データベース「世界と日本」(代表:田中明彦)
日本政治・国際関係データベース
政策研究大学院大学・東京大学東洋文化研究所

[文書名] 宮澤喜一内閣総理大臣の大韓民国訪問における政策演説(アジアのなか、世界のなかの日韓関係)

[場所] ソウル
[年月日] 1992年1月17日
[出典] 外交青書36号,383−388頁.
[備考] 
[全文]

(はじめに)

尊敬する朴浚圭{朴浚圭にパクチュンギュとルビ}国会議長,そして御列席の大韓民国国会議員の皆様,

私は,本日,大韓民国を代表する皆様に,そして皆様を通じて韓国国民の方々に,こうしてお話する機会を得たことを,大変うれしく存じます。国会閉会中にもかかわらず,私にこのような機会を与えて下さった議長閣下,各党の指導者と議員の皆様に,心から感謝の意を表したいと思います。

世界は今日,まさに激動の最中にあり,ここ朝鮮半島にも大きな変化の波がおし寄せています。貴国は昨年秋,ついに40数年来の念願だった国連への加盟を果たされ,また,去る12月の南北首相会談では,画期的な合意書が署名されて南北の関係に大きな進展が見られました。まさに慶賀すべきことであり,隣国としても喜びにたえません。

私は,かねてから貴国の力強い成長ぶりに注目し,是非とも貴国を訪問して盧泰愚大統領閣下をはじめ貴国の要路の方々と忌憚のない意見交換を行いたいと考えておりました。このたび総理としての初の外国訪問に,お祝いの言葉を携えて,歴史的な時期の只中にある貴国を訪れることができましたことは,私にとって大きな感激であります。

(新しい平和秩序を求めて)

 御列席の皆様,

冷戦の終焉は,平和を切望する世界のひとびとにとって朗報でした。私たち人類は新しい世界に大きく一歩を踏みだしたと言うことができます。しかし,湾岸危機をはじめ,旧ソ連邦の混乱やユーゴスラヴィアの内戦など,冷戦後の世界は激しい流動を続け,新しい平和秩序の確立が容易ならぬものであることを示しています。

このような時代に対処するには,世界のあらゆる国々が,積極的にその力を合わせ,新たな秩序づくりに向けて努力を行わなければなりません。世界の諸国が国連を中心に結集し,世界の平和と安定のために,それぞれの国力と国情に応じた貢献を行わなければならない時代が来ています。いまこそ国連がその創設時の理想の実現に邁進すべきときではないでしょうか。

私は,この意味からも,貴国が,正式に国連の仲間入りをされたことを,誠に心強く感じます。日韓両国は,アジアと世界のダイナミズムの牽引車としての役割を果たすことを求められています。両国が,これを契機に,国連という場においても,相談し合い,協調し合っていくことが大切です。日韓の協力関係は,国際社会に対して新たな意義を持つこととなるでしょう。

世界の平和と安定に貢献する際に我が国は,過去の教訓を踏まえ,平和憲法のもと専守防衛に徹し,他国に脅威を与えるような軍事大国にならないとの基本方針を堅持してまいります。そして,この方針をむねに,国際の平和と安全の維持のため,経済的貢献の強化に加え,政治的,さらには人的貢献の強化をはかってまいります。とくに,多大な貢献をしている国連の平和維持活動に対しては,平和維持隊への参加も含め,一層の人的協力を可能にするよう,現在国内体制の整備を進めており,国際社会の期待に応えていく決意です。

(アジア・太平洋地域)

御列席の皆様,

昨年10月のパリ会議において,カンボディア問題の包括的政治解決のための合意が達成されました。我が国は,アジアの一国として,また,カンボディア問題についての東京会議を開催する等の努力を行ってきた国として,このたびの和平の到来を心から喜んでいます。カンボディアは,今回の合意をもって長く苦しい戦火に終止符を打ち,国家再建に取り組んでいくことになりました。それは,東南アジアで最も不安定な地域だったインドシナ全体が,アジア・太平洋地域の活力ある経済発展に参加することを意味するとともに,私たちが強く関心を抱いているアジア・太平洋地域の平和と安定に明るい希望を投げかけるものでもあります。

そして今,アジア・太平洋地域は,近年のめざましい成長によって,国際社会から大きな注目を集めるようになっています。21世紀の世界を引張っていくのはこの地域だと言う人もいます。私は,このようなアジア・太平洋の活力は,この地域の人種,宗教,文化,伝統,価値観,経済の発展形態等が極めて多様であることに起因すると思います。かつては,その多様性と,それゆえの複雑性は,アジアの発展を遅らせている原因だとされました。しかし,時代の大きな変化の中で,いまそれが自ずと補完し刺激し合うようになり,たくましいエネルギーが生み出されているのです。

したがって,私たちは,この地域の発展をはかるに当たって,それが持つ多様性を尊重しつつ,域内の協力と対話を,この地域に適する,開かれた形で強化していかなければなりません。域内の協力と対話の場としては,既にアセアン拡大外相会議があり,この会議に貴国が昨年から参加されるようになったことは,心強いかぎりです。私はまた,1989年のアジア・太平洋経済協力閣僚会議,すなわちAPECの発足を極めて意義あることと考えています。特に,昨年秋,貴国で開催された第3回APEC閣僚会議において,中国,台湾,香港の参加が実現し,APECの理念,指針等を示す宣言が採択されたことを高く評価したいと思います。APECにおける我が国と貴国との協力がますま重要になっていくことは疑いありません。

さらに,私は,朝鮮半島と中国とロシアと我が国とを包含する北東アジアの大きな発展の可能性に注目したいと思います。この地域には,豊富な労働力と資源があり,日韓の経済力と技術力があります。今まで政治の壁にはばまれ,必ずしも十分な交流,協力が行われなかったこの地域ですが,冷戦の終焉に伴い,それぞれの経済の長所,短所を補い合い,生かし合える素地ができつつあります。日韓両国を中心に,また,米国等他の関係諸国の協力も得つつ,この地域を「緊張」の地域から「協力」の地域に変え,繁栄する開かれた北東アジアを創造することは,努力次第で実現の可能な私たちの夢と言えましょう。私は,この夢の実現の成否は,我が国と貴国との今後の協力にかかっていると申しても決して過言ではないと思います。

(朝鮮半島情勢)

日本国民は,朝鮮半島に平和的な統一が実現する日が来ることを心から願っています。それは,何よりも朝鮮半島の平和と安定が東アジアの平和と安定の要であるからです。また,その平和的統一を求めてやまない皆様の民族的な願いは,ここに多くの友人を有する隣人として,私たちにも痛いほどよくわかるのです。同じ家族でありながら,離れ離れになって暮らさなければならない朝鮮半島の離散家族の話を耳にするたびに,私は,胸を締めつけられる思いがいたします。日本人の中にも,配偶者と共に北朝鮮に移住したひとびとがおり,日本にいるその父母や親類縁者は再会を望んでいますが,なかなか実現いたしません。多くは高齢になったこれらのひとびとから,私たちに寄せられる手紙には,北朝鮮に移住した娘や妹に一目会いたいという思いが切々と綴られています。分断の悲劇は一日も早く終わらせなければなりません。その際,朝鮮半島の平和的統一は,南北間の対話を通じて達成されるべきものであることは言うまでもありません。

昨年の南北首脳会談で署名された合意書の中で,私が特に注目しましたのは,貴国の主張によって南北間の交流と協力がうたわれたことであります。イソップ物語にもあるように,人がマントを脱ぐのは,北風に吹かれたときよりも,暖かい太陽の光を浴びたときであります。私は,異なる政治,経済,社会体制の中で半世紀近くも過ごしてきた人々に,同胞としての変わらない愛情をもって接しようとする貴国の暖かい心に感銘しました。同時にまた,北朝鮮を孤立化させるよりもむしろ外の世界に迎え入れた方が,その改革と変化,特に開放を促し,朝鮮半島の平和と安定に資するという貴国の考え方に共鳴しました。貴国が,北朝鮮の国連加盟を支持されたのも,そのような気持の現われと言えるのではないでしょうか。私は,北朝鮮が,貴国の真意を理解し,国際社会の責任ある一員として行動するよう強く希望いたします。

我が国が現在北朝鮮と行っている国交正常化交渉は,これまでに5回の会談を重ねました。この交渉において,我が国は,日本と北朝鮮との間の不正常な関係を正すという側面だけでなく,日朝間の国交正常化が朝鮮半島の平和と安定に資するべきであるという側面をも重視しています。これは,北朝鮮を責任ある一員として国際社会に迎え入れた方がよいという貴国の考えと軌を一にしています。また,私は,これまでの会談で,我が国がこうした考え方に立って,朝鮮半島の平和と安定にとって特に重要な南北対話の促進を,常に呼びかけてきたことを申し上げておきたいと存じます。

ただし,かなり活発な議論の結果,双方の立場についての理解は進んだものの,日朝両者間の基本的立場の隔たりは依然としてさほど狭まってはおりません。とくに私は,核開発問題はこの地域の安全にとって重大であり,日朝の国交正常化までにどうしても解決しておくことが不可欠だと考えます。唯一の被爆国たる日本の国民は,朝鮮半島において核兵器が開発されることがないよう心から念願しています。そのため,我が国は,従来から,北朝鮮が国際原子力機関の査察を受け入れることに加え,再処理施設を保有しないよう求めてきたのです。

我が国は,貴国がこの問題の解決に向けてとってこられた非核化宣言,南北同時査察提案,核不存在宣言等の一連の措置を高く評価してきています。また,昨年末に南北間で非核化に関する共同宣言の案文に仮署名が行われたことは,この問題の解決に向けての大きな前進であり,心から歓迎します。我が国としては,今後この宣言が早期に実施に移されることを期待するとともに,北朝鮮がその言葉通りに,一刻も早くIAEA保障措置協定を締結,完全履行し,核開発に関する国際的な懸念を解消するよう引き続き強く求めてまいります。

我が国は,近い将来に朝鮮半島のすべてのひとびとの幸福を保障する平和的統一が実現することを期待し,今後とも貴国とは緊密に連絡をとりつつ,引き続き北朝鮮との交渉を粘り強く進めていきたいと考えます。

(日韓関係)

御列席の皆様,

日本国民は,貴国が世界の平和と自由と繁栄のため,努力してこられたことを知っています。1988年のオリンピックも,湾岸危機における多国籍軍への協力も,先般のアジア・太平洋経済協力閣僚会議の開催も,その一例だったと思います。日本国民は,貴国のそのような努力を高く評価し,その成功を心から喜んでいます。

貴国は今や世界の有力な国家であります。世界が貴国に期待する国際的役割もますます大きなものとなるでしょう。新しい世界への困難な航海をするに当たって,我が国が,そのような貴国を,歴史的,文化的な共通点の多い隣国として持っていることを,私は実に心強く感じます。そのような貴国と我が国との間のゆるぎない関係は,両国はもとより,アジア,ひいては世界を大きく裨益するでありましょう。そして,そのようなパートナーシップを,私は,「アジアのなか,世界のなかの日韓関係」としてとらえたいと思います。

このような重要なパートナーシップの基礎として,私たちは,何よりも両国間の信頼関係を確固たるものとしなければなりません。我が国と貴国との関係で忘れてはならないのは,数千年にわたる交流のなかで,歴史上の一時期に,我が国が加害者であり,貴国がその被害者だったという事実であります。私は,この間,朝鮮半島の方々が我が国の行為により耐え難い苦しみと悲しみを体験されたことについて,ここに改めて,心からの反省の意とお詫びの気持ちを表明いたします。最近,いわゆる従軍慰安婦の問題が取り上げられていますが,私は,このようなことは実に心の痛むことであり,誠に申し訳なく思っております。

さらに私は,先の大戦時に生きた人間の一人として,21世紀を担う次の世代に,私たちの世代の過ちを過ちとして伝え,これを二度と繰り返すことのないよう,歴史を正しく伝えていかなければならないと感じています。それは,私を含めて,私たちの世代の責任です。我が国はこれまでも日韓関係の正しい理解の普及に努めてまいりましたが,今後ともこのような努力を重ねてまいりたいと考えております。私は,過去の事実を直視する勇気,被害を受けられたひとびとの感情への理解,そして,二度とこうした過ちを繰り返さないという戒めの心を国民のあいだ,とりわけ青少年たちのあいだにさらに培ってまいる決意です。

今日,日韓両国の交流・相互依存関係は,飛躍的に高まっています。それに伴って,新たな摩擦や問題が生じてきていることも否定できません。しかし,これらの問題は,率直な話合いによって,理解や協調という解決を求めることができるでしょう。貿易不均衡についても,両国の協力により,貿易の拡大均衡の方向で解決されていくものと信じています。そのため,私は,盧泰愚{盧泰愚にノテウとルビ}大統領閣下に両国経済人を中心としたフォーラムを設置することを提案いたしました。私は,このフォーラムを,自らの直接の関心の下におき,そこで,貿易不均衡の原因と対策を忌憚なく議論して頂きたいと思います。フォーラムの提言については政府としても前向きに取り組んでまいります。

私たちは,常に明日の世界を見つめつつ,二国間の調和と協力に全力を尽くさなければなりません。それが,未来志向的な日韓関係を深め強化して,新しい世界をつくっていくための重要な道程です。

二国間の相互協力の土台は相互理解です。相互理解を推し進めていくには,双方が相手の歴史,文化,社会等をよく知らなければなりません。一昨年の盧泰愚{盧泰愚にノテウとルビ}大統領閣下の御訪日以来,我が国では,両国間の古くからの交流について,また,貴国の歴史,文化等について,新たな関心が高まりを見せています。

私は,こうした関心の高まりを活かすため,新たに次のような措置をとっていきたいと考えます。一つは,我が国の大学等における朝鮮半島の文化,言語等に関する教育研究と日韓両国の大学等の共同研究の一層の推進です。これを通じて両国の学術的,知的な交流が発展することが期待されます。もう一つは,貴国の歴史,文化,思想,伝記等の優れた書物を日韓共同で日本語に翻訳した上,我が国で出版し,我が国国民の幅広い層に貴国に対する理解を深めることです。また,これまでもいろいろな施策を講じてきた青少年交流については,明年度から5年間にわたり,さらに500名の貴国の青年を我が国に招聘したいと思います。これに加えまして,私は,単に二国間だけでなく,近隣国を含めた幅広い交流を進めていくため,日本,韓国,中国,旧ソ連邦等の青年を対象とする多角的な青年交流計画を検討しているところです。

他方,貴国におかれても,我が国の歴史,文化,社会等に対し理解を深めていただくことを希望いたします。このような双方の努力が進むならば,人的,文化的な交流はさらに進み,両国の友好協力の関係は,ますますゆるぎないものとなるにちがいありません。

御列席の皆様,

「漢江の奇跡」と呼ばれる貴国の経済成長は,すでに世界の知るところとなりました。日本がアジアで唯一の先進工業国であった時代は既に過去のものになりつつあります。両国が手を携えて,アジアで,また国際社会で行っていくべきことは,多くの分野に広がっています。

私はまず,我が国は,いまや援助供与国となった貴国と協調しながら,経済的貢献を進めていきたいと考えています。双方の豊かな経験を生かして,開発途上国への経済協力を推進していけるとは,実にすばらしいことではありませんか。

また,私は,自由貿易体制の恩恵を受けてきた日韓両国は,その体制の維持と強化に共に努力していくことが必要であり,ウルグァイ・ラウンドの成功のため協力していきたいと思います。

さらに私は,新しい協力分野として,日韓間の環境協力を挙げたいと思います。明るい21世紀をつくり,次の世代の子供たちに美しい自然の遺産を残していくため,共に国境を越えた課題としてこれに取り組んでゆこうではありませんか。

(むすび)

御列席の皆様,

私の地元の広島県福山市には,鞆浦{鞆浦にとものうらとルビ}という古くから海上交通の拠点として栄えた港町があります。それは,江戸時代の貴国からの通信使が上陸した寄港地で,私も幼いころはよく遊びに行きました。この地の福禅寺には,通信使一行の宿舎が今も残っており,「対潮楼」という宿舎の名を書した木額がかかっています。この木額は,この宿舎を「対潮楼」と名付けた,通信使の正使洪啓禧{洪啓禧にホンケフイとルビ}が,息子の洪景海{洪景海にホンギョンヘとルビ}に書かせ,福禅寺の住職に与えた文字をもとにつくられたといわれております。靹浦{鞆浦にとものうらとルビ}から島々の浮かぶ海は瀬戸内海でも絶景の一つであります。御出席の皆様も,日本にお出でになるとき,ぜひ一度,この古き日韓交流の跡を訪ねていただきたいと思います。

私は,日韓両国の先人たちが残してくれたこのような交流の歴史の上,「アジアのなか,世界のなかの日韓関係」として何百年,何千年と続く両国の友好協力関係が築かれることを願ってやみません。このたびの私の貴国訪問が,そのような両国の関係の進展にいささかでも貢献できるものとなることを願いつつ,私の話を終わりたいと思います。

御清聴ありがとうございました。