが偉いという、そういうものじゃないんだ。
それと同時に山川草木悉皆成仏。道元禅師はこれを草木国土悉皆成仏という言葉を使っていますけれども、同じことだ。ともかく山も川も国土も、人間も動物もみんな仏様だと。仏教というものはそういう人類共生の原理なんです。そういう人間の尊厳性と同時に、相手の人間や動物の尊厳性を。大自然の中から同じように生命を受けて、生きながらえて共存していくという、この大哲学がアジア、東洋から出ておる。
私は時どき外人と話して独断を言うんだけれども、「キリスト教の愛はどこから出たのだろうか。インダス川あたりでアレキサンダーが来たときに、仏教哲学とギリシア哲学とが一緒に会って、それがキリスト教の形成に影響したんじゃないだろうか。キリスト教の場合はモーゼの十戒とか、あの砂漠の中で生まれたものが基本だ。あの砂漠の中には目には目を、歯には歯を、というものがある。しかし、あれだけのおおきな愛がどこに生まれるだろうか。あの世界には契約というものがある。しかし、仏教も、アジアのこのモンスーン地帯の中には愛情というような仏教哲学というのは生まれてきている。どこかで、アレキサンダーがやったか、誰か知らんが、ともかくペルシアを通じて行ったり来たりは随分していたんだから、西暦紀元前二〇〇年とか三〇〇年ごろの交流で、何か両方にそういうあれがあったのではないだろうか」という愚問を呈する。それは非常に楽しい時間です。
そうして、洋の東西の中における人間の生きた血のつながりというものを、精神的血のつながりというものを求めようとしている。そういうようなこのアジアや日本につながる基礎哲学、人類、自然との共存共生の哲学というものは実はこれから重要な時代になってきた。私が今まで話してきたことをお考えになれば分かるでしょう。
そういう意味において日本のアイデンティティというものを極めることは、科学文明が発達すればするほどまた大事になってくる。そう思うし、日本民族の名誉、あるいは精神性の高さ、あるいはわれわれの根源というものを知る学問的興味の面からも重要である。
政党というものは単に物質的な利害を、あるいは選挙の投票だけをもらうためにあるのではない。この国家を維持し、この世界を繁栄し、平和を守っていくための大事な、精神的な原理をわきまえていかなければ本物ではない。そういう考えに立って、自由民主党もこれから研鑽していきたいと思うのであります。