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日本政治・国際関係データベース
政策研究大学院大学・東京大学東洋文化研究所

[文書名] 湾岸危機に関する資料,湾岸危機に関連する重大緊急事態への対処についての海部内閣総理大臣演説

[場所] 
[年月日] 1991年1月18日
[出典] 外交青書35号,474−475頁.
[備考] 
[全文]

 湾岸危機に関連する重大緊急事態への対処について政府の基本的な考え方を明らかにし,皆さんのご理解とご協力を得たいと思います。

 昨日,米,英,アラブ諸国を含む国連加盟国は,イラクのクウェイトからの全面撤退とクウェイト正統政府の権威回復を求める国連安保理諸決議の実現を図るため,武力の行使に踏み切りました。

 我が国は,これまで,この湾岸危機の解決にできる限りの貢献をすることが国際社会における責任であると認識し,国連安保理決議に先駆けて対イラク経済制裁措置を実施するとともに,湾岸の平和回復活動に対する総額20億ドルの支援,周辺国に対する20億ドル程度の支援,2,200万ドル強にのぼる避難民援助を柱とする中東貢献策を決定し,着実に実施に移してきました。あわせて,イラクに対しても,国連安保理決議に従い,クウェイトからの全面撤退を求める一連の外交的措置をとってまいりました。国際社会においても,米国とイラクの直接の外相会談や国連事務総長のイラク訪問など実態の平和的解決に向けてのあらゆる努力がぎりぎりまで行われたことはご承知のとおりであります。

 しかるに,イラク政府は,終始安保理決議を無視し,1月15日までの猶予期間を超えてなおクウェイトの侵略と併合を続けてきました。我が国は,このようなイラクの暴挙を強く非難するとともに,本件危機を平和的に解決するための国際社会の努力が無に帰するに至ったことを深く遺憾とするものであります。

 隣国に対するイラクの明らさまな侵略と併合は,国際の平和と安全の維持に大きな責任を有する国際連合の権威に対する挑戦であり,これをこのまま見過ごすことは,我が国がその生存のために是非とも必要とする公正で安定した国際秩序の根幹を揺るがすものであります。また,これは,自由と民主主義を基礎とした対話と協調による新しい秩序づくりへの希望を打ち砕くものでもあります。我が国は,かかる視点に立って,安保理決議678に基づき,侵略を排除し,平和を回復するためのやむを得ざる最後の手段としてとられた今般の,米国を中心とする関係諸国による武力の行使に対し,確固たる支持を表明するものであります。

 今般の事態に際し,政府は,直ちに,安全保障会議を開催し,緊急事態への対処方針を速やかに決定するとともに,その後の臨時閣議において,内閣に「湾岸危機対策本部」を設置し,同本部において早速,所要の対策を取りまとめ,政府が一体となって総合的かつ効果的な緊急対策を強力に推進することといたしました。

 我が国は,国際の平和と安全を回復するための関係諸国の行動に対し,国連安保理決議に従って,我が国憲法の下で,できる限りの支援を行う決意であり,既に決定した湾岸の平和回復活動に対する支援策を着実に推進するとともに,関係諸国などに対する新たな支援を行うこととしております。さらに,我が国は,関係国際機関とも協力して,避難民の救済のため可能な限りの援助を行うこととし,既に実施に移しつつあり,資金・物資面では,国連災害救済調整官事務所が国際社会に要請した被災民救助初動経費3,800万ドルを速やかに拠出し,さらに毛布などの救援物資を周辺国政府の要請に応じて供与することとしております。また,特に,避難民の移送という人道的かつ非軍事的な分野においては,安全確保を前提として民間航空会社に要請を行うこととするとともに,ほかに方法がない場合には,必要に応じ,自衛隊輸送機の使用についても,その可能性を検討することといたしました。

 我が国は,イラク政府が,国際社会の一致した意思を尊重し,直ちにすべての関連安保理決議を受諾するよう強く求めるものであります。我が国としては,湾岸地域における戦闘行為が早期に終結し,我が国が原油輸入の7割以上を依存している中東において,永続性のある平和と安定が一日も速やかに達成されることを強く望むものであります。

 政府としては,湾岸や周辺地域に在留する邦人や周辺海域を航行する船舶の安全に万全を期すべく既に所要の措置をとってきておりますが,今般の情勢の展開により不測の事態が生ずることのないよう,邦人などの保護のため引き続き可能なあらゆる手段を尽くしてまいります。また,内外におけるハイジャックなどの緊急事態の発生があり得ることに備え,その防止のため必要な措置をとっているところであります。

 また,政府は,国際協調の下で,日本経済への悪影響を最小限に抑止し,国民生活の安定に努力してまいります。幸い,過去2回の石油危機時と比べ,我が国経済の石油に対する依存度が大きく定価しており,また,我が国の142日分の石油備蓄を国際的にも連携をとりながら機動的に活用することにより,当面,国内の石油需給ひいては国民生活に大きな影響を与えることはないと判断しています。石油のほか国民生活に関係の深い物資の需給や価格についても調査,監視に努めるとともに,的確な情報を迅速に提供してまいります。国民の皆さんにおかれても,より一層の省エネルギーへの努力や冷静な行動をお願いいたします。

 政府は,以上の政策が,我が国の国益にかない,かつ国際協調の下に恒久の平和を希求する我が国憲法の理念にも合致するものであると確信し,皆さんのご理解とご協力を切にお願いする次第であります。