データベース「世界と日本」(代表:田中明彦)
日本政治・国際関係データベース
政策研究大学院大学・東京大学東洋文化研究所

[文書名] 読売国際経済懇話会での講演,レイキャビクとその後(中曽根内閣総理大臣)

[場所] 
[年月日] 1986年10月14日
[出典] 中曽根演説集,550−567頁.
[備考] 
[全文]

 国際経済

【大まかな合意】

 この秋、国際経済、国際政治の面において注目すべき大きな事柄がいくつかございました。その一つは、国際経済の問題ではガットの閣僚総会がプンタデルエステで行われまして、これはだいたい成功裏に終わりました。それから、つづいてアメリカのワシントンDCにおきまして、IMFの総会、世界銀行の総会が開かれました。これらの問題につきましても、だいたいにおいて政策協調、構造改革、そういう面において関係各国の合意を見たと思います。

 ですから、経済の問題は大きな内在的要因をいま世界はかかえておりますが、これをいかにハンドルするかという点については、おおまかな合意が形成されつつある。その主流は自由貿易を推進するということ。それから、国際的な政策協調を行う。また、国によって持っている課題について、各々の国が構造改革を推進していく。そういうことであります。たとえば日本の場合は、膨大な貿易黒字の問題のバランスを改革する。アメリカの場合はツィンデフィシット(双子の赤字)だといわれている財政上および貿易上の欠陥を是正する等々、そういうような点で合意が形成されたということでございます。

 いま、国際経済を見ますと、商品の価格の下落は、世界経済全体の動きを反映いたしまして、われわれの目に顕著に見えてきております。とくに石油の価格が著しく下がってきている。これが世界経済に対して、非常に大きなインパクトをあたえているということは冷厳なる事実であります。

 それと同時に、いくつかの発展途上国において膨大な債務問題というものがありまして、この債務国の問題というものは、実際には目には見えないようなものではありますけれども、いつもわれわれの頭の片隅に、解決すべき問題としてしこりのように残ってきている。この問題が暴発しないように、われわれとしては世界的協調のもとに逐次、これが改善の方向に向かうように営々として努力していかなければならない課題として受けとめられ、頭に残っている。そういう状態でございます。

 そういう中にあって、ともかく国際協調、あるいは自由貿易推進ということが確認されたことは、非常にいいことであります。債務問題にいたしましても、各国別にパリ会議であるとか、あるいは国際機関等を通じて各国が協調して、この問題の打開にいろいろと努力をしている。そのことが、この問題の悪化を防ぐ力をかなり強く持っている。いままでのいくつかの経験によりまして、もし万一、そういう事態が起きた場合にはこういうパターンで、各国が救済の手を差しのべてその危機を脱するというパターンと方程式が、ある程度できております。そういう面から、国際機関を中心にしながら各国が協調、協力をしていくという体系はできているのでありまして、あとは関係各国がいかに努力をするかというものであろうと思うのであります。

 そういう点で、方法に関する安定感というものがありますから、わりあいに大きな重大な問題というものが出てくるのを押さえている。そういうこともあるのであろうと思います。この、ある程度の方程式を持った、解決方法を持った国際協調の意思というものが、非常に重要な役目を果たしていると思いますし、それをわれわれとしては、ますます強化していかなければいかんと思うのであります。

 日本政府といたしましては、この間のIMFの暫定委員会におきまして、宮沢大蔵大臣をして、日本としてはIMFに対して三十億SDR、ドルになおすと約三十六億ドルになりますが、いつでも金融に応じますという申し出をいたしまして、関係各国も了承していただきました。

 われわれとしては、かなりの黒字を持っているという状況も踏まえまして、こういう面においてわれわれとして積極的に協力すべき分野は何かという点で、この夏以来、研究させてきたところであります。私は、八月ごろから、日本としての協力分野を探しなさいと指示いたしまして、できるだけ金額を多くして、そして即効的に役立つようなやり方の検討を命じてきていたのであります。そういうことで、その一つがそういうかたちで出てまいりました。

 第二に、国際開発協会(IDA)の第八次増資の問題につきましても、だいたい各国で相談がまとまったのが、たしか百二十億ドルでありました。百十五億ドルまでは割り当てが済んでいる、あと五億ドルをどこが出すかということが問題になっていたのですが、関係各国の考えもよく聞いて、日本だけが独走してはいけないということで、三億五千万ドルは日本が補充しましょうという申し出をいたしました。残りの一億五千万ドルは各国でお願いしたい。しかし、もし応ずる各国が一つもないという場合には日本が応じましょう。そういうかたちの申し出もたしかやったはずであります。

 そういうようなことで、われわれとしては善意をもって、できるだけそういう面におきまして、今後とも努力をしてまいりたいと思っている次第なのでございます。そのほかでも、いま一、二、検討させている問題がございますが、まだここで申しあげる段階にもいたっていない。引き続いて努力をしてまいりたいと思っているところであります。

【ガットの総会】

 ガットの総会におきましては、やはり問題がいくつかございましたが、第一にサービスの問題が提起されました。この問題については、有力な途上国との間でなかなか話がまとまらなかったのでございますが、幸いにウルグアイの外務大臣という、非常に才能のある有力なお方のあっせんもありまして、ガットに出席している閣僚が、その機会に会議をもち、この問題を処理する、これはガットの正式の会議というわけではありませんが、事実上、それに準ずるようなかたちでこの問題が決着した。そういう点は、やはり関係各国が必至に努力していただいた結果でありまして、われわれとしては非常に評価をしているところでございます。

 もう一つは、BOBという問題がございます。利益の均衡分配と申しますか、バランス・オブ・ベネフィットといわれているこの問題につきまして、日本の態度は、ガットというものは貿易のルールを決める会議であって、その結果についてああだこうだということを管理・統制する会議ではない。したがって、結果のベネフィットをバランスさせるというようなことは、各国のさまざまな条件によって変わってくるのであって、貿易取引をするルールをいかに決めるかというガットの精神に反する。そのような管理貿易的な考えはガットの精神とは相容れないものであるということを強調いたしまして、結局、議長総括においてその問題は並行のまま報告されたというかたちになりました。

 この問題は、ガットの本質、性格にかかわる問題であるので、日本としても非常に重要視してこの問題にタックルしたという事情があるのであります。しかし、この問題も、いま申しあげたように議長総括において両論併記というようなかたちでおさめられまして、われわれとしてはこれで満足した。そういうかたちでございます。

 農業問題も出てまいりましたが、これも大きな中心的課題の一つでございました。やはりEC、アメリカ、それからオーストラリアその他の農業生産国とのバランス調整の問題がありました。これは相次ぐ東京サミット、あるいはボン・サミット、ロンドン・サミット等におきましても、EC、アメリカ、あるいは日本との間で非常に深刻な論議のあった問題であります。しかしこの問題についても、補助金問題のみならず、農業生産コストに関係する直接、間接のさまざまな問題というものを考えて、これは処理さるべきである。そういうところで妥協ができて落ちついたというかたちでございます。だいたい大きな問題はみなさんの大乗的、大局的な考えに立って決着したという点について、われわれは非常に喜んでおります。

 この数年来、世界の自由貿易を推進するうえの一つのモメンタムをつくると考えてきたガットの問題が、九月にそのように決着したということは、世界の自由貿易推進のために非常に勇気づけられることであると思います。この間に関係各国が非常にご努力していただき、先進国、途上国、あるいはその他のあらゆる国々が善意をもって、世界貿易を拡大しようという考えのもとに協調したことについて、深く敬意を表する次第でございます。経済の問題はそのようなかたちで、ある程度、烈日とはいいませんが、薄日がさすというかたちで決着がついたのであります。

 首脳会談

【前進した合意】

 もう一つ、われわれが最大の関心を持っていた政治の問題は、米ソ首脳会談でありました。これについては、すでに昨日(十三日)以来、たくさんの報道がなされました。まだ終わってから日も浅く、この波紋がどういう水準におさまるか、いま冷静に観察しており、またこの核アイテムについて行われた議論というものが何を意味するか、また将来どういう発展性を持っているかという点等について、いま分析をしている最中でございます。そういうことでありますから、ここでいろいろ申しあげる余裕はないのであります。

 ただ、ここで申しあげたいのは、アメリカのレーガン大統領とゴルバチョフ・ソ連書記長が、ともかく異例と思われるようなスピードで、レイキャビクで会うということを決めて、そして両首脳の会談の時間だけでもたしか十一時間ぐらいになる。四回にわたって会談を行った。そういうような非常に真剣な、そして熱情をこめた交渉が行われたということについては、われわれは地球に生存する一員として大いに敬意を表し、また高く評価するものであります。

 レイキャビクで会うということ自体が、おそらくいままでの外交の手続きからしたら異例だろうと思うのです。そして、おおかたの勝負は首脳部の会談によって決めるという意気込みでご両者とも臨んだのであろうと思います。それだけ熱情と真剣さをもって臨んだ。そして、その背景にはなんとかしてまとめたい、そして全世界の大きな願いにこたえたいという気持ちで臨んだのであると、私は確信しております。そういう点が明らかに今回の会談を通じてわれわれには看取されるのであって、そういう点からも、この両リーダーの努力に対して心から敬意を表したいと思うものであります。

 さて、ここで行われましたことは、決裂というような記事が新聞に出ておりましたが、私は、決裂という性格のものよりも、合意に至らなかったという表現の方がより正確ではないのだろうかということを申しあげた次第であります。そして、これだけの大きな勝負があった後でありますから、しばらくは空白の期間が、あるいは続くかもしれません。しかし、この空白の予後ともいうべき時間をできるだけ最小に努力し合って縮めて、さらに取り直しと申しますか、仕切り直しのチャンスをつくるように、両当事国および関係各国が努力をしていくべき価値のある問題であると思いますし、その可能性は否定されているものではないと思うのであります。

 決裂、あるいは非常な絶望感が一部のジャーナリズムで報道されておりましたが、私はそういう考えを持っていない。米ソの合意ができなかったということは、まことに残念ではありますけれども、それで世界が壊れるものでもなければ、地球の公転に影響が出るものでもない。やはり正確に、分秒を違えず太陽は出るし、日は沈んでいくと思うのであります。世界に生存している国家、民族の生活というものはきのうと同じようにきょうも続けられているし、あしたも続けられるであろう。しかし、レイキャビクでつくられた一つの事実というものは、消すことはできない。

 それで、これらの中からいくつかの結論を考えてみますと、両方の首脳部が非常に淡々として話し合った。それで、別れるときも怒りにあらずして、悲しみで別れたというふうに報ぜられております。悲しみで別れたというところに、われわれは人間的、あるいは人間的共感といいますか、そういうものを世界の人も持ったのではないかと思うのです。一時はショックもあるでしょうし、感情的高まりもあるでしょうけれども、彼らが抱えてきているこの大きな問題、人類の運命を決するような大問題、大きな責任というものを考えれば、この波紋がおさまれば次第に冷静さも回復され、また最後の難関をいかに突破するかという点についての知恵を、両方で探し合う。そういうことでいくであろうと思いますし、われわれのこの期待にこたえてもいただきたい。そう思うのであります。そして、かなりの大きな問題について具体的な進展が行われました。たとえば戦略ミサイルの問題、あるいはINF(中距離核戦力)の問題、あるいは核実験禁止の問題等々について、かなり前進した具体的な合意が形成されました。この形成された合意というものは、公認記録にはならなかったけれども、練習記録としては残るだろうと思うのであります。世界の公認記録にはならんけれども、練習の間にクリアしたという事実は残るだろうと思うのであります。それで、次のステージというのは、その段階から出発すべきであると皆さんは考えるに違いないと思うのです。これは大きな前進であります。

 もちろん、SDI(戦略防衛構想)というものにすべて条件がかかっているというかたちではありました。そうでありましたけれども、いままでにない新しい展開が、地球万人の見ている前で行われたという事実は、否定することはできない。そういう意味において、あれを一つのスターティング・ラインとして次の問題に取りかかる。あるいはさらに、これが最終的合意に至らなかったその部分の問題を、いかに糸口をつくるかという点について、冷静になった段階で両方で専門家、あるいは政治家等が、さらにこれを極め尽くしていくということは起こり得ることであり、正しいことであると、私はそう思うのであります。

 そこで、これからどういうことになるかわかりませんが、あれだけの大問題でありますから、しかもそれを両首脳部が自ら陣頭に立って解決しようという熱情をもって乗り込んで行った問題でありますから、おそらく後世の史家は国際名勝負物語として、あるいは歴史に残るかもしれないと思うのです。日本はよく名勝負物語というのが講談やなにかにも出るのでありまして、今度のレイキャビクの両首脳部の交渉というものは、どっちが勝ったかどっちが負けたか、引き分けであったか、これはわかりません。いずれ歴史が審判すると思いますが、名勝負であったことは事実です。しかも、それが善意をもって行われた。

 それで、その一勝負が終わったのだけれども、次の幕はまだあがらない。この第二幕目をつくっていくということに、われわれは大きな、非常な関心を持っているわけであります。しかし、これだけ大きな仕事をやるのでありますから、そう一朝一夕にして解決されるとすれば、むしろ奇跡ではないかと思われるのであります。

 しかし、現実は残っているわけです。米ソ両国ともかなり経済的困難を背負っている。アメリカ側のツィンデフィシットの問題であるとか、あるいはソ連側においても石油の価格の低落であるとか、そういうような経済的困難というものは依然として残っている。この会議をやろうと決意を生ぜしめた動機のことごとくはそのまま、まだ存続して残っているわけであります。

【軍縮へ向かって】

 それから、世界世論というものも、ひとたびこの名勝負を見まして、そして軍縮へ向かってさらにモメンタムは促進されたと考えていいでしょう。この中にあって、軍であるとか議会であるとか、さまざまな筋からの反応は行われ、ジャーナリズムの反応、世界世論の反応、そういうものが相集まって次のいろいろな政策形成へ向けての前進がなされると思いますけれども、しかし、これは要するに、マラソン交渉の一環であると私は考えている。これだけの大問題が、レイキャビクで一挙に解決するということまでいったら奇跡じゃないかと思うぐらいのものだろうと思うのです。

 しかし、両首脳部がやろうという決意で臨んだということは、ある意味においては、外交専門家からみれば準備不足といわれるかもしれません。しかしそれは、いままでの手法の外交専門家の考え方であって、今日のようなこれだけの大きな問題の場合には、首脳部の決断なくして解決しっこない。そういう判断も、片一方ではまたあり得ると思うのであります。いずれにせよ、マラソン交渉の一環であると考えて、もう少しスパンを長くしつつ、つねに倦まずたゆまず、次へのきっかけをつかむように努力したいと思うのです。

 おそらく両方にそういう熱意が残っていると思われますのは、怒りでなくして悲しみで別れたという点、両方が非常に冷静な議論をしたという点もありますが、私らがいままでと違う扱いがあるなと思ったのは、ソ連の高官が日本へいきさつの説明に来られるということであります。インドを経由して十九日に日本に来られるということであります。これはまったく異例なことであります。ある説によりますと、これはプロパガンダにくるという説もありますけれども、これはプロパガンダ程度でものが通るという問題ではない。国民全体がかなり本質を知っている、そういう問題だろうと思うのです。そういう意味においては、自分たちの立場なり理論を、正確に伝えるという意思があるのかもしれません。

 自由世界においては、すでにブリュッセルにNATOの諸国が集まってアメリカ側からブリーフを受け、わが日本にも十四日にアメリカの軍縮代表が来まして説明をするというかたちになっております。すでにブリュッセルにおいてわが方から派遣された者が、だいたいの概要のブリーフは受けております。片方はNATO、片方はワルシャワ条約の皆さんにも説明をするというかたちをとってきているのを見ますと、やはり非常に大きな世界的広がりを持った問題であるし、またそれだけに関係各国の協力なしには成功しない問題であるということも、歴然たるものであります。

 いままで日本は、ややもすればカヤの外にあったと思われていたかもしれません。しかし、極東におけるINFの存在、ソ連側の提案によれば極東、アジア部に百基残す、約八○パーセントの削減をソ連側で決定した。ヨーロッパ部はゼロにする。これだけ見ても、新聞やテレビに伝えるところによると、日本や中国というものの存在が頭にあってこういうことが言われるとされておりました。そういう意味において日本もレイキャビクについては重大な関心を持ち、アメリカ大統領に対しても日本側の考えを十分に伝え、そして重大な関係国の一つとしていま存在してきているということになったのであります。

 今度のひと幕というものを考えますと、一九七九年のNATOの二重決定、それから八三年でございましたかウィリアムズバーグ・サミット、ここで政治意思の決定をして、パーシングII(米の中距離核ミサイル)の展開等も持続することを決断したということがあります。そういう、われわれの方の自由世界の結束と、レーガン大統領を支持してこれを実りある結論にもっていこうという努力、ソ連側はまたソ連側で、ワルシャワ条約の諸国ともいろいろ打ち合わせもし、連絡もとり、ここ数年にわたる努力の累積の、その結末がレイキャビクというひと舞台であったわけです。しかし、これは合意に至らなかった。そういう意味において、ここ数年来の各国の非常な努力を生かし、第二幕目をどういう材料によって構築するかということを、われわれはもうすぐ研究に入るべきだと思っているのであります。私が、マラソン交渉の一環であると申しあげたのは、そういう考えにも基づいております。

 そして、とくにウィリアムズバーグ・サミット以来、日本はINFについては非常に大きな関心を持って、極東におけるソ連の展開、あるいは軍縮における取り扱い、アジアが不当な不利益を受けないようにしてほしいということは、そのたびごとにわれわれは主張もし、アメリカもそれに最大の注意を払い、自分たちの主張の中に取り入れてもらって、やってきている問題です。このアメリカの努力に、われわれは非常に感謝の意を表明する次第なのであります。

 これから出てくる問題は、おそらくアメリカなりソ連なりが各々のグループとの間に、どういうふうにしてこの問題の第二幕を開くかという意思の合成作業というものがあるのではないか。一国だけで進める問題ではないということは先ほど申しあげたとおりでありますから、やはり関係各国と協調しつつ、みんなで一つの戦略なり、あるいは考え方なり、意思というものを合成していく。だから、緊密な連絡と協調が、いままで以上に必要であると思うのであります。そして、急所であったポイント等については、主人公であるわれわれとしては、アメリカの考えを最大限に尊重しつつ、これに対応するいろいろな検討、研究を行って然るべきであると思っております。

 しかし、この一幕目というものを全部じっと見ておりまして言えることは、ジュネーブ会議が開かれ、あるいは今度のレイキャビク会談が行われたひとつの大きなテコは、やはりSDIであったと思わざるを得ない。SDIはある意味において軍縮を促進するひとつのテコの役割を果たしているのではないかと、私は個人的に考えております。そして、私は国会におきましても答弁をいたしておりますが、やはりこれだけ科学が発達した場合に、MAD(相互確証破壊)というような総破壊、そういうような考えに立つ戦略理論よりも、やはりICBMを廃絶する、エリミネートする、そういう方向にもっていく防御兵器体系の前進による安全保障の到達という面について、私はかなり魅力を感じているし、それが歴史の方向ではないかと思っております。

 SDIが今日、すぐできる問題でないと言うことは、皆さん百も承知である。しかし、人間が夢みたことというものは、だいたいある年限を入れてやれば相当程度、実現されてきている。アポロ計画もそうであります。そういう意味において一○○パーセントの完成はできないかもしれんが、非核による防御兵器で核兵器を廃絶するという意味の新しいウェポン(兵器)システムというものの開発は、必ずしも不可能ではない。ただし、時間がかかるかもしれん。そういう考えも持っているのであります。

 そういう意味において、歴史の方向からいえば、ABM(ミサイル迎撃ミサイル)条約を持続していくということ、そしていまのようなSDIというものへ、いままでの既存の兵器体系からそちらへ移行するという場合のトランジットタームといいますが、移行期間におけるアンバランスを起こさせないように配慮しつつ、切り換えをうまく、お互いが安心してやれるような方向の切り換えへもっていくということを、いかに具現化するかという問題が、だんだん現実問題として登場してくるのではないかと思います。これらについては、科学技術、あるいは兵器の研究家等の知恵、それと同時に大きなデザインを持つデザイナーの力、イマジナーの力というものが非常に必要になってくるという気もいたしているのであります。これがレイキャビク会談に対する、私の現時点における感想でございます。

 内政問題

【国際的な調和へ】

 次に、内政問題についてお話ししたいと思うのでありますが、いま国会におきまして、われわれは国鉄法案という大法案に取り組んでおります。それから、老人保健法案という、これも大法案に取り組んでおります。それから、補正予算の編成、税制の改革。この四つが当面の大きな仕事であります。いずれもこれは、行政改革の具体的な仕事、展開であります。そういう意味において、その行政改革の大目玉、大眼目の一つが国鉄の改革でございました。

 行政改革を財政面から見ますと、三つの点がいままでいわれておりまして、いわゆる3Kといわれた国鉄、米、それから健康保険、この三つがいわれたわけです。健保については、大改革をやりまして健康保険制度の合理化にすでに前進しております。それから国鉄については、いまやっている最中であります。

 米についてはいま非常に世論がやかましくもなり、国際的な圧力も多少出てきておりまして、いよいよ米の問題というものに日本も本格的に取りかかる。要するに、生産性あるいは合理化というものを中心にして、新しい農政というものを開いていくというかたちである。価格政策のみに頼るというものは邪道である。むしろ、生産性の面を中心にして国際的な落差をできるだけ減らしていくようにやらなければいかん。そういう方向に世論も動きつつありますし、自民党内も動きつつありますし、農協自体がそういう方向に自覚度をふかめてきております。内閣といたしましても、農協の内部自ら新農政の改革案を出させるように、そして内閣、あるいは農林省が協力してそれを実現していくようにという線で、いま農林省、あるいは総務庁等が努力をしているところであります。

 こういうふうにして、3Kというものは、いま大事な段階に入ってきつつあります。国鉄の問題ひとつ考えてみましても、これは大きな社会的な構造改革、意識変換というものを呼んでいるといえるでしょう。前にも申しあげたかもしれませんが、日本は昭和四十年代については高度成長で無限大の夢を持てた時代があった。いわば、欲望無限という感じがなきにしもあらずであった。五十年代に入って石油危機が起きてからは、これではやっていけないということで自己改革が始まった。そして、行政改革が叫ばれて、土光さんを中心に臨調が生まれた。

 そして、これが毎年の予算編成について自粛を要請して、政府は毎年、ここ四年間、マイナスシーリング、前年度よりも一般歳出の総額を減らしている。そういう異常のことをやっている。人口もふえているし、医療費もどんどんふえているわけであります。その中でトータルサム(総額)は超さないように、いままでずっと抑さえている{前6文字ママ}。そういう異常な努力をわれわれは続けて、来年やればもう五年目になります。それぐらい大きな力を、行政改革というものは持ってきた。

 もしこれが四、五年前、二、三年前だったら、国鉄の改革はこのようなかたちで行われ得たであろうかと想像するぐらいの、大きな意識変革が行われてきております。いまの国鉄労働組合の苦悶と申しますか、情勢を見ると同情に堪えないところもありますが、しかしまた一面におきましては、歴史の流れそのものであるともいえる。国民自体がその改革を要請している。

 これは、世論調査を見ると、だいたい七○パーセント以上が賛成している、どの世論調査でもそうです。が、六分割がいいかということになると多少の変化はありますけれども、そういう状況になってきている。そういうように国民が自らを引き締めて、自己抑制あるいは自己改革ということを要求している大きな声が集まって、それが国鉄改革をこれだけ実らせている力になっております。

 それと同じような感情、フィーリングが教育改革を指示している同じ力になってきている。教育改革までが臨時教育改革審議会をつくりまして前進してきているというところを見ると、行政改革というものは大きな社会的な変革、意識改革まで呼んできているということが明らかにいえると思うのです。この道を日本がたどることは、現代の厳しい世界情勢に対応し得ることであり、また日本が歴史的に生き残っていく、つらいけれども大事な道であると私は考えて、この道を進んでいきたいと考えております。

 もちろん、臨調答申あるいは行革審の答申におきましても、臨時緊急の措置として緊急避難的な措置は認めておりますから、それを援用するということも十分に考えなければならない場合もありますが、そういう基本的スタンスというものは、私は一貫して持続していきたい。そう考えているわけであります。

 こういうようなかたちで今度の議会は国鉄改革、それからもう一つ、取りかかっているものは老人保健でございます。これも健保の一種でございます。3Kの一つの健保の一種であります。それともう一つは、税制の改革であります。これは日本の黒字が非常に大きすぎるという情勢を、去年から私は見ておりまして、去年九月二十二日のG5の通貨調整、あのころからやはり日本も自らの構造改革をやらなければならんときに入ってきた。そういう考えに立っていわゆる前川委員会をつくってリポートを求め、そして国際経済に調和する日本の産業構造のあり方、社会システムのあり方について答申を求め、その答申を得て、われわれ政府はそれを参考にして独自の立場に立って構造改革の方針を決め、その工程管理表をいまつくらせているところであります。

 その前川リポートの中に示されたものの中には、米の問題もありますし、石炭の問題もありますし、余暇の問題もありますし、税制改革の問題もありますし、あるいは日本の貯蓄過多に対する税制問題というものもあるわけであります。これらの問題は、これからわれわれがある程度、時間をかけながら検討をして、そして答えをつくっていく問題であります。しかし、これについてやはり国民全体の指示がなければとてもできる問題ではない。

 石炭問題ひとつ考えても、これはある処理をすれば町全体がつぶれてしまうという性格を持っているのでありまして、深刻な社会問題も出てくる問題なのであります。長崎県や北海道においては、四万人ぐらいの町が全部つぶれてしまう。そういう危険性もある問題なので、扱いについては、われわれとしては慎重にこれを行う。しかし、やらざるを得ない。いま非常に大きな苦労をしている最中なのであります。しかしいずれにせよ、この国際経済に調和する構造改革は、われわれは前進させなければならんので、選挙が終わりましてすぐ私が本部長になって、これを推進する政府および与党の推進本部をつくって、いま具体的なその進め方を検討し、すでに前進に手をつけてやっているものもあるわけであります。今後とも、その線に向かって努力をしていく考えなのでございます。税制の改革につきましても、政府税調においていま案をつくっており、いずれ党税調においてこれを取り上げて、十二月の税制調査会にそれを報告し、そして来年度の通常国会に法案として提出する。そういうテンポでいま進めております。アメリカが行いましたこの間の税制改革は、われわれはつとに注目していたところでありますして、われわれもあのような思いきった簡素化、合理化、単純化ということがいちばんいいのではないかと思います。それと合理化、そしていままでの税制のねじれとか、よじれとか、重税感とか、不公平感というものを是正する意味で非常に参考になると考えております。

 自民は左へ野党は右へ−政策オーバーラップを−

【三百四議席】

 さて最後に、私は、選挙が終わりましたときに八六年体制で前進しようということを言いました。いままでの体制は五五年体制といわれていた。いまから三十年前に社会党の統一、それから保守合同が行われまして、二大政党が暗示されてスタートしたのでありますが、三十年たつうちにいろいろな経験を経て今日の事態に至った。いずれ野党が政権をとるときがくるだろうと、石田博英君がそういう論文を『中央公論』に発表して、それは歴史の必然であるぐらいに考えていたことがあるのです。

 ところが、事態はそうはいかないで、この間は自民党が三百四議席をとるという、思いがけないぐらいの結果が出てきた。そういう結果から考えて、この五五年体制のどこに欠陥があったのだろうか、そういうことを分析してみました。また、なぜ自民党があれだけ国民の支持を得られたのであろうかということも分析してみました。

 この間の選挙を点検してみますと、自民党の純増が五十五議席です。そのうち四十二というものは、野党の議員を落として自民党の議員が当選してきたというものです。そして、自民党当選者のうち、前回次点者であったものが三十八人、前々回次点者一人、三十九人の議員が次点としてカムバックしてきている。そういう現象です。それで失った政党を見るというと、社会党はマイナス二十六、民社党がマイナス十一、公明党がマイナス三、だいたいこういう数字で、社会党および民社党を食ったという結果が出ているのであります。

 こういういろいろな現象等々を見ますと、日本の都会化というものは歴然と進んできていて、そして自民党は選挙の際に約四○パーセントあるといわれる浮動票、いわゆるグレーゾーンにいて投票する浮動票、主として都会近郊の票でありますが、その六○パーセントを自民党がとって三百四議席ができたといわれております。これを見ると、グレーゾーンの四○パーセントの何割を自民党がとるかによって二百五十になったり三百四になったりしている。したがって、このグレーゾーンといわれるものをいかに確保するかということが選挙の中心的な課題に登場してきたと私は考え、そのことを党にも言ってきているわけであります。

 もう一つの点を考えて見ると、われわれが考えている以上に時代の前進が早く、たとえばこの前の選挙のとき自民党の代議士は明治生まれが三十五人、大正生まれが百人、昭和生まれが百二十二人でありましたが、今度は選挙の結果、明治生まれが二十六人、大正生まれが百五人、昭和生まれが百七十三人で、じつに五十一人も昭和生まれがふえてきている。こういうところが、意識の変換が急激に行われているといわれるところであります。

 そういうようなことを分析しながら、これからの道を考えてみると、やはり与党と野党との間において、自民党はウィングを左にうんと伸ばした。中道のセンターラインまで伸ばした。それがグレーゾーンをとった。したがって、健全な民主主義、政権交代可能な民主主義に前進するためには、野党側が右にウィングを伸ばしてきてもらう。そして、センターラインの上でオーバーラップするような政策重複が行われるような体系に前進することが望ましい。いままではあまりにも政策の差が、隔絶がありすぎた。そのことが、野党に投票がなかった。われわれの方がセンターラインの、あるいはオーバーするぐらいまでウィングを伸ばしてきたという点があると思うのです。

 いままで来た道をもう一回たどるぐらい愚劣なことはない。やはり新しい道を模索しなければ前進はない。健全な、合理的な民主主義を建設するために、私は野党の皆さんに、センターラインでオーバーラップするところまでお互いに行きましょう。選挙にとって、われわれはそういうことをやられると損である。それをやられたら、今度は五十人ぐらい減るかもしれない。損ではあるけれども、日本の民主主義が前進するためにはそれをやらなければ、いつか来た道をもう一回たどる愚劣をやる以外の何ものでもないではないか、ということを申しあげているのであります。

 その証しがどうであるかといえば、石橋さんが飛び越えようとした三つの問題がある。それは、原子力発電を認めるか、韓国との外交関係、それから憲法、安保条約と自衛隊容認の問題ですね。こういうもので象徴されるものを土井さんが飛び越えられるかどうかという点を、私は国民の皆さんとともに注目していきたいし、相願わくばそういうオーバーラップする方向で日本の民主主義を健全化したい。そういう熱望に駆られて八六年体制移行ということを申しあげた次第なのでございます。

 たいへん雑駁な話で恐縮でございますが、以上で終わりにいたします。