[文書名] ジョージア日米協会主催晩餐会における海部俊樹内閣総理大臣演説
(導入)
ハリス州知事ご夫妻,ジャクソン・アトランタ市長ご夫妻,ジョージャス日米協会会長ご夫妻,ご列席の皆様,
本日は,優れた幅広い活動により日米両国の親善に貢献し,高い評価を得ておられるジョージア日米協会のお招きにより,皆様の前でお話出来ますことを,大変うれしく思います。
私は,力強く発展しつつある米国南東部を訪れることを永らく念願していました。
私が南東部と重要な関わりを持つ契機となったのは,私自身が発起人の一人となり,1982年に日本の国会議員によるサンベルト議員連盟が設立されたことです。これは,日本と米国南東部との友好関係の促進を目的とした議員の集まりですが,私はその設立会合において,当時のマンスフィールド駐日大使がスピーチされ,日米関係はワシントンのみではなく,南東部のような重要な地域との交流をも重視した全体の関係を考えるべきであると話されたことを鮮明に思いだします。そのような意味でも,日本の総理として初めて南東部を訪れることが出来たことを大変喜んでおります。
私はまた,「風と共に去りぬ」の舞台,スカーレット・オハラの故郷を訪れることができてうれしく思います。彼女の情熱と独立の精神には,多くの日本の女性が,米国の女性と同様,密かな憧れを抱いたのではないでしょうか。ここにいる私の家内も,その一人だと言っていました。彼女が私の中に,レット・バトラーを見たかどうかは,私には勇気がなくて聞いていませんが。
(国際情勢認識)
今週の月曜日から3日間,私たち先進7ヵ国の政治指導者達は,ヒューストンで,戦後最大の変革を経験しつつある世界の現状について協議しました。私たちは,現在の好ましい変化を更に進めるため,世界各地で民主主義を支持し,より確かなものとしていく決意を確認しました。
産業革命とそれに引き続く経済の発展を生みだした自由経済は,半面,社会の片すみに貧困をもたらし,19世紀半ば,人間の開放を掲げて共産主義が登場しました。しかし,自由経済がよくその矛盾を克服する努力を行ってきたのに対し,個人の能力の自由な開花を妨げた共産主義は独特な官僚制と非効率を生み,その大規模な実験を大衆の貧困と挫折のうちに終えました。20世紀の大半を特徴づけたイデオロギー上の敵対関係は薄れつつあり,平和と豊かさを求め,世界の人々は同じ言葉で話し始めています。それは,自由と民主主義,人権の尊重に対する米国の信念が,そして米国に助けられた戦後の日本の道が正しかったことを証明するものであります。
もちろん,多くの問題が残されています。ソ連は,不安定な国内情勢を抱えつつ,依然として軍事超大国であり続け,また,その「新思考外交」は,アジアにまで十分に及んでいません。南北間の所得格差は依然として存在しています。局地的な紛争も続いています。改革を進めている国が不安定化する可能性もあります。更に,イデオロギー的対立の後退により,民族的・宗教的な対立が却って激化するおそれもあります。私たちは依然として気を緩めることはできません。
しかし,東欧において,ソ連において,中米において,アフリカにおいて,政治の民主化と,経済の自由化の波は,力強く押し寄せています。アジアにおいては,フィリピンが,韓国が,ミャンマーが,そしてモンゴルが次々と民主化への道を歩みつつあります。このような地球的規模の変化が,90年代の大きな潮流となりつつあります。
90年代の世界では,二大社会主義国であるソ連と中国はイデオロギー的な独自性を失い,自由,民主主義,市場経済という言葉は,普遍的な原則として広く受け入れられるものとなるでしょう。
(平和で豊かな社会の実現と日本の役割)
このような原則が広く定着していくことは,平和で豊かな世界の前提となるものです。しかし,それだけでそのような世界が実現されるわけではありません。富めるものがますます豊かになるだけで,貧しいものが貧しいままの世界は,私たちが望むものではありません。また,そのような世界は安定的なものでもありえません。私たちは,国内にあっては,不平等や貧困を除去し,世界にあっては,開発途上国の経済水準を引き上げるための努力を続けなければなりません。これら諸国が必要としている,資金と技術を提供するうえで,世界最大の援助国である日米両国の責任と役割は極めて重要です。
民主主義によって確保される自由を形だけのものに終わらせてはなりません。物を買う自由があっても買うお金がなければ,そのような自由はみじめです。経済的にも社会的にもしっかりした裏付けを持つ「実質的自由」としなければなりません。そのために日本は,自分たちの経験やノウハウをアジアをはじめとする第三世界に移転することにより,これら諸国をできる限り支援していく決意です。
(人間的な理念)
私は今日,マーティン・ルーサー・キング記念センターを訪れ,キング師の偉業に触れる機会を持ちました。「現在の困難や失望にも拘らず,私には夢がある」として,真の平等が達成される日が来ることを高らかに宣言したキング師のワシントン行進の演説は,全ての人の心を熱くします。私は,大きな困難に立ち向かう勇気と高い理想主義に,強い感銘を覚えます。
私たちは今,平和で豊かな21世紀の実現という大きな挑戦を前に,キング師の勇気と理想主義を受け継ぎたいと思っています。
かつてない繁栄を享受している先進民主主義諸国も多くの問題を抱えています。麻薬や犯罪,教育の抱える様々な問題,環境破壊等,個人の幸福実現を妨げる様々な問題があります。これらの問題に対処するためには,私たちは,自由,民主主義,市場経済に加えてより人間的な理念を重視しなければなりません。
私達の社会は,そのような人間的な理念を備えていないわけではありません。米国においては,それは,慈善の精神に基づく社会貢献であり,企業や個人が寄付や様々な奉仕活動を行ったりする行動につながっています。日本においては,それは,助け合いや,相手の身になって喜びや悲しみを分かちあうことを大切にするところにあらわれています。
これらの理念は,一言で言えば,「やさしさ」とか,「思いやり」,「寛容」という言葉で表現されるものです。これらの理念には,それぞれの社会と文化に特有の性格もあります。日本について言えば,ビジネスであれ何であれ,まず人と人とのつき合いから全てが始まります。そのことにより相手の身になって考える基礎ができると考えるのです。しかしこのような日本的な理念は,日本人同士の中でのみ適用されるものであってはなりません。日本という枠組みを超えていかなければならないと思います。
世界が一つの生活共同体として一体化していく中で,私たちは多くの糸でお互いに結びついています。私たちが快適さを求める余り多くのエネルギーを消費すれば,世界の資源の枯渇を早めるだけでなく,私たちの地球そのもの環境を破壊しかねません。また別の例で言えば,外国の不動産への集中的な投資は,地価を急激に高め,その土地の人たちの住宅の取得を困難にします。私たちは,意識せずに,他人の生活に大きな影響を与えることがあるのです。そのことを私たちは知る必要があるし,その人たちの身になって考えてみる必要がある,すなわち,私たちのもっているはずの「やさしさ」や「思いやり」,「寛容」を国境を超えて広げていくことが必要なのです。
幸い,日本人の意識はそのような方向に向けての変革の過程にあるのではないかと思います。例えば米国の著名な社会福祉団体であるユナイテッドウェイに対する日本人の拠出は,この3年間に650%増加し,1,200万ドルに達しています。ボランティア活動も増えています。昨年11月にサンフランシスコ湾岸地域を襲った地震に対して,日本の多くの市民たちからまたたく間に1,000万ドル以上の寄付が自発的に寄せられ,日本の大学生達がサンフランシスコに応援にでかけました。日本の市民は,ごく自然に,震災を米国の市民の身になって感じたのです。
(日米関係)
日本が対外的なかかわりを考えていく上でも,最も重要なのは米国との関係です。昨年8月に総理に就任して以来,私は,強固な日米パートナーシップの構築のため,ブッシュ大統領と協力しつつ努力してきました。
それは,同盟国であり,経済的に強い相互依存関係にある米国との良好な関係が,我が国に不可欠と考えたからだけではありません。戦後の世界の秩序が一挙に変化せんとする中で,我が国が,世界のために貢献していくためには,基本的な価値を共有する米国との緊密な協調が必要と考えたからです。
日米両国の関係は,強固であり良好です。先頃,両国は,安保条約締結30周年を祝いました。この30年間,日米安保条約は,日本の安全を確保する抑止力として有効に機能し,また,日米の同盟関係の基礎として,両国関係の発展を支えてきました。私は,ちょうど30年前に国会議員となり,安保条約と共に政治の道を歩んできました。その私にとって,日米安保体制が,我が国の平和と繁栄を可能にしてきたのみならず,アジア・太平洋の平和と安定の重要な枠組みとなっていることに,ひとしおの感慨があります。
他方,日米は,良き協力者ではあるとともに,建設的な競争者としての関係の中でこれまで幾多の経済摩擦に直面してきました。しかし,重要なことは,両国は,繊維,鉄鋼から衛星,スーパーコンピュータに至るまで,全ての経済問題を話し合いによって解決してきたことです。私は,この様な強靭な日米の関係を,世界のために役立てなければならないこと確信しています。現在直面している国境を超えた多くの問題に取り組むにあたり,世界の生産力の約4割を占める日米両国が力をあわせれば,多くのことが可能となるでしょう。日米のグローバル・パートナーシップという考えのもとに,このような日米の協力を発展させることは,私たちの責務でもあります。就任早々の昨年9月訪米した私は,このような私の考えをブッシュ大統領に伝え,大統領も全く同じ考えであることを確認しました。
その後の1年間,日米の協力関係は,まず,アジア・太平洋においては,中国に対する政策や,フィリピンに対する支援,更には,カンボディア問題解決への努力等の面で,具体的成果を生みつつあります。そして,ソ連への対応や,東欧や中南米への支援と,地理的な広がりをみせ,また,麻薬や環境問題といった新たな領域に手をのばしました。私は,この関係がとりわけアジアにおいて,紛争地域の緊張緩和や太平洋協力の形で一層進展することを期待しています。
私は,このような日米両国の地球的規模での協力関係とともに,良好な二国間関係の実現を図るため,ブッシュ大統領と共に,構造問題協議を始めとする二国間問題の解決に全力を傾けてきました。
(構造問題協議の内容と意義)
ここで,構造問題協議について触れたいと思います。
この協議は,日米双方が抱える両国の構造的問題への取り組みのため,昨年9月以来,精力的に進めてきたものです。協議の過程では,多くの困難がありました。しかし,日米双方の多くの努力の末に2週間前にまとめられた最終報告書は,日米両国の経済にとり極めて有益なものです。日本の措置は,今後10年間で430兆円,約2.8兆ドルの公共投資を行い,生活の質を高めるような社会資本の充実を図ることを始めとして,流通制度の改善,独占禁止法の強化,厳正な運用など,消費者利益に配慮した大きな改革を目指すものであります。また,米国については,財政赤字の削減に加え,企業の投資活動と生産力,研究開発,労働力の訓練・教育といった事項についての具体的措置が含まれています。私たちは最終報告に盛られた諸点を日本自身当然果たすべき政策目標として,誠実に履行していきます。
さて,この構造問題協議は,日米間で,他国の国内問題であるとしてこれまで正面から議論を行うことのなかった諸問題,即ち貯蓄と投資,土地,流通,労働者の教育などについて,友人としての立場から双方が率直に指摘しあい,それが両国の具体的行動に結実するという新しい形の協議でした。言い換えれば,日米双方が,客間でのお付き合いの段階を越えて,初めて双方の台所にまで入り込んで議論をしたのです。
そのことは,日米の相互依存の関係が,お互いの経済や社会のあり様についてまで助言しあうほどに深まっていることを示しています。そのことはまた,物や資本や情報の交流において国境が事実上なくなりつつある世界ではお互いの経済や社会の制度の調和が不可避となっていることを意味しています。
他方,このような協議は,相手を批判する場となってはならず,あくまでも建設的な成果を生むための共同作業としなければなりません。
以上のようなことについて,日米両国政府が,各々の国民の理解を十分に得ていくことが,極めて重要です。
(日米コミュニケーション改善構想)
日米は今や,台所まで入り込む中の良い隣人のようになっています。しかし,良い隣人関係を維持するというのはむずかしいものです。相互理解はただ近くに住むだけで進むものではなく,そのための意識的な努力がいるのです。
米国には,「日本は,経済,社会,人間関係のあり方全てについて,基本的に異質の国であり,日本に対しては異なったルールを適用するしかない」と主張する人がいます。私は,そのような主張は間違っていると思います。
先ず第一に,そのような主張は,これまでいかなる問題が起ころうとも,それらを全て話合いにより解決してきたという現実を見落としています。
第二に,そのような主張は,日米両国民が,相違点よりもはるかに重要な共通点を有していること,つまり,自由と民主主義という基本的な価値を共有するだけでなく,世界の最先端にある社会として現代が抱える諸問題まで共有しているという現実を見落としています。
第三に,そのような主張は,日本が常に変化しており,今後も変化していくであろうことを見落としています。
中規模国家として自らの経済的利益の追求だけを考えていれば良い段階から,世界経済の運営により直接的な責任を負う立場に変わった日本は,自らの利益を世界全体の利益と調和させるため多くの努力を払いつつあります。国民の意識も徐々に変わってきています。構造問題協議が成功裡に終えられたのも,消費者重視の社会への変革を求める多くの国民がこれを支持したからです。
更に一つ申し上げたいのは若い世代についてです。最近の日米の若者の思想や行動様式を見ていると,国境がなくなりつつあることも実感します。例えば,日本で放送されるニューヨークのラジオの音楽番組に多くの日本の若者たちが日本から電話でリクエストをしています。尤も,この番組は日本の国際電話会社の提供によるものなのですが,それでも若い人たちの変化を十分示しています。
私たちは,それぞれの社会のあり方について,更に深く理解しあうことが求められています。しかし現状では,言葉の障害もあり,そのようなコミュニケーションは,物や資本の交流ほどには進んでおりません。そこで私は,今後,日米の相互理解を一段と進めていくために,コミュニケーションの改善に真剣に取り組んでいきたいと考えています。私は,このような意識的な努力を,コミュニケーション改造構想(コミュニケーション・インプルブメント・イニシアチブCII)と名付け,これからの優先課題としていきたいと思います。
この構想は,日米の相互理解の前提となる対話と交流を深めるために,どのような分野でどのような方策を講ずべきかについて日米間で話し合い,日米双方がそれを実行してゆくことを目的とするものです。
その場合極めて重要なことは,お互いのコミュニケーションの目的をどのように認識するのか,という問題です。つまり,お互いの理解を深めるということにとどまらず,両政府だけではなく,両国国民が,私達の社会や世界が共通に抱える課題について話し合い,とるべき共同の行動につき共通の認識に至ることが必要なのです。そのようなより幅広く,かつ,より深い知的対話を通じて,それぞれの社会が独善に陥ってはいないかといったことについて考えてみることも可能になりましょう。即ちこの構想は,自らの変革の試みでもあるのです。
私は,このような計画を具体的にどのような形で,また,どのような場で進めていくかについて日米間で話し合っていきたいと考えています。
(結び)
21世紀の世界は,私たちが今,目のあたりにしている政治や経済の大きな変化や科学技術の進展により,今よりも一層人々が相互に依存しあう,一つの共同体となっていることでしょう。日米両国の関係は,そのような新しい世界のあり方を示す模範とならなければなりません。日本は一層大きな役割を果たさなければなりませんし,また,米国だけが果たしうる役割の重大さは変わりません。
日米両国の将来は,他の全てのことと同様,若い人たちの手の中にあります。
私たちの世代の使命は,若い人たちがすばらしい日米関係を築いていく,その基礎を固めることです。豊かな大地の上にたくましく茂った木は,時々の風にも雨にも揺らぐことはありません。年々歳々新緑が芽吹き,成長して枝となり,高い木となっていくように,子供たちや,そのあとに来る若い世代に,このような明るい未来を引き継ごうではありませんか。