データベース『世界と日本』(代表:田中明彦)
日本政治・国際関係データベース
政策研究大学院大学・東京大学東洋文化研究所

[文書名] 太平洋・島サミットにおける森総理大臣基調演説−私たちのフロンティアへの旅立ち−

[場所] 宮崎
[年月日] 2000年4月22日
[出典] 外交青書44号,332−333頁.
[備考] 
[全文]

クニオ・ナカムラSPF議長、

南太平洋フォーラム加盟国の大統領、首相、閣僚の皆様、令夫人の皆様、

松形知事、津村市長、

ご列席の皆様

 本日、ここ宮崎において、南太平洋フォーラム(SPF)の首脳・閣僚の方々をお招きし、「太平洋・島サミット」を開催出来ますことを嬉しく思います。

 松形知事ならびに津村市長をはじめとする地元宮崎の関係者の方々の並々ならぬご協力に先ず心より御礼申し上げます。

 わが国と太平洋の島々の間には、私たちにとって忘れられない「歴史的なつながり」があります。私たちの交流の歴史には、先の大戦のような悲しい一時期もありましたが、特に近年は、同じ「太平洋の島国」として、信頼関係に基づく相互の結びつきを一層強めてきております。

 私たちの交流は、太平洋の島々が次々に独立していった1970年代以降、二国間や多国間の枠組みを通じた「国造りへの協力」という形で再び本格化し、80年代半ばの中曽根総理や倉成外務大臣の島嶼国訪問なども経て、「国際場裡における協力」を含む幅広いパートナーシップへと発展して参りました。

 1997年にわが国で開催された第1回の日・SPF首脳会議は、太平洋島嶼国の経済的自立に対するわが国の支援の重要性とともに、幅広く互恵的なパートナーシップが確認されたという意味で画期的な会議でありました。

 前回の首脳会議から3年が経った今日、グローバル化の大波が、否応なく、私たちの海にも押し寄せて来ております。

 グローバル化は、一面では、富や技術、アイディアが、高度に発達した通信・運輸手段を通じ、海や国境を越えて世界中に行き亘ることを意味します。これは、海による外の世界からの物理的な隔絶という宿命を背負う太平洋の島々に大きな機会を提供するものであります。

 その一方、脆弱な条件下にある島々の経済が、激しさを増す世界の競争にさらされるのもグローバル化の一面であります。更に、一歩間違えれば、人々の健康や生活の安全、環境や社会の安定、ひいては伝統や文化の多様性までもが脅かされる危険があることも否めません。

 このようなグローバル化への対応は、世界の国々にとって重要な課題であります。わが国が議長国として開催する本年7月の九州・沖縄サミットでも、グローバル化と情報通信革命が急速に進展する中で全ての人々が一層の繁栄を享受し、心の安寧を得、より安定した世界に生きられるよう、国際社会が何をなすべきかが大きなテーマになる見通しであります。その意味で、今回の「太平洋・島サミット」における議論は、九州・沖縄サミットにおける議論にも大きく貢献するものと考えます。

 太平洋に押し寄せるグローバル化の大波に対応するためには、太平洋の島々の自助努力と日本も含めた援助国側の支援が重要であることは言うまでもありません。加えて、日本と太平洋の島々が取り組まなければならない課題は、信頼に基づくパートナーシップの下に、新たな境地や潜在力、即ち、フロンティアを切り拓いていくことではないでしょうか。

 私は、2000年という節目の年に、「若者」、「海」、「未来」をキーワードとする「太平洋フロンティア外交」を推進し、二国間及び多国間協力の枠組みを通じて、太平洋の島々と力を併せて共通のフロンティアを新たに切り拓いていく決意をここに明らかにしたいと思います。

 「太平洋フロンティア外交」の柱は、本日の首脳会議の議題とも対応しています。

 まず、グローバル化の流れの中で、第1の柱である「太平洋島嶼国の持続可能な開発」を追求していくためには、人材としての「若者」、また、その象徴である進取の気性、力強さを育てることが、鍵となるのではないでしょうか。私自身、政治家として長年教育問題にかかわり、日本のような資源小国にとり、健全な心身、創造性、柔軟性、国際性、そして思いやりを併せ持つ青少年を育てていくことの重要性を痛感して参りました。これは一般に人口も少なく、国土や資源にも恵まれていない太平洋の島々にもあてはまるものと考えます。

 このような観点から、わが国は、開発に資する人材養成の支援を拡充し、今後5年間で3000人以上の規模を目指し実施して参りたいと考えております。また、人材育成の視点に立った、きめの細かい産業振興支援を行っていきます。更に、今後とも、教育に対する支援や女性の活動に対する支援、通信衛星やインターネットを利用した遠隔教育支援を積極的に推進していきたいと思います。

 また、4月のG8教育大臣会合では国際交流の重要性が強調されましたが、わが国としても留学生にとって魅力のある国たることを目指しています。太平洋の島々からの留学生も、国費留学生制度の活用や私費留学生への支援等を通じ、今後共積極的に受け入れていきたいと思います。

 情報通信技術は、グローバル化時代を生き抜く必須の要素でありますが、太平洋の島々にとっては、いわゆる「情報格差(デジタル・ディバイド)」による先進国との格差の拡大が切実な問題となります。わが国は、オーストラリアやニュージーランドとの協力の下、フィジーに本部を置く南太平洋大学の通信衛星による遠隔教育のシステムである「USPネット」や、国連の「小島嶼国ネットワーク」プロジェクトを支援して参りました。この機会を捉えて、太平洋の島々における多面的なネットワークの更なる発展を支援するため、国連開発計画(UNDP)の「太平洋IT推進プロジェクト」に100万米ドルを拠出することと致しました。

 「若者」の力が発揮されるためには、経済全体が健全に運営されることが重要であります。太平洋の島々は、アジア開発銀行や世銀、IMFなどとも協力しつつ、各国それぞれ経済改革の努力をされています。そのような努力が活気と思いやりのある経済・社会の発展として実を結ぶことを期待し支持して参りたいと思います。

 第2の柱である「地域及び地球規模の共通の課題」のキーワードは「海」であります。グローバル化が進む中、「海」に象徴される、私たちをとりまく地域そして地球の環境の悪化は厳しさを増しており、特に、温暖化による海面上昇や気候の変化が深刻な問題となっています。京都議定書が遅くとも2002年までに発効するためには、本年秋に予定されている第6回気候変動枠組条約締約国会議を成功させる必要があります。我が国としても、太平洋の島々の協力を得て、交渉の進展に積極的に貢献していきます。加えて、地域における新・再生可能エネルギーの導入などの取り組みを支援していきます。

 「海」の環境の変化は、我々のかけがえの無い財産である、珊瑚礁、マングローブ林などの海洋の多様な生物種にも影響を与えています。わが国と米国との協力のもとに、珊瑚礁保全のための研究・教育機関である「珊瑚礁センター」が近々パラオに完成しますが、このような協力の拠点も活用しつつ、わが国としても太平洋の生物多様性の保全に真剣に取り組んで参りたいと思います。

 また、「海」を越えて、人々の生存、生活、尊厳を脅かす問題として、エイズなどの感染症や薬物、国際組織犯罪などへの対処、即ち「人間の安全保障」という課題への対処が益々重要となっております。わが国は、太平洋の島々の人々が日夜直面しているこれらの問題への対応のため、今般、「人間の安全保障基金」より200万ドルを目途に拠出することとしました。

 加えて、グローバル化の荒波の中で、活力の源でもある太平洋の島々の文化の多様性を大事にしなくてはなりません。このような問題意識の下、わが国は、太平洋の島々の言語を無形文化財として保護し活性化を図るユネスコのプロジェクトへの資金協力を決定しました。今後ともユネスコとも連携しつつ、この分野での協力を推進して参ります。

 その一方、「海」は、海洋生物資源や海底鉱物資源を始めとする富の源でもあります。わが国は、海洋生物資源の持続的な利用と保存管理のための適切な枠組み造りや、新たな開発に向け、太平洋の島々との協力を更に推進していきます。また、海底鉱物資源量などの調査についても、協力を進めて参ります。

 さらに、「海」に代表される全地球的な課題への取組みを考える上で、国連を舞台とする協力は一層の重要性を増しており、その枠組みを強化することが益々重要になってきております。本年のミレニアム・サミットも一つの契機として、安保理改革を始めとする包括的な国連改革の速やかな実現に向けて太平洋の島々とも協力して参りたいと思います。太平洋の島々のミレニアム・サミットへの積極的な参画を期待する所以であります。

 第3の柱である「日本とSPF諸国の間のパートナーシップの強化」のキーワードは「未来」であります。太平洋の「未来」というフロンティアを明るいものとするために何よりも重要なのは、日本と太平洋の島々が英知と力を合わせることであります。そのためには、今後とも、首脳・閣僚のハイレベルの政治対話や、「太平洋諸島センター」の強化を通じた貿易・投資の促進などのビジネス交流の促進に取り組む必要があります。

 更に、政治・経済面に止まらない、国民相互間の「心と心のふれ合い」が重要であります。「心と心のふれ合い」は、私が師と仰ぐ故福田元総理が1977年にマニラで提唱したものですが、情報通信技術の革命的進展を中核とするグローバル化の流れの中で、「心と心のふれ合い」は太平洋の島々との関係でも一層重要性を増すものと確信致します。私は、この度、特に日本と太平洋島嶼国の知的交流や文化交流などの促進を目的にSPFに対して100万米ドルを拠出し、また、「太平洋知的対話ミッション」を派遣することとしたいと考えます。

 日本と太平洋の島々の協力関係や「心と心のふれ合い」を深めていくためには、日本の各地で、裾野の広い協力を発展させる必要があります。特に、太平洋島嶼国を含む周辺諸国との協力の実績が蓄積されている沖縄において、琉球大学を中心とした研究者交流事業を実施するなど、積極的に人材養成や知的ネットワークの構築を推進していきたいと思います。

 以上、かいつまんで申し述べましたが、日本が太平洋地域において求めているものは、たまさか1人の英雄をつくり出すことではありません。個々のプレイヤーの個性や創造力が十分発揮される一方、その結果として、チーム全体の活力と活気が増進されることが重要であります。

 南太平洋フォーラム加盟国の多くにおいてもラグビーは盛んであり、私自身ラグビー選手であったわけですが、ラグビーには「1人は皆の為、皆は1人の為」(ワン・フォー・オール、オール・フォー・ワン)という箴言があります。

 我々皆にとって、この意味するところは大きいと思います。

 グローバル化というゲームの中で、このようなパートナーシップを通じて見事トライを決めるようお互いに前進を期したいと思います。

 ご清聴有難うございました。