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日本政治・国際関係データベース
政策研究大学院大学・東京大学東洋文化研究所

[文書名] 日本経済新聞社主宰・第4回国際交流会議,「アジアの未来」における橋本総理大臣挨拶

[場所] 東京
[年月日] 1998年6月4日
[出典] 外交青書42号,202−204頁.
[備考] 
[全文]

御列席の皆様、

 今般、日本経済新聞社主催で第4回国際交流会議が開催され、この晩餐会において御挨拶する機会をいただきましたことは、私の喜びとするところであります。この会議が有益な成果をもたらすことを心より願っている次第です。

 この国際交流会議は、「アジアの未来」と題し、95年以来毎年開催されていると伺っております。私は先月バーミンガム・サミットに出席してまいりましたが、そこではアジア経済、インドネシア情勢、インドの核実験など、ここ最近のアジア地域の話題が各国首脳の強い関心を集め、多くの意味でアジアに焦点が当たったサミットとなりました。私としても、アジアからのからの{前6文字ママ}唯一の参加国の代表として、それぞれの問題についてアジアの視点を盛り込んで、わが国の立場、主張をしっかりと説明し、議論をリードできたと自負しております。

 このうち、インドの核実験との関連では、バーミンガム・サミット以降、パキスタンによる核実験の実施という不幸な展開がありました。私自身、G8首脳との議論の記憶も新しく、一連の推移を強い思い入れを持って注視し、また対応してきたところです。本日は、この問題に的を絞って、サミットでの議論にもさかのぼりながら、私の考えるところを述べてまいりたいと思います。

 バーミンガム・サミットでは、インドの核実験は初日の夕食会と最終日の双方で話題となりましたが、私からは、唯一の被爆国であり、非核三原則を堅持している我が国として、インドの核実験に大変失望したこと、インドとパキスタンとの間に緊張が高まれば、南アジアのみならずアジア地域全般、ひいては世界の安全保障に影響が及び得ることを説明しつつ、この重大な事態を前に、G8として明確で強いメッセージを発する必要があることを強調しました。それと共に、それまでにわが国がとったインドに対する一連の強い措置を紹介し、また、内閣外政審議室長を私の個人的代理として緊急にパキスタンに派遣したことを紹介しました。採択された首脳声明でも、インドの行為を一致して非難すると共に、インド及びこの地域の他の諸国にこれ以上の核実験や核兵器、弾道ミサイルの配備を行わないよう求めております。パキスタンに対しては、G8としても最大限の自制を呼びかけたところでした。

 このように強く明確なメッセージが出されたにもかかわらず、パキスタンが二度にわたり核実験を実施したことは、誠に遺憾であります。パキスタンに対しては、私自身、先に述べましたように特使を派遣したり、またシャリフ首相に直接電話をかけるなど、再三にわたり自制を求めていたところでした。ちょうど一週間前の夜に第一報に接した時は、我が国をはじめとする国際社会による懸命な働きかけにもかかわらず核実験が行われたことについて、本当に残念に思いました。

 折しも、本日は、国連安保理常任理事国5ケ国の外務大臣がジュネーヴに会し、この問題を議論することになっております。また、12日には、G8外相がロンドンに集まり、同様に協議を行う予定です。さらに7月には、ARF閣僚会合も予定されております。私としては、これら国際会議をはじめあらゆる機会を利用して、国際社会の英知を結集し、この問題に取り組んでいく必要があると考えております。さらにわが国としては、そのような取組を積極的にリードすべきであると考えます。

 私としては、こうした取組にあたっては、次の2つの視点を十分踏まえる必要があると考えています。それは、第一に国際的核不拡散体制の強化という視点であり、第二に地域の安全保障という視点であります。

 第一の、国際的核不拡散体制の強化という視点からは、先ず、国際社会が一致してインド、パキスタン両国に対し強い働きかけを行っていくことが重要です。核実験、核開発の即時停止、NPT、CTBTの無条件の締結等は重要な要素です。わが国が、スウェーデンと共同で安保理決議案を提案したのは正にこのような考え方からです。

 次に、今回の事件を機に核不拡散体制が動揺することを避ける上で、国際社会の核不拡散へのコミットメントを強化する措置を検討するなど、不拡散体制を支えるための具体的施策を考えていくことが必要となっております。さらに、インド、パキスタン両国からの、また両国への核やミサイル関連物資・技術の移転を阻止するための具体的措置を検討することの重要性も指摘したいと思います。

 また、核兵器国自身の核軍縮努力が重要であることは言うまでもありません。START2の早期発効など、目に見える形で、核兵器国が核軍縮努力を加速化させることが求められていると言えましょう。

 今後の一連の国際会議において、これらについてわが国からも主張して行く考えです。先ず、その一環として、日本国際問題研究所及び広島平和研究所等の協力により、内外の有識者の参加を得た国際的なプロジェクトとして、核軍縮・不拡散に関する緊急行動会議の発足を政府として提唱したところです。今後一念{前4文字ママ}のうちにわが国で一連の会議を開催し、核軍縮の促進及び不拡散体制の堅持・強化につき、世界に向けた提言を得たいと思っております。

 第二に地域の安全保障という視点であります。

 わが国としては、インド、パキスタン両国の緊張の高まりは、単に二国間の問題に止まらず、南アジアの安全保障、さらには国際社会全体の平和と安定に影響を与える問題として重大な懸念を有しております。こうした影響を回避する上で、先ず重要なのは、インド、パキスタン両国が真剣な対話を開始し、緊張緩和に向けた努力を傾けることです。今回の一連の動きは、独立以来の根深い両国の対立にその主たる要員{前1文字ママ}を求めることが出来ます。私としては、地域紛争の両当事国が核実験を行ったという新たな現実を前に、国際社会としても原点に立ち返り、カシミール問題をはじめとする両国の対立の要因をなす諸問題に強い関心を持ち、南アジアの安全保障の在り方を考えていく必要があると思います。そのような視点から、我が国としては、来るロンドンG8外相会合の場において、G8全体として印パ情勢に強い関心を持ち、意味のある印パ対話を慫慂していくことを提起したいと思います。

 以上、現在の国際社会の関心を支配するこのインド、パキスタン両国の核実験の問題について申し上げました。まだまだ話は尽きないところですが、時間の関係もありますので、私からの話はここまでとさせて頂きます。今回の会議において、この問題も含めて自由で闊達な議論が行われ、実りある会合となることを改めて祈りつつ、私の挨拶とさせて頂きます。ご静聴有り難うございました。