[文書名] 内外情勢調査会における宮澤内閣総理大臣の講演
〈はじめに〉
私は、この四月、当内外情勢調査会でお話しをさせていただきました。
その際、国際情勢を中心に世の中が大きく動いているこの時期こそ、政治は国民に分かりやすい形で推めていかなければならないと申し上げました。それからこうして内閣総理大臣に就任して益々その感を強くしております。私は、国民の皆様の声に耳を傾けながら、我が国のあるべき目標、方向を示しつつ、新しい時代の展望を開いていきたいと思います。会員各位のご理解とご協力を賜りたいと存じます。
〈新しい世界平和秩序の構築〉
世の中では、今の時代を「冷戦後の時代」と言っていますが、「冷戦後」というのは「なにかが終わった」ということですが、「なにが始まったのか」ということについては、なにも言っていません。
湾岸戦争が済んだあたりでしょうか、ブッシュ大統領がケネンバンクポートでスコウクロフト特別補佐官といろいろ話していて、「これからはニューワールドオーダーだなあ」と話をしたということを、当時、報道で読んだんですけれども、その後これが一向に展開してこないわけです。
思うに私は、「ニューワールドオーダー」という言葉は、どういうオーダーなのかを言っていない。だからそこから事が発展しないんじゃないかと思う。私はニューワールドオーダーとは、平和構築のためのニューワールドオーダーだというふうに認識すべきではないかと考えています。
新しい世界平和の秩序の構築ということになると、いろいろなことが考えられるのですが、私はまず、冷戦が終わったことによって、こいねがわくは米ソはじめ各国が軍備競争からだんだん開放されて、そのための資源や資金が、いわば「平和の配当」という形で、おのおの自分の国も受け取るでしょうけれども、ますます深刻になっている南北問題の中で、「南」の国々に向けられるべきだと思います。
それから「平和の秩序」と言えば、地球環境の問題、教育の問題、文化の発展といった世界が抱えている諸問題に取り組んでいくことも必要です。また、この新しい平和秩序の構築には国連が大きな役割を担うものと思います。国連がその機能や活動基盤を強化して、積極的な役割を発揮することが期待されます。
問題は、このような新しい世界の平和秩序の構築に対して日本が貢献すべきことはなにかということをしっかり考えていくことが大事だと思います。
日本はかなり長いこと、国際社会の中で「見ざる」「開かざる」「言わざる」でよかろうと考えてきた面があると思います。ところが、湾岸戦争が起こって、サダム・フセイン大統領の侵略を退けるため国連安保理が前面に立つようになり、日本は世界とともになにをするべきかという国民的議論が起こったわけです。その結果、新しい世界平和の秩序の構築にできる限りの貢献をしなければならないということについて、ほぼ国民的なコンセンサスができ上がりつつあるのではないかと思います。
そこで、日本がどんな貢献ができるかということですが、日本でなくてはできない大きな部分というのは、やはり財政的な部分だと思います。ODAでは世界一の貢献をしていると言って良いでしょうし、ソ連、東欧に対する支援、各種国際機関への拠出等、既に大きな財政的貢献をしています。湾岸戦争における百三十億ドルの資金援助も我が国は世界に誇っていいのではないかと思います。我が国はそれだけでなく、人的な面でもできる限りの貢献をしなければならないと思います。これまでも、JICAの海外青年協力隊とか、国際緊急援助隊による人的貢献をやってまいりましたが、国連の平和維持活動等に対しても、憲法の国際協調主義、平和主義の精神に即して協力しようというのがPKO法案が目的としているところです。
〈日米グローバル・パートナーシップ〉
新年早々、ブッシュ大統領をお迎えすることになります。日米間のバイラテラルの問題はたくさんあるわけですけれども、それもさることながら、地球的な青任を共同で果たすという問題について話し合いたいと思います。現下のバイラテラルの問題に眼を奪われて、両国間の基本的な友好・協力関係を見失ってはなりません。
日米間で一番重要なことは、両国が共通の価値観を持っているということであって、その上に安全保障関係が成り立っていたり、いろいろなものが構築されているわけです。基本的なところで価値観を共有しているから、私はどんなことでもとことん議論をして、結論を見出すということでやっていきたいと思っています。
〈ソ連情勢〉
ソ連情勢については、連邦の年内解体が報じられるなど極めて流動的となっております。これからも種々の動きがあると思いますが、とりあえずは二十一日にアルマ・アタにおいて開催される予定の諸共和国間の「共同体」を巡る議論の帰趨を注目する必要があると考えています。
我が国としては、新たな体制への移行が平和的かつ安定的に進められ、民主化、経済改革及び新思考外交が維持強化されることを期待するとともに、我が国としても必要な支援を行っていく必要があると思います。
〈生活大国を目指して〉
話を内政のほうに移させていただきたいと思います。
我が国は、明治以来、富国強兵で突き進んできて、戦争中は「欲しがりません、勝つまでは」、戦後は「ドルは血の一滴」と言ってやってきたわけです。そこで市場経済と言い、国際競争力だと言って我が国はここまで経済力を強くしたと思います。その功績は決して過小評価しませんけれども、しかしここまできた結果、輸出はいい加減にしたらいいじゃないのとか、外貨がたまりすぎているとかなんとか言われたり、また、近年は異常な地価や株価の高騰などで、いわゆるバブルといわれる現象が生じたりする反面、所得水準の割りには居住水準が低いこと、社会資本の整備においてなお立ち遅れが残っていること等、国民生活において豊かさを実感できない面があります。
やがて老齢化社会に入ることがはっきりしていますから、民族の経済に力のあるうちに、フローはできるだけ大きくするように努力をして、それをできるだけストックに蓄積していく。それが老齢社会に入る前の課題だと思っていまして、それを分かりやすく「生活大国」と言っているわけです。
労働時間や通勤時間を短縮して自分の時間を愉しめるようにすること、住宅や生活関連を中心とする社会資本の充実によって質の高い生活環境を創造していくことなど、先進国家と誇れるような活力と潤いに満ちた社会づくりを目指したいと思います。
その場合、人間を東京に集めておいて、さてよくしようといっても、これはなかなかできない話じゃないか、やはり一極集中是正を考えていかなければなりません。
全国総合開発計画というのがありますが、私はあれに経済企画庁長官として最初にかかわり合ったのは昭和三十七年ですから、今日まで三十年間、なんとかして東京集中を排除しようと、いろんな手法を用いたわけですね。新産都市というのをやってみたり、実にいろんなことをしましたが、なかなか成果が上がらない。私は永年の経験から、有効な手法というのは、新幹線、高速道路などの交通、通信、学校、医療、文化、そういうところを整備するという、当たり前の話みたいなんですけれど、その手法が一番効果を発揮してます。そういったインフラの整備をしっかりやっていきたいと思います。
〈景気問題〉
我が国の経済運営を考えていく場合の基本的な視点は以上のようなところだと思いますが、当面の課題として景気の問題があります。
景気の現状については、住宅投資の減少、自動車の売上低下などにみられるように、拡大のテンポが減速しつつあります。これまで、長期にわたる好況が続いただけに、経済活動の第一線にいる方にはこの減速感は大きいのではないかと思います。
私は、こういう時期には、経済動向に注意深く目配りしながら、適切かつ機動的な経済運営に努める必要があると思っています。先ほどの補正予算の際には一兆七千億円にのぼる財投の追加をしたところであり、また、土地取引金融に対する総量規制についても、地価の動向も見極めながら適切に対応していきたいと考えております。
〈政治改革〉
政治改革によって、政治に対する国民の信頼を高めていくことも、時代の緊急の要請です。
政治改革のためには、政治倫理の確立と同時に制度面においても金のかからない政治活動や政策を中心とした選挙が実現できるような仕組みをつくる必要があります。この問題については各党間で協議の場が設けられておりますが、昨日は新メンバーによる初会合が行われました。私としては、この場で一年を目途に具体的な改革の方向が生み出されることを期待しております。
それとともに自民党の政治改革本部の再構築も急がねばならないと思い、これも昨日、この問題に意欲的に取り組んでこられた長谷川議員に本部長就任を依頼したところです。
〈品格ある国つくり〉
日本が今危険なのは、少し金持ちになろうとしていて、おまけにほんとうの金持ちでないものだから、にわか成金なものだから、金の使い方がよく分かっていない。ちょっと傲慢だと言われることもある。そこらのあたりが心配なところです。個人でも決して卑屈にならず、おごらず、自分のすべきことを真面目にやっている人が品格のある人だと思うんですが、我が国もそういう「品格ある国」づくりを目指すときではないでしょうか。
東畑精一さんが、二十五年ぐらい前、私におっしゃたことがあります。「宮澤さん、我々は貧乏だったから、貧乏に処する道徳は親からたくさん習った。人の物を盗ちゃいけないとか、貧しくても分かち与えろとか。ところが、どうもこれから金持ちになりそうだ。そうすると富に処する道徳というのは今まで習っていないから、これはなかなか大変なことになるなあ。」と言われたことがあります。二十五年前ですから随分昔のことですが、今私はそれを時どき思い出しています。
私は、我が国が、国際社会において名誉ある地位を占め、国民が誇りを感ずることができるような品格ある国となるよう全力をあげて国政にとりくんでまいります。