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日本政治・国際関係データベース
政策研究大学院大学・東京大学東洋文化研究所

[文書名] カンボジアPKO問題について(宮澤内閣総理大臣)

[場所] 
[年月日] 1993年5月12日
[出典] 宮沢演説集,676−682頁.
[備考] 
[全文]

 記者 それでは、ただいまから記者会見を始めさせていただきたいと思います。

 今日は、カンボジア問題にテーマを絞りまして、時間は約二十分間を予定しております。最初に幹事の方から四問程度お尋ねして、その後、各社から自由に質問をさせていただきます。よろしくお願いします。

 では、総理にお尋ねします。国連ボランティアの中田さんに続きまして、最近政府が派遣しました文民警察官の高田さんが殺害されるという極めて痛ましい事件が起こりました。この事態は{前1文字ママ}総理はどのように受け止めていらっしゃるのか。そして、カンボジアにおける今後のPKO活動をどうなさろうとしておるのか、その点をまずお伺いいたします。

 総理 先般、国連のボランティアの中田さんが殺害をされ、また去る五月四日には国際平和協力業務に従事していた我が国の文民警察要員五名の方が、他国のUNTAC要員とともに、武装グループの攻撃を受けた。うち、高田晴行さんが殉職をされた。残る四名の方々も負傷されるという誠に痛ましい事件がありました。こういう事件の発生に対して、深い悲しみと強い憤りを感じます。そして、中田さん、高田さんの御冥福をお祈りし、ご遺族に衷心からお悔みを申し上げます。また、負傷された、方々は一日も早く回復されることをお祈りしています。

 こういうふうに、世界平和のために努力をしてこられた前途有為な人材を失ったことは誠に断腸の思いであるし、このようなカンボジアへの部隊あるいは要員の派遣を決めましたのは本部長である私でありますので、そういう意味で深く自分としての責任を感じます。

 先般、村田自治大臣・国家公安委員長にカンボジアに行っていただきましたが、これは、派遣要員の安全を是非とも図らなければならない、安全を期したいという考えであります。具体的に選挙委員あるいは文民警察要員の安全確保について申し入れるとともに、我々としても要員の装備の強化であるとか、あるいは現地支援体制の充実強化などに、日本政府としても勿論最善を尽くす。それは、もとよりUNTACの理解と協力を得てのことですけれども、これからも万全を期したいと思います。

 村田大臣にもいってもらいまして、いくつかのことが分かってきましたが、要員の一層の安全強化のために、場所によってその要員の水や食糧等がなんらかの事情で奪われてしまったというようなこと、あるいは今後物資の輸送が必要である、あるいは、病人の移動も要り用だというときに、輸送手段が非常に乏しいということが分かりました。それで、そういうご相談もあって、輸送力をヘリコプターその他、陸上もあるかもしれません。

 国連が各国に対してUNTACの安全強化のために、輸送能力の増強を柱とする支援改めて国連が支援を要請いたしましたが、我々としては、日本としては、これはUNTAC全体のためである。勿論我々の同胞のためでもあるけれどもと考えましたから、そういうふうにあることと考えますが、そのための費用はさしずめ百万ドル程度と思うが、我々が緊急支出をするということを決めました。具体的なことは、事は急を要しますので、国連とさらにご相談しようと思っています。

 カンボジアの今日までのところをいろいろ考えますと、十三年間戦争をして、それは、もう皆が戦いに疲れて、ともかく我々も含めて各国が仲介をしてパリ協定というものができた。で各派ともこれには署名もしたし、各派も自分たちだけで国づくりができないと言う、昨日まで戦っていた訳ですから。そこでUNTACというものを受け入れるということで我々の活動が始まった訳です。

 ただ、そういう状況でありましたから、すぐに平和になるという訳にはいかなくて、そうであればもうよそからの手伝いは要らなかった訳ですから、現実には和平のプロセスが進む過程で武装解除が思った通りにいかないという事態がまずありました。それが今日の事態の一つの原因になっている訳ですが。そのうえで、クメールルージュが選挙への参加を拒否するというような事態に今なっている訳ですけれども。振り返ってみると、しかしそれは我々がカンボジアの国民の国づくりを助けようということでUNTACの活動を開始している。そういう状況の中でも、今日でもポル・ポト、クメールルージュの言っていることは、自分たちはパリ和平協定は絶対に守ります。つい先だっても改めてそう言っている。ただ、これが忠実に履行されていない。それは、ベトナムの人が残留しているという主張もあるし、SNCというものが十分に独立の働きをしていないというようなこともあるんですけれども、とにかくパリ和平協定はひとつ忠実にやってください。SNCというものについても、パリ和平協定以来認めている訳で、今、会議には出てこないけれども、基本的には認めているということだから、したがって和平協定の全体の枠組みというものは勿論壊れていないと考えますし、またこの十三年間の戦争が終わって今日までの道筋を考えると、やはりみんなで選挙をやって皆さんで国づくりをされるということが本当なんではないだろうか。現実にカンボジア国民の九割といいますが、四百七十万の選挙登録があるということは、それがカンボジアの人々に大多数の意思であろうというふうに思いますね。

 したがって、我々は誠に今度のようなことがあって、誠に残念だし、辛い思いはするが、ここでやはりこの選挙をカンボジア人の選挙をカンボジア人によってやってもらうということが、尊い犠牲に対して報いる道でもあるし、本来それが我々がそういうつもりでこの行動に参加したゆえんだというふうに考えております。

 記者 今の総理のご説明ですと、飽くまでもパリ和平協定は崩れていないという認識で、しかし、一方でもともとポル・ポト派はゲリラ戦を展開してきた訳ですから、それが選挙、近づくにつれてさらに各地で広がっていることを見れば、事実上破綻をきしているのではないかという見方も一方にある訳です。

 それと、先ほどの総理のご説明に立ちますと、これは考えたくない実態ですが、新たに犠牲者が不幸にして出た場合でも、そういう現状では飽くまで日本のPKO活動、撤退ないしは中断されることはないと、このように受け止めてよろしいんでしょうか。

 総理 ポル・ポト派が選挙不参加ばかりでなく妨害もあるかもしれません。そう思われる行動に出たのは、恐らく選挙のこれからの見通しということもあるでありましょうし、この間の声明によれば、ベトナム人が完全には追放されていないんだというような主張もあるであろうと思うんですね。

 ですけれども、重ねて言いますように、和平協定そのものをちゃんともっとちゃんとやってくれ、忠実にやってくれと言っている基本的な立場は、パリ和平協定を否定してしまってはポル・ポト派の主張というものは成り立たなくなってしまうものですから、そういう妨害なり不参加はあるけれども、やはり基本的にはパリで約束したこと、その枠内で事は行われていると私は考えています。

 それで、日本としてはこういう事態の中でああいう国連平和協力法というものをつくりました。それは冷戦が終わって、我々も新しい平和秩序の構築に国際貢献をしなきゃならないという国を挙げての議論の中でああいう法律が成立をし、こういう貢献に出ている訳でありますので、大筋として我々のやっていることは、我々のすべきことであるし、また世界から期待されているところであろうと思います。

 したがって、ただいまのお尋ねですが、各国と一緒に国連を助けてこういうUNTACの仕事に参画をして、その目的が選挙が、無事にカンボジア人の大多数の意思を表示する形で行われるということ、その目的はやはり私は貫徹すべきであると思います。不幸なことが起こったのは誠に残念でした。申し訳ないことだけれども、ただいま申し上げましたようなことで、全力を挙げて、そのような不幸が再度起こらないようにしながら、この選挙という目的を達成しなければならない。我々に求められているそれは、国際貢献であるというふうに私は考えています。

 記者 今、カンボジアにおられる日本が派遣している要員、これの基になっているのは、今おっしゃいましたPKO法案ですが、その時の審議を巡りまして、政府は安全である、あるいは危険なところには行かないというようなご説明があったと思うんですが、現在の状況を見ますと多少違っているのではないかなと思われます。総理はこれに対して、見通しが甘かった、もしくは説明が足らなかったと思いますが、そこら辺についてご説明頂けますか。

 総理 私自身は、そこはいつも注意深くご説明をしてきたつもりですので、おっしゃるようには実は思っていません。私がご説明してきたのは、ともかく十三年間の戦争というものにもう倦んで、和平をしようというところまでは来た。だから、パリ和平協定ができたんだけれども、そうかと言って自分たちだけで国づくりができるかと。それはいかにもできないということから、UNTACの支援を求めたいということですから、本格的に平和にはなったんだけれども、その辺は極めて脆弱なものだということが、これは客観的に明らかであったと思うんですね。

 しかし、国連の平和維持活動というのは、たくさん武器を持っていってみんなを撃ち殺してしまおうというのでは、これは平和の反対ですから、そうでなくて信用と説得によって仕事をしようという、極めてある意味で極めて難しい、これこそ、何方かの言葉を借りれば本当にベテランたちのする仕事だという性格を持っていますということは申し上げて来たつもりです。

 殊に我が国の場合、憲法との関係がありますから、他国よりはより一層過剰な武器使用にならないようにということを、法律に極めて明確に制限的に書いてありますので、そういう意味では、出掛けられた諸君にそれだけ難しい仕事をお願いしているということになるということも国会ではご説明をしてきたつもりです。

 記者 もう一問なんですが、先日村田大臣がカンボジアを訪れたときに、文民警察官の方からは極めて厳しい窮状が、訴えの声が出たんですが、政府としてこれらの文民警察官の方に、引き続き任務継続の意思を確認されるようなお考えはおありでしょうか。もしその場合、帰国の希望が出た場合、どのように対応されるんでしょうか。

 総理 今朝、村田大臣からいろいろ報告を伺いましたが、現実に起こったと思われることは、ある地域において水、食糧等が尽きてしまったというか、夜中に自分の住処に蓄積していたものが盗まれたということらしいんですが、そういう状況の中で、しかし、新たにそれを求めるためには、状況が悪くなっていたという、現実にそういうことが、これはどこでもという訳ではなくて、ある場所であったようです。

 しかし、これでは文民警察の仕事は現実にできません。ですから、自分たちに与えられた任務が、これでは遂行できなくなりますと言われることは、それはもっともなことです。したがって、そういうふうに言わば局地的に起こった事態というものにこれからどう対処するかというのが一番大事なことだと思います。

 村田大臣は明石代表とも話をされて、そしてこういう状況の中でやはり投票所というものはある程度減らさざるを得ないんだろう。千八百から千四百あるいはもう少し減らすかというお話であるようですけれども、日本だけのことではありませんが、そうなればやはり今までの人たちの再配置ということも当然起こってくる。

 というのは、仕事ができるような環境を実際に整備して、それで仕事をしてもらう。整備するのは我々の側、UNTACの側の責任ですから、そのうえでひとつ文民警察の諸君にもさらに職務を遂行してもらいたい。こういうふうな状況、条件を整えることが先決だというふうに私は思っています。そうなれば、その人たちも自分から進んで行ってくれた人たちですから、この任務についてはきっと、さらに喜んで従事してくれるだろうと私は事態を考えております。

 記者 そういう条件が、仮にUNTACとの調整の中で整わなかった場合、その場合は現場の判断によって、こういう地域の文民警察については一時休止にしても構わないというご判断はされるんですか。

 総理 そういうことは思っていないので、先ほども申しましたように輸送手段が少ないのならば輸送手段を空なり、あるいは陸なりから早く、これは既にかなり具体的に進行し始めているようですけれども、整備して、そしてそのような状況を改善をするということがあってのことです。それはちゃんとしなければいけないだろうと思うんです。勿論、一人一人の状況で、食べるものも飲むものもなくなっちゃったというときに、その限りにおいて現実に任務ができなくなったという局地的にそういうことはあり得るでしょうけれども、しかしそういう状況は改めなければいけないと思うんです。

 記者 今、総理もおっしゃられましたけれども、PKO活動については総選挙を貫徹することに全力を挙げたいということなんですが、総選挙が実際に済めば、中山防衛庁長官も自衛隊の施設大隊の引き揚げをおっしゃっていますけれども、総選挙が済んだ場合のPKO要員は今後どうされるか。その辺については、どういうお考えですか。

 総理 いろいろな状況から判断して、総選挙に至るまでのここのところが恐らく一番難しい十日間であろうと思います。その後はまた状況が恐らく変わってくると思いますが、総選挙の後、制憲議会があって新政府がつくられ、そこでパリ協定ではUNTACの活動期間が九月十五日ということになっています。それで、文民警察の要員の活動期間は昨年の十二月から九か月ですからちょっと違っていますけれども。

 ですから、総選挙が済んだ後の国づくりというものに、UNTACがなにをカンボジアの人々から求められるのかということが、今はちょっと予想が難しいので、基本的には九月十五日でありますけれども、それから後でどのような状況になるかということは見ておく必要はあるだろうと思っています。

 例えば、ポル・ポトは、シアヌーク殿下を中心にみんなで国をつくろうという発想を持っているとも伝えられるし、その辺のことはちょっと選挙が済んでと判断をしなければなるまいと思います。

 記者 先ほど総理は責任を痛感されているという話をされましたけれども、今後の展開で新たな犠牲者が出るような事態になりましたら、その場合の具体的な責任の取り方というのはなにかお考えになっていますか。

 総理 私が責任と言ったのは、やはりこういうカンボジアに人を出す、モザンビークに人を出すということは、本部長としての私の決定でしていることですから、私はその決定に責任を持たなきゃならない。こういう場合、不幸にして二人の尊い犠牲が出た、そういう安全を脅かされるような状態は、万全を挙げて解消して、与えられた使命を我が国としても果たす。私は、そういう決心をしています。

 記者 それでは、会見を終わらせていただきます。