[文書名] 経済同友会における橋本内閣総理大臣の講演
先般の衆議院選の結果、召集されました特別国会で引き続き内閣総理大臣という重責を担うこととなりました。どうぞよろしくお願いをいたします。
そしてこの内閣、スタートをいたしましたときから、一体最重要課題は何だということがしきりに問いかけられてきました。そして私は真っ先に取り組むべき問題、それは行政改革であるとお答え申し上げております。言うまでもなく、行政改革というものは、この国の経済社会システムの改革を行う上で最重要でもありますし、しかも緊急度の極めて高い問題であります。
しかし、同時に、ややもすると行政改革に非常に重点が置かれ、それだけが済めば、我々は次の世代に無事にバトンを渡せるような感じがない、そうは言えません。そして、私はまさに将来を考えましたとき、この日本の経済社会システムを二十一世紀にも十分耐え得るものにしていこうとするためには、行政改革だけではなく、経済構造改革、金融システムの改革、財政構造の改革、社会保障の構造改革まで含めた五つの改革を進めていかなければならない、そう考えております。
今日はそのうちで特に行政改革と経済構造改革、そして昨日来少々騒ぎを起こしております金融システムの改革について、更に最後に外交問題に多少触れさせていただく、そんな形を考えてまいりました。
今申し上げましたように、戦後五十年、日本を支えてきた経済社会システムは、これは内外の環境の変化の中で深刻な限界を既に見せている、そのように思います。二十一世紀にふさわしい経済社会システムを我々が組み立てていくためには、まず政府自身が、その中核をなす霞ヶ関の改革からスタートをしなければなりません。
日本の未来を見据えながら将来を考えたときに求められる国家、そしてその中における行政の機能、それは何かということから問い直した上で、複雑多岐にわたる行政課題というものを、役所本位の縦割りの行政ではなく、国民本位に実行の出来る体制をつくり出すことが行政改革、すなわち霞ヶ関改革であると、私はそう考えておりますし、これは長く続いた行政のシステムを根本的な設計変更をするということでありますから、政治的にも強い意思を持たなければ出来ないことでありますし、国民がそれをまた支えてくださらなければ、実行の出来るものではありません。
私自身、自分でその責任は取っていくつもりでありますが、そのためにつくります直属の機関というものは、出来れば今月中にスタートをさせたい、そして、精力的な検討をその方々にもお願いをしたいと思っております。
そして、迅速かつ重点的な審議を確保いたしますために、この機関の基本的な使命、これを私は二十一世紀における国家機能の在り方、それを踏まえた中央省庁の再編の在り方、そして、官邸機能の強化、この三つの具体的方策に的を絞り込みたいと思っております。
ただ、その際、重要なこと、それは現在の政府の持っております機能、それを与えられたものとして、その中で再編成をするということではありません。当然のことながら、規制の撤廃や緩和を進め、あるいは地方への権限、業務を委譲していき、更に官民の役割分担の見直しをしていただいているわけですから、そうしたことを通じた民間活力の大幅な活用によって、真に国家・国民に必要な行政に行政をスリム化していく、そして、効率化を図っていく、これを遂行するのに最もふさわしい省庁体制や官邸機能を構築していくということ、ここに目的を絞っていく必要があると考えております。
その意味で、運営に当たりましては、こちらにおられますけれども、規制緩和や官民分担を検討していただいております行政改革委員会、地方分権を検討していただいております地方分権推進委員会の皆さん、その検討成果を取り入れさせていただく、これは必ずやらなければならないことでありまして、両委員会との積極的な連携を取っていこうと考えております。
こうした検討をする場合、非常に大事なことは、従来型の官僚のセクショナリズム、あるいは省利省益、更に特定の業界の利害、こうしたものを排除して、真に国民的な、また国家的な見地から、合理的かつ大胆な改革案というものを真剣かつオープンに策定していく、これがどうしても必要になります。
そのためには、委員に官僚のOBを私は例外なく排除したい、そう考えておりますし、事務局長にも、しばらく前にお認めをいただきました内閣補佐官の制度を活用し、かつて私どもの同僚であり、つい先日まで国会の中で行政改革に取り組んでいただいておりました水野清さん、内閣補佐官に発令をすると同時に、この直轄機関が出来ました時点で、その委員にも加わっていただき、同時に事務局長をお願いしたい、そう考え、内閣としては既に発令を終わりました。
また、事務局体制につきましても、実効性を上げると同時に、事務局の大局的な見地を確保しながら、その公平性、中立性を確保していくために、もちろん、各省庁から優秀なスタッフは来てもらいますけれども、それ以上に学者、あるいは民間、更に委員の皆さんにお願いを申し上げた方が、自前のスタッフを連れてきてくださる場合には、そうした方も喜んで私はその事務局に迎い入れ、そうした形で事務局を構成したいと考えております。
既に牛尾さんにも先日来、どうぞいい方を選んでいただきたい、そして、民間の企業が血のにじむようなリストラの努力をしておられる、そうした芽をこの新しい国の機構をつくり上げていく中に、是非その経験を生かせるような、そうした方を是非送っていただきたいとお願いを申し上げているところでありまして、どうぞご参会の皆様の中でも優秀な人材をご推薦いただけるなら、是非お願いを申し上げたいと思います。
この審議期間は発足後一年に限定します。そして、その間に成案を得、平成十年の通常国会に法案を提出し、国会のご協力を得て成立を期したいと考えております。省庁の再編・統合は法案成立後五年以内に実施をしてまいりますが、これは私自身の夢として、例えば二十一世紀がスタートする西暦二〇〇一年一月一日という日に、その新体制への移行を開始することが出来れぱ、こんなすばらしいことはないと、私自身の夢としてそのようなことを申し上げて、目標にしたいと考えております。
当然のことながら、その間におきましても、各省庁が自主的な改革努力をすることを制限するものではありません。特に日銀法の改正でありますとか、また、金融の検査及び監督体制、大蔵省改革の第一弾と言われておりますような部分について先行して実施していくのは、当然のことであります。
ただ、私自身の土光臨調を支えて党の責任者を務めておりました、その経験を振り返りますとき、大胆な行政改革を行おうといたしますときには、必ずさまざまな反対、摩擦というものが生じてまいります。そして、総論は賛成、しかし、各論反対ということは当然予測しなければなりませんし、また、改革の意気込みをつぶすような動きというものも予測しておかなければなりません。
当時、私の幼稚園にいっております子供まで、行き帰りを警備していただくといった、そんな時期もございました。
私自身、そんな記憶を持っておりますだけに、今回、この行政改革に取り組んでいただく、そのお力を拝借する皆さんには、ここでやらなかったら、この日本という国の行く末は本当に危ういものになってしまうんだと、今しかこのチャンスはないんだと、その強い危機感を是非共有をしていただきたい。その上でこれを成し遂げていきたいと考えておりますし、皆様にも是非この決意、そして新内閣としての決意をご理解いただきたいと思いますし、今後の取組みにつきましても、是非、積極的にご支援を賜りたいと願っております。
経済社会の構造を変えていきますため、行政改革は今申し上げたような考え方で取り組むつもりですが、これだけでは決して十分なものにはなりません。ここで特に経済に目を向けさせていただき、経済構造改革と金融システム改革について、私なりの考え方を申し上げたいと思います。
経済問題における私の最大の関心、関心と申しますよりも、懸念と申し上げた方がより正確かもしれませんが、日々、これはもう皆さんは肌で感じておられることでありまして、世界経済がいわゆる大競争の時代に入った。そして、企業が国を選ぶ時代に入った。そうした中において、高コスト構造など構造的な要因を背景にして、いつの間にか経済活動の主たる舞台としての魅力を日本が失い、産業の空洞化という危機が現実のものとなっているということであります。
もう一つの懸念、これはある意味では空洞化よりも、更に社会構造的な要因というものに比していくべきものかもしれませんが、より深刻に受け止めなければならないと考えておりますものは、世界の歴史の中で例を見ない急速な早さで進展をしている高齢化というもの、そして、その結果として二十一世紀初頭に訪れる我が国経済の潜在的な成長力の低下というものです。
余談になりますけれども、先日ドイツのコール首相がお見えになりましたとき、たまたまその高齢化の議論が話題になりました。そして、現在のドイツは四千人を超える百歳以上の人々を持っているということをコールさんが言われ、私は日本の数字をこんなふうに申し上げました。
私が初めて当選した昭和三十八年、百歳人口は百五十三人だった。そして、私が厚生大臣を拝命していた昭和五十四年、その敬老の日における百歳人口は九百三十七人だった。そして、今年の敬老の日、公表した百歳人口は七千三百七十三人、これが今の我々の非常にスピードの早い高齢化を象徴する数字だと。コールさん、負けぬ気を起こされまして、人口比にすると百歳人口は大体同じくらいの比率だと言っておられましたけれども、七千三百七十三という数字を聞かれたとき、相当びっくりしておられました。
これは実は大変なことです。そして、本当は長生きというのは、人類の一つの理想ですから、こうした状況を生み出したことは、我々は誇ってしかるべきことであります。しかし、同時に、それだけの高齢人口を支え得る社会の仕組みをつくらなければ、その長生きの価値は半減どころか、もっと減ってしまう、これが今、私自身の実感であります。
今後、その意味では労働力、資本、いずれの面からも、今までのように望めば手に入るという状況ではなくなりますし、更に先進国の中でも最悪の状態になっております財政の悪化、あるいは高齢化に伴う社会保障給付の増大、このままの現状で進みますなら、国民の負担は更に急増しますし、経済や社会の活力も失われてしまいます。
しかし、経済の安定的な成長がなかったら、豊かな国民生活はもちろんでありますし、国の健全な財政、あるいは社会保障制度の維持も出来ません。そうした事態を我々は何としても避けなければなりませんし、我が国の経済が今までのような活力を維持するための経済構造改革は、まさに行政改革などと並んで先送りの出来る問題では決してない。従来の取組みを一段と加速し、深めていく必要があると、そのように思っております。
では、何をすればいいのか。今、私自身の考えております中身について多少触れたいと思います。
第一は、産業の空洞化に対応しながら、二十一世紀に向けて質の高い雇用機会を確保していくという観点から、既存の産業の高付加価値化というものも含めて、新規産業分野の創出が最大の鍵だということであります。
今後、我が国の経済が活力を保っていくためには、ベンチャー企業群をはじめとした新規産業の分野が、企業の海外展開や廃業のペースを上回るようなペースでつくり出されていかなければなりません。
新規産業の創出という意味から、あるいは新規産業分野の創出という意味からは、資金、技術、人材といった課題を解消していくことが必要です。
資金面におきましては、個人や法人の豊富な資金というものが、リスクのある新規産業に円滑に供給されるためにはどうすればいいのか。当然のことながら、そうした視点からも規制緩和や税制措置などが必要になりますし、将来的には店頭登録市場の改善も必要になります。
また、技術や人材という面から申し上げるなら、産学官の連携を推進していく以外に、技術開発を担う創造性豊かな人材、あるいはチャレンジ精神を持って果敢に産業を興していく人材を養成するための教育そのものの在り方。更には計量標準やデータベースなどの技術の基盤整備も必要であります。
もちろん、産業分野ごとにそれぞれ発展を妨げている要因というのは違うわけですから、今申し上げたことも一律の対応で済むものではありません。個別分野ごとのニーズといったものを踏まえながら、きめこまやかに対応していくことが是非とも必要になります。
技術というものを一つ取りましても、情報通信、あるいはバイオ、医療・福祉といった分野、それぞれに問題が異なるわけであります。国際競争の中で非常に足の早い技術開発が求められております情報通信の分野であれば、応用技術の開発が一つの鍵でありましょうし、言わば生命のなぞに挑戦しながら、試行錯誤で開発を進めていくバイオの分野であれば、基礎技術の開発というものが最大の死活問題になります。
また、お年を召した方々や乳幼児、あるいは病気をして苦しんでおられる方々を相手とする、特に安全性の確保が重要な医療・福祉といった分野になりますと、技術開発の取組みも全く違っていくことになります。こうした産業分野ごとの異なる事情に、どうきめ細かく対応していくかが非常に重要だと思っております。
次に、企業が国を選ぶ、そうした時代になった中で、高コスト構造の是正など、産業活動の場としての我が国の魅力を向上させ、企業が我が国で活動することを選んでいただくような、そうした状況を作り出す努力というものも欠くことが出来ません。
我が国の高コスト構造を是正する、そうした観点からいきますと、まず必要なことは徹底的な規制緩和の断行であります。同友会におかれましても、九月に十二分野三十七項目の「規制撤廃・緩和に関する要望」を取りまとめていただきましたが、特に内外価格差を是正する、あるいは新規産業創出を阻害する、こうしたものを除去していくという意味から、経済効果の高い分野として考えられております金融、物流、情報通信、雇用、労働といった分野についての重点的な検討が必要であります。
来年三月、政府は規制緩和推進計画の最終決定を行うわけですけれども、これに向けて、引き続き経済的な規制は原則撤廃を、そして、社会的な規制は白地から見直して、本当に必要な最小限のものに規制を絞り込むということを大原則にし、規制緩和に取り組んでいきたいと思います。
それだけに、個別業界の利害だけで余り反対陳情をなさいませんように、特に選挙の応援と絡めての反対だけは是非ご容赦を願いたい。選挙の済んだ直後でありますから、特に身にしみておりまして、これは皆様にこの場を借りて陳情させていただきます。
同時に、高コスト構造ということになりますと、諸外国に比べて、極めて整備水準の劣っております国際ハブ空港や、物流インフラなどの構造改革型の社会資本の整備も急がなければなりません。ただし、港湾のように整備はされている、しかし、そのほかの事情によって稼働率が非常に水準が低い。これがアジア諸国に比べて輸送コストの増大につながっているといった場合もありまして、単に構造改革型の社会資本であれば、無制限にあるいは無制約に整備を進めるということではなくて、投資効率を高める方策を講じた上で整備を進めていくことが必要だと思います。
更に創造性、あるいはチャレンジ精神に基づいて、より自由で活力のある企業活動が行えるように、雇用とか金融、企業組織、企業税制といった制度の改革も必要だと思います。
例えば雇用面で労働者の移動の円滑化を図るために、規制緩和だけではなく、例えば年金のポータブル化といった問題、更に企業組織という点では、いろいろ議論のあるところですけれども、あえて申し上げさせていただくならば、持ち株会社の解禁でありますとか、税制とも関連する話として、連結納税制度の取扱いといった課題などが思い浮かぶわけであります。こうした制度改革という点についても、経済界から是非積極的なご提言をいただきたいと思います。
こうして申し上げてきた規制緩和と構造改革型の社会資本整備、更にはさまざまな制度の改革、これはいずれも日本が外国と比べて劣っている部分を是正するという対応になるわけですけれども、他方、日本の持っている魅力をどうすれば増大出来るかということも必ず必要になると思います。
選挙期間中、実は私が自分で本当に痛感してきたことでありますが、地方では熟練労働者の方々の高齢化が進んできて、後継者難になっている。それだけではなくて、彼らの仕事が減ってきている。そもそも熟練技術を発揮した仕事を続けられていないという状況が各地に生まれつつあります。
言い換えれば、大企業をはじめとした製造業の海外展開が進んでいく中で、我が国の物づくりを支えてきた裾野産業の部分に、あるいは地域的な集積、技術の集積というものが崩壊の危機に瀕しているのではないだろうか。こうした地域における産業や技術の集積というものが魅力として存在していたわけですけれども、これがなくなってしまったら、これはまた産業の空洞化を加速することになってしまうのではないでしょうか。
したがって、こうした集積を国内に維持し、その機能を高めていくための総合的な施策も早急に必要だと考えております。
ことに物づくりが、例えば三Kという言葉で呼ばれるような社会を私はよい社会だとは思っておりません。しかし、残念ながら今、そうした風潮が世間にあることも事実であります。しかし、日本を振り返りましたとき、徳川時代の日本というものは大変な、ある意味では職人国家だったと思っております。そして、非常にすぐれた職人の技術が、それなりに形成をされ、しかも読み書きそろばんという言葉が定着をしておりますように、言わば初等教育の部分が非常にしっかりしていた。これが明治維新以降、西欧の新しい技術を導入する場合に、我が国の技術を支えたという点では大変なものがあったと思います。
脱線するようですけれども、私は本が好きですから、ときどき本屋に行きます。先日、「和時計」という本を買ってきました。まだ読み終えておりませんが、太陰暦の時代に、毎日毎日の日差しが違っていく、長さが違っていく中で、きちんと時刻を示す時計を開発した日本は唯一の国でありました。
それが、西洋から入ってきた機械式の時計を日本的に組み直した上で、太陽の、月のその動きに、いわば天びんを二つにすることによって、それが自動的に切り替わるうまい打診装置をつくり上げたわけで、それが和時計を支えてきた。しかし、それが太陽暦を採用したために、その技術は滅びてしまって、今、ごく一部の方がこれをもう一度再興しようとしておられる。
しかし、考えてみますと、これは大変なことです。そして、例示に挙げるのはふさわしいことではないかもしれませんけれども、初めて鉄砲が伝えられてから、日本が鉄砲を国産するまでの間というのは極めて短い時間でありました。そして、それが技術的に固定をされながら、幕末になって、例えば勝海舟自身が図面を引いた鉄砲は、どこで作られたかというなら川口の鋳物の人々の技術で作られたわけであります。鋳物で銃身を作る。どうやって圧力計算等をしたのか全く分かりませんけれども、きちんと実用になる小銃が、勝海舟の引いた図面により、川口の鋳物の人々の力で作り上げられた。これはまさに私は日本の技術水準が、職人国家として非常に高いレベルにあった、これを示す以外の何物でもないと思います。
そして、それがまさに試作品づくりであり、あるいは金型であり、日本の裾野産業としてまさに世界に雄飛される大企業の裾を支えてきました。そこが今、だんだん減っていく、技術の伝承が行われない。この事態は私は真剣に考えるべきものがある。是非皆さんにも一緒にお考えをいただきたい。技術の伝承というものをより発展させながら進めていく。こうした分野についても是非お力をいただきたいものと考えております。
次に、今、ちょうどそんな話を今日も通産大臣にお願いをし、出来るだけ早く対応策を考えていただきたいとお願いをした後、こちらに参上をいたしました。
次に、金融システム改革についてでありますけれども、これはまさに経済の基礎をなす分野の改革でありますし、極めて重要なことであり、産業界、また金融界からさらなるご提案がいただけるなら、私どもとしては大歓迎で、是非そうしたご意見をいただきたいと思っております。
と申しますのは、昨日、私は大蔵大臣と法務大臣に対しまして、金融システム改革の具体的な検討についての指示を出したばかりであります。私はこの十年くらいの間、世界の金融市場が大変大きく発展をしていく中で、我が国の金融市場はいささか遅れを取ったのではなかろうか。前半の五年間はバブルに浮かれ、後半の五年間はそのバブルの後始末に追われ、新しい流れに対応し切れてこなかったのではないか、そんな気がしてなりません。その時期に、一時期大蔵大臣をしていた私自身も、これは責任を感じることですけれども、現在、ヨーロッパでは通貨統合という壮大な試みが行われている最中であります。そして、恐らく強いユーロが誕生するまでにそう遠くないでありましょう。
そして、アメリカにおいては、次々に新たな金融技術、商品が開発されております。この流れ、言い換えれば世界の金融システムが非常にダイナミックな変革を遂げている中で、通貨としての円、この価値をどう守っていくか、守るだけではなくて拡大していくかを本気で考えなければなりません。二十一世紀の高齢社会の中で、我が国の経済が活力を保っていくためには、時代を担う成長産業への資金供給が極めて重要であると同時に、国民の資産もより有利に運用される場が必要であります。更に我が国が世界に相応の貢献を果たしていこうとするなら、我が国から世界に円滑な資金供給を行うことも必須であります。一千二百兆円という我が国の個人貯蓄をどうずれば十分以上活用することが出来るか、この検討は不可欠でありますし、経済の血液の流れをつかさどる金融市場というものが、ニューヨークやロンドンのように、資源の最適配分という、本来果たすべき役割をきちんと果たしていただくことが重要でありますし、そのためにも金融システムの改革を進めることが是非とも必要になります。
私は二十一世紀を迎える二〇〇一年までの五年間、これは本当に死に物狂いで努力をしなければなりませんけれども、我が国の金融市場がニューヨーク、あるいはロンドンと並ぶ国際的な金融市場として復権をすることを目標にして、私は一つは、市場原理の働く自由な市場にということで、フリー、これは参入あるいは商品、手数料の自由化などを含むテーマでありますし、透明で信頼出来る市場にということでフェア、ここにはルールの明確化、あるいは透明化及びその徹底というテーマを含んできます。そして、国際的で時代を先取りする市場へということからグローバル、これはまさにグローバル化に対応した法制度、会計制度、監督体制の整備を含むわけでありまして、それが大蔵大臣だけではなく、昨日法務大臣も共においでをいただき、金融システム改革についての検討を指示した理由でありました。
この三つの原則を掲げて金融システムの改革に全力を挙げて取り組んでいきたいと考えております。
最後に外交関係ということで申し上げますと、これは日中関係もありますし、日米関係もありますし、また、多国間の問題など、いろいろお話を申し上げたいことがありますけれども、一つだけに絞り込んで、特にAPECの関係について触れさせていただきたいと思います。
APECは貿易投資の自由化、円滑化と、経済、技術協力というものを車の両輪にしながら、現在、大変活発に活動が進められておりますけれども、そうした中において、昨年日本が議長国として、閣僚会議の中で大阪行動指針というものを取りまとめてまいりました。今回はこの行動指針に従って、各国が貿易投資の自由化、円滑化に関する個別の行動計画を持ち寄ることになっております。そして、まさにAPECはビジョンを語り合う段階から、行動の段階に移行しようとしているさなかであります。
しかし、この個別行動計画が、単に各国の政府による作文競争に終わってしまったのでは全く意味がありません。計画が民間のビジネスのニーズをしっかり反映したものになるよう、何らかの仕組みをつくり上げることが非常に重要になってきております。これまで日本がAPECで果たしてきた役割というものは自画自賛ではなく、本当に各国からも高い評価をされておりますが、今度行われます閣僚会議、首脳会議に向けましても、例えばインフラ整備の促進に向けた貿易保険機関の協力であるとか、投資環境の改善に向けた取組みについて、日本としての考え方を提案したいと思っておりますし、更に情報技術協定を日米で推進するなど、APECの活動が民間ビジネスの関心を反映したものになるよう、積極的に貢献していきたいと考えております。
なお、牛尾代表幹事からこれまでもご指摘をいただいております熱帯産品の取扱いにつきましても、地道な努力ではありますけれども、検疫基準の国際水準との整合など、これらの産品の対日輸出が円滑に進むよう努力していることも申し添えておきたいと思います。
このほかにも、中国をいかにしてWTOの体制の中に迎え入れていくか、それが国際社会のために必要であるか、こうしたことについて、お話を申し上げれば、これは切りがなく聞いていただきたいことはたくさんあります。しかし、いずれにいたしましても、こうした課題を私たちは抱えて、今日、主として申し上げた三つの点だけではない、そのほかの社会保障構造等も含めまして、改革を進めていかなければなりません。こうした改革を具体化しようとしますと、これは今までのシステムを変えるわけでありますから、必ず利害関係が生じますし、一部、痛みを生じるということは避けて通れないことでございます。
行政改革というものが霞ヶ関の諸君に影響することはもちろんでありますけれども、経済構造改革や金融システムの改革に当たりましては、規制緩和、あるいは制度慣行の見直しにおきまして、産業界の方々、そして広く国民の皆様にも痛みを分かち合っていただかなければならない場面が必ず生まれてまいります。しかし、この日本という国の二十一世紀を本当に豊かなものにしていこうとするなら、私たちは今、こうした改革を避けて通ることは出来ませんし、また、避けてはならないと私はそう考えております。
少なくとも自分たちの子供、あるいは孫の世代が、豊かで、安心出来る暮らしをしていくためには、我々が今決断をしていかなければなりません。
私自身の力で本当にどこまで出来るのか、マスコミでも冷かされておりますが、自信があると申し上げる、それほど私はうぬぼれてはおりません。しかし、私たちはこれをやり遂げなければ、次の時代にバトンを渡せないということだけは間違いがありませんし、少なくとも政治家として次の世代にバトンを渡すときに、今より悪い状況でバトンを渡すことだけは絶対に私はしたくないと、その思いでこれから全力を尽くしていきたいと考えております。
どうか本日ご参集の皆様方に、本当に公私共にお手助けをいただきますように、そしてまた、よきご提案がありますなら、お示しをいただきますように、そして、何よりも事務局に人材を供出するところがら、すばらしい人を送っていただきますように、、心からお願いを申し上げ、多少脱線をいたしましたけれども、今日の役割を終わらせていただきます。
本当にありがとうございました。