[文書名] 小渕内閣総理大臣の内外情勢調査会講演「当面の課題」
(はじめに)
本日はお招き頂き、大変ありがとうございました。
御出席の皆様は、各地の経済界のリーダー、また、オピニオンリーダーの方々と承知しておりますので、本日は私の考えているところを率直にお話をさせて頂き、小渕内閣の諸課題への取り組みについて御理解、御支援を頂きたいと思います。
(総理就任から本日まで)
初めに総理就任後から本日までの道のりについて、私の思いも率直に振り返らせて頂きながら、簡単にお話させて頂きたいと思います。
私は、総理就任以来、「日本経済の再生」を最優先課題として、諸施策を政治主導の下、国民の目に見える形で、「スピーディーに、果断に」決断し、実行に移すことを心掛けてまいりました。
前内閣からの懸案であった、金融機関の不良債権問題の抜本的処理については、後ほど詳しく触れることとしますが、その他、主だった経済面の施策を取り出して見ても、
<1>六兆円を相当程度上回る恒久的減税の決定
<2>事業規模で十兆円を超える補正予算の編成
<3>「財革法」の凍結の決定と、これを前提とした来年度予算要求の基本的な方針の決定
<4>画期的な「中小企業等貸し渋り対策大綱」の決定
<5>更に、「経済戦略会議」の発足
などの思い切った内容の諸施策を、就任して一ヶ月間の間に次々と決定してまいりました。
(経済再生への取り組み−−三段階)
私は、八月七日の所信表明演説において明らかにしたように、あらゆる施策を講ずることにより、一両年のうちに日本経済を回復軌道に乗せるよう全力を尽くす覚悟であります。
私は、経済再生への「取り組み」、「大きな道筋」としては三つの段階に分け、次のように考えております。
その第一段階は、当面の最も緊急の課題である「金融システムの安定」であります。
第二段階は、短期の景気回復であります。
私は、今年度の大幅なマイナス成長は不可避としても、今年から来年度にかけて、即ち、ここ数ヶ月間の政策のあり方が、日本経済を本格的な回復軌道に乗せられるかどうかの大きな岐路であると考えます。
第三段階は、中長期の経済活性化であります。
第一段の金融システム対策は、言わば景気の足枷、即ち、景気の足を引っ張っている要因を除去するものであります。(言わば「ブレーキ」をはずす)
また、第二段の短期の景気回復策は、景気を「底固め」し、更に上向きにするため、決定的に重要な役割を果たすものですが(言わば「アクセル」を踏む)、この二つで中長期的な経済の成長、発展につながる訳ではありません。特に少子高齢化、経済のグロ一バル化を背景とする経済社会全体の大きな転換の下で、それぞれの企業、家計にとって、中長期的の成長への疑問や不安が生じております。こうした状況の下で、如何にしてそれぞれの企業や個人が将来への確固たる展望を持ち、それぞれの経済活動に積極的、意欲的に取り組むことが可能となるのかを真剣に考えねばなりません。政治がその答えを示さなければなりません。
こうした責任意識に立ち、私は、既に「生活空間倍増戦略プラン」、「産業再生計画」の二つの構想を提案しているところであります。
(金融システムの安定−−第一段階)
日本経済の再生のために、先ず成し遂げるべきことは、金融機関の不良債権問題の抜本的な処理を図り、金融システムを健全に機能させることであります。
この問題については、先週終了した臨時国会において、与野党間で真剣、かつ、精力的な協議が進められ、私自身も節目節目で党首会談などをお願いし、金融システムの再生、健全化等を図るため、「金融機能再生法」、「金融機能早期健全化法」の二つの新法を「車の両輪」とする法的枠組みが整えられ、また、「金融機能再生法」に基づく業務のために十八兆円、「金融機能早期健全化法」に基づく業務のために二十五兆円の政府保証限度額が設定されたところであります。
私としては、こうした「新しい枠組み」により、今後迅速に不良債権問題の抜本的処理を図り、日本の金融システムが健全に機能するためのしっかりとした基盤が整えられたものと判断しているところであり、政府としては「金融再生委員会」の設置をはじめ、これらの法律の施行体制をできる限り早期に確立してまいる所存であります。
今後、金融機関の不良債権処理の過程で、金融機関を巡って様々な事態が生ずることも予想されますが、私としては、先週の記者会見で国民への五つのアピールとして申し上げたことですが、次の五点を強調させて頂き、国民の皆様には政府を信頼して冷静に対応して頂くことをお願いしたいと考えております。
第一は、金融機関に預金されている方の預金の保護に万全を期すことであります。
第二に、中小企業等に対する信用収縮が生じないよう万全を尽くすことであります。今般の「金融機能早期健全化法」においては、金融機関からの株式の引受等の申請を審査するに当たり、借り手に対する融資の姿勢を重視することとしております。また、先般、決定した資金規模四十兆円を超える「中小企業等貸し渋り対策大綱」に基づく施策を強力に展開することと致しました。
第三は、景気対策に全力を挙げて取り組むことであります。「新しい枠組み」により、日本経済の回復にとって大きな障害となっている金融システムの機能不全を早期に解消することが可能となりましたので、今後は、当面の景気回復に向け、更に、実体経済面を中心に一層全力を挙げて取り組みます。「一両年のうちに日本経済を回復軌道に乗せる」よう、内閣の命運をかけて全力を尽くす覚悟であることを改めて明言致します。
第四は、金融機関の誠実な対応への強い期待であります。金融機関の経営者、職員の方々に対して、金融機関の公共的な使命や、公的な支援が行われることの重み等に十分思いを致し、適切かつ十分な情報開示、迅速な不良債権処理への取り組み、抜本的なリストラ、再編への取り組みなどに誠実に取り組んで頂くことを政府として強く期待します。
第五に、今回の金融システム対策の実行に伴い、金融システム全体の再生、健全化のために政府保証などを厳格な条件の下で活用することとなりますが、この点につきまして国民の皆様の御理解を頂けるよう内閣を挙げてできる限りの努力を致します。
(景気回復策−−第二段階)
景気の低迷状態が長期化しているのは、直接的には、個人消費、住宅投資、民間設備投資が低迷し、最終民間需要が大幅に落ち込んでいるためであります。
既に、私は、事業規模十兆円を越える補正予算の編成や六兆円を相当程度上回る恒久的な減税の実施を明言しており、減税の具体的内容について、政府及び党の税制調査会に検討開始を依頼したほか、併せて、経済的・社会的に恵まれない人々に対しても何らかの工夫ができないかどうか、予算面での対応を含め検討を指示したところであります。
更に、景気回復策の検討に当たっては、私の構想である「生活空間倍増戦略プラン」や「産業再生計画」の具体化をはじめとして、住宅・民間設備投資促進策、雇用対策等、効果的な具体策を早急に検討するよう各閣僚に指示したところであります。
先程、景気回復策の具体化の第一歩として、私の指示を受け、住宅投資促進策について建設大臣から「住宅金融公庫融資等に関して緊急に講ずべき対策」の報告があり、明日の閣議で決定することとしたい。
私は、多額のローンを抱えている方の御苦労を痛切に感じているところであり、先般の指示の中でも特に「住宅ローン返済困難者対策」について、きめ細かな対応ができる体制を整備するよう強く指示したところであります。今回の対策でそうした体制が整い、借入者の置かれている状況を十分汲み取った、親身な対応ができることとなったと考えております。
また、今月末に要望がとりまとめられる「景気対策臨時緊急特別枠」(総額四兆円)については、相当部分を第三次補正予算に計上する方針であります。
私としては、「経済再生内閣」にふさわしい、「タイミング」と「質」と「量」を備えた景気回復策を「経済戦略会議」から出された「短期経済政策への緊急提言」も参考としつつ、スピーディーに展開していく所存であります。
(「生活空間倍増戦略プラン」と「産業再生計画」−−中長期の経済活性化−−第三段階)
本日は、これらの二つの構想についての私の発想の原点や狙いについてお話させて頂き、是非、皆様の御理解を得たいと考えております。
即ち、日本は依然として強固な経済的基盤を有するにもかかわらず、少子高齢化、経済のグローバル化を背景とする経済社会の大きな転換期にあり、また、現下の厳しい経済情勢の下で、言わば「国民総自信喪失状況」に陥っているのではないか、との思いであり、そこから日本と日本人の持つ本来の「地力」、「底力」をどうすれば発揮できるのか、その能力を引き出せるのか、という問題意識につながってきた訳であります。
この問題を考えるに当たっては、やはり国民のニーズを原点に据えて検討すべきであります。
「広い家に住みたい」、「賑やかな街で買い物を楽しみたい」、「老後もいつまでも楽しく不自由なく暮らしたい」、「余暇をゆったり過ごしたい」−−こうした声に代表される国民のニーズをしっかり受け止めるべきであります。
このプランは、質の高い居住スペース、レクリエーションスペースなどを拡大し、生活空間の倍増に向けた戦略を策定し、向こう五年間を視野に置いて「明日への投資」を積極的に進めるものであります。
このプランを進めるため、国全体としては、国や自治体が事業主体となるものについては、重点的な予算配分を行うとともに、個人や民間が中心となるものについては、公的支援や思い切った規制緩和を進めていく方針であります。
また、生活空間は、それ自体、各地域の個性そのものであり、このプランの推進に当たっては、都市と地方のそれぞれの地域が独自の戦略的プランを策定し、推進していくことが望ましく、国はこれに対して最大限の支援を行うこととしております。
同時に、こうした地域戦略プランの策定、推進に当たっては、地方分権の時代にふさわしい手法として、自治体側としては、従来の行政区分にとらわれない広域的な連携による取り組みを行い、また、国側としては、従来の縦割り行政を脱却した総合的窓口の設定などを考えております。
次に「産業再生計画」について簡単に触れさせて頂きます。
我が国は、従来から新規産業の創出や高コスト構造の是正などの事業環境の整備を目指した「経済構造改革」に取り組んできたところであります。
しかしながら、現在、雇用問題は、高齢者、若年層のみならず、一家を支える大黒柱の世帯主の失業率も上昇するなど極めて深刻化しつつあり、私としては、就業機会を創り出していくことが国として喫緊の課題ではないかとの思いを強く持つところであります。
このため、米国の例も参考としつつ、
<1>脱サラ開業からベンチャー育成まで視野にいれた幅広い支援
<2>既存企業の再活性化のための環境整備
等を盛り込んだ「産業再生計画」を提案したところであります。
更に、「産業再生計画」においては、
<1>世界最高水準の研究開発環境を実現するための投資
など知的資産の倍増に向けて積極的な取り組みを展開して参りたいと考えています。
「産業再生計画」は、中長期の産業の再活性化を目指すものでありますが、雇用機会を創り出していくことが緊急を要する課題となっていることを踏まえ、一両年に五十万人の新規雇用の創出を念頭において進めて行きたいと考えております。
(外交)
続いて、外交への取り組みについて簡単に触れたいと思います。
皆様も御承知の通り、今月初旬に金大中(キムデジュン)韓国大統領が訪日され、二十一世紀に向けた新たな日韓関係のスタートが切られました。十一月には、重要な首脳外交日程が目白押しです。先ず十日から十三日まで私がロシアを訪問し、エリツィン大統領との日露首脳会談を行い、更に、十九、二十日にはクリントン大統領をお迎えして、日本での日米首脳会談を予定しております。また、中国の江沢民(コウタクミン)国家主席が二十五日から中国の国家元首として初めて訪日される予定であります。かくして金大中韓国大統領の訪日後一ヶ月余りのうちに米、中、露を始めとする主要国の首脳と相次いで会談するという例のないスケジュールとなっております。更にその間、十一月中旬にマレイシアでのAPEC非公式首脳会議があり、十二月半ばには、日中韓三カ国とASEAN諸国との首脳会議が予定されています。
私は、これらの外交日程を通じて、具体的に次の二つの課題に取り組む考えです。
第一は、我が国の経済再生に向けた具体的な取り組みを示し、「信頼される日本」を確立することであります。
第二は、アジア太平洋の平和と繁栄の枠組み作りを一層強化することであります。
(我が国の経済再生と「信頼される日本」の確立)
内政と外交は表裏一体であります。現在、世界経済が置かれている厳しい現実を直視する時、「経済再生内閣」としての取り組みが、アジアを始めとする世界の安定と繁栄にとり極めて重要であります。また、翻って世界の安定と繁栄なくして日本自身の安定と繁栄は実現されないと痛感しております。だからこそ、我が国が経済再生に向けて先程申し上げた思い切った取り組みを実行していくとともに、アジア各国を始めとする国々の経済回復のために出来る限りの支援を引き続き行っていくことは、我が国が現在直面している最大の内政課題であると同時に外交課題なのであります。
こうした観点から、我が国は総計四百三十億ドルの世界最大規模の対アジア支援、更には先般表明した新たな三百億ドル規模の資金支援スキームを通じて、アジア経済の再生に向けて貢献していきます。こうした取り組みにより、アジアで、そして世界で「信頼される日本」を確立していきたいと思います。
(アジア太平洋の平和と繁栄の枠組みの一層の強化)
十一月、十二月の外交における第二の課題は、我が国が位置するアジア太平洋地域の平和と繁栄の枠組みの一層の強化であります。
こうした中で、日米関係は、引き続き我が国外交の基軸であり、強固な二国間関係の基盤の上に安全保障、経済等広汎にわたる国際社会の諸問題に協力して取り組んでまいります。
本年は、日中平和友好条約締結二十周年ですが、我が国と中国は、今やアジア太平洋地域全体の平和と繁栄に責任を有する国家として、単なる二国間関係にとどまらず、国際貢献のためにともに行動する関係を構築していかなければなりません。
更に、朝鮮半島の平和と安定は、北東アジアの安全保障に直結する喫緊の課題であり、韓国との協力は欠くべからざるものです。先般の金大中大統領の訪日において、「二十一世紀に向けた新たな日韓パートナーシップ」の構築について日韓両国が合意したことは、大きな意義を有するものでありました。
なお、八月末の北朝鮮によるミサイル発射は、我が国の安全保障に直接かかわるのみならず、北東アジアの平和と安定の観点からも極めて憂慮すべき事態であり、我が国としては、米韓等との緊密な連携の下、北朝鮮に対処してきました。北朝鮮の核開発についても、これを阻止すべく、適切に対処していくことが必要であり、その観点からKEDOの協力再開を決定した次第です。
(日露首脳会談に向けての展望)
ロシアとの関係につきましては、昨年十一月のクラスノヤルスクにおける画期的な首脳会談以来の一年の間に、本年四月の川奈における首脳会談を経て、政治、経済、安保対話等、あらゆる分野にわたって著しい進展を示してきております。日露関係がこのように極めて短期間に大きく前進し得た背景には、当然のことながら、日露関係の打開に心を砕かれた橋本前総理とエリツィン大統領が築かれた首脳レベルでの信頼関係があります。正に日露両国の首脳間に築かれたこの信頼に基づく密接な協力関係が、誰もが想像だにできなかった程に大きく両国関係を動かした牽引車としての役割を果たしてきたと申し上げることができると思います。
また、このような両国関係の進展は、両国を取り巻く戦略的・地政学的な状況に裏打ちされたものであることを見逃すわけにはまいりません。今や北東アジアやアジア太平洋における地政学的・戦略的・歴史的環境は、日露の接近と安定的な関係の構築を求めているのです。そのような意味で、最近の日露関係の緊密化は、既に「時代の流れ」になっていると申せましょう。我が国の隣国であり、尊敬に足る偉大な大国であるロシアが、民主主義、市場経済、国際協調といった価値観を我が国と共有する安定した国家としてユーラシアの地において発展していくことは、我が国の国益に応えるものであります。日露両国は、この地域で手を携えて歩んでいくことを運命付けられているのです。現在、ロシアは、厳しい経済・社会状況の中に置かれていますが、私としては、正にこのような観点からも、我が国の歴史と経験を踏まえて、移行期における困難の解決に取り組んでいるロシアを支援してまいりたいと考えます。日本自身が戦後復興の過程で多くの友人に助けられたのです。困った時の友人こそが真の友人だというのが私の思いです。
私は、来る十一月に、我が国の内閣総理大臣としては、一九七三年の田中元総理の訪露以来二十五年振りにロシアを公式訪問致します。私としては、これまでの日露関係の流れを受け継ぎつつ、来るエリツィン大統領との首脳会談におきましては、日露両国の協力を更に力強く推進していくことについて一致し、これまで両国間に形成されてきた「信頼」から両国関係の基本問題に関する「合意」の時代へと、二十一世紀に向けた日露関係の新たな展望を切り拓いていきたいと考えております。
私は、二十一世紀に向けて両国関係を全体としてダイナミックに進展させていく中で併せて、長年にわたり日露間に横たわる平和条約の締結という課題について、今世紀中に起きた問題は今世紀中に解決するために、「勝者もなく敗者もない」形での解決を目指し、不退転の決意で取り組んでおります。先の高村外務大臣のロシア訪問の際、日露が一致してクラスノヤルスク及び川奈における首脳会談の合意を再確認したことは、このような日露関係の基盤が盤石であることを示すものであります。私としては、エリツィン大統領と協力して、この交渉を打開し、日露関係の新時代を築くため、来る首脳会談におきましては、胸襟を開いて話し合ってみたいと考えております。私も、エリツィン大統領も共に愛国者であり、お互いに率直かつ真摯に話し合えば、必ず道は開かれると思います。
来るべき日露首脳会談が、二十一世紀を見据えた両国間の真の友好関係の確立にとって意義深いものとなるよう、その成功に向けて全力で取り組んでいく考えであり、このような政府の立場に対する国民の御理解と御支援をお願いしたいと思います。
長時間、御清聴ありがとうございました。