データベース「世界と日本」(代表:田中明彦)
日本政治・国際関係データベース
政策研究大学院大学・東京大学東洋文化研究所

[文書名] 第48回国連総会細川護熙内閣総理大臣一般演説

[場所] 第48回国連総会
[年月日] 1993年9月27日
[出典] 外交青書37号,173ー177頁.
[備考] 
[全文]

議長、

事務総長閣下、

御列席の皆様、

 私はまず、ガイアナの駐日大使でもあられる閣下が、先週総会議長に就任されたことに対し、お祝いを申し上げます。私はまた、過去1年間総会議長を務められたガーネフ前議長の業績、とりわけ総会の改革努力に深い敬意を払います。

 私は、また、就任以来のブトロス=ガーリ事務総長の平和のための献身的努力と国連改革に向けての勇気ある行動を高く評価します。

 過去1年の間に更に六つの国が国連に加わりました。私は、これら諸国の代表に対し、心からの歓迎の意を表します。

議長、

 日本においては、38年振りの政権交代の結果、私を総理大臣とする連立政権が誕生しました。このような日本の政治の変革は、東西対立の終結による国際社会の激変と無縁ではありません。日本の政治は、冷戦の終結によって歴史の新しい「頁(ページ)」に入ったのではなく、新しい「章(チャプター)」に入ったのであります。

 日本はまた、あらゆる分野における改革、即ち、政治改革、経済改革、行政改革という「三つの改革」の時代を迎えたのであり、このような改革は、日本と国際社会とのきずなを一層強固なものとする上でも重要であると考えます。

 私は、このような国内改革の実現に全力を傾注している中で、国連総会を最初の外国訪問先に選びました。これは、我が国が、国連が国際の平和と安全を維持するために死活的な重要性を有していると考えており、国連による種々の努力に対し人的及び財政的な貢献を果したいと考えていることを明確に伝えたかったからであります。

 更に私は、この機会に過去の歴史への反省を忘れることなく、今後我が国が一層世界の平和と繁栄のために寄与するとの固い決意を改めて申し述べたいと考えます。

 最近のロシア情勢に関しては、我が国は、エリツィン大統領の改革努力を引き続き支持するものであります。ロシアにおいて、国民の意思を反映する政治状況が早期に創出され、改革が更に推進されることを強く期待します。

(国連の目標実現のための課題)

議長、

 国連及び加盟国の今日の目標は、自由、民主主義、人権の尊重という普遍的原則に立った世界平和の構築にあります。

 このような目標を実現していく上で、国際社会が特に努力を払わねばならない四つの点につき私の考えを申し述べます。

(軍縮・不拡散)

 まず、軍縮から始めます。

 NPT(核不拡散条約)は、核不拡散体制の柱であります。私は、日本が1995年以降のNPTの無期限延長を支持することを表明します。私は、また、未加入の国の加入を得て、この条約の普遍性を高めることが極めて重要であることを強調します。同時に、この条約の無期限延長は、核兵器国による核兵器保有の恒久化を意味するものであってはなりません。

 かかる観点から、我が国は、米、露における核軍縮の進展を歓迎するとともに、全ての核兵器国が一層核軍縮の進展に努力することの重要性を指摘します。また、包括的核実験禁止に向け本格的交渉が開始されることになったことを高く評価します。我が国としても旧ソ連の核兵器解体支援等、核兵器の減少に向けて積極的な努力を展開していくつもりであります。北朝鮮に対しては、とりわけIAEA(国際原子力機関)との間の保障措置協定の完全な履行を通じ、核兵器開発に関する国際社会の懸念を払拭するよう強く求めます。

 通常兵器については、国連軍備登録制度の実効的な実施が必要であり、より多くの国がこれに参加することを強く訴えます。我が国の経済協力の実施に際しても、被援助国の軍事支出等の動向に引き続き十分注意を払っていく考えであります。

(紛争の予防と平和的解決)

 第2に指摘したいのは、紛争の予防のための外交努力の重要性です。

 紛争の予防と解決のためには、地域的安全保障の枠組みや二国間・多国間の政治・安全保障対話を十分利用することが有益であることは論をまちません。

 この関連で、私は、先に大きな感動をもってみたイスラエルとパレスチナ人の間の歴史的な原則宣言署名を歓迎すると共に、関係指導者の勇気ある決断に心から敬意を表します。今後この合意を現実の平和に移すため、国際社会の積極的な支援を速やかに行うことが不可欠であります。我が国は引き続き多国間協議等で建設的役割を果して参ります。この機会に、私はパレスチナに対し、2年間で2億ドルを目途に支援を行うとの日本の方針を表明します。この支援は、食糧・医薬品のための無償援助及びインフラ整備のための低利の資金協力を含むものとなりましょう。

 人道的配慮、特に人種の尊重は、平和の問題と不可分であります。戦争が戦われている所では、人権の尊重はありません。逆に、人権の尊重が確立された国においては、紛争は発生しにくいものであります。我が国も、人道問題の解決に向けて積極的貢献を果たすべく、例えば、世界のいかなる地域であれ、人道的活動が必要な場合には、我が国の関係者が他の国の人々と共に汗を流しているような国のあり方を目指したいと思います。

(経済開発)

 第3に、平和の構築に当り、その根幹とも言える経済開発につき申し上げます。

 旧社会主義国を含め、世界の殆どの国が「市場経済」という共通の言語を話すに至った現在、市場経済に基づく世界経済の発展が急務であります。日本を含む先進国は、移行期にある諸国の政治・経済両面での変革の努力と途上国の開発努力の双方に対する支援を進めるべきであります。その際、移行諸国への支援は、途上国支援の犠牲のもとに行われるべきものであってはなりません。

 開発途上国との関係では、日本は、今や総額で世界の最高水準に達している自国の政府開発援助を更に拡充するため、最近第5次ODA中期目標を策定し、その計画の下で、1993年からの5年間に総額700ー750億ドルのODAを供与する予定であります。

 このような努力の一環として、我が国は、2週間前に東京で「第3回モンゴル支援国会合」を主催し、来週は東京において、国連の協力を得て、「アフリカ開発会議」を開催することとしております。

(地球的規模問題への取組み)

 第4の課題は、地球課題や人口といった地球的規模問題への取組みです。

 地球環境問題解決の緊急性につき繰り返す必要はありません。我が国は、過去に深刻な公害を克服した自らの経験と能力を生かして、問題解決に向けた国際的努力に主導的な役割を果たします。例えば、環境関連技術の開発とともに、昨年日本に設置された国連環境計画(UNEP)国際環境技術センターを通じ、途上国への技術移転にも率先して取り組みます。昨年の国連環境開発会議(UNCED)において、日本は、5年間で70ー77億ドルに相当する環境関連ODAを実施することを約束しました。このうち4分の1以上をすでに実施しました。

 人口問題は、貧困や飢餓の原因ともなり、その解決は持続可能な開発のためにも重要です。この問題に対しては、教育や広報を視野に入れた幅広いアプローチが必要です。来年のカイロでの「国際人口開発会議」の開催を前に、我が国は「人口問題に関する賢人会議」を1月に東京で開催します。

(国連改革)

議長、

 国連は、1995年に創設50周年を迎えます。第二次大戦直後に誕生した国連を取り巻く国際環境は、劇的に変化しました。その間、加盟国も51から184に拡大しました。

 今日、国連に対する国際社会の期待は高まる一方であります。このような期待に応えるためには、21世紀を目前に控え、新たな時代の要請に応え得るための真摯な改革努力が必要であります。

 私は、特に、平和維持活動、安全保障理事会の改組、行財政改革の3点につき考えを申し述べます。

(平和維持活動)

 国連の平和維持活動に対し人的貢献を行うため、日本は、昨年、国際平和協力法を成立させ、アンゴラ、カンボディア及びモザンビークに要員を派遣しました。今後ともこのような協力を着実に進めていきます。

 近年の国連維持活動の中で特筆すべきは、カンボディア暫定機構(UNTAC)の成功であります。関係諸国及びUNTAC関係者の努力に敬意を表したいと存じます。カンボディアにおいては、和平に関する包括的な枠組みが存在したこと、及び国際社会がこれを支持したことが、成功につながったと言えます。このような経験は国連の将来の活動に対し、有益な示唆を与えるものであります。

 PKO要員の安全確保は、国際社会として優先的に取り組むべき課題であり、今次総会での活発な討議に期待します。

 また、個々のPKO活動の時限化、適正な評価、及び活動期間の延長に当たっての既存の活動の厳格な見直しが必要であります。更に、昨年設立された平和維持留保基金の完全な発足とその活用を強く希望します。

(安全保障理事会の改組)

 激増する地域紛争と安全保障理事会の役割の飛躍的増大に伴い、国際の平和と安全に主要な責任を有する安全保障理事会の機能強化が必要であります。そのためには、世界の繁栄と安定のために貢献する意思と相応の能力を持つ加盟国を積極的に活用していくことが重要であります。昨年の総会決議を受け、我が国を含む多くの国から提出された意見書の大勢は、効率性を確保しつつ、安全保障理事会を拡大すべしとの大きな方向性を示しています。安全保障理事会の改革問題に関する議論には、我が国としても建設的な立場で参加して参ります。

(行財政問題)

 今日の国連財政の状況は、極めて深刻であります。特に、PKOの急増は、財政需要を迅速に満たすことの困難さを提起しております。しかし、いかに有益な活動であれ、それを支える資源なくしては無力であります。私は、加盟国がこの現実を直視し、自らの責務を果すことの重要性を改めて指摘したいと思います。

 他方、私は、国連が、しばしば不効率や無駄遣いといった言葉と一緒に語られることを憂慮しています。財政面での規律の一層の強化と実効的なコントロール機能が必要であり、国連自身の最大限の努力に期待します。

(まとめ)

 我が国は、以上の3点を踏まえて改革された国連において、なし得る限りの責任を果たす用意があります。

(結語)

議長、

 国際連合の前身である国際連盟が1920年に設立された時、日本の著名な教育者である新渡稲造博士が事務次長の一人に就任しました。同博士は、日本の伝統的考え方を世界に紹介し、「道義」を重んじることが日本人の重要な価値観と述べた人物です。同博士は、ある講演において、「インターナショナル・マインドはナショナル・マインドの反意語ではありません。……丁度博愛や慈悲が身近なところから始まるべきものであるように、インターナショナル・マインドは、ナショナル・マインドの延長であります。」(注)と述べています。日本と国際社会とのきずなに関する私の考えを良く反映しているこれらの言葉をもって、私の演説を終えたいと思います。

ご清聴ありがとうございました。

(注)本件引用の原文は次の通り。

"An international mind is not the antonym of a national mind...........,The international mind is an expansion of the national,just as philanthropy or charity .........should begin at home."