データベース「世界と日本」(代表:田中明彦)
日本政治・国際関係データベース
政策研究大学院大学・東京大学東洋文化研究所

[文書名] 竹下登内閣総理大臣のASEAN諸国訪問における政策演説「共に考え共に歩むー日本とASEAN」

[場所] ジャカルタ
[年月日] 1989年5月5日
[出典] 外交青書33号,308ー317頁.
[備考] 
[全文]

1. (はじめに)

 スドモ調整大臣閣下,

アリ・アラタス外務大臣閣下,

議長,

御列席の皆様

タイ国訪問で始まった私のASEAN諸国訪問も終わりに近づきました。まだフィリピン訪問を残してはおりますが,バンコク,クアラ・ルンプール,シンガポールで旧知の各国首脳にお目にかかり,それぞれの国のたくましい発展ぶりを目のあたりにして,まことに力強いものを感じました。

私は,今回初めて活力溢れる首都ジャカルタを訪問し,スハルト大統領指導の下で躍進するインドネシアの姿に深い感銘を覚えた次第であります。

本日は,大統領閣下と親しく会談することができ,また,いまこうしてスドモ調整大臣,アラタス外務大臣をはじめとするインドネシア各界を代表される方々の御出席を賜り,権威ある外交政策フォーラムの場において今回の旅行に関し所信を表明する機会を与えていただきましたことは,私にとりまして誠に光栄であり,大きな喜びであります。

2. (ASEANの発展)

 御列席の皆様

 20世紀も終わりに近づいた今日,地球上には,新しい時代の到来を告げる息吹きが感じられるようになりました。米ソ間の対話は着実な進展を見せ,カンボディア,アフガニスタン,イラン・イラク,南部アフリカ等の各地域紛争は解決に向けて地道な努力が続けられております。また,昨年来,中ソ関係は両国外相の相互訪問等を通じて正常化が図られ,今月,北京において約30年ぶりに両国間の歴史的な首脳会談が実現する運びとなりました。このような世界情勢の推移は,国際政治の力学が対立から対話へと,また,問題解決の手段が軍事力から政治的交渉へと変わりつつある兆候を示しており,世界の平和と繁栄のために歓迎すべきことであります。

しかし,世界にはまだ,解決を要する数多くの問題が残っていることも否定できず,楽観は許されません。いま見え始めてきた歓迎すべき兆候を,より確かな現実としていくには,各国,各国民が手を携えてもう一段の努力を払うことが必要でありましょう。そして,平和について語られた言葉は,誠意ある行動により実証されなければなりません。

こうした中で,ASEAN諸国の輝かしい足跡は,多くの国々にとって,未来への確かな希望を与えるものであります。すなわち,ASEAN諸国はこの20年余りの間に,「多様性の中の統一」という精神の下で協調と連帯のきずなを強め,今日,この地域の平和と安定を確保し,ユニークで調和のとれた一つの国際地域社会を創造して,近隣諸国間の協調の良き模範となっております。また,ASEAN諸国は,自由市場経済の下で,国民の企業家精神と自ら汗を流す勤勉さによって目ざましい経済発展を遂げ,多くの開発途上国にとって,実現可能な成長の道筋を示してきました。今日,世界の一部の諸国が,過去における硬直化した計画経済運営への反省から,より自由で開放的な経済政策をとり入れようとつとめはじめていることは,まさに,ASEAN諸国の過去20年余りの道程の正しさを証明するものであるとも言えましょう。

しかも,ASEAN諸国は,東南アジア全体の平和と安定が重要であるとの認識に基づき,カンボディア問題の政治的解決に向けて力強いイニシアティブを発揮してまいりました。特に,私は,貴国インドネシアが2回にわたるジャカルタ非公式会合及び今回のシハヌーク・フンセン会談の開催等を含む粘り強い和平努力を続けてこられたことに,改めて深い敬意を表したいと存じます。

さらに,スハルト大統領閣下は,長年途絶えていたインドネシア・中国関係の改善についても強い意欲を示しておられます。本年2月末,昭和天皇の大喪の礼に御参列いただいた際,同大統領が東京で,中国の銭其●外相との間に{●は王に深のつくり/しん},そのための具体的な話合いを進められたことは記憶に新たなところであり,両国の関係正常化は,アジア地域の安定をより確かなものとするためにも歓迎すべきことであります。

私は,今回の旅で,インドネシアをはじめとするASEAN諸国がアジア・太平洋地域の平和をいかに強く求めておられるかを痛感するとともに,今後さらに力を合わせて,人類の明るい未来を築いていきたいとの願いを一層深めた次第であります。

3. (国際協力構想と東南アジア)

御列席の皆様

私は,総理就任以来,我が国の最大目標として,「世界に貢献する日本」の建設を掲げてまいりました。国際社会の主要な一員たる我が国にとって,世界の平和と繁栄を確保するため,その増大した国力にふさわしい役割を果たすことは当然の責務であると信ずるからであります。

このような信念に基づき,私は,次の3つの柱から成る「国際協力構想」を提唱し,これを世界に向けて推進してきたところであります。

第一は,平和のための協力強化であります。

我が国は平和憲法の下,他国に脅威を与えるような軍事大国にはならないことを不変の方針として,その国力を平和に向けてなしうる限りの協力を行うべきであると考えております。このような観点から,我が国は紛争解決のための外交努力を積極的に展開いたします。具体的には,要員の派遣,資金協力等を含む新たな「平和のための協力」の構想に基づき国際平和の維持強化に対する貢献を高めてまいりたいと存じます。

第二は,我が国の政府開発援助(ODA)の拡充強化であります。

政府開発援助は,我が国の国際的貢献を進める上で最も期待されているものであります。我が国はこれまで4度にわたりODA拡充のための中期目標を掲げ,開発途上国に対する支援の強化につとめてまいりましたが,我が国は,今後とも,その量,質両面における改善をはかり,より積極的な貢献を行っていく所存であります。

第三は,国際文化交流の強化であります。

広い意味での文化交流こそ,体制や価値観の相違を超え,異なる国民が互いに人間として尊敬し,理解し合う礎をつくるものであります。また私は,多様な文化の相互交流がもたらす刺激は,国際社会の新たな発展への活力を生み出すものと信じております。

わが国は,今後とも東南アジアを「国際協力構想」の最も重要な対象地域の一つと位置付け,これを推進していく考えであり,すでに4月28日,この構想を反映した我が国の新年度予算は衆議院を通過いたしました。我が国の外交は,継続性と一貫性を有しております。これは,日本とASEANの関係についても同様であります。

4. (日本の対ASEAN基本政策)

御列席の皆様

日本とASEANとの関係は,政治,経済のみならず,社会,文化等の幅広い分野で,真の友人として「心と心のふれあう相互信頼関係」を築くという精神の下,年ごとにその深さと広がりを増してまいりました。そして,今日では,日本とASEANは,「共に考え,共に努力する」との成熟した関係にまで成長いたしております。私は,一昨年12月,マニラにおける日本・ASEAN首脳会議の席上,この関係を一層充実させ,日本とASEAN諸国が21世紀に向けての新しいパートナーシップを築いていくため,我が国がとるべき経済,政治,文化面の基本政策を明らかにいたしました。この政策は,先程申し上げた「国際協力構想」をASEAN諸国との間で具体的に推進する意味を持つものであります。

そこで私は,この機会に,新しい時代を展望し,国際協力構想と日本・ASEAN関係の発展について,私の見解を申し述べたいと思います。

5. まず,経済の分野のついて申し上げます。

近年我が国は,自らの経済構造を国際的に調和のとれたものに転換し,世界経済の安定的発展に貢献することを国民的政策目標と位置付け,種々の努力を傾注してまいりました。内需主導型の経済成長の維持・定着を図ること,市場アクセスをできるだけ改善し輸入拡大に努力すること,蓄積された黒字を世界に役立てること等はその例であります。

こうした我が国の努力と目覚ましい経済成長を可能としたASEAN諸国との努力が相俟って,両者の間により緊密かつ互恵的な経済関係が構築されつつあることは,喜ばしい限りであります。すなわち,ASEAN諸国からの我が国の輸入は近年大きく増加し,中でも製品輸入は,1988年においては前年に比べ約49パーセントと大きな伸びを示し,その後も引き続き着実な増加傾向にあります。我が国の対ASEAN投資は,1987年度において,対前年度比78パーセント増という顕著な伸びを見せ,88年度においても対前年度比50パーセント以上増加する見込みとなっております。総じて,我が国及びASEAN諸国の経済構造の調整が進む中で,水平的分業の兆しが現われ始めていることは好ましい動きと存じます。

我が国は,「国際協力構想」の柱のひとつである「政府開発援助の拡充」という基本方針に基づき,開発途上国への支援について格段の努力を払ってまいりました。更に昨年6月,政府開発援助の新たな中期目標を設定し,1988年より1992年までの5年間のODA総額をこれまでの5年間の2倍以上にあたる500億ドル以上とするよう努めております。

そのような努力の中で,我が国は,ASEAN諸国を我が国の経済協力の最も重要なパートナーの一つと位置付け,政府開発援助の約30パーセントをASEAN諸国に振り向けてまいりました。その結果,我が国はいまやASEAN諸国に対する政府開発援助の最大の供与国となり,近年,ASEAN諸国に対する外国からの二国間政府開発援助の50パーセント以上を我が国が占めるに至っております。

我が国としては,一貫してASEAN重視の姿勢を維持してまいりました。また,我が国のこれまでの経済協力がASEAN諸国の国づくり,人づくりに多少なりとも役立ってきたとすれば嬉しい限りであり,今後ともこれが有効に活用されることを希望するものであります。

一昨年の日本・ASEAN首脳会議において,私は,「ASEAN・日本開発基金」の供与を表明致しましたが,同基金はその後着実に実施されており,今後,ASEAN各国の民間部門の発展及び域内協力推進のために効果的に利用されることを期待致しております。

一方,開発途上国の累積債務問題は,途上国経済の健全な発展のみならず,世界経済全体の安定的発展にとっても深刻な問題であります。我が国は,一昨年来,資金還流措置を実施し,既に約9割の還流を具体化する等これまでにもこの問題の解決に向けて努力してまいりましたが,今後ともそのために積極的に取り組みたいと考えております。

現下のウルグァイ・ラウンドは,自由で開かれた国際貿易体制の維持・強化を通じ,世界経済の持続的発展を実現するために欠くことのできない努力でありますが,その成功は,ASEAN諸国や我が国にとって死活的な重要性を有するものであります。我々は,自由貿易に対する揺るぎない決意をもってこのラウンドを推進し,それぞれの経済発展段階に応じた貢献を行わなければなりません。我が国としては,ASEAN諸国の利益にも十分配慮しつつ,ASEAN諸国との緊密な協力の下にラウンドに取り組んでまいりたいと考えております。我が国がASEAN諸国の重視する熱帯産品につき,他の諸国に先駆けて本年4月より我が国オファーを一方的に実施することにいたしましたのも,このような考えに基づくものであります。また,経済構造の調整及び市場アクセスを改善する一連の措置においてもASEAN諸国との協調関係を重視してきたことは申すまでもありません。

6. (カンボディア問題)

御列席の皆様

我が国は,「平和のための協力」を推進しつつ,アジアの平和と安定に大きな係わりを有する国際政治問題についてASEAN諸国との間で対話と協力を深めてまいりました。カンボディア問題につきましては,ASEAN諸国をはじめとする関係当事者による積極的な対話を通じて有益な進展が見られ,本年はその解決のため決定的な重要性を持つ年となりましょう。私はカンボディア問題の早期かつ公正な解決の達成により,カンボディアをはじめとするインドシナ諸国の国民が自らの国づくりに邁進し,更にはこれらの国々とASEAN諸国との協力によって東南アジア全体の力強い発展と繁栄がもたらされる日が来ることを念願いたしております。もちろん我が国としてもそのためにあらゆる協力を惜しまぬ考えであります。我が国は,この地域に恒久的な平和と安定をもたらす公正な政治解決へ向け国際社会が構築すべき柱として,次の四点が重要であると考えます。

一つは,国際監視下におけるヴィエトナム軍の完全撤退とポル・ポット政権が行ったような非人道的政策の再来の防止を確保することであります。

二つは,カンボディア人の民族自決を実現し得る,公正かつ自由な選挙の実施とこれを通じての真の独立・中立・非同盟のカンボディアの樹立であります。

三つは,これらの目的を達成するための効果的な国際監視メカニズムの導入であります。

そして最後に,いかなる政治解決もカンボディア国内の安全が確保されるとともに周辺国全ての安全保障に十分配慮したものでなくてはならず,このためにも包括的な政治解決の達成が不可欠であると信じる次第であります。

これらの四点を実現するためには,未だ関係当事者間に存在する意見の対立を,率直かつ現実的な対話を通じて打開していくことが必要であります。

我が国といたしましては,今後の和平プロセスにおいて,効果的な国際監視メカニズムの導入及びその実施に必要な資金協力,要員の派遣,必要な非軍事資機材の提供等につき積極的に検討するとともに,政治解決達成後はインドシナ地域の復興と開発に対する協力を行っていく所存であります。特に,カンボディアについては,効果的な支援を行うための国際的な協力の枠組のあり方について,今後関係国と協議していきたいと考えております。さらに我が国は,カンボディア問題の政治解決の一環として,タイとカンボディアの国境にいる多くのカンボディア避難民がふるさとにもどり新しい国づくりに参加できるよう,他の関係国や国際機関と協調しつつ協力を行いたいと考えております。またより広く,インドシナ難民問題の包括的解決に向けて国際的枠組の中で協力を強化すべく引き続き努力していく所存であります。

7. 御列席の皆様

文化・人物面の交流は,日本・ASEAN関係に幅と深みをもたらす上で経済・政治面の交流に劣らず重要であります。

そのような観点から,私は,日本・ASEAN首脳会議において,ASEAN諸国と我が国がそれぞれに特色を持つ貴重な伝統や文化を尊重し合いながら多様な分野の交流を推進することを目的とする「日本・ASEAN総合交流計画」を提唱いたしました。その際,私は,交流は一方通行ではなく両面通行とするための配慮が重要であること,交流の幅を広げ深める必要があることを強調いたしましたが,過去1年半の間に,着実にその成果が上がっていることを喜ばしく思います。

昨年末,1週間にわたり東京において開催されたASEAN映画週間においては,インドネシアの「カルティニ」を始めとするASEAN諸国の優れた映画が数多くの人々により観賞され,大きな感動を巻き起こすなど,日本・ASEAN相互間の文化的理解を促進する上での新たな1ページが開かれました。

一方,インドネシアにおいては,テレビ・ドラマの「おしん」が大変な人気を博しているとのことでありますが,このドラマは,我が家においても大好評でありました。「おしん」は,多少古い時代の日本を題材にいたしておりますが,日本人の生き方の一端を御理解いただく上で有益かと思われます。

近年,東南アジアで日本語学習や日本研究にいそしむ人が急速に増えていることは,日本への関心の深まりを物語るものとして,大変嬉しいことであります。本年7月,東京近郊に新たに開設される国際交流基金の日本語国際センターは、東南アジアにおける日本語学習に大いに役立つものと確信いたしております。

更に,一昨年ASEAN各国に派遣した東南アジア文化ミッションの提言に基づき,国際交流基金の日本・ASEAN文化交流センターが本年東京に開設される運びとなりました。今後,同センターの活動等を通じて,ASEAN諸国の様々な文化が我が国において広く紹介され,日本・ASEAN双方の文化交流が一層促進されることを心から期待いたします。

文化の交流とともに教育分野における交流は,明日の国づくりを担う若人の未来を開くものとして大変重要であります。ASEAN諸国の将来を担う多くの青年達は,1980年より「ASEAN奨学金制度」により域内及び域外へ留学し研讃の実をあげてまいりました。私は,この制度によりこれまで5,000人を超える奨学生が勉学の機会を得たと聞き大変力強いものを感じております。我が国としては,この制度がASEAN諸国において高い評価を得ていることに注目し,明年以降,更に内容を充実するため,5年間にわたり合計1,000万ドルの資金に基づく新たな計画を実施する予定であります。

また,我が国への留学生は年々拡大の一途をたどり,現在,2万5,000人余りに達しております。このような留学生のために,我が国は,日本政府奨学金留学生受入れ人数の計画的増加,私費留学生に対する援助,宿舎の整備等の施策の充実を図っておりますが,ASEAN諸国からの留学生の受入れについてもその量的拡大と質的充実を引き続き実行してまいりたいと考えているところであります。

若人には明日の世界を切り開く無限の可能性があります。私は,30年近く前,若き政治家として日本の青年海外協力隊の創設に情熱を注いだ経験がありますが,昨年から貴国にも我が国の青年協力隊の若人が派遣されることとなり,大変嬉しく思っております。また,1974年から毎年実施されてきた「東南アジア青年の船」により,これまでに3,000人を超える日本・ASEAN双方の青年が相互の友好と理解の輪を広げてまいりました。私は,一昨年12月,「21世紀のための友情計画」を本年以降更に5年間延長し,その内容を一層充実したものとした上で,4,000人のASEAN諸国の青年を日本に招聘することを明らかにいたしましたが,これは,日本・ASEAN間の青年の交流を更に深めたいとの思いからに他なりません。

8. (ふるさと創生)

なお,ここで,私が,日本国内で推進してまいりました「ふるさと創生」という政策について一言触れたいと思います。インドネシアでは,「生まれ故郷」のことを「カンボン・ハラマン」(村と庭)と呼ぶとのことでありますが,日本語の「ふるさと」すなわち「古い里」という言葉もこれと似ており,いずれも人間が自分の心の絆を感ずる土地を意味しているように感じられます。私の唱える「ふるさと創生」とは,一人一人が自らの地域を「ふるさと」と感じることができるような,充実した生活と活動の基盤をつくり,物質的に豊かなばかりでなく,精神的にも豊かで,バランスのとれた社会を建設すると同時に,一層開かれた国づくりを進めることを目指すものであります。これは,人類共通のふるさとである地球の美しい自然と尊い生命を末永く後の世に残すことにつながるのではないでしょうか。

9. (環境の問題)

御列席の皆様

この地球と自然というテーマに関連して,私は,今日,世界の人々が強い関心を抱いている環境問題について一言したいと思います。

私は,今度の旅で,洋々たる海原や緑なす森林の上を飛びながら,いまさらのように自然の恵みの貴さというものを感じさせられました。産業の発展や開発に伴う地球の温暖化,成層圏オゾンの減少,酸性雨,大気及び水の汚染,熱帯林の破壊などの問題は,地球的規模の影響を及ぼすものであります。これらの問題を解決して豊かな自然環境を維持し,将来の世代に伝えることは,人類全体に課せられた重要課題と申せましょう。我が国は,地球温暖化に関する知見の集積及び世界的観測・監視体制の充実等の協力により環境問題の解決に積極的に取り組む考えでありますが,その一環として,私自身の提案により本年9月中旬に地球環境保全に関する国際会議が国連及び各国との協力により,東京で開催される予定であります。

我が国としては,環境問題の解決に当たって,全地球的視野から取り組むこと、経済の持続的成長と調和すること及び開発途上国の立場に十分配慮することが必要であり,特に環境保全を目指すこれらの国の努力を支援するための国際協力が極めて重要だと考えております。

近年,ASEAN諸国においても環境問題に強い関心が払われ,積極的な取組みが見られることは喜ばしい限りです。我が国としてもASEAN各国の努力を支援するため,植林,林業研究等を含む各種のプロジェクトを実施しており,また,大気汚染防止・水質保全等の幅広い分野において環境保全のための協力を行ってまいりました。今後とも,環境問題の重要性に鑑み,このような分野での協力を更に強化していきたいと考えております。

このうち特に,熱帯林の保全・研究の問題は,緊急の課題としてASEAN諸国においても重要視されてきていますが,我が国としては,これが地球的規模の問題であるとの認識に立ち,関係国の立場を尊重しつつ,二国間協力の充実はもとより,国際熱帯木材機関その他の国際機関の一層の支援にも努めてまいりたいと存じます。

10.(1990年代のアジア・太平洋地域)

御列席の皆様

私たちが目前に迫った21世紀を人類にとって平和と繁栄の時代とするには,1990年代という20世紀を締めくくる最後の10年を通らなければなりません。そして,今や世界で最も活力があり輝かしい発展をとげつつあるアジア・太平洋地域は,この重大な時期に世界の牽引力としての大きな役割を果たすことを求められております。このため,今日,各方面から,アジア・太平洋諸国間の協力をより一層緊密なものにしようとの諸提案が出され,活発な話合いが行われておりますが,私は,アジア・太平洋地域の発展が政府の施策と民間部門の活力が相伴い,自由闊達に生かされる形で達成されてきたことは注目に値することであり,この経験は今後の展開の上にも活用されるべきであると考える次第であります。

自由にして開放的な経済交流を志向し,アジア・太平洋地域で広範な経済活動を有する諸国が,今こそ21世紀に向けて,アジア・太平洋諸国間の協力の可能性を真剣に考えなければならない時を迎えております。アジア・太平洋地域の発展のためには,次の三点を確保することが重要であり,ここで我が国としての基本的な考えを明らかににしたいと存じます。

第一は,この地域において最も活力ある地域協力を進めてきたASEAN諸国の考え方を尊重すべきだということであります。

ASEAN諸国は加盟各国の豊かな多様性を肯定しつつ,連帯と協力の強化を通じて,発展を求めようとする試みにおいて確かな成功を収めてまいりました。私は,このような多様性を許容しつつ協力を実らせてきたASEAN諸国の貴重な経験と実績はアジア・太平洋諸国間の今後の協力のあり方を考えるに当たり範とするに足るものであると信じます。

第二は,世界に開かれた活力ある自由貿易体制の維持強化であります。

自由貿易体制こそは第2次世界大戦後の世界経済の力強い発展を可能にしてきた重要な礎石であります。アジア・太平洋諸国間の協力は,多角的な自由貿易体制の強化を通じ,世界経済の活力ある発展に資するものでなければなりません。

第三は,多面的かつ着実な協力の推進であります。

アジア・太平洋諸国間の協力が益々重要となる時代においてこそ,過去20年余りの間に日本とASEAN諸国の間で培ってきた協力関係の真価が問われることとなりましょう。我が国は,このアジア・太平洋地域において,世界に開かれ,世界に貢献する可能性を探究するとの建設的な精神に立脚し,ASEAN諸国とともに一歩一歩着実に歩んでいきたいと念願するものであります。

11.(結び)

思い起こせば,私の外交の歩みは,一昨年12月,総理就任後初めての訪問地となったマニラの日本・ASEAN首脳会議出席に始まり,このたびのASEAN諸国訪問で11回目の外遊となります。この間,アジア・太平洋地域の各国首脳との実りある対話を通じて,お互いの協力関係が一層強化されたことは,喜ばしい限りであります。私は,この訪問を締めくくりとして,帰国後新年度予算の成立を待って自らの職を退き,次の政権にあとを託します。しかし,新しい政権においても,我が国は,外交の継続性と一貫性を堅持し,日本とASEANの絆を一層強めながら,更に努力することを確信いたしております。

御列席の皆様

これから21世紀にかけて,我々は何を目標として前進すべきでありましょうか。

それは,生きること,働くことの喜びを共有しつつ力を合わせ,明日の平和で豊かな社会を築いていくことに尽きると思います。

そのためには,来たるべき時代が我々にどのような役割を与えようとしているのかを明確に認識し,それぞれが真剣に考え,確固たる不動の信念をもって行動しなければなりません。たとえ前途はいかに厳しくとも,たゆみない努力を積み重ねることによって,道はおのずと拓かれるものと信じます。

日本とASEANは,地理的・歴史的に結ばれたいわば「自然の盟友」でありますが,同時に,自由と個人の創意に立脚した同じ理想を目指して,「共に考え共に歩む永遠のパートナー」であります。

日本とASEANの心で結ぶ交流の成果が,いま新しい時代を迎えたアジア・太平洋地域そして世界の未来へ向けての大きな原動力になることを切望して,私の講演を終わりたいと存じます。

有難うございました。

テレマ・カシ。