データベース「世界と日本」(代表:田中明彦)
日本政治・国際関係データベース
政策研究大学院大学・東京大学東洋文化研究所

[文書名] 米国ジョージタウン大学における細川護熙内閣総理大臣演説(仮訳)

[場所] ワシントン
[年月日] 1994年2月11日
[出典] 外交青書38号.
[備考] 
[全文]

 オ・ドナヴァン学長、

 並びに御列席の皆様、

 私は、本日このジョージタウン大学において、お話しする機会を得ましたことを、嬉しく、また、光栄に思います。ジョージタウン大学は、日本ではその強力なバス ケットボール・チームというよりは、さまざまな分野で傑出した指導者を排出してきたことで有名です。ここジョージタウン大学は、私と妻の卒業した上智大学と密接な関係にあります。そのため、私と妻がこの大学に対して抱く気持ちには、特別のものがあります。そして、何より私が嬉しく思いますのは、皆様の中に数多くの若い方々がいらっしゃることです。私は皆さんのために、そして、日本の若者たちのために仕事をし、皆さんと私たちがより良い未来を持てるように努力しているのです。

 世界的な変革期という困難な時代にあって、将来は大変不確実なものとなっています。アメリカも、日本をはじめとする多くの国々と同様、深刻な問題に直面しています。しかし、アメリカは、依然として、多くの点で他の国にとっての模範であります。民主主義に基づいて社会を築き、より良い国民生活の実現を目指す国にとって、アメリカの経験から学ぶことは多いでしょう。

 私がそう信じるのは、私自身の家族の経験にも基づいています。私と妻は、数年前、子供達がアメリカで生活する機会を得たことを嬉しく思っています。子供達は、アメリカの小さな町でホームステイをして、友達を作り、個性と自由な競争を尊重する社会で生活することの意味について、理解を深めることができました。

 新しい時代を一言で表現しようとすれば、「変革」ということになるでしょう。

 旧ソ連諸国の政治状況には、劇的な変化が見られます。欧州においては、かつてない高度な統合に向けて、歴史的な動きが見られます。そして、米国は、変化を実現しようとする新しい大統領の下にあります。私自身についてみても、多数の日本国民が政治を根本的に変えようという決断をしなかったなら、本日、日本の総理大臣として皆様にお話しすることはなかったでしょう。

 本日、私は、変革という課題について考えを述べたいと思います。また、より安定し、繁栄した世界を築きあげるため、日本がどのような役割を果たすべきかについて、考えを述べたいと思います。このような共通の目標に向けて、日米両国の協力は、特別な重要性を持っています。

 日本において、戦後一貫して続いてきた政治と行政のシステムを改革する過程が始まりました。最近の新聞の見出しからお分かりになるように、この過程は、私たちにとって、また、私自身にとっても、苦痛を伴うものです。先日のワシントン・ポスト紙の記事は、私のことを「ポーカー・フェイス」と書いていました。私自身はそうは思っていないのですが、最近の出来事を考えると私は確かに、この頃、少しばかり憂鬱そうに見えるのかもしれません。実はクリントン大統領と私は多くの共通点を持っているのではないかと思います。私たちは二人とも、現在の職務についてから、難しい問題に直面してきました。二人とも、新聞やテレビで悪く言われたこともありました。そして、二人とも、改革に向けて人々の理解を得るために、大変な苦労をしてきました。しかし、クリントン大統領が前進しているように、私たちも前進しています。問題なのは、日本の変化が他の国には遅すぎるように見えることです。また「日本株式会社」といった誤ったイメージの問題もありますが、こと改革に関する限り、「日本株式会社」のとおりであったらよいのにと思うことすらあります。しかし、現実には、ご存知の通り、日本国民の間で議論が絶えないのが真実であります。また、改革に関する意見の相違が、改革の進展を遅らせているという現象もあります。しかし、私がはっきり申し上げたいことは、私たちは前進しているのみならず、目標の実現に強い意思を持っているということなのです。

 私の目標は、政策の議論を日本の政治の中心に据えることです。この改革は、より開かれた政治過程を生み出すための出発点でもあります。世論調査によれば、国民の大多数が、私のしようとしていることを強く支持しています。この過程は、別の理由からも重要です。私は、政治に対する国民の信頼と関心を呼び戻したいと考えています。変革は、こうした方向に向かって一歩を踏み出したに過ぎません。しかし、これは、日本において、過去半世紀の間で最も重要な政治改革の運動なのです。

 内側からの変革のもう一つの主要課題は、規制緩和です。私は、熊本県知事時代に、中央政府による規制が社会の効率を大きく損ねていることを、身をもって経験しました。日本は、諸外国から、このようなイメージで見られていることも率直に認識しなければなりません。このため、私は、総理大臣として、企業や消費者のコストを高めている規制の撤廃に取り組むことを決意しました。例えば、私は、現在の3分の2の価格で住宅の購入を可能にするような、規制緩和を含めた措置を望みたいと考えています。

 規制緩和は、様々な目的を実現する上で役立ちます。第1に、日本の市場の透明性を高め、外国企業のアクセスを容易にします。第2に、企業のコストを引き下げ、その結果、多くの製品の価格引下げを可能にするとともに、輸入の促進にもつながります。第3に、よりオープンで効率的な行政システムを作り出します。私は、行政改革と規制緩和を推進する本部を統括し、この努力に自ら関与していく考えです。

 このような改革を進める理由は、それが私たち自身の利益に適うからであり、また、それが日本の国際社会における責任と調和するからだということを、私は強調したいと思います。ウルグァイ・ラウンド交渉で、コメについて痛みを伴う決断を下したのも、このような理由によるものです。この決断は、ウルグァイ・ラウンド交渉の成功裡の終結を確保するものでした。このラウンドの合意は、持続した長期的な経済成長、より一層自由化した貿易、そして世界の一層の繁栄という私たちの共通の目標を達成する上で、必要不可欠なものです。

 数日前、日本政府は、大型の経済対策を発表しました。この対策には、所得税の大幅減税が含まれています。私は、この対策が強い個人消費を生み出すことになるものと、確信しています。この経済対策は、また、新しく改革された、公共事業に関する競争入札制度の下で市場に参加しようという外国企業にとって、良いニュースです。また、世界にとっても良いニュースです。というのも、この対策は、世界の一層の繁栄という、私たちの共通の目標に向けての重要な一歩だからです。私は、日本と米国が、緊密に協調しながら、それぞれの国の経済成長政策を断固として支えていくならば、対外不均衡の問題は緩和されるものと、確信しています。

 日本の内部の変革は、他の意味も持っています。これらは、対外関係における日本人の考え方や行動の変化を象徴するものです。私たちすべてが望む、より安定した平和な世界を築くために、日本がよりダイナミックな役割を果たすべき時が既に来ています。

 日本がより一層の役割を果たすべきだと考える分野が、いくつかあります。その中には、地域紛争の予防と解決、安定的な国造りに対する支援、環境問題や人口問題と いった地球的規模の問題への取組に対する支援が含まれています。

 私は、地域紛争の解決に当たり、暴力に代えて安定をもたらすためには、「包括的アプローチ」をとることが有効であると考えます。このアプローチには、和平のための外交的努力、国連の平和維持活動、人道的支援、暴力により引き裂かれた国の再建のための開発復興援助といった要素が含まれることが必要です。カンボディア紛争を成功裡に終結させた過程は、このアプローチの良い例です。日本は、この過程の各段階で積極的な役割を果たしました。

 日本は、国際的にもはや傍観者ではありません。私たちは、世界の問題となっている地域の安定化のための努力に、物の面でも人の面でも支援することを決意しています。例えば、日本は現在、モザンビークにおける国連平和維持活動に参加しています。また、3月には、エル・サルヴァドルにおける選挙監視を支援するため、チームの派遣を考えています。中東やその他の紛争地域において、日本は、平和に向けた国際社会の努力を支援するため、積極的な役割を果たす用意があります。日本政府は、旧ユーゴーにおける紛争による被災地域に対し、人道援助やその他の支援の拡充を決定しました。

 これらの努力は必要不可欠ですが、その他に一層重要な課題があります。冷戦の終結は、軍備管理・軍縮に向けての好機を作り出しました。日本にとっての重要な目標のひとつは、核兵器拡散の防止のため、NPT(核不拡散条約)体制を強化することです。私が総理大臣に就任して最初に行った外交政策の決断の一つが、1995年以降のNPT無期限延長に対する強い支持であったのは、そのためです。

 ここ数日、北朝鮮が核武装する場合には、日本は核政策を変更するのではないか、と論ずる記事が見られます。私は、そういう記事を書く人には、日本に来て、日本国民と議論してほしいと思います。そうすれば、日本国民が核の問題を如何に深刻に受け止めているかがわかると思います。私は、この点に関して、日本の立場を明確にしておきたいと思います。日本が核武装するなどということはあり得ません。核武装は、日本の国益に反するものです。私たちは、皆さん方と同様、朝鮮半島における現在の状況に対して、強い懸念を持っています。私たちは、韓国や米国の指導者と緊密に協力して、この問題の解決のために努力していく決意です。

 通常兵器管理の問題についても、日本は、積極的な役割を果たしています。日本は、武器の輸出を行っていない唯一の主要国です。3年前、日本は、国際的な通常兵器移転の監視を容易にするため、国連軍備登録制度を提案しました。私たちは、これを一層効果的にするため、この制度を幅広いものにしていきたいと考えています。

 長期的な観点から世界の安定と繁栄を図る上で、援助は重要な役割を果します。日本は、今や、世界最大のODA供与国となっています。日本は、援助を通じ、いわゆる「グッド・ガバナンス」(「良い統治」)を助長することに積極的に取り組んでいます。私たちは、被援助国が、より民主的な政府の構築、市場経済の導入、軍事支出の抑制及び大量破壊兵器の不拡散の推進等の分野で努力することを、奨励しています。被援助国がこうした政策を推進するかどうかは、日本政府がODAに関する決定を行うに際し、重要な考慮要因となっています。

 世界の長期的な安定と繁栄を考える上で、世界中の人々の福祉を脅かしている問題についても、考慮を払わねばなりません。四つの重要な課題について、調整のとれた行動が必要です。地球環境の保全、人口問題への取組、エイズの蔓延の防止、社会的脅威である麻薬の撲滅、の四つです。

 日本は、2年前に、地球環境保全のために、70億ドル以上のODAを拠出することを表明しました。それ以来、日本の援助は、メキシコやインドネシアにおける植林計画、ブラジルにおける廃棄物処理、中国における酸性雨の調査等に使われています。また、環境保全は、日米包括経済協議の地球的展望に立った協力の分野の主要な柱の一つとなっています。私は、この重要な分野において、日米両国の一層緊密な協力を実現したいと考えます。

 さらに、日本政府は、人口とエイズに関する計画を支援するため、今後7年間で30億ドルの援助を行うことを決定しています。米国も同期間にこれらの分野で90億ドルの援助を行うと承知しております。私たちは、また、麻薬の撲滅や癌の治療についても、国際協力を強化していきたいと考えています。

 御列席の皆様、

 21世紀が近づきつつありますが、私は、世界で最もダイナミックな地域であるアジア太平洋には、日米協力のさまざまな機会があると考えています。シアトルでのAPEC経済非公式指導者会議において、クリントン大統領は、確信をもって、米国の将来にとってのアジア太平洋の重要性について述べられました。大統領は、昨年の東京訪問の際にも、同様のことを述べられました。私は、このメッセージを歓迎します。私たちは、安全保障と経済の両面において、アジアにおける米国の存在と関与を必要とし、かつまた、それを求めます。

 私たちは、日米安保条約を強く支持し、在日米軍に対して大きな財政支援を行っています。日本の接受国支援は、1993年度で46億ドルに達しており、1995年度には、米国人・軍属の給与を除く在日米軍経費の7割を、日本が負担することが見込まれています。日米安全保障体制は、新しいアジア太平洋の時代においても、政治・軍事の両面にわたり、引き続きこの地域の安定にとって不可欠なものとなっています。

 アジア太平洋において日本と米国が協調して行動することが、孤立主義と保護主義の危険に対する、最も確実な保証であります。また、日米両国は、例えば中国に対して、この地域の安定のために建設的な役割を果たすように働きかけていく必要があります。その意味で私は、中国との関係を拡大しようとしているクリントン大統領の政策を支持しています。対話と政策協調は、この地域の国々の相互信頼を深める上で、非常に重要です。

 ビジネスの世界では、関係緊密化が進展しています。また、新しい動きも見られます。例えば、日本企業と米国企業がインドネシアの発電システムを改善するために協力しています。また、中国の自動車産業の発展のために、日本と米国の企業が技術支援を行っています。このような共働作用は{前2字目ママ}、APECのメンバーが、いかにして、それぞれの得意分野を活かし、米国流の表現を使えば「ウィン−ウィン」となる(両当事者が「勝ち負け」ではなく、ともに「勝ち」となる)ような結果をもたらすことができるかを、示しています。

 来年は、第二次世界大戦終戦50周年にあたります。かつて、戦場であったアジア太平洋は、今や世界で最も希望に満ちあふれた地域です。半世紀前の紛争と破壊の苦い思い出は、常に、私たちが直面している課題を思い出させてくれます。私たちは、相互の尊重に基づき、平和で繁栄した未来を目標とする、新しい時代を築いていかなければなりません。

 御列席の皆様、

 半世紀にわたって、日米両国は、基本的に強固で、積極的な関係を有してきました。私は、日米関係の将来は更に明るいものになると確信しています。

 現在日米両国で進行中の変革は、日米関係の一層の強化に資するものです。私たちは、深刻や貿易、経済問題を解決していかなくてはなりませんが、私たちは、解決することができます。しかし、そのためには、疑念と不信を捨て、パートナーシップの精神とお互いに対する敬意をもって、協力して取り組んで行かねばなりません。私たちは、これらの問題のため、日米関係がゆがめられることがないように注意しなければなりません。政治、安全保障並びにグローバルな政策問題での日米両国の緊密な協力関係がいかに重要かを念頭に置いて、日米関係がバランスの取れたものであるように努めなければなりません。

 また、私たちは、日米関係の中に見られる豊かな人間関係の側面も心に留めておく必要があります。日米関係に最も大きな価値を与えているのは、政府でも企業でもなく、結局、人々なのです。多数の日本人とアメリカ人が、お互いに深い友情を育んでいます。こういった人々は決して有名人というわけではありませんが、私たちの社会の中核となっている人々です。この中に含まれるのは、学生、教師、企業家、技術者、芸術家、ミュージシャン、スポーツ選手、それにジャーナリストも含まれています。そして、両国のさまざまな町、ワシントンに、東京に、デンバーに、名古屋に、マイアミに、大阪に−−{原文では点線}住んでいます。これらの人々は、共通の価値観と関心を持ち、それぞれ家族とともに、同じような問題を抱えています。そして、誰もが、より良い未来への夢と希望をもっているのです。日米間に存在するこのような強固な人間の絆こそ、私たちがこの良好な関係を更に一層良いものにしようと努力する最大の理由なのです。これこそ私の目標であり、また、私が皆さんにお約束する点です。

 私は、自分と共通の夢と希望を持った日本とアメリカの方々とともに、私たち、私たちの子供たち、そして世界中の友人たちのために、より良い生活を確実なものにするため、全力を尽くしていきたいと考えています。

 ご清聴ありがとうございました。