データベース「世界と日本」(代表:田中明彦)
日本政治・国際関係データベース
政策研究大学院大学・東京大学東洋文化研究所

[文書名] 国連軍縮京都会議における海部俊樹内閣総理大臣演説

[場所] 京都
[年月日] 1991年5月27日
[出典] 外交青書35号,410ー417頁.
[備考] 
[全文]

 御列席の皆様,

 本日,この国連軍縮京都会議の開催にあたり,日本政府を代表してご挨拶する機会を得ましたことは,私の大きな喜びとするところであります。国連主催の軍縮会議の本邦開催を提唱した者として,この会議の開催を心からお慶び申しあげるとともに,皆様のこの会議への参加を心より歓迎致します。

1.国際環境の変化

 ここ1,2年の間に,世界は,重大な歴史的変動,その光と影を経験してきました。それは申すまでもなく,第1に欧州を中心とする東西関係の根本的な変化であり,第2に湾岸危機の勃発であります。

 即ち,欧州においては,東欧の政治の民主化と経済の自由化が進展し,ベルリンの壁の崩壊を経て,ドイツの統一が達成され,昨年のCSCEパリ憲章において東西対立に終止符が打たれました。軍備管理・軍縮面においても,NATO・ワルシャワ条約機構諸国間において,欧州通常戦力(CFE)条約の署名が行われ,また,米ソ間においては,戦略兵器削減条約(START)の妥結に向け様々な努力がなされております。

 他方,冷戦の発想を乗り越え,対立から協調を目指す国際関係の肯定的な変化に人々が大いなる希望を抱いていた矢先に,イラクはクウェイト侵略という暴挙に出,人々の希望を打ち砕きました。幸いにして,湾岸危機への対応に当たっては,国連等の場を中心に米ソ協調関係が基本的に維持され,また多国籍軍の献身的な努力とこれを支える我が国を含む国連加盟国の一致した協力によって,事態は最終的に収拾されつつあり,中東地域における新たな安定と平和の方途が模索されています。

 私は,これらの事件を通じて,人類が歴史の大きな転換点に差しかかり,国際関係は,もはや東西や南北といった観点からのみでは把握できないとの感を益々強く抱くようになりました。同時に,これら二つの事件は,来世紀を真に平和な時代とするために,今後,我々が解決していかなければならない課題をより明確な形で示したと言えるでしょう。その一つは,軍備管理・軍縮分野の課題であり,今一つは政治分野の課題であります。

 そこで私は,先ず,20世紀の最後の10年間に世界が如何なる課題を解決すべきかとの観点に立って,軍備管理・軍縮の問題について述べたいと思います。

2.軍備管理・軍縮への影響

 国際環境の著しい変化は,軍備管理・軍縮のあり方にも多大な影響を与えています。特に,東西冷戦後の軍備管理・軍縮のあるべき姿は,イラクのクウェイト侵略によって一層明確な形で示されたと考えます。

 湾岸危機発生の原因については,様々な角度から説明の試みがなされていますが,何れにせよ,多くの要因が複合的に作用したものであることに疑いは無く,イラクの軍事大国化にのみ問題を集約することは困難でありましょう。また,侵略を決意するのは人間であり武器でないことも勿論であります。しかしながら,侵略という行為は一定の成算がなければ実行はなし得ず,一定の勝算をもたらすのは,基本的には,彼我の軍備レベルの差であると言えましょう。その意味で,湾岸地域における軍備のレベルの著しい不均衡は大きな不安定要因となったわけですが,これはまさにイラクの膨大な軍備の蓄積によりもたらされたものであります。イラクの戦車がクウェイトを制圧するのに2日を要しませんでした。また,国連安保理決議に基づき武力行使を行った多国籍軍は,一方でイラクによる科学兵器使用の恐怖,他方でイラクの核兵器保有の可能性にも懸念を抱きながら,行動しなければなりませんでした。このようにイラクが自衛に必要な範囲を超えて膨大な軍事力を保有することができたのは,兵器やその関連技術の国際的移転乃至拡散のためでした。したがって,私は,第2,第3のイラクを登場させないためにも湾岸危機後の軍縮の第1の課題として大量破壊兵器及びミサイルの拡散,通常兵器の国際移転の問題に国際社会が一致して取り組む必要があると考えます。湾岸危機は,とかく東西関係の文脈でのみ語られることの多かった軍縮に,東西関係の発想のみでは律し切れない重要な課題があることを改めて明確にしたと言えるでしょう。

 第2に指摘したいのは,このような潮流の変化にも拘らず,東西間の軍備管理・軍縮交渉の進捗の重要性は決して減じていないということであります。湾岸危機の発生から終結に至るまで,米ソの協調関係が基本的に維持されたことは注目すべきことであり,国際的な危機に際して,安定した東西関係の果たす役割が広く認識されました。一連の軍備管理・軍縮交渉が,近年の米ソ間や東西欧州間の関係改善の言わば触媒の役割を果たしてきたことを想う時,湾岸危機後の世界にあっても,START交渉の早期妥結やCFE条約の誠実な実施を始めとする東西間の軍備管理・軍縮プロセスが歩みを止めてはならないことは,いくら強調してもし過ぎることはありません。

 第3に指摘したいのは,軍備管理・軍縮は,元来全世界が等しく取り組むべきグローバルな課題であり,一部の国々の問題ではないということであります。自衛に必要な範囲を越え過度な軍備の蓄積を行おうとする国の存在は,大量破壊兵器の拡散等の危険を増大させています。しかし,兵器の需要国の行動のみを非難すれば問題が解決するものでなく,兵器や関連技術の供給国の問題意識も問われなければなりません。このような意味で,湾岸危機は,私達の眼に,軍縮に関する「責任の連鎖」を今一度明らかにしたともいえましょう。

3.ポスト湾岸危機の軍備管理・軍縮の具体的内容

 私は,このような論点を念頭に置いて,湾岸危機後の軍備管理・軍縮政策を次の2分野に特に重点を置いて推進していく考えであります。

 第1は,核,科学・生物兵器といった大量破壊兵器及びミサイルの拡散防止の徹底であります。

 このうち,核兵器については,我が国は,唯一の被爆国として核の惨禍が2度と繰り返されるような事態があってはならないとの観点から,核兵器の究極的廃絶を目指し,その一環として,段階的に核実験を禁止することを提案し,その実現に向けさまざまな努力を行っておりますが,これとともに,核兵器国の数をこれ以上増やさないため,核不拡散条約(NPT)体制の強化が図られなければなりません。NPTの締結を果たしていない国がなお存することに加え,近年,NPT締約国の中にも,NPT上の当然の義務の履行を怠る国や核兵器開発に係る疑惑が囁かれる国があるなどNPT体制は必ずしも万全なものとは言えません。

 NPTの普遍化を図るとの観点から,私自身,各国の安全保障上の環境や核兵器観が多様であることに由来する反発や批判を覚悟の上で,NPT非締約国の首脳に対し,NPT締結を一再ならず訴えてきました。それは,NPTが,国際の平和と安全を維持する上で,不可欠な役割を果たしていることを確信しているからであります。我が国としては,NPTを締結し,原子力の平和利用に徹してきた経験に基づき,NPT非締約国に対する働きかけを粘り強く続けていく考えであります。

 NPTの遵守を確保するとの観点からは,国際原子力機関(IAEA)による保障措置制度の役割が重要であり,不拡散体制の核心を成す同制度がこれまであげて来た成果を高く評価するものであります。湾岸危機を契機に,この制度の一層の改善を図る必要性が広く認識されるようになっていますが,我が国としても,IAEAの保障措置の効果的,且つ効率的な実施を確保するための技術的,制度的な改善に取り組むべきであると考えます。このような観点から,我が国としては,保障措置の有効性を一層向上させるため,第1に特別査察の活用を図ることを検討すべきであると考えます。第2に,限られたIAEAの資源を最大限に活用するため,査察の頻度を再検討し,よりきめ細やかな設定を行う等の柔軟な運用を図るべきであると考えます。かかる考えに立った具体的提案を,今後,IAEA等の場において提案したいと考えています。

 更に,NPTの締約国でありながら,NPTに規定されたIAEAとの間の保障措置協定の締結義務を誠実に履行していない国が存在することは,誠に遺憾なことといわざるを得ません。かかる明白な義務の不履行は,締約国間の相互信頼関係を阻害し,NPTの権威の失墜につながる問題であり,我が国としてその早急な是正を求めるものであります。

 1995年には,NPTの将来を決する重要な会議が開催されます。我が国としては,NPTの普遍化・機能強化を図った上で,95年の会議においては,NPTを来るべき21世紀に引渡すことを決定すべきであると考えます。

 化学兵器の不拡散のためには,何よりも先ずその廃絶を目指した化学兵器包括禁止条約交渉の早期妥結が必要であります。この関連で,条約交渉に政治的モメンタムを与えることを目的として,ジュネーヴ軍縮会議の閣僚会議を開催すべきとのいくつかの国のイニシアティヴは,有意義なものであり,最近のエヴァンス豪外相の提案は傾聴に値するものであります。このようなイニシアティヴを現実のものとするためには,政治的決断により問題が解決される前提条件を創り出していくこと,即ち各国間の立場の隔たりの大きい重要な論点につき,事前に選択肢を一定限度に絞り込むまで交渉を煮詰めることが必要であります。先般ブッシュ米大統領が表明された米国の化学兵器に関する新しい立場は,化学兵器禁止条約交渉に転機をもたらし得るものであり,これを踏まえ,ジュネーヴ軍縮会議で真剣に妥協点を見出す努力を行わなければなりません。我が国としても,交渉中の重要な問題について,年内に突破口が見出されるよう努力を惜しまない所存であります。

 湾岸危機において,イラクによる化学兵器使用の現実の脅威が存在したことにより,国際社会は,化学兵器の禁止の必要性をより強く認識するようになりました。ジュネーヴの条約交渉者はかかる国際世論を汲み取り,使命感を新たに交渉促進に邁進すべきであります。化学兵器禁止条約の締結は,近年二国間や地域的な軍縮努力に比べ具体的な成果の乏しい多国間の軍縮として大きな成果となるものであり,また,多国間軍縮の進展を求めていた国々を一層勇気付けるものともなりましょう。化学兵器禁止条約の早期締結を国際社会の総意として実現すべきであると考えます。

 また,我が国は,化学兵器の原材料等の輸出規制のためのいわゆるオーストラリア・グループの活動に積極的に参加してきているところであります。化学兵器の不拡散に果たしてきた同グループの役割の重要性に鑑み,今後ともその活動の強化に貢献して参ります。

 ミサイルは,大量破壊兵器が有する攻撃能力を最大限に発揮させるものであり,大量破壊兵器と同様,その不拡散の必要性が強く認識されているものであります。イラクにより発射されたスカッド・ミサイルが近隣諸国に与えた恐怖は,我々の記憶に新しいところです。

 このような事態を踏まえ,本年3月,我が国は,いわゆるミサイル関連技術輸出規制(MYCR)の東京会合を主催しました。この会合において,ミサイル関連の機材・技術に関する輸出規制を更に強化していく重要性が再確認されるとともに,我が国のイニシアティヴに基づき,全世界の国に対しミサイル関連機材・技術等の輸出規制のガイドラインを採用するよう訴える共同アピールが採択されましたことは,時宣を得たものであったと考えます。我が国としては,ミサイル拡散防止のために積極的に努力していくとの見地から,引き続きミサイル技術保有国に対し,厳格な輸出管理を実施するよう働きかけていく考えであります。

 湾岸地域における正式停戦をもたらした国連安保理決議は,イラクの保有する大量破壊兵器,ミサイルの破壊及びそのための特別委員会の設置等を定めております。我が国は湾岸地域からこのような兵器の脅威を除去する国際的努力に貢献するとの観点から,この委員会に化学兵器の専門家を参加せしめているところであり,今後ともその活動に対する協力を惜しまない所存であります。私は,今後,大量破壊兵器及びミサイルの不拡散が徹底され,湾岸危機で国際社会が経験したこれら兵器の使用の脅威が二度と繰り返されず,また,このような委員会の設置が再び必要となることのないよう努力していく考えであります。

 湾岸危機の経験を踏まえて取り組むべき第2の課題は,通常兵器の国際移転問題であり,それに対する対応のあり方につき,今こそ真剣に議論を深める必要があります。

 通常兵器の移転の問題は,古くて新しい問題であり,その規制を巡り試行錯誤が繰り返されてきました。この問題については,国際社会において各国の意見の隔たりが大きいことを先ず率直に認めざるを得ません。意見の差異をもたらしている根本の理由は,主権国家が並存し,軍事力による抑止と均衡が安定の基礎となっている現在の世界において,自衛は国連憲章第51条も認める主権国家の権利であり,その範囲内で必要な兵器の調達は容認される行為であるということであります。

 我が国としては,通常兵器の国際移転問題がかくも複雑な課題であることを念頭に置いた上で,この問題に対し,以下の方向で取り組んで参ります。

 第1に,通常兵器の輸出入に関する透明性・公開性の増大への貢献を取組みの第1歩にしたいと考えます。兵器輸出入に関するデータが必ずしも明確でないことは,国家間の不信を増幅させる一要因となるのみではありません。このようなデータの明確化は,諸国間の信頼の醸成に寄与するとともに,本件につき実りある討議を行う際の基礎になるものであります。この意味で,現在,通常兵器の国際移転の透明性の増大につき国連専門家グループが検討作業を行っておりますことは,極めて意義深いものと考えます。我が国は,この専門家グループの検討作業に,委員の派遣等を通じ,積極的に参画しておりますが,本年秋の国連総会に報告書が提出された暁には,その内容を踏まえ,兵器の移転に関する透明性・公開性の増大を目指す総会決議案の提案等の形で,我が国の考え方を訴えていく所存であります。具体的には,兵器輸出入に関するデータの国連への報告制度がその手段として検討されるべきであります。我が国としては,国連への報告制度の確立に向けての作業の具体化に協力するとともに,将来,兵器の輸出入データの処理等のために国連軍縮局のデータベース・システムの整備・拡充が必要となる場合には,応分の協力を検討する用意があります。

 第2に,通常兵器の輸出については,各国が自主規制の枠組みの整備・強化を検討することが肝要であると考えており,私自身,主要な武器輸出国の首脳に対し,この旨直接訴えてきました。特に,自衛に必要な範囲を超えて軍備を蓄積し,地域の軍事的なバランスを壊す国の出現を許すような兵器の供給は慎むべきであります。自主規制にとどまらず兵器輸出の国際的な規制を行うべきとの考え方も存することは承知しておりますが,先程述べた輸入国の自衛の問題に加えて,兵器輸出の規制が長期的に兵器生産能力の拡散につながりかねないとの懸念があることにも鑑み,各国による自主規制の強化の検討から始めることが現実的かつ妥当ではないでしょうか。重要なことは,他国が通常兵器輸出の自主規制を強化した機に乗じて自国の兵器輸出を拡大しようとする国の出現を防ぐため,出来るだけ多くの国に自制を求める,そのような地道な環境整備の努力であると考えます。

 以上述べてまいりました通常兵器の国際移転問題について,国際の平和と安定のために大きな責任を担う安保理常任理事国の果す役割は極めて重要です。また,武器輸出三原則に基づき,20数年来武器輸出に対し極めて厳格な立場で臨んできた我が国も喜んでその一翼を担う所存であります。

 兵器の輸入国,就中,開発途上国にとっては,自国の安全保障に必要な範囲を越えて過大な兵器の購入を続けることは,当該国の経済社会開発を阻害する重荷となるおそれがあります。もとより,経済開発の戦略は各国が独自に判断するものであり,原則として,他国が容喙すべきものではありません。しかしながら,湾岸情勢の一連の動きの中で,開発途上国の軍備のあり方,軍備管理・軍縮に関する国際的努力の一層の推進の必要性が内外において注目を集めるに至りました。このような事態を受け,我が国は,経済協力の実施に当たり,人道と相互依存を基本理念として堅持し,また,援助対象国の安全保障上の状況に配慮しながら,当該国の軍事支出の動向,大量破壊兵器等の開発・製造等の動向,武器輸出入の動向等に十分な注意を払うとの基本的考え方を,先般,私自ら明らかにしました。私は,我が国のこのような立場の表明が,国際的な軍縮努力に対する開発途上国の一層の積極的な参加の契機になることを期待するものであります。

 大量破壊兵器等の拡散や通常兵器の国際移転の問題を含む軍備管理・軍縮の数多くの課題に対する我が国の積極的姿勢を訴えることを目的として,6月6日,中山外務大臣をジュネーヴ軍縮会議に出席せしめることといたしました。この機会を通じ,我が国と各国との軍縮分野での協力関係が一層深まることを期待しております。

4.軍縮に伴うコストへの対応

 軍備管理・軍縮問題への対応について,これまでは軍備の削減の是非,その検証のあり方等に各国の関心が集中しておりました。しかしながら,国際社会の軍備管理・軍縮に対する期待が従前にも増して深まりつつある現在,その実施を円滑に進めるため,軍縮に伴うコストへの対応についても幅広い検討が行われるべきでありましょう。

 私は,軍縮の推進に伴う様々なコストの内,特に環境面のコストにこれまで以上に敏感にならざるを得ないと感じております。核兵器や化学,生物兵器は廃棄の過程においても,有害物質を環境に漏洩させる危険を残すものであり,その管理が極めて困難であります。したがって,これら兵器の破壊には細心の注意が払われることが必要であります。

 なお,戦争と環境の破壊の問題については,これまでも様々な議論が行われてきました。今回の湾岸危機においては,ペルシャ湾への原油の流出や油井の炎上等環境と生態系に深刻な影響を及ぼす許しがたい暴挙がイラクにより行われました。これらの環境破壊については,その回復を図るため,地球社会一員として,我が国も調査団及び流出原油回収のための専門家チームの派遣,オイルフエンス,油吸着剤,オイル・スキマー等防除資機材の提供,油回収船の供与,関係国際機関への支援等積極的に協力を行ってきております。

5.包括的アプローチの必要性

 大量破壊兵器等の不拡散及び通常兵器の国際移転への対応をはじめとする軍備管理・軍縮が有効に実施され,その遵守を長期的に確保するためには,関係各地域に存在する国家間の相互不振の除去,政治問題の解決が同時に追求される必要があります。通常兵器の輸出入を通じるものを含め,軍事力の保持とそれによる対峙は,政治的対立や緊張が緩和,解決の方向に向かわない限り,根本的に低下しないことを忘れてはなりません。このような観点に立って,湾岸危機の舞台となった中東地域及び我が国の位置するアジア・太平洋地域における政治的な問題の解決の重要性につき述べてみたいと考えます。

 クウェイト開放後の中東地域にあって,地域の真の平和と安定を考える場合に避けて通れない問題は,パレスチナ問題を含む,中東和平プロセスの問題であります。この問題においても,私は,関係者の全てが地域の恒久的な平和の達成という共通の目標の下に,互いの不信感,意見の違いを乗り越えて,問題の解決のための具体的な成果を共同で生み出す真摯な努力を行うべきであると信じます。

 この問題に関し,米国のベーカー国務長官が域内当事国の間での「平和会議」開催の構想を打ち出し,関係国を勢力的に回るなどその調整に努めてこられたところですが,我が国としても,国連安保理決議242,338に基づき,中東の公正,永続的,かつ包括的な和平が達成されるべきであるとの立場から,この米国の努力を積極的に支持するものであります。

 我が国は,和平達成のための方途について,これまでも関係当事者との間で政治対話を深めてきたところでありますが,今後ともこれらを通じ,我が国の立場から,相互信頼を通じた平和達成について関係者の理解を求めて参ります。この度の中山外務大臣のエジプト,イスラエルへの訪問もかかる意図に出たものでありますが,現在の和平達成のための好機を逃さず,小異を捨て歩み寄るべきことを,私のメッセージとして,関係当事者に伝えさせる所存であります。

 アジア.太平洋地域においては,日ソ間の北方領土問題,朝鮮半島における南北対立,カンボディア問題などの未解決の紛争,対立が依然として存在しております。我が国としては,国際情勢の好ましい変化をこの地域にも及ぼし,対立と分断が永遠に除去されるような国際環境の構築を目指し,積極的な外交を展開しているところです。特に,この地域の複雑な地政学的要因や,軍事的対立状況を勘案すれば,軍備管理・軍縮を云々する以前の問題として,主要国間の関係の発展を妨げている政治的な相互不信を除去する外交的な努力が何にも増して不可欠な前提であります。そのためには,二国間乃至関係国間の相互信頼構築のための様々な努力の積み重ねが必要であり,これらが結実して初めて将来のアジア地域における安全保障環境にも好ましい影響がもたらされ,地域独自のプロセスの構築も可能となるでありましょう。

 先般のソ連のゴルバチョフ大統領の訪日の際も,アジア・太平洋地域において,相互信頼関係を強化し,同地域の平和と繁栄の問題を含む広範な対話と交流を強化していく必要があることを再度確認いたしたところであります。日ソ関係の抜本的な改善は,二国間関係にとって重要であるばかりでなく,アジア・太平洋地域の平和と繁栄の問題にとり長期的かつ広範な意味を持つでありましょう。

 更に,この地域における冷戦構造を乗り越えるためには,南北朝鮮の対話と交流による半島の分断の克服に向けての一層の努力が重要であり,我が国としても,南北対話の環境醸成のため,引き続き出来る限りの貢献を行って参ります。目下行われております日朝国交正常化交渉も,このような観点から,朝鮮半島の緊張緩和,平和及び安定に資する形で,韓国等関係諸国とも緊密に連絡をとりながら,進めていく考えであります。

 また,中国が各分野で改革・開放政策を推進し,安定的に発展していくことは,この地域の安定にとり極めて重要であり,我が国としても,中国のこのような方向を基本的に支持し,改革が後戻りすることのないようできる限りの協力を行っていく方針であります。

 更に,カンボディア問題についても,昨年の東京会議の開催をはじめ,包括的和平の早期達成のため,カンボディア各派の対話と和解を促すべく,あらゆる努力を行ってまいりました。また,和平達成の暁には「カンボディア復興に関する国際会議」を我が国において開催することを,先般私がASEAN諸国を歴訪した際,シンガポールにおける政策演説で提唱したところであります。このように,アジアにおける対立と紛争を克服するための地道な政治努力の積み重ねが結実した暁には,協力と協調の潮流をアジア・太平洋全域にわたり確かなものとすることが出来ると確信致します。

6.結び

 言うまでもなく,軍備管理・軍縮は戦争と平和の問題,安全保障の問題の一側面を扱うものに過ぎません。私自身,この演説において,国家間の政治問題の解決など包括的なアプローチの必要性を指摘したところであります。しかし,武器は破壊や暴力の象徴であり,平和を望む人々が連綿として武器の削減,即ち軍縮を,平和を実現する手段として希求して来たことも自然なことでありましょう。冷戦と湾岸危機が終熄に向いつつある現在,軍縮に対する人々の期待は益々高まっています。世界の多くの国から軍備管理・軍縮に関する各界の叡智が集まった京都会議が,このような人々の期待を現実の政策に転換する方途を発見する機会になることを強く祈念して,私の演説を終えたいと思います。

 ありがとうございました。