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日本政治・国際関係データベース
政策研究大学院大学・東京大学東洋文化研究所

[文書名] 高麗大学における小渕内閣総理大臣演説 新世紀の日韓関係‐新たな歴史の創造‐

[場所] 韓国(高麗大学)
[年月日] 1999年3月20日
[出典] 小渕内閣総理大臣演説集(上),160‐170頁.
[備考] 
[全文]

 皆様こんにちは。ただ今ご紹介いただきました小渕恵三でございます。本日、ここ高麗大学にお招き頂き、まことにありがとうございます。

ヨロブン、アンニョンハシムニカ。

パングム ソゲ パドゥン オブチケイゾウ イムニダ。

オヌルン コリョテハッキョエ チョチョンヘ ジュショソ カムサハムニダ。

 尊敬する金炳●{王へんに官/グァン}(キム・ビョングァン)高麗中央学院理事長、金貞培(キム・ジョンベ)高麗大学総長、鄭世永(チョン・セヨン)校友会長、親愛なる諸先生方、そして明日の韓国を担う大学生の皆さん、

 大韓民国を代表する私学の雄、高麗大学は、私が申すまでもなく、世界に知られる研究教育機関であり、有能な人材を数多く輩出して来られました。また、私の母校である早稲田大学とは姉妹関係を結ばれ、教授や留学生の交換等、緊密な学術交流が進められており、私はこのことを大変に嬉しく、誇りに思っております。

 この建物にその雅号が残されている仁村(インチョン)・金性洙(キム・ソンス)先生は、高麗大学総長として大学の発展に尽力された功労者であるのみならず、紡績産業や言論界、更には政治の分野においても活躍をされた偉大な先達であります。金性洙(キム・ソンス)先生は、若き日に早稲田大学で学ばれ、その後は研鑚の旅路を求め、欧米各国を訪問されました。私自身、四十年近く前には、ちょうど今の皆様ぐらいの年齢でしたが、早稲田大学の学生だった頃に、当時はまだ本当に珍しかった、たった一人での世界歴訪の貧乏旅行をした経験があります。私が米国のワシントンにまいりました時、一九六三年の夏でしたが、ロバート・ケネディ司法長官にお会いしたいと思い立ち、全く誰からの御紹介もなしに突然面会を申し入れましたところ、それこそ一介の学生だったにも拘わらず、快くお会いいただいたのであります。あの青春時代の感激を思い出しながら、「これからは君らの時代だ」というケネディ長官からの激励の言葉を、本日この席にお集まりの学生諸君を始め、韓国の若い世代の方々に対し、親愛の情を込めてお贈りしたいと思います。

 聴衆の皆様、

 間もなく百年に至る高麗大学の歴史は、一九〇五年の普成(ポソン)専門学校設立に遡ると伺いました。近代化の問題に直面し、内外の困難に国運が翻弄された時期にあって、高麗大学の建学の理念は、「教育救国」でありました。独立自主の未来を渇望し、歴史を切り拓くために一身を投じる強固な意志を持った若者達が立ち上がるとき、歴史はその歩みを進め、音を立てて動き始めるのです。若者の英知と真心、そして勇気こそが歴史の原動力であります。日韓関係の将来も、また世界の未来も、まさに日韓両国及び世界の若者がともに考え、そして行動していくことによってのみ、切り拓かれていくのであります。韓国の現代史においても、一九六〇年の学生革命を始め、若者の行動する良心が歴史を動かした事例は少なくないといえましょう。

 日本の近代史を振り返っても、十九世紀においてあの「明治維新」がもたらされた背景には、多くの若者達の情熱がありました。私の敬愛する維新の志士、坂本竜馬は、迫り来る内外の国難の中で、不可能と思われた広範な勢力の連携を促し、旧体制から明治維新への変革を可能にした中心人物であります。この開明的先駆者が、移動の船の中で起草した「船中八策」は、新たに作られる政府の具体的方針として、議会制民主主義、人材登用、経済や軍事に至る基本的政策を掲げたものでした。国家の平和と独立を守りつつ改革を実現する道を懸命に目指す若き竜馬の姿を、私は折に触れ思い浮かべます。国難に直面する激動期において、未来へ向けて歴史を造り上げていった変革者達の志と行動力は、今日の我々を鼓舞するものであります。

 聴衆の皆様、

 近代化の準備と歴史の苦難を語る時、私は韓国の近代史の始まりが、我が国との関係の不幸な歴史の始まりでもあったことを思い起こさざるを得ません。日本人が、自らを省みる上でも、日韓関係の歴史を直視する姿勢が不可欠であり、また政治家である私を、日韓関係に取り組むよう駆り立ててきたものも、何よりもこのような思いに他なりません。金大中(キム・デジュン)大統領を始めとする韓国国民の皆様は、私が昨年十月に日韓関係の過去について申し上げた歴史に対する認識と決意とを、誠実に受け止めて下さいました。金大中(キム・デジュン)大統領と私は、二十世紀が終わろうとするこの時点に立ち、この世紀に残された日韓関係の負の遺産を清算し、両国国民が和解し、未来を構築していくための努力を表明致しました。そして、その実現のための具体的な作業に着手することについて、大統領と私は明確な約束を交わしました。大統領と私に共通した思いは、二十世紀に起こったことは二十世紀のうちに清算し、共に新しい世紀を新しい決意で迎えなければならないという思いであります。新世紀において、私たちは互いにしっかりと手を取り合って新たな歴史を創造してゆかねばなりません。

 聴衆の皆様、

 それでは、日韓両国が二十一世紀に追求すべき協力関係のあるべき姿は一体どのようなものでありましょうか。私は、それは「平和と繁栄のためのパートナーシップ」を互いに協力して築いていくことだと考えます。そして、この日韓のパートナーシップによって生まれる利益は、日韓両国の国民だけでなく、アジアの近隣諸国の人々、ひいては国際社会全体に共有されるものでなければなりません。我々の視線は日韓という枠を越えて広く世界を見据えたものにならなければならないと思います。

 そのために、私は、日韓両国が、今後以下の三つの課題、すなわち「北東アジアの安全保障」、「アジアの再生・繁栄のための協力」、「人類社会全体の安寧と福祉」、英語で言えば「ヒューマンセキュリティ」に積極的に取り組む必要があると考えます。

 聴衆の皆様、

 日韓両国の協力の出発点は我々の平和と安全を確保するために協力することであります。そして、両国の平和と安全は、朝鮮半島を含む北東アジア全体の平和と安全なくしては成り立ちません。朝鮮半島の現実はきわめて厳しいものがあり、そこでは未だに南北対立という冷戦構造が存続しているのみならず、弾道ミサイルの発射や北朝鮮軍の浸透工作等の挑発に見られるように、我々の安全を脅かす事件が依然として相次いでいます。

 北東アジアの安全保障を考える際に、当面の最大の問題は北朝鮮の問題です。この問題に対応する上で、私は、我々が頭に置いておかなければならない点が、少なくとも三つあると考えております。

 第一は、我々の戦略ビジョンに関する点であります。我々の戦略ビジョンは、核兵器開発の問題や弾道ミサイルの問題のような当面の安全保障上の問題の解決と、より中長期的には南北対立の構造解消という二つの目標を同時に追求するものでなければならないという点であります。

 北朝鮮が核兵器開発の疑惑を払拭せず、また弾道ミサイルの実験、発射、開発、配備、輸出を中止せず、我々に不安と懸念を与えるようでは、北朝鮮との友好的な国家関係を樹立することは困難でありましょう。他方、北朝鮮が我々の懸念や不安の解消に建設的に応じる用意があるのであれば、我々としては、人道支援や国交正常化に向けて建設的に対応する用意があることを明らかにしたいと思います。数日前、秘密核施設疑惑問題に関し米朝間の合意が成立したことは喜ばしい進展であります。北朝鮮と我々の間でこのような努力を通じて北朝鮮との間に相互信頼を醸成していくことができれば、朝鮮半島の対立構造を平和の構造に置き換えていくことが可能となるのであります。

 第二に、このような目標を追求していく上で、緊張を緩和していくための対話と、不測の事態を招くことがないようにするための抑止の双方について、我々は意を用いなければなりません。我々は対決を通じてではなく、対話と交渉により、北朝鮮と我々の間に存在する問題を一つずつ解決していく必要があります。我が国としては、ミサイルや核のような安全保障問題に加え、北朝鮮との人道上の諸問題の解決、及び第二次世界大戦後の不正常な関係を是正するための国交正常化の実現を重視しています。韓国や米国においても同様の問題があります。

 朝鮮半島にある対立の構造を平和の構造に転換するには、多くの対話と交渉を、善意と忍耐を持って積み重ねていくことが必要でありましょう。このためにも日韓両国は引き続き、米国との安全保障体制を堅持していく必要があります。また、日韓の間でもは{前3文字ママ}安全保障対話を強化していく必要がありましょう。我が国において「日米防衛協力のための指針」関連の法整備が進められておりますが、これは我が国の専守防衛等の基本方針に何ら変更を加えるものではなく、日米安保体制の実効性を確保し、我が国の平和と安全、更にはこの地域の平和と安定を図るためのものであります。

 第三に、我々が北朝鮮と対応を行うにあたっては、日韓米三ヶ国の協力と協調が極めて重要であるということです。我々三者は全て同じペースで同一の政策をとる必要はありませんが、互いに手をたずさえて同じ方向を向いている必要があります。また、中国とロシアの協力も必要であり、我が国としては、四者会談を全面的に支持していますが、地域の信頼醸成・緊張緩和に向けて、例えば六者会合の開催も将来的課題の一つとして視野に入れるべきと考えています。

 以上のような考え方に立ちつつ、私はこの場を借りであらためて北朝鮮に対し、呼びかけを行いたいと存じます。我々は関係改善を図る用意があり、北朝鮮が対立と緊張を高めるのではなく、和解と交流を目指した対話のとびらを開くよう呼びかけるものであります。

 今、韓国では、「スウィリ」という、朝鮮半島の清流に住む魚の名前を題名にした映画が大ヒットになっていると聞いています。私は、大同江の水と、漢江の水と、江戸川の水とが、対決の海に流れ込むのではなく友好の海に流れ込む日が来ることを切望するものであります。

 聴衆の皆様、

 政治の「平和」と経済・社会の「繁栄」はいわば車の両輪であります。日韓両国が今日及び将来のアジアと世界においてその指導力と建設的役割を果たしうる基礎となるのは、その経済的活力に他なりません。

 日韓両国の経済関係は、今や互いに競争し、裨益するパートナーとして、切っても切れない関係に発展しました。国交正常化直後の一九六六年において八億ドルに過ぎなかった日韓の貿易額は、今や五百億ドルの規模に拡大しました。五百億ドルという貿易額は、海を隔てた二国間の貿易としては、巨大なものであり、これは英仏間の貿易額にも匹敵するものであります。

 この経済の絆を二十一世紀に向けてさらに高い次元に高めていくことが必要であり、また、それは可能であります。私は、日韓両国は、協力して次の三つのことを進めていくことができると考えます。

 まず、第一は、両国がアジア経済の回復をリードすることです。一昨年来、アジアは経済危機に瀕し、韓国もその影響を受けて、極めて深刻な外貨危機に陥りました。その後、韓国国民の団結と勤勉によって外貨危機は克服され、経済改革も相当順調に推進されています。

 しかしながら、アジア全体の経済危機はまだ完全に克服されたわけではありません。数日前の新聞によると、韓国においては、二十代の若者の失業は四一パーセントにも上っていると報道されています。中国もかつての成長路線の調整を余儀なくされており、東南アジア諸国もその経済展望は未だ全体として明るいとは言えません。こうした中で、日韓両国が、お互いに助け合いながら経済改革を進展させ、自らの経済の回復を確実なものとする努力が必要です。我が国は、韓国の外貨危機以来、世銀やIMFなどを通じる協力と共に、二国間ベースでも二百億ドルの金融面での支援を行ってきました。韓国に対する支援は、日韓両国、ひいてはアジア諸国の経済安定に資するものであります。これからは日韓両国間の投資や貿易の促進にさらにお互いに努力していくべきと考えます。

 第二に重要なことは、相互の経済交流・協力の幅あるいは分野を拡大することであります。環境、原子力、安全、科学技術、運輸、観光など、幅広い分野での日韓協力を進める余地があります。これらの分野は、昨年私と金太中大統領が署名した日韓共同宣言及び「行動計画」にも掲げられています。

 第三は、将来のアジア経済の構想(ヴィジョン)を描くことです。この作業には、皆さんのような若い世代の人々が夢を持って参画する必要があります。

 欧州では通貨統合が達成され、経済面での統合が着々と進んでおりますが、この欧州統合も、五十年前までは単なる「夢物語」でしかありませんでした。アジア及び世界にはこのような統合の動きはまだ本格化しておりませんが、APECのような地域協力の場に加え、北東アジア自由貿易構想という構想も出てきており、民間レベルではこうした構想についても既に議論が進められています。二十一世紀の将来において日韓両国が核となって、EUに匹敵する自由貿易圏をこの地域でも創り出すという「夢」を是非、柔軟な発想力を持っている若い皆さんに検討してもらいたいと考えています。

 聴衆の皆様、

 我々の直面する三つの課題のうち、最後に、三つ目の課題の「人類全体の安寧と福祉(ヒューマンセキュリティ)」の問題について、私の考えを述べたいと思います。

 二十一世紀において、国家間の「平和」や国家レベルでの「繁栄」が達成されても、環境破壊、貧富の差、組織犯罪、麻薬、エイズ、生態系の破壊といった、国境を越えて人間の生命・尊厳に対する脅威となる問題が一層深刻化する可能性があります。これらの問題は一般的に「ヒューマンセキュリティ」の問題としてとらえることができるでありましょう。

 韓国でも黄砂や酸性雨の被害がよく話に出ると聞いています。国際交流は結構ですが、暴力団の活動が国境を越えたものになりつつある現状は寒心に堪えません。

 こうした、国境を越えた問題は一国だけで対処できるものではありません。また、市場メカニズムに委ねたままで解決できるというわけでもありません。しかも、多くの問題について国際的な取組体制が整っておらず、有効な対処方法も確立していない状況です。

 こうした中で、日韓両国は、アジアのリーダー役として「ヒューマンセキュリティ」の問題を真剣に考え、問題解決のためにその持てる英知と資源を投入していく必要があります。日韓両国が国連をはじめとする国際の場において、共同作業に参加し、「ヒューマンセキュリティ」のための国際的な体制作りに貢献していくこと、これこそが世界の中の日韓協力の核心であります。

 言い換えれば、日韓両国は、単に経済的な繁栄の力によってのみではなく、人類の新しい挑戦に対し、知的なリーダーシップを発揮するように協力していく必要があるということです。人類共通の価値観に立脚しつつも、アジアの伝統と文化を担う国としての誇りを持っていくとともに国際社会全体の問題に関心を持ち、かつ働いていくことが重要です。そのためにも、我々両国は、世界の諸国民から敬愛され、尊敬されなければなりません。経済的な繁栄に加え、国家としての徳を備えること、これが正に私が常々申し上げる「富国有徳」であります。この理想に向け、共に努力しようではありませんか。

 聴衆の皆様、

 最後に私は二〇〇二年のワールドカップにふれたいと思います。日韓両国の共催の下に開かれる二〇〇二年のワールドカップを一つの好機(チャンス)としてとらえ、スポーツ、文化等、あらゆる日韓間の交流の幅を広げ、かつ深化する契機としたいと考えます。高麗大学と延世大学は、高延戦という有名な対抗試合を行っていると聞いています。私がこれを高延戦といい、延高戦と言っていないことに注意していただきたいと思います。日本でも、私の母校早稲田と慶応の間に早慶戦があります。この四校の交流試合を行うことも面白いのではないかと思います。

 聴衆の皆様、

 本日、私は、今日の厳しい現実を見つめながら、皆様とともに未来の夢を思い描き、その実現への航路図を描こうと試みました。お話をしながら、韓国の未来を担う若い人々の熱意に満ちた表情を目にし、みずからの青春時代をあらためて思い返しました。世界を見つめ、明るい未来のビジョンを思い描き、その実現のために自らが献身しようと決意した瞬間、我々は歴史の創造に携わる者となるのであります。

 聴衆の皆様、

 二十一世紀の韓国の夢と希望の担い手達を、本日このキャンパスで見いだせたことは大きな喜びです。日本の若者、そして世界の若者と手を携え、夢と希望に満ちた新しい歴史を創造していってほしいと心から願い、皆様へのメッセージと致します。

 御清聴ありがとうございました。