データベース「世界と日本」(代表:田中明彦)
日本政治・国際関係データベース
政策研究大学院大学・東京大学東洋文化研究所

[文書名] 「二十一世紀日本の構想」懇談会全体合宿における小渕内閣総理大臣スピーチ

[場所] 
[年月日] 1999年8月6日
[出典] 小渕内閣総理大臣演説集(上),490‐496頁.
[備考] 
[全文]

(はじめに)

 本日は、大変お忙しいところ泊まり込みで御参加いただきまして、本当にありがとうございます。

 この「二十一世紀日本の構想」懇談会は、二十一世紀のあるべき日本の姿について次の世代に引き継ぐべき指針をまとめたいとの考えで、有識者の方々にお集まりいただき、本年三月より発足しました。これまで五つの大きなテーマ別に分科会を設けて御議論いただいておりましたが、今般、その全体会合ということで、各分科会での議論を報告していただき、分科会の枠を超えてさらに議論を深めていただく機会を持つことができました。文字どおり、私も「同じ釜の飯」を食べながら、胸襟を開いた御議論に加われることは、大変素晴らしいことと思います。

(基本認識−普遍性と独自性の発揮)

 私は、現在を明治維新、第二次世界大戦後に続く「第三の改革」の時代と位置づけています。わが国は明治維新以来先人の血のにじむような努力で近代国家としての基礎を築きあげました。戦後、講和条約と同時に日米安保条約を結んだ大先輩の吉田茂総理は、経済復興を優先させる方針を採られ、その後、わが国は驚異的な経済成長を成し遂げました。

 しかし、その後の内外の変化は、わが国に対して大きな課題を突き付け、これまでの成功体験に安住し続けることは許されない状況となりました。冷戦の終焉、グローバル化・情報化の波、環境問題の高まり、少子高齢化の進展などの中で、高度成長を成し遂げる過程で有効であった戦略やシステムが足かせとなることも少なくなく、大胆な改革が求められています。

 他方、高度成長の後の成熟の中で、経済成長一辺倒ではなく、文化的豊かさも実現する「文化の時代」が求められましたが、現実に私たちが経験したのは、バブル経済の発生と崩壊でした。高度成長を成し遂げた当時、私たちが誇りをもって再発見しようとした、わが国の素晴らしい文化の基盤も、最近の家庭や教育などをめぐる様々な問題の中で、大きく動揺しているように見受けられます。

 今、私たちに求められていることは、グローバルな大きな潮流の中で、一方では、足かせとなるものを壊してそれに変わるシステムを創り上げ、他方では、私たちが誇りとするものを文化の多様性の中に再構築しようとする、極めて困難な作業であります。これは、グローバリゼーションの流れの中にあっても、自分らしさを見失わず、しかし、文化の独自性の殻に閉じこもることのない国、そして、世界の人々の共感を得られるような、より大きな普遍的な価値も担っていける国に向かった「改革」でなければなりません。

 このための新しい日本の構想は、過去の私たちの経験の内にも、また、海外にもそのままモデルとなるものを求めることができないものであり、また、構想の実現のためには、何よりも社会をあげての意識の転換が必要とされます。私は、この日本のあるべき姿についての議論が、さらに大きな国民的な広がりをもって発展していくことを願っております。私といたしましても手綱を緩めず、大胆に改革に取り組んでいくことを改めて申し上げたいと思います。

(新たな「関わり合い」を出発点に)

 私はかねてから、日本のあるべき姿として「経済的な富」に加え、「物と心のバランス」がとれ、「品格」や「徳」のある国家、即ち「富国有徳」の国家として、世界のモデルになるように目指したい、と申し上げてまいりました。また、この懇談会を開催するに当たって、昨年ノーベル経済学賞を受賞したアマルテイア・セン氏の言葉をひいて、「他者へのシンパシーとコミットメント」の重要性について申し上げました。これまでの皆様の御議論を拝聴し、また、議事録も拝見させていただき、私は、二十一世紀の日本を構想する上で、「他」との関わり合いの中で、自ら」を発見し、鍛え、そして期待されるものを担っていくことが重要である、との思いを強くしております。

(「責任ある先覚者を生み出す社会」への転換)

 わが国は、「縦割り」「横並び」の社会といわれます。棲み分けられた秩序の枠の中で、限定された競争を行うこのシステムは、戦後、わが国が欧米にキャッチアップする過程では有効に機能したといえます。しかし、現在、わが国が直面している様々な課題を乗り越えていくためには、自分の所属する組織の利益が何よりも優先されたり、個人の利益や責任が組織の中に埋没してしまうなど、このシステムのマイナス面がかえって足かせとなっているといえます。

 二十一世紀に向かって、わが国は、「縦割り」「横並び」の社会を変革し、新しい競争と秩序のシステムを作り出すことが必要です。このためには、まず、個人や組織が、より柔軟で、複線的な関係の中で、自らを磨き、能力を発揮することを可能とする社会を創り上げていくことが必要です。これは、経済活動の面では、市場機能を強化し、競争的な環境を創出することです。しかし、私は、それにとどまらず、社会全般において、各人が、先例や現状にとらわれることなく挑戦する機会と動機が十分に与えられるとともに、社会の直面する様々な課題を克服していくために必要な責任を担っていくシステムを構築し、いわば「責任ある先覚者を生み出す社会」を作り出すことが必要であるとの考えを強くしております。この点につきましては、メンバーの皆様にも、是非議論を深めて頂き、ご意見をお聞かせ頂きたいと思います。

(「自主参加の社会システム」の構築)

 一方、豊かさの中で見失われがちであった、人間の内面に深く根差した精神的な豊かさも、人や組織との複線的なつながりの中で実現していくことが求められています。「自立」は「孤立」ではありません。個人が集団に埋没するのではなく、各人がそれぞれの選択に基づいて自主的に自由な関わり合いを形成していくことは、高齢化社会を迎える中で、人が一生のうちに直面する様々な不安や困難を克服していく上でも、重要な役割を果たしていくと思います。私は、人や組織の開かれた関わり合いと、誰もが直面しうる困難に備える社会の安全ネットの制度がうまくかみ合った「自主参加の社会システム」を構築することが必要であると考えています。こうしたシステムにより、個人が、互いの多様性を認め、刺激を与え合い、助け合いながら、一生の様々な局面で自己を実現していける社会を目指して行きたいと思います。

(「もの」の多様な価値の再発見と活用)

 人や組織とのつながりだけでなく、「もの」との関係においても、考え直すべき点があるように思います。大量の廃棄物を生む私たちの生活は、地域社会や地球環境に大きな負担をかけています。国土や資源を便利に利用することにとらわれている私たちは、「もの」のもつ様々な価値をもう一度見直すことを求められているように思います。例えば、国土は、様々な製品を生み出す生産要素としての側面のほか、その土地固有の風土や地形、木々の緑により素晴らしい景観をも生み出します。私たちは、そうした「もの」に内在する様々な価値を十分理解し、それを上手に活用し、暮らしていく能力を身につけていくことが必要であるように考えます。

(世界の変化への準備と戦略)

 国際社会との関係についてみれば、冷戦の崩壊により世界の枠組みは大きな変革を遂げ、より多元的な関係が生じています。私たちが住むアジア太平洋地域には、冷戦の残滓が残ってはいますが、様々な潮流の変化も見られます。冷戦後の新しい課題に直面する世界において、わが国として、追求すべき「国益」とは何かを明らかにした上で、自由、平和、民主主義といった価値を主体的に実践していくことが求められています。環境の変化を冷静に分析する能力を向上させ、日米同盟やODAなど対外関係においてわが国が築き上げてきたものと、欠けているものを見極めた上で、十分な準備と戦略をもって、地球社会の創造に参画していくことが必要であります。

(世代を超えて共に考える−若い世代との対話)

 二十一世紀のわが国を担うのは、若い世代の方々です。資源に乏しいわが国にとって、文字どおり、国づくりは人づくりであります。教育も人と人とが向き合い、語り合う中で進められるものであり、その意味で、教育は、単に教育される側の問題ではなく、私も含め、すべての世代で自分自身の問題として省みなければならないものです。私は、できるだけ近いうちに、二十一世紀を担う若い世代の方々を官邸にお招きし、いわば「若者版『二十一世紀日本の構想』懇談会」を開き、河合座長とともに二十一世紀の日本のあり方についてのお考えを、直接うかがいたいと考えております。

(終わりに)

 私たちは、まもなく二十一世紀の扉を開けようとしています。各分科会の検討課題は、それぞれ、新しい世紀を希望のある素晴らしいものにするために重要な、大きなテーマです。本日、皆様方にここにお集まり頂き、来るべき二十一世紀の日本のあり方について御議論いただいている、この懇談会のあり方そのものが、人との開かれた関わり合いの中で、コミットメントを行い、共に「公」を実現していくことにほかなりません。できれば、「海外の有識者との対話」も行っていただき、この懇談会における人との関係を海外にまで広げていけることになれば、世界に開かれた日本の将来を構想する上で、一層素晴らしいことではないかと思います。そして、皆様のお力をお借りしながら、小渕内閣という内閣を超えて、日本の理念の構築を目指そうとしていることは、私自身のコミットメントの一つでもあります。

 座長の河合先生をはじめ、メンバーの皆様には、御多忙なお時間を頂戴し、恐縮の至りでございます。この懇談会の意義をお汲み取りの上、自由で闊達なご議論を賜り、二十一世紀のわが国にふさわしい理念と制度の構築に向け、実り多きものとしていただきますよう、改めてお願い申し上げます。