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日本政治・国際関係データベース
政策研究大学院大学・東京大学東洋文化研究所

[文書名] 第五十三回自由民主党大会における海部内閣総理大臣の挨拶

[場所] 
[年月日] 1991年1月24日
[出典] 海部内閣総理大臣演説集,572−578頁.
[備考] 
[全文]

 皆さん、明けましておめでとうございます。平成三年、第五十三回自由民主党大会の開催に当たりまして、ご来賓、ご列席の各位、そして全国の党員・党友の皆さんに心からご挨拶を申し上げます。

 昨年の一月二十日、場所も同じこの公会堂で開かれました党大会に、私は厳しい気持ちで皆さまにお訴えをしました。それは、参議院選挙の厳しい結果を受けて、結党以来の危機だと言われる中で、衆議院選挙には力を合わせてぜひ勝ち抜きたいという、心からのお訴えをいたしました。多くの党員・党友のみなさん方のご努力により、また国民の皆さんの理解を得て、衆議院の総選挙に安定多数を獲得できましたことは、忘れることのできない大きな感動でありました。そのことがわが党に活力を与え、自由と民主主義の旗を守りとおすことができたのであります。最初にこのことに関する皆さんのご理解とご協力に対して、心からお礼を申し上げさせていただきます。

 そして、今、同じ気持ちでここに立ち、同じ気持ちでお願いを申し上げます。今年は地方選挙の年であります。昨年と同じように、皆で力を合わせて、わが党の勝利を得るために、皆さまの一層積極的なご理解と対処を心から強く期待するものであります。

 昨年の春は、ベルリンの壁崩壊に象徴される東西冷戦の集結へ向けて歴史的な流れが起こり、世界が自由と民主主義、市場経済を普遍的な価値として、平和と繁栄を築くための新しい秩序づくりが始まったと、皆が期待しました。

 しかし、その明るい希望も八月二日のイラクのクウェート侵攻によって踏みにじられ、以来、国際社会は、この暴挙によって引き起こされた中東湾岸危機をいかにして解決するかの一点に絞られております。

 国際社会は、累次の国連安保理決議の採択で示されるように、一致団結して対応してまいりました。アメリカ・イラクの直接会談、国連事務総長のイラク訪問等、事態の平和的解決に向けてぎりぎりの努力をし、日本もまたサダム・フセイン大統領に直接働きかけるなど、さまざまな平和解決のための努力をしてまいりました。

 にもかかわらず、イラク政府は国連の権威と国際社会の総意を無視して、一月十五日の期限を経過するに至り、今般、米国をはじめとする多国籍軍はイラクのクウェートからの全面撤退とクウェート政府の復帰を求める国連安保理決議の実現を図るため武力行使に踏み切りました。

 私は、イラクの暴挙を強く非難するとともに、このまま見過ごしてしまうことは、公正な新しい秩序のために許されることではない、国連の権威は成り立たないと考え、安保理決議六七八に基づき平和を回復するための止むをえざる最後の手段としてとられた今般の武力行使に対しては、確固たる支持を表明したところであります。米国等関係諸国の活動に対し、国際社会の中で大きな地位を占めるわが国が国際信義を重んずる憲法の精神にのっとり、湾岸の平和回復活動のために出来る限りの支援を行うことは当然であると判断し、早急に具体策を決定いたします。

 平和回復活動に対する支援は、結局のところ国民の皆さんに分担をしていただくことになります。痛みを伴うことになりますが、このことは、世界の平和のために、平和な毎日を享受しておるわれわれすべてが、力を合わせて協力をしていくための痛みであると受け止めていただいて、ご理解とご協力をお願いするわけであります。

最初にうたった党歌にも、「世界の平和きっと守ろう」「一人の幸せ 皆の幸せ」と。この場で先程、皆でうたったではありませんか。その気持ちで、人道的な立場に立って、あらゆる可能性を追求して、具体的な協力をしていく決意でございます。

皆さん、昨年来のことを思い出してみてください。経済・軍事の両面から包囲されたイラクは、在留する西側の男性を軍事施設などに収容するという、卑劣な「人質作戦」をとり、今また、米軍パイロットなど捕虜を「人間の盾」とする、国際法違反を犯しており、このようなことは人道的な立場でも許されるべきものではありません。国際法的にも許されません。

 わが国は八月の下旬、「中東貢献策」を決定し、引き続き「ヒトの面からの支援を」という国際世論に応え、「国連平和協力法案」を国会に提案しましたところ、法案審議に入ったとたんに野党の一部から「戦争か平和か」という極端な論議がおこり、残念ながら廃案となったのであります。しかし、その論議を通じて、国際社会の平和回復へ向けての努力に対し応分の協力をし、責任を果たさなければならないという方向で、自・公・民三党の合意ができ、国民皆さんの理解は確実に高まったものと認識いたしております。目下、政府は新たな国際協力のあり方についての協議を続けているところでありますが、人道的な立場に立って、被災民の移送の問題について近く具体案を発表する予定であります。皆さん方のご理解をお願いいたします。

 湾岸危機に関連する重大緊急事態への対応につきましては、さる一月十八日、国会で申し上げたとおりでありますが、湾岸戦争に不幸にして突入したいま、一日も早い平和回復のために、いずれの国も自国のことのみに専心して、他国を無視していてはならないのであります。

 国民の皆さん、党友の皆さん、国際社会の平和への結束こそが問題の原則的な解決のために緊急かつ重要なのであって、一国だけで平和を求めているときではないと私は考えております。わが国は早期の戦争の終結のために努力をすることはもちろんのこと、中東の恒久平和を確保するために引き続き、力の解決でなく、公正な道理に基づく原則的な解決を提唱してまいりたいと考えております。

 わが国にとって、もう一つの大きな外交課題は、日ソ関係の改善であります。ソ連は複雑で緊迫した状況にありますが、私はペレストロイカ政策が正しい方向に向かうことを常に支持してまいりました。この関連で現在バルト諸国で起きている事態については深い憂慮の念を持たざるを得ません。事態が武力ではなく、民主的平和的方法で収拾されるよう強く求めているところであります。

 他方で、日ソ間の「戦後の時代」に終止符を打つための外交努力は引き続き精力的に継続していく必要があります。四月に予定されているゴルバチョフ大統領の訪日を、北方四島返還、平和条約の締結、日ソ関係を抜本的に改善するための突破口とすべく最善を尽くしてまいります。また、日ソ関係改善のための大統領の勇気ある決断を求めたいと思います。

 日米関係は、今後ともわが国外交の基軸であります。新しい国際秩序の構築のためには、日米二国間の確固たる協力が必要不可欠であります。日米間にはいくつかの懸案事項があり、また経済摩擦や対日批判があることも充分承知しておりますが、要は両国が相互理解を深めることによって、真の友好関係を築いていくこと、そして二国間の共同のテーマに対して共通の責任を果たしていくこと、そこに問題があると確信しております。平成二年度の補正予算で日米親善交流基金を設けましたのも、相互理解を深めたいというわれわれの願いの一端を表明したものであります。

 私は、一月九日、大韓民国を訪問してまいりました。昨年五月の盧泰愚大統領訪日によって幕が開かれた日韓新時代、未来志向型の友好関係の基礎が固められたことは誠に有意義でありました。とりわけ、盧泰愚大統領との間で、今後の両国の具体的な協力方向として、「日韓両国のパートナーシップ強化に向け、交流・協力・相互理解を増進する」「アジア・太平洋地域における平和と和解ならびに繁栄を開放を増進する」「グローバルな諸問題の解決のための取り組みを推進する」という日韓新時代三原則につき意見の一致を見たことは大きな喜びでありました。

 さらに、新しい国際秩序づくりに対するわが国の考え方、国際社会での役割について説明するとともに、今後ともアジア・太平洋地域の平和と繁栄のため積極的に貢献していくことを約束してまいりました。

 トウ小平氏{トウは登におおざと}以来、改革・開放路線を再確認した中国がどう動いていくのか。朝鮮民主主義人民共和国との関係については、いよいよ近く国境正常化交渉が開始されます。カンボジア問題への和平努力など、アジア・太平洋が抱える問題が他にもございます。わが国の基本的な立場を踏まえつつ、誠実に対処していく考えでおります。

 また昨年、最終決着を先送りしたガットのウルグアイ・ラウンドは、一月十五日からジュネーブにおいて事務レベル協議が再開され、あらためて閣僚会議が招集される見通しであります。私は、これが成功裏に終わるよう最大限の努力を払う決意でありますが、問題の農業交渉については「基礎食料は国内産で自給する」という基本的方針を堅持して、各国の理解が得られるよう努めてまいります。

 昨年は、天皇陛下のご即位に伴う一連の行事がありました。世界百五十八か国、二つの国際機関代表が参列される中、即位の礼が厳粛に行われ、無事終了いたしました。皆さんのご協力によるものと深く感謝をいたしております。

 また十一月二十九日には議会開設百年という記念すべき日を迎えました。私は、この歴史の大きな節目に際して、先人の偉業を偲ぶとともに、議会制民主主義の一層の発展を誓い、その発展を実効あらしめるため、国民の政治不信に象徴される現行政治制度の行き詰まりを抜本的にあらためようと、政治改革に着手しております。

 わが党は一昨年、全党的な討議を経て「政治改革大綱」を作り、それに基づく「政治改革の断行」を総選挙の際に国民の皆さんに公約いたしました。その後、政府の選挙制度審議会の答申もいただき、議会開設百年を迎えた昨年十一月末には、党の政治改革本部と選挙制度調査会からの答申を受け、年末にはこれを党議決定していただきました。

 私は、不退転の決意でとりくんでおります政治改革については、与野党間の協議を尊重し、出来るだけ早期に成案を得て、審議をいただけるように努力をしてまいります。

 内政最大の課題は土地問題であります。土地を持っていればもうかるという、いわゆる「土地神話」を打ち破ることが何よりも必要であり、土地を投機の対象としてはならないという観点から具体的に施策を実行に移していかなければなりません。昨年の秋、土地政策審議会から土地の基本政策のあり方について、また税制調査会から土地税制の見直しについての答申をそれぞれいただきました。これをもとに、党においてもご議論いただき、地価税の創設が決定されたわけであります。政府はこれを受けて今国会に地価税に関する法案を提出する予定でおります。

 土地問題については、税制だけでなく、金融政策、行政指導、土地供給の拡大等、総合的な観点からの施策が必要であり、これらの施策を今後とも強力に推進してまいります。

 わが国経済は内需を中心に順調に推移いたしており、注意しなければならないのは物価への配慮であります。拡大が五年目に入るなかで、労働力不足による人件費の上昇、それによる物流コスト高、さらには中東情勢に起因する原油価格等、いくつかの懸念材料があります。

 私は、物価の安定に細心の注意を払うとともに、国民の皆さんが日々の生活において生きがいを実感できる社会を実現させるよう一層の努力をしてまいります。平成三年度予算は、このようなねらいから景気に対しては、中立的な立場をとり、国民生活重視の内容となっております。

 消費税の見直し、行財政の改革、地域活性化、教育改革、地球環境の問題等々もあります。今や国家や企業が個人を縛りつける時代から個人の幸福追求の時代への変化があり、これからの人類は環境との調和なしには絶対に生きていけないという時代であります。私は、誠意を持って取り組み、公正で豊かな社会、輝やける二十一世紀を築き上げるために全力を尽くす考えであります。

 すべての政治の基本は、自由、平等、博愛の理念に立脚していなければなりません。自由民主党こそ、その精神のもとに集まった人々の民主的な組織であると確信しておるのでありますが、皆さんいかがでございましょうか。

 本年は統一地方選挙の年です。政治の基本は、地域社会の諸要求を速やかに把握し、それを政策に反映させ、地域社会の安定なくして日本の安定はないのであります。

 党員・党友の皆さん、統一地方選挙の勝利のため一丸となって頑張り、自由民主党の基盤を磐石なものとしようではありませんか。私はその先頭に立って頑張ることをお誓い申し上げます。

 特に、女性党員の皆さんに申し上げます。前回の統一地方選挙や近時の国政選挙で女性の議会進出は盛んになってきております。しかし残念なことに、国会の分野を見ても女性議員は野党に偏っており、わが党は、参議院議員で六名、地方議員は二百八十六名で〇・四パーセントにとどまっております。

 今回の地方選挙で婦人議員の増員に積極的に取り組み、「女性を議会に」を目標に、精力的に人材発掘に着手されることを呼びかけたいと思います。候補になられる方、応援される人にかかわらず積極的な参画をされ、女性の持てる素晴らしい能力を社会発展のために、地域政治のために生かしていただきたいのであります。

 私心を去って、世界のために心をたて、万民のために道義をたて、確固たる太平の世を切り開いていこうではございませんか。

 党員・党友の皆さんの一層のご理解とご奮起を心からお願いいたしまして、挨拶とさせていただきます。