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日本政治・国際関係データベース
政策研究大学院大学・東京大学東洋文化研究所

[文書名] 国連軍縮長崎会議における村山内閣総理大臣の演説

[場所] 長崎
[年月日] 1995年6月12日
[出典] 村山演説集,200−206頁.
[備考] 
[全文]

 各国大使、国連事務次長、長崎県知事、長崎市長並びに御列席の皆様、

 先ず最初に、国際連合の創設五十周年記念、同時に、戦後五十周年という節目の年に開催される、この国連軍縮長崎会議で御挨拶する機会を得まして、大変嬉しく、また光栄に存じます。国際連合事務局、長崎県、長崎市の関係者の方々が、この会議の開催のためになされた御尽力に敬意を表しますとともに、ここに参集された出席者の皆様を心から歓迎したいと思います。

 私は、この会議の意議と重要性に鑑み、政府を代表して私自身が御挨拶することが適当であると考えた次第でありますが、ここで、皆様の御議論の一助になることを願い、「過去半世紀における軍縮努力と将来の展望」というこの会議の主題に沿って、私の軍縮に対する考え方を述べてみたいと思います。

(一、国連創設以降の世界の軍縮の流れ)

 五十年前、人類に言語に絶する悲哀をもたらした世界大戦の惨禍から貴い教訓を学んだ私達の先輩が、国際の平和と安全を維持し、諸国間の友好関係を発展させることを主要な目的の一つとして、国際連合を創設致しました。しかし、第二次大戦後世界は、東西冷戦へと進み、残念ながら、核軍備競争は激化の一途を辿り、全人類を何度も抹殺して余りある核兵器が地球上に存在するに至りました。そして、ようやく我々が、核軍備競争に代わる核軍縮の新たな流れを見ることができたのは、一九八○年代後半以降に至ってからであります。

 一九八九年のベルリンの壁の崩壊に象徴される冷戦の崩壊は、核軍縮の流れを強め、これを進展させる機会を与えてくれました。核実験モラトリアムの実施、全面核実験禁止条約交渉の開始がその例であります。しかし、冷戦が終わったと言っても、湾岸危機やユーゴー紛争が示すように、我々の前には、各地での地域紛争の激化、大量破壊兵器の拡散、ミサイル技術の拡散、通常軍備の過剰な蓄積などの問題が山積し、これらへの取組みが緊急課題となっております。

(二、現在と将来の課題)

 このような情勢の中で、我々は、時代が、「スローガンとしての軍縮」から「実践の軍縮」へと変化していることを認識する必要があります。実践の軍縮を二十一世紀に向かって進めていくためには、これまで以上に一人一人の叡智と行動が求められていることを我々は自覚せねばなりません。このような自覚に立って、ここで幾つかの軍縮分野について考えたいと思います。

(イ、核軍縮)

 まず、先にニュー・ヨークで行われた核不拡散条約の再検討・延長会議で、この条約の無期限延長が決定されたことは、核不拡散体制の基盤を強化するものとして、歓迎すべきことであります。しかし、この無期限延長の決定は「終り」ではなく、新たな軍縮時代の「始まり」を意味します。皆様御承知のように、この決定とともに、「条約の再検討プロセスの強化」及び「核不拡散と核軍縮のための原則と目標」も決定されました。そこには、このような新たな軍縮時代に向けての道筋が示されております。

 核軍縮についてまず申し上げれば、この条約上特別の地位を有する核兵器国は、非核兵器国の信頼に応える責任を有しております。すべての核兵器国が、究極的な核兵器廃絶に向けて真剣な核軍縮を行う義務を有しているのであり、私は、核兵器国がこの義務を誠実に果たしていくよう、強く求めたいと思います。特に米露両国には、STARTIIの早期発効、そして更なる核兵器の削減を強く期待したいと思います。また核軍縮の実質的進展との関連で、核兵器の解体も国際社会が取り組むべき大きな課題であります。特に、旧ソ連諸国の核兵器の廃棄のための支援については、米国や我が国を始めとする、より多くの国が積極的協力を進めて行かなければなりません。

 次に、核軍縮の多国間交渉の分野では、遅くとも一九九六年末までに全面核実験禁止条約交渉を完了させることになっております。この条約は核兵器の恐怖のない世界の創造へ向けての極めて重要な一歩であります。我が国は、今までもその検証分野における地震学の活用のために貢献を行ってきておりますが、引き続きジュネーヴ軍縮会議での交渉妥結のために全力を尽す所存であります。そして、条約が合意された暁には、より多くの国の条約への参加を確保するために、我が国は独自の努力を行いたいと考えております。

 このような我が国の努力の一つとして、私は、核不拡散条約延長後の、二十一世紀に向けた核軍縮のあり方について、関係国の間で議論をより深めることが必要であるとの考えに立って、明年の適当な時期に、我が国において『核不拡散条約延長後の核軍縮セミナー』を開催することを提案したいと思います。このようなセミナーの開催は、当面の課題である全面核実験禁止条約についての国際認識を深めるばかりでなく、次回の条約再検討会議の準備作業を、より円滑に始めるための有益な足掛かりになるものと考えます。

 そしてまた、我が国は、全面核実験禁止条約交渉の妥結以前であっても核実験は停止されるべきであると、堅く信ずるものでありますが、この立場から核兵器国に実験の停止を再度呼びかけたいと思います。先月、核不拡散条約の無期限延長決定直後に、中国が再び核実験を実施したことは極めて遺憾なことであります。我が国は、中国に対し、核実験を繰り返さないことを強く求めたいと思います。

 さらに、核不拡散体制を維持・強化するためには、核不拡散条約未諦結の国の加入を実現するとともに、国際原子力機関の保障措置制度の強化に引き続き努力していかなければなりません。この関連で、北朝鮮の核兵器開発問題については、北朝鮮が米朝合意を誠実に履行して、国際社会の懸念が払拭されることが極めて重要であります。そのために、北朝鮮が現在の米朝協議に真剣に取り組み、軽水炉供与の問題について前向きに対応することを期待するものです。

(口、将来の核軍縮課題)

 さて、今後の核軍縮というものを考えてみるとき、既に述べた米露両国の核兵器の削減・廃棄交渉や全面核実験禁止条約交渉などの措置を、一歩一歩着実に進めていくことが必要であることは当然でありますが、さらにまた、軍縮会議で交渉が始まろうとしている兵器用核分裂性物質の生産禁止、いわゆる「カットオフ」条約をなるべく早く作り上げることも重要です。そして、このカットオフ条約に伴って、すでに生産され各国が保持している兵器用核分裂性物質についても、例えば、透明性を高めるための国際的な枠組みを導入するなどの何らかの措置を検討すべきであります。

 二十一世紀の核軍縮の道筋は、これらの措置が着実に進められることによって、自ずと明らかになっていくでありましょう。地球上の全核兵器の数が大幅に削減され、核兵器の一切の生産も行われなくなり、我々の究極的な目標である核兵器の廃絶に到達する、私は、そのような時が一刻も早く到来することを心より願うものであります。

(ハ、化学兵器の廃絶)

 次に、核兵器と並ぶ大量破壊兵器である、化学兵器の問題について一言述べたいと思います。

 本年三月に東京において、いわゆる「地下鉄サリン事件」という極めて凶悪な事件が発生し、多くの死傷者が出たことは御承知のとおりであり、このような犯罪行為は絶対に許すことはできません。現在、政府は事件の全容解明のために全力を挙げて捜査に取り組むとともに、サリンを使用した犯罪の再発防止のため、警戒、警備を強化し、関連法令の厳正な適用を行うなど、最大限の努力を行っていることを、はっきりと申し上げておきたいと思います。

 今回の事件は、一般には全く使われない猛毒の化学物質を用いて、無辜の市民を恐怖に陥れたという点で、極めて異常な事件であったと思います。またこの事件を契機に化学兵器の廃絶についても、一層大きな関心が向けられるようになりました。

 化学兵器禁止条約は、サリンのような化学物質を用いた化学兵器の完全な廃絶を目指した画期的な軍縮条約であり、一九九三年一月に作成されたものでありますが、多くの国が締結しておらず、まだ発効に至っておりません。現在、国際的に、この条約の早期発効と効果的な実施が強く望まれており、去る四月二十八日に、我が国の国会はこの条約締結を承認いたしました。政府としましては、速やかに批准書を寄託する所存でありますが、この条約に未署名及び未批准の国々に対し、早期署名、早期批准を改めて強く訴えたいと思います。

(二、通常兵器軍縮)

 大量破壊兵器の問題と並んで、通常兵器の問題も見過ごすことはできません。

 ブトロス=ガーリ国連事務総長は、本年一月、国連安全保障理事会に対する報告の中で、通常兵器の規制、すなわち大量破壊兵器軍縮に対応する「ミクロ軍縮」の重要性を述べています。私は、この事務総長の問題意識を共有するものであり、この分野での幾つかの問題について触れたいと思います。

 まず、通常兵器の移転の透明性を高めるための国連軍備登録制度については、世界的な信頼醸成措置としてより多くの国の参加を確保していくとともに、その拡充、発展が必要であり、我が国としてもそのための努力を惜しまない所存であります。

 さらに、国連事務総長が指摘したように、現実に地域紛争において大量に使用され、文民を含む多くの人々を殺傷している対人地雷や自動小銃などの小火器の規制が必要であります。対人地雷については、武力紛争時に無差別に設置され、またその除去に多大な困難を伴うばかりか、何の罪もない一般の人々を殺傷するという極めて悲惨な状況をもたらしており、人道的見地からも決して見過ごし得るものではありません。このような地雷の問題について、国連と我が国を初めとする各国が真剣な取り組みを始めていることに私は勇気づけられております。例えば、我が国は、カンボジアにおける地雷除去作業に協力を行って来ておりますし、来月には国連主催の地雷に関する会議がジュネーヴで開催されます。また、特定通常兵器禁止条約の強化、さらには地雷の輸出等の規制のための新たな枠組みの提案などの歓迎すべき動きが見られます。我が国は、引き続きこの分野でできる限りの貢献を行っていく所存であります。

 通常兵器についてのもう一つの問題である、過剰に蓄積された小火器については、その存在が地域の安定を損なっていながら、特段の措置が取られておりません。私は、この分野で新たなイニシアティヴが必要と信じます。そこで一つの提案として、国連事務総長の下に、有識者、専門家の会合を新たに開催し、この問題を地域的にどう解決していくのか、その方策の検討を行っても良いのではないかと思います。

(三、結語)

 御列席の皆様、

 我が国は、戦争による人々の苦しみと犠牲を想起し、過去への反省を忘れることなく、この五十年間、平和憲法の下で国際紛争を解決する手段としての戦争を放棄し、また同時に平和国家として、世界の平和と繁栄に努力することを外交の基本として参りました。我が国はまた、厳格な武器輸出規制を実施し、さらには唯一の被爆国として、核武装の可能性を一切放棄し、核不拡散条約の義務を誠実に履行し、かつ核兵器を待たず、作らず、持ち込ませずという非核三原則を堅持しております。

 私達は、戦争の惨禍と長崎、広島の悲惨な被爆体験を忘れず、その犠牲者を悼み、遺族、被爆者の苦しみを真摯に受け止め、一人一人が戦争、そして核の惨禍を二度と繰り返さないよう努力しなければなりません。この地長崎で、国際連合創設の最も重要な目的である国際の平和と安全の維持のために、すべての国が等しく力を合わせて行かなければならないことを、今一度改めて強調し、会議の御成功を心よりお折りして、私の御挨拶と致します。有り難うございました。