データベース「世界と日本」(代表:田中明彦)
日本政治・国際関係データベース
政策研究大学院大学・東京大学東洋文化研究所

[文書名] 国連環境開発会議(UNCED)における宮澤喜一内閣総理大臣演説

[場所] ブラジル
[年月日] 1992年6月13日
[出典] 外交青書36号,392ー394頁.
[備考] 
[全文]

コロール議長閣下,ガリ事務総長閣下,並びにご列席の皆様,

まず,皆様の前で所見を述べる機会を与えて頂いたことにつき,開催国ブラジルをはじめとして関係者に深く感謝致します。

議長,

世界は今大きな転換点にあります。我々は新しい国際秩序を模索しています。この新秩序は,人間一人一人の幸福を重視し,自由,民主主義,持続的開発という原則を通じて人間の尊厳が全うされる秩序でなければなりません。我々は,新しい「地球市民時代」の構築を目指すべきであります。

環境を保全しつつ持続可能な開発を実現することは,「地球市民時代」の最も基本的な要件であります。我々が地球的行動をとり得るか,しかも,今取り得るか否かに,将来の世代の生存がかかっています。

議長,

今回,リオ宣言をはじめ,環境分野の国際協力の枠組みについていくつかの画期的な合意が得られたことは,持続的開発に向けての我々の取り組みの重要な第一歩であります。

気候変動枠組み条約に関しては,特に先進国を中心とした全ての諸国がコミットメントを忠実に実施することが期待されております。我が国は,「地球温暖化防止行動計画」に従って,CO2排出量を2000年までに概ね1990年レベルで安定化させるよう努めていく所存です。生物多様性の保護も国際協力の重要な分野であります。オゾン層の保護に関しては,我が国は条約と議定書の義務を前倒しして,96年に全廃する方向で,オゾン層破壊物質の段階的削減を早めて参ります。森林に関する原則声明については,我が国はこれを行動に移していくよう努力します。我が国は,国民運動を通じ,国土緑化に取り組んできましたのでこの経験を世界の緑化推進に役立てたいと考えます。

貧困の問題と結び付いた途上国の伝統的な環境問題も,国際的な取組みを必要とします。アジェンダ21の行動計画はまさにこれを求めるものです。

我々の仕事は始まったばかりです。これからどのような行動がとられるかが肝要であります。

議長,

私は,環境と開発は両立するのみならず,長期的に見れば,両者は相互に補強しあうものと確信しています。我が国は,戦後,急速な経済成長を遂げた過程で,深刻な公害を経験しました。水銀汚染による水俣病,大気汚染による四日市喘息などの公害に起因する悲惨な病の発生もありました。このことは,幾千年の間,自然の摂理と移ろいと共に生きてきた我が国の人々を深く悲しませました。ここから,我が国は,国際的にも最も厳格な環境規制を実施してきました。企業の側も,技術革新などの努力を鋭意進めました。これらが相俟って我が国は省資源,省エネルギーの社会体質へと脱皮し,環境状況にはようやく顕著な改善が見られるようになりました。今日,世界のGNPの14%を占めている我が国のCO2排出量は世界の総量の5%に充たず,硫黄酸化物(SOx)の排出量はわずか1%に過ぎません。

議長,

我が国は,地球資源を利用して豊かな繁栄を享受する国として,環境と開発に関する国際協力において率先した役割を果たしていくべきであると考えます。

我が国の社会経済はその規模の大きさだけからしても地球環境に大きな係りを持っています。従って,日本を地球に優しい日本としていくことは国際的な責任でもあると思います。私は,日本の社会を,本当の豊かさとゆとりを持った品位ある社会に成熟させていくことを自らの政治的使命と考えており,環境への取組みはその重要な柱であります。具体的には,省資源,省エネルギーを一層促進すると共に,現状を打破する技術的な方途を追求し,これを国際的にも役立てていきたいと思います。

議長,

次に,我が国は,他国,特に途上国による環境への取組みを,現在ある二国間,多国間のメカニズムを通じて支援していきたいと思います。その際,こうした支援が真に有効に活用されるためには,途上国自身の自助努力がまず重要であることも指摘したいと思います。

アジェンダ21を実施していく上では,特に,国際開発協会(IDA)が有益な役割を果たすことになりましょう。第10次増資交渉に当たっては,この点に適切な配慮を払う必要があります。地球環境基金(GEF)については,所要の改善を経て,今後とも地球環境問題に対する資金協力の面で中心的役割を果たすこととなりましたが,効果的かつ効率的実施を確保するメカニズムができることを前提に,適切な資金が確保される必要があります。我が国としても,積極的貢献を検討していく考えであります。

議長,

政府開発援助については,着実にその拡充に努めており,現在88年から92年までの5年間の実績を500億ドル以上とするべく努力中であります。特に,環境分野の援助については,アルシュ・サミットにおいて89年度から91年度まで3年間3,000億円を目標として表明し,その実績は4,000億円以上と立派に達成しました。

国連環境開発会議(UNCED)を契機として,地球環境保全の重要性についての内外における認識が高まっていることを踏まえ,我が国は政府開発援助の適切かつ計画的な実施を通じて,地球の緑,水,空気の保全,そして途上国の環境問題対処能力の向上に貢献をして参りたいと思います。そのため,引き続き本年4月から始まる92年度より5年間にわたり,環境分野への二国間及び多国間政府開発援助を9,000億円から1兆円を目途として大幅に拡充・強化することに努めることとします。

環境分野の援助実施に当たっては,途上国との共同の努力(パートナーシップ)が特に重要であり,政策対話を通じ優良な案件の発掘,形成,実施を積極的に進めて参る考えです。

資金協力,技術移転,及び人材開発等において,政府の援助のみでなく,民間企業の協力が極めて重要な役割を果たします。NGOの活動ももとより不可欠であります。日本政府はこうした民間の活動を高く評価しており,今後ともこれを積極的に支援していく所存です。

議長,

地球環境を守るための我々の共同事業は,今ようやく緒についたところであります。このリオでの決意をこれからどのように将来の行動に結実させ,地球の未来を守っていくか,それが我々にとっての真の挑戦であります。上り坂がいかに苦しくとも,我々は,前進していかなければなりません。地球市民としての矜持を羅針盤として,共にこの挑戦に立ち向かおうではありませんか。

有難うございました。