[文書名] (財)日本国際問題研究所創立四十周年記念シンポジウムにおける小渕内閣総理大臣の基調講演
皆様おはようございます。小渕恵三でございます。
本日は、国連大学と日本国際問題研究所の共催になる、日本国際問題研究所創立四十周年の記念シンポジウムにお招き頂き誠にありがとうございます。内外で活躍しておられる沢山の著名なオピニオンリーダーの皆様が参加されるこのシンポジウムにおきまして基調講演を行う機会を頂きましたことは誠に光栄であり、主催者の皆様に厚く御礼申し上げたいと思います。
また、今般、日本国際問題研究所が創立四十周年を迎えられたことに心からお祝いを申し上げたいと思います。吉田茂元首相が日本国際問題研究所の設立を提唱された一九五九年当時、我が国において国際問題を本格的に研究する機関はほとんどありませんでした。日本国際問題研究所はこの分野における我が国のパイオニアの役割を果たされるとともに、今日に至るまで、我が国の国際問題研究を先導してこられました。今後とも、日本国際問題研究所が、我が国そして世界の平和と繁栄のために活動され、ますます発展されることを期待しております。
また、ここ国連大学には、私自身もこれまで何度か講演のためお邪魔させて頂いておりますが、平和とガバナンス、環境、開発など地球的規模の諸問題についての研究、研修機関として、人類の平和と発展という国連の目的に学術面で大きく貢献しておられます。本年六月には外務省との共催で、開発と人間の安全保障についてのセミナーを開催されるなど、「人間の安全保障」の分野でも積極的に活動されていると伺っております。このような二つの機関が共催するこのシンポジウムが、今日と明日のセッションを通じて大きな成果を挙げられるよう期待致しております。
さて、ご列席の皆様、
第二次大戦後四十年余りにわたり世界を特徴づけた冷戦は、ちょうど十年前の東欧における革命的変動、そしてその後のソ連邦の消滅を経て終焉しました。このような国際社会の構造的な変革は、ヒト、モノ、カネ、そして情報が地球的規模で大量かつ物凄いスピードで移動するようになり、そのような国境を越えた経済活動や情報の流れによる人々の結びつきが格段に深まったということが大きな要因の一つとなったことを忘れてはなりません。あのベルリンの壁が代表した「鉄のカーテン」でさえも、このような流れを妨げることはできず、東欧そしてソ連において、人々は、自由と民主主義を獲得するに至りました。このような「グローバリゼーションの進展」により、例えば一九八五年から一九九六年の間に世界の貿易取引量は約三倍に、そして情報の交換量は約四・五倍にも達し、世界に未曾有の繁栄をもたらしました。しかしながら、グローバリゼーションには、このような「光」の部分だけではなく、「影」の部分もあります。貧富の差の拡大、あるいは、環境破壊の進行など、人間の生存や尊厳、そして人々の生活を脅かされる事態がもたらされています。
米ソの二極を中心とする冷戦構造の崩壊は、世界規模での戦争の可能性を大幅に低減させましたが、しかし、その一方で、冷戦後の新たな国際秩序は、残念ながら未だに形成されるに至っておらず、国際社会は新たな秩序を求めて依然として模索状態にあります。そして、むしろ、今までは表面に表れなかったような各地域での宗教上の、あるいは民族的な対立にもとづく武力紛争は、内戦という形をとって頻発する傾向にあります。武力紛争や武力紛争とは性格を異にする形での人々の生命、安全に対する脅威が世界の各地で顕在化しております。それは、大規模な難民を発生させ、更には対人地雷等により、女性や子どもなど、力の弱い多数の一般市民に大きな被害をもたらすという深刻な事態を招いております。それと同時に、人々の生命や安全に対する新しい脅威として、例えば、様々な人権侵害、テロや薬物の問題、国際組織犯罪、感染症等が出現しております。
このような国際社会の大きな流れを背景として、人間一人一人に着目したアプローチである「人間の安全保障」の考え方が国際社会において重視されるに至りました。アナン国連事務総長もこれまで種々の報告等で「人間の安全保障」に言及されていますが、これも、このような「人間の安全保障」に対する国際社会の認識が高まっている表れと考えます。
ご列席の皆様、
今をさかのぼること三十六年前、私が未だ一介の学生にすぎなかった時に、当時としてはまだ極めて珍しかった、今でいう「バックパッカー」として私は一人でアジア、中東、アフリカ、ヨーロッパ、北米、中南米の三十八ヶ国を回りました。実は、私は、この一人旅を通じて、人と人とのつながり、人間個人の大切さを学び、やがて「人間の安全保障」という考え方をもつに至ったのだと思います。私は、外務大臣に就任してすぐに、「対人地雷禁止条約」への署名を行うということで、それまでの政府の方針を転換致しましたが、その背景となる考え方は「人間の安全保障」であります。その後も、総理大臣として、これまで国際社会に対して機会ある毎に、「人間の安全保障」の視点の重要性を訴えるとともに、この観点を日本外交の柱とするよう尽力してまいりました。
「人間の安全保障」に対する脅威は、例えば、アフリカでは主に貧困、疾病、紛争であり、多くの先進国では麻薬や組織犯罪であり、カンボディアでは例えば対人地雷であるというように、国、地域によって異なります。また、目覚ましい経済発展を遂げていたアジア諸国が一転して経済危機に陥る等、時によって脅威の表れ方は変化します。このように、脅威の捉え方一つをとってみても様々な議論がありますが、今各国政府に求められているのは、様々な政策を実施する上でいかに「人間の安全保障」の視点を取り込み、これを具体的な行動にどのように移していくかであると考えます。
このような観点から、私は、昨年十二月にヴィエトナムで行った政策演説において、国連に「人間の安全保障基金」を設置することを提唱しましたが、我が国としては、今後とも、「人間の安全保障」の観点を具体的な施策に反映するよう積極的にイニシアチブを発揮していきたいと考えております。
ご列席の皆様、
本シンポジウムにて行われる「紛争予防措置」、「持続的開発の促進」、「人間の尊厳の推進」の三つのセッションは「人間の安全保障」という観点からいずれも重要でありますし、相互に関連した課題でもあります。それぞれについての私自身の考えを簡単に申し述べたいと思います。
まず、第一セッションは、人間の生活、生命、尊厳を脅かす最大の脅威である武力紛争を、いかに予防するかという問題についてであります。私は、紛争予防の取組については、二重の意味における包括的取組が重要と考えます。第一に、まず、貧困など紛争の潜在的要因の除去、次に仮に紛争が生じてしまった場合の解決、そして紛争後の着実な復興による紛争再発の防止という一連のプロセスを念頭においた取組であります。第二に、このそれぞれの段階において、政治的措置、金融を含む経済・社会政策、開発政策等、各国のとりうるあらゆる政策、措置を動員し、包括的に取り組むことが重要です。
また、紛争の予防のためには、拳銃、機関銃等といったいわゆる「小火器」や対人地雷といった紛争の「手段」として用いられる兵器の規制も重要です。対人地雷の分野では、先程申し上げたように、私が外務大臣時代に署名を決断した対人地雷禁止条約は、本年三月一日に発効いたしましたが、私は今後とも「犠牲者ゼロ」の目標の早期実現に向けて、二国間だけでなく国際機関やNGOを通じて努力してまいります。また、「小火器」につきましては、我が国は国連の専門化グループで議長を務めるなど国際社会をリードしてまいりましたが、国連が二〇〇一年に開催する国際会議の成功に向けて、今後とも積極的に取り組んでいく予定であります。
次に第二セッションの「持続的開発の促進」というテーマについて一言申し上げます。私は、途上国自らが主体的に開発に取り組むこと、そして先進国と開発途上国が、国際社会の対等なメンバーとして連携すること、即ち、途上の国側の「オーナーシップ」と援助側との「パートナーシップ」の重要性を強調したいと思います。昨年十月、我が国は、アフリカ諸国の経済・社会開発や貧困削減と世界経済への統合を目的として、第二回アフリカ開発会議、すなわちTICAD2を開催致しましたが、この会議においても、「オーナーシップ」と「パートナーシップ」という観点から「東京行動計画」を策定したところであります。
また、第二セッションの中では、個人の自立、そしてそのための能力の向上を通じ、より多くの人々が経済活動に参加できる社会的な機会を創り出すことが重要であることを訴えたいと思います。そして、そのためには、基礎教育の充実、草の根レベルにおける資金の供給などを進めていくことも重要であります。
次に第三セッションのテーマである「人間の尊厳の推進」についてコメント致したいと思います。「人間の安全保障」を確保するためには、紛争の予防や持続可能な開発の実現に加え、人間が個人として尊重され、個人の可能性が発揮でき、社会の構成員として責任を果たしうる社会の構築が必要です。私は、人間一人一人の自由と可能性を確保していくためには、市民の自発的な取組が不可欠であると考えており、その意味でNGOなど市民社会(シビル・ソサイエティー)の役割が重要となってきていることを指摘したいと思います。特に対人地雷問題や地球温暖化問題において、NGOは政府間の交渉を督励し補完するという、極めて重要な役割を果たしておられます。私は、今後、各国の政府はますますこのNGOとの連携を重視し、その活動を支援していかなければならないと考えております。
さて、ご列席の皆様、
本日は世界の知的リーダーがお集まりの折角の貴重な機会でありますので、本日のテーマからややそれるかも知れませんが、日本外交の当面の重要課題のうち、九州・沖縄サミット、北朝鮮との関係、対東チモール及びインドネシア外交について、私の思うところを少し述べさせて頂きたいと思います。
まず、来年の九州・沖縄サミットについてであります。二〇〇〇年を目前にし、先ほど申し上げたグローバリゼーション、あるいは情報通信革命等の動きが急速に進んでおりますが、その一方で経済や社会環境の急激な変化に対する不安や不満を抱いている人も少なくありません。私は、二十世紀最後の年に行われる、この九州・沖縄サミットにおいて、G8のリーダーが、人類にとってより繁栄した、平和な二十一世紀を築いていくとの決意を持ち、また、折角七年ぶりにアジアで開かれるサミットでありますから、アジアから明るく力強い沖縄のメッセージを発信していきたいと考えております。
次に、北朝鮮との関係であります。我が国としては、米韓との緊密な連携の下、北東アジア地域の平和と安定の維持の重要性を踏まえつつ、第二次大戦後の正常でない関係を正すよう努力していくことが基本方針であります。今般、「政党間の協議を通じ、政府間の日朝国交正常化交渉を円滑に行うための環境整備」を目的とする村山訪朝団が大きな成果をあげられたことを政府として歓迎しており、村山訪朝団が纏められた共同発表を重く受けとめております。政府としては、日朝当局間で本格的な対話の場が構築されることは好ましいものと考えており、訪朝団と北朝鮮側との協議の内容を詳細に分析・吟味しつつ検討しているところであります。そのような検討の一つとして、昨年八月のミサイル発射を踏まえて政府としてとってきている北朝鮮に対する措置につきましても種々議論しているところであります。
次に東チモール問題について申し上げれば、避難民のおかれている状況の改善を図るとともに、独立と国づくりに向けたプロセスを順調に進展させることが重要であります。これも人間の安全保障の観点から、我々全てにとり、非常に重要な課題であります。来週には、東チモールの独立運動を指導してきたシャナナ・グスマン氏やデ・メロ国連東チモール暫定行政機構事務総長特別代表も訪日し、東京で東チモール支援国会合を開催致します。我が国としては、アジアの一員として、新生東チモールの発展のための出来る限りの支援を行っていく考えであります。
この関連で、アジア太平洋地域の安定と繁栄のために重要な意義を有するインドネシアについて申し上げます。二週間前、私は、民主的な手続によりインドネシアで新しい政権が成立して以来、初の外国首脳としてインドネシアを訪問しました。そして、アブドゥルラフマン・ワヒッド大統領の下での改革努力継続に対して支援を惜しまないとの観点から、我が国の今後の経済協力の方針、就中社会的弱者のためのセーフティーネットづくりを含む具体的提案を行ってまいりました。
ご列席の皆様、
私は、昨年十二月ヴィエトナムにおいてアジアの二十一世紀を「人間の尊厳に立脚した平和と繁栄の世紀」にするべきであると訴えました。アジアの、そして世界の二十一世紀をそのような人間の安全が保障される世紀とするためには、各国の政府による努力だけではなく、国際社会の知的リーダーたちが集い、その知的成果を結集し、これを政府の政策に反映していくという知的交流のプロセスをどんどん進めていかなければなりません。このシンポジウムに出席されている国際社会を代表する知的リーダーの方々、日本国際問題研究所そして国連大学の皆様こそが、そのような役割を果たされることが期待されている訳でありますから、ぜひ、本日と明日のこのシンポジウムにおきまして活発で有益な議論が行われますよう強くお願いしまして、私の基調講演を終了したいと思います。
ご清聴ありがとうございました。