[文書名] 第3回国連軍縮特別総会一般討論における竹下登内閣総理大臣演説
議長
私は,日本国政府及び国民を代表して,閣下が第3回国連軍縮特別総会の議長の重職に就かれたことに対し,祝意を表します。また,このたびの特別総会が,閣下の卓越した識見と,国連における豊富な経験に基づく公正な指導の下に,必ずや実り多き成果を上げることを期待するものであります。
議長
今まさに,モスクワにおいては,米ソ両国の首脳会談が行われております。世界の平和と安定に大きな影響力を有する米ソ両国が,東西関係の安定化のため多大の努力を払っていることを,私は心から歓迎するものであります。
他方,アフガン問題については,その包括的な解決に向けて前進がみられましたが,今なお世界各地で戦火は絶えません。
このような状況を背景として,軍縮と平和を論ずる国連軍縮特別総会が三たび開催されるに至ったことは,誠に意義深いものと考えます。
議長
私は,まず,本総会の主題である軍備管理・軍縮についての所信を述べたいと思います。
我が国は,広島及び長崎に投下された原子爆弾により,言語に絶する惨禍を体験致しました。このような核の惨禍が二度と繰り返されぬよう,核兵器が究極的に廃絶されるべきことは,日本国民の悲願であります。広島と長崎では,毎年8月になると原爆によって尊い命を失った多くの方々を悼み,平和への誓いを新たにする式典が行われますが,今年は私も総理になって初めて列席することに致しております。
この核兵器が,人類を幾度も破滅させてしまうほど大量に蓄積されてきたことに対しては,日本国民のみならず世界中の人々が深刻に憂慮してきたところであります。
また,我が国をはじめ,核兵器を保有しない多くの国は,核不拡散条約への加盟に当たり,核兵器国が同条約に従って核軍縮のための交渉を誠実に行うことを期待しながら,加盟したものであることも指摘しておきたいと思います。
かくして我が国は,核兵器保有国による核軍縮の実現を強く求めるものであります。
米ソ間ではINFをグローバルに全廃する条約が締結されましたが,これは,初めて既存の核兵器を合意により削減するものであり,核軍縮の第一歩として高く評価したいと考えます。また米ソ間では,戦略核兵器を大幅に削減するための交渉が進められており,今回の首脳会談においても更に交渉を促進していくことにつき意見の一致がみられたようであります。
このように,両超大国の核兵器に,上限を設けるたけではなく,これを削減する時代が本格的に到来しつつあることは,画期的なことであります。私はこれを心から歓迎するとともに戦略核兵器削減交渉を促進するための努力が更に続けられることを期待致します。
議長
核軍縮とともに,核兵器保有国の増加を防止することも極めて重要であります。私はこのための基礎をなす核不拡散条約に対し,最近スペイン及びサウディアラビアが加盟あるいは加盟の決定を行ったことを心から歓迎するとともに,未加盟国が早期に加盟することを求めたいと思います。
議長
核実験の禁止については,我が国は,国民の悲願を踏まえて,その実現のために多大の努力を払って参りました。1984年には,軍縮会議において,検証技術の確立に伴って核実験の規模を段階的に下げていく「ステップ・バイ・ステップ」方式を提案したところであります。
今般,米ソ両国間において,核実験に関する交渉が続けられてきた結果,平和目的核爆発制限条約の議定書が署名される運びとなりましたことは誠に歓迎すべきものであります。
我が国は,米ソ両国が,懸案の同条約及び地下核実験制限条約の批准を早急に済ませ,核実験の制限を促進する次の段階に進むことを強く期待致します。
このような米ソ両国間の軍備管理・軍縮努力と多数国間の軍備管理・軍備努力は密接に関連すべきものであります。今般の米ソ間の議定書署名を好機として,核実験の禁止に向けての多数国間の努力が更に促進されるべきであると考えます。
我が国は,地震学における進んだ技術を活用し,核実験の検証方法の確立に寄与してきたところであります。1986年からは,地震波のデータ交換のプロジェクトを企画し,関係国との間でこの実験を実施して参りました。我が国としては,世界的規模の核実験検証制度の設立に資するため,関心を有する国に対しこの実験の成果を紹介し,参加を呼びかける目的で,国連と共催で我が国において国際会議を開催したいと考える次第であります。
議長
人類は,核兵器が生み出される以前から,何千年にわたり戦争を繰り返して参りました。また,第2次大戦後の武力紛争もすべて非核兵器によるものであります。従って,核兵器以外の軍備管理・軍縮の問題も重要であります。
特に,化学兵器は,強力な毒性をもって人間を殺傷する大量破壊兵器であり,また,生産されやすく,かつ使われやすいという点で極めて危険であります。現に,この兵器を戦争に使用することは国際条約により禁止されているにもかかわらず,イラン・イラク紛争等において実際に使用されていることは誠に遺憾であります。武力紛争において化学兵器の使用が一般化していくとすれば,世界の平和と安全にとって重大な事態であります。これら兵器の使用を完全に防止するためには,保有や生産も禁止し,世界的規模で全廃することが緊要であり,ジュネーヴの軍縮会議において化学兵器全廃条約が一日も早く作成されるよう全力を尽くすべきであると考えます。我が国としても,本条約の早期締結及び化学兵器全廃のための国際機関発足に向けて,今後ともあらゆる努力を続けていく所存であります。
議長
通常兵器の軍備管理・軍縮については,欧州において,通常戦力削減交渉の開始に向けて,関係国間で話し合いが行われております。私は,同交渉が早期に開始され,これら通常戦力の不均衡是正という所期の目標に向けて前進がはかられるよう,関係国の努力を期待するものであります。
議長
私は,軍備管理・軍縮を進めるに当たり,次の4点を考慮に入れることが不可欠であると考えます。
まず1つは,抑止と均衡であります。
軍備管理・軍縮は,抑止力を維持しつつ,全兵器体系のバランスを包括的に考慮に入れながら,軍備のレベルを均衡のとれた形で下げていくことにより,関係国の安全を高め,世界の平和と安定に資するものでなければならないという点であります。
2つは,地域の特性であります。
特定の地域で軍備管理・軍縮を行うに当たっては,その地域の地政学的条件,及び他地域への影響が充分考慮に入れられるべきであるとの点であります。
3つは,軍事情報の透明性であります。
軍備管理・軍縮の促進のためには,まず,軍事費をはじめとする軍備に関する基礎データの透明性を増大していくことが重要であります。相手国の保持する軍備等の情報につき透明性が増大すれば,軍備管理・軍縮交渉を促進する上での信頼が生まれ,より客観的でより妥当な対応が可能となろうと考えます。
4つは,実効的な検証であります。
軍備管理・軍縮の措置については,これが必ず遵守されることを確保するため,実効的な検証制度が合意されていなければならないとの点であります。これらの検証制度は,いかなる軍備管理・軍縮措置のためのものであるかにより,おのずから異なる形態となるものであり,それぞれの目的に照らして最も適当な制度が探究されるべきものであります。
議長
軍備管理・軍縮について述べて参りましたが,次に,平和の問題についての基本的な考え方を明らかにしたいと存じます。
平和は,自由と繁栄とともに,人類にとって至高の目標であります。この切実な願いを込めて43年前,国連が創設されたのであります。
その後,世界的な戦争こそ勃発しなかったものの,東西間の対立や緊張が続き,また世界の各地で紛争は跡を絶ちません。自由と繁栄も全世界であまねく享受されているとは言い難いのが現状であります。今も世界の各地ではこれらの争いや対立のため,多くの尊い人命が犠牲となっており,私としても深く心を痛めているところであります。
我が国が位置しているアジアにおいては,日ソ間で北方領土問題を解決することが重要であります。また,朝鮮半島の緊張緩和,カンボディア問題の解決に向けて,今後とも関係当事者を含む努力が引き続き必要と考えます。
なお,本年開催されるソウル・オリンピックが,平和の祭典の名にふさわしく,平穏かつ成功裡に行われることを強く期待し,我が国としてもそのための協力を惜しまないところであります。
私は,こうした種々の努力を通じ,国家間の政治的対立を緩和し,信頼関係の確立につとめていくことが,軍備管理・軍縮の促進とともに,世界の平和と安定のために不可欠であると考える次第であります。
議長
我が国は,終戦後,平和と自由な崇高な理想として掲げる憲法を制定し,平和に徹するとの立場から,二度と軍事大国にならないことを固く決意致しました。今後とも経済発展を目指しながらもこの方針を貫き,いわば歴史における新しい挑戦を展開していく所存であります。また,核兵器については,持たず,造らず,持ち込ませず,という非核三原則を国是として内外に宣明し,これを堅持して今日に至っております。
同時に,我が国は,戦後の荒廃から立ち直る努力を行いつつ,世界の平和と繁栄のために積極的に協力することとし,このため,先ず,開発途上諸国への経済協力を実施することと致しました。これは,これら諸国の経済・社会の発展に資するとともに,ひいては関係地域の安定にも寄与してきたものと考えております。
議長
特に近年,我が国が,世界の平和と繁栄に尽くし,文化を豊かににする上で果たすべき責任は,その国力の増大に伴い益々大きくなってきたと強く自覚しております。
私は,このような認識から,総理就任以来,「世界に貢献する日本」を竹下内閣の最大目標として掲げ,我が国がその国際的責任をより積極的に果たすことに努めて参りました。
また,私は,この7カ月の間に多くの外国を訪問し,各国首脳と意見交換を致しましたが,その際,「世界に貢献する日本」をめざす我が国外交の基本方針を明らかにして参りました。そして,この基本方針をいかに実施していくかについて,私の考え方をまとめた新たな「国際協力構想」を,先に英国を訪問した際明らかにした次第であります。
これは,平和のための協力強化,国際文化交流の強化,及び政府開発援助の拡充強化との三本の柱からなっております。
平和を論ずるこの軍縮特別総会の機会に,私は,この三本柱のうち特に「平和のための協力」について申し述べたいと思います。
我が国は,戦後,多くの国々との協力と国民のひたむきな努力によって,平和を享受し,国力の発展と国民生活の向上に邁進することができました。しかし、世界の全ての国々がこのように平和を享受できたわけではありません。私は,ひたすら平和に徹する我が国の基本的立場を踏まえつつ,人類の悲願である平和な世界を実現するため,あたうる限りの能力を傾注することこそ,今日我が国に課せられた任務であると確信するものであります。
議長
私は,我が国の「平和のための協力」を次の5つの分野において積極的に推進していく考えであります。
第1は,確固たる平和の基盤をつくるための外交努力であります。
世界の平和と安定のためには,国家間の対立や利害の相違が当該地域や世界の平和と安全を害することなく,公正かつ永続的に解決されていくような国際関係を確立することが重要であります。我が国は,関係国の間で相互の信頼関係が回復され,協調が可能となるような基盤を構築するため,政治対話の強化,国際会議を通ずる協力等の外交努力を精力的に展開していく方針であります。
我が国は,イラン・イラク紛争に関し,過去5年間,両当事国との独自の政治対話を通じて,和平のための環境づくりに努力を重ねてきたところであります。また昨年来,安全保障理事会決議598の早期実施のため,国連事務総長の調停努力を全面的に支援して参りました。私は,両国の指導者が事務総長の調停努力に一刻も早く応ずることを強く要望するものであります。
更に,中東和平問題に関しても,和平の実現に向けての動きを推進していくために,外務大臣を近く同地域に派遣し,関係各国首脳との率直な意見交換を通じて,我が国としてなり得る貢献の道を探ることと致しております。
カンボディア問題については,私は,国民和解を目指すシハヌーク殿下の和平努力が結実するよう,同殿下の努力をできる限り支援しつつ,他の諸国にもその必要性を訴えて参りたいと存じます。
第2に,紛争を未然に防ぐ国際的活動への協力であります。
国家間の紛争をはじめ,世界の平和と安定を脅かす動きを未然に防止することは,世界全体の課題であります。我が国としては,このための国際的な活動に対し一層積極的に協力して参ります。
特に,国連が紛争の未然防止の分野で有意義な活動を行い得ることは,今秋の総会で採択される予定の「紛争予防宣言」にも明らかであり,我が国としても,国連の紛争予防のための活動に対する支援を強化して参ります。
第3に,紛争の平和的解決をはかる努力への積極的な参加であります。
平和が崩れ,紛争が発生した場合には,早期停戦と紛争の平和的解決のため,国連をはじめとする国際的な努力に積極的に参画致します。これまでも,国際的な努力によって停戦が実現し,国連により平和維持活動等が開始されるに至った段階において,これらの活動のため我が国は積極的な資金的協力を行ってきたところであります。最近行った2,000万ドルの特別拠出においてもこの分野での協力が予定されており,特にアフガニスタンについては,500万ドルが充てられることになっております。更に,私としては,「平和のための協力」を今後強化していく一環として,我が国にとって適切な協力分野における要員の派遣を考慮することに致しました。その分野としては,選挙監視,輸送,通信,医療等が考えられると存じます。
なお,紛争の平和的解決のためにも,紛争予防のためにも,国連事務総長が広く関係国と時機を失せずに連絡しあえる通信網を整備することが肝要であります。
第4に,難民に対する援助の強化であります。
紛争の直接あるいは間接に起因する難民は世界各地で跡を絶ちません。難民援助は,人道的配慮はもとよりのこと,真に紛争を解決するためにも必要であります。我が国は,国連等を通じた援助と二国間援助の両面にわたる協力を一層強化していく所存であります。特に,アフガン難民の自発的帰還実現に向けての国際的な努力に対し,財政面での実質的な支援を含め協力の容易があることを申し添えます。
第5に,復興援助への精力的な貢献であります。
紛争が平和的に解決されたあかつきには,平和を定着させるため国際協調をはかりつつ,復興援助に精力的な貢献をする用意があります。我が国は,資金面のみならず,人的側面においても,我が国国民の経験と熱意をこのために役立てたいと存じます。
議長
人類は,その科学技術の進歩に伴って,活動範囲を陸,海,空から宇宙へと拡げて参りました。宇宙から地球を見れば,地球こそ人類全体にとってかけがえのないふるさとなのであります。我々のすべてが子々孫々に至るまで,この星を自らの真のふるさとと感じることができるように,この地球を大量破壊兵器による滅亡から救い,あるいは間断なき武力紛争や政治的対立から解放しなければなりません。
争いと対立に進歩はなく,信頼と協調の中に人類の未来が約束されていることを私は確信するものであります。
今こそ我々は,平和こそ人類共通の悲願であることを再確認し,理想を高く持ちながら,核廃絶,更には全面完全軍縮を人類の究極目標として堅持すべきであります。また,その理想に近づくべく,紛争の平和的解決と対立関係の解消につとめ,軍備管理・軍縮の措置を着実に積み上げていくことを改めて誓いたいと思います。
今日なし得ることに全力を尽くし,人類の進歩,向上にできる限りの貢献をすることが,今を生きる私達の努めであると思います。
たとえ,いかなる困難があろうとも,この地上から争いや飢えや病いに苦しむ人々をなくし,豊かで平和で幸せな世界をつくるため,互いに協力していこうではありませんか。
以上の点を強く訴え,私の演説を終わります。
ありがとうございました。