データベース「世界と日本」(代表:田中明彦)
日本政治・国際関係データベース
政策研究大学院大学・東京大学東洋文化研究所

[文書名] ダボス会議における福田康夫内閣総理大臣特別講演

[場所] 
[年月日] 2008年1月26日
[出典] 首相官邸
[備考] 
[全文]

1.はじめに

シュワブ会長、

御列席の皆様、

 御紹介ありがとうございます。

 ダボス会議は、近年、グローバルな政治経済社会システムの「定期検診」の場となってきています。

 37年来、このフォーラムをここまで発展させてこられたクラウス・シュワブ氏の先見の明と持続力に、改めて敬意を表したいと思います。

 総理就任以来、欧米の政治ではよくあることですが、私にとっては困難な国内政局の中で政権運営を行っております。

 世界においても様々な困難があります。

 我々は、サブプライム問題に端を発する世界経済の先行き懸念、気候変動問題、また、ミレニアム開発目標達成に向けた貧困との戦い、更にはテロや大量破壊兵器の拡散といった安全保障面の問題に直面しています。

 一見すると困ったことに見えますが、私は、このような困難を克服することによって、人類を新しいステージに導くことができると、むしろ前向きに受け止めたいと思っています。

 7月の北海道洞爺湖サミットに向けて、経済社会面での課題への対応についての私の考えを述べたいと思います。

2.世界経済

御列席の皆様、

 米国のサブプライム問題や石油価格の記録的高騰等を背景に、世界経済の下方リスクが高まっています。

 サブプライム問題は、新たな金融技術が開発され、同時にリスクが証券化等により世界中に拡散される一方で、それらに対するリスク管理が甘くなったことが問題の元凶ではないかと考えます。

 今回の問題の、こうした「21世紀型の危機」という側面も踏まえ、持続的な経済成長が得られるよう、世界の経済・金融市場の在り方について議論していく必要があると思います。

 現在は、リスクの再評価の過程です。

 現状を過度に悲観する必要はありませんが、同時に我々は緊急に対応する意識をもって、各国が必要な対策をとるとともに協調して行動する必要があります。

 サブプライム問題の解決に向けて、「バブル経済」崩壊の際の日本の苦い経験から言える教訓は、「素早い対応」と「金融機関の資本の毀損による信用収縮を未然に防ぐこと」の重要性です。

 このような観点より、各国の財政・金融当局の努力を歓迎します。主要国の財政・金融当局は、最近の金融市場の混乱の要因を分析し、中長期対策についての検討を急いでおり、2月のG7でも議論される見込みです。

 私は、こうした取組を推し進めていきたいと思います。

 日本経済については、バブル崩壊以降、長い停滞状態にありましたが、民間の活力を伸ばすため、思い切った改革を断行してきています。企業も精力的な経営改革を行い、日本経済は、財政出動に頼らず、長期にわたる緩やかで着実な成長を続けています。

 金融システムについては、主要行の不良債権比率が1.5%まで改善しました。不良債権問題は正常化し、金融安定化に成功しました。現在、我が国の主要な金融機関は健全な財務基盤に立っており、資金供給は円滑です。

 また、我が国銀行等のサブプライムローン関連商品の保有額は限られており、我が国への影響は限定的です。

 しかし、世界経済の構造は大きく変化し、また、日本経済は、人口構成の高齢化等、様々な課題に直面しています。

 私はここでもまた、課題はチャンスであると考えています。

 国際化が立ち後れている分野に正面から取り組む一方、質の高い労働力や協調を重んじる精神、環境分野の進んだ技術など、日本の強みを更に伸ばすことによって、環境と共生しつつ成長を続けていくことは十分に可能です。

 そうした考えの下、私は、経済成長戦略を具体化し実行します。

 その一環として、対日投資、貿易手続き、金融資本市場の改革等の市場開放努力を一層進め、日本を世界とともに成長する国としていきます。

 私は、このような経済社会における改革を継続することは、自国のためというだけでなく、現在の状況下では、国際社会における責務と考えます。

3.気候変動

御列席の皆様、

 北海道洞爺湖サミットは地球の将来を討議し、明るい未来への展望をひらく絶好の機会です。

 最大のテーマは気候変動問題です。

 今や、地球環境問題は、議論の段階を過ぎ、我々の生活や経済活動に大きな影響を与える現実の問題となりました。

 このまま何もしなければ、自然環境、経済社会活動の両面で破局を迎えかねないという意味において、人類にとって新しい大きな挑戦です。

 日本は昨年、「クールアース50」を提案し、2050年までの世界全体の温室効果ガス排出の半減を呼びかけました。

 本日は、「クールアース推進構想」を皆様に提示し、この構想を現実的な行動に導くための手段として、次の三点について提案します。

 (1)ポスト京都フレームワーク、

 (2)国際環境協力、

 (3)イノベーション、の三つです。

 私は、この提案の実現に向けた作業を直ちに開始します。

 まず、ポスト京都フレームワークについてです。

 昨年ノーベル平和賞を受賞した科学者達の会議IPCCは、破局を避けるためには地球全体の温室効果ガスが次の10年から20年の間にピークアウトし、2050年には少なくとも半減しなければならないと警告を発しています。

 私は国連にピークアウトと温室効果ガス排出半減の方策を至急検討するように要請します。

 バリ会議では、2009年末までに、現行の京都議定書の後に続く温室効果ガス削減に向けた新たな枠組みを目指すことで一致しました。

 地球全体で温室効果ガスのピークアウトを実現するためには、全員が、なかんずく主要排出国がすべて参加する仕組みとすることが不可欠です。

 私は、G8サミットの議長として、主要排出国全員が参加する仕組みづくりや公平な目標設定に、責任を持って取り組みます。

 そうした中で、日本は、主要排出国とともに、今後の温室効果ガスの排出削減について、国別総量目標を掲げて取り組みます。

 この目標策定に当たり、私は、削減負担の公平さを確保するよう提案します。

 科学的且つ透明性の高い尺度としてエネルギー効率などをセクター別に割り出し、今後活用される技術を基礎として削減可能量を積み上げることが考えられます。

 公平の見地から基準年も見直されるべきです。公平が欠如しては息の長い努力と連帯を維持することはできません。

 気候変動問題は待ったなしの状況にあります。

 我々には、新たな枠組みの合意を待たずとも、すぐにでも行動に移す方法があります。

 それは、私の二つ目の提案である、国際環境協力です。

 そもそも、エネルギーの最も効率的な使用を目指すことは、今や人類の責務です。

 温室効果ガスを大幅に削減できる革新的な技術が実際に利用可能となるまでの当分の間は、世界全体でエネルギー効率を徹底的に高める努力をしていかなければなりません。

 エネルギー資源を海外に依存する我が国は、第一次石油危機に直面して以来、国を挙げて省エネに取組み、過去30年間、産業部門のエネルギー消費量を増やすことなく、実質GDPを2倍にすることに成功しました。

 正に、成長と環境の両立を実現してきたのです。

 我が国として実行できることは、優れた環境関連技術をより多くの国に移転していくことです。

 例えば、我が国の石炭火力発電効率を米、中、インドの3ケ国に普及させれば、そのCO2削減効果は日本一国の排出量に相当する13億トンになるのです。

 私は、世界全体で、2020年までに30%のエネルギー効率の改善を世界が共有する目標とすることを提案します。

 国際環境協力のもう一つの柱は、排出削減と経済成長を両立させ、気候の安定化に貢献しようとする途上国に対する支援です。

 その一つの方策として、我が国は、100億ドル規模の新たな資金メカニズム(クールアース・パートナーシップ)を構築します。

 これにより、省エネ努力などの途上国の排出削減への取組に積極的に協力するとともに、気候変動で深刻な被害を受ける途上国に対して支援の手をさしのべます。

 あわせて、米国、英国とともに多国間の新たな基金を創設することを目指し、他のドナーにも参加を呼びかけます。

 このような手段を活用し、途上国とも連帯を強化して地球全体の温室効果ガス削減を目指します。

 三つ目は、イノベーションです。

 これには、革新技術の開発と低炭素社会への転換の二つが含まれます。

 2050年までに温室効果ガス排出量を半減するためには、革新的技術の開発によるブレークスルーが不可欠です。

 これは非常にチャレンジングで、且つ大規模な技術投資が必要となります。

 日本としても石炭火力発電所からのCO2排出をゼロにする技術や、世界中の屋根に取り付け可能な低コストで高効率の太陽光発電技術、グリーンITなどの開発を加速します。

 我が国としては、環境・エネルギー分野の研究開発投資を重視することとし、今後5年間で300億ドル程度の資金を投入することとします。

 国際的にも、例えば、IEAなどの国際機関と緊密に連携して技術開発を加速し、その成果を共有する枠組みの構築を提案します。

 技術的な取組みに留まらず、私は、日本を低炭素社会に転換していくため、近々、生産の仕組み、ライフスタイル、都市や交通のあり方など、あらゆる制度を根本から見直すための検討に着手することを決定しました。

 国内外の低炭素社会づくりを拡大し、地球をLow carbon planetにする先導役を果たしていきたいと考えています。

 地球環境問題は、人類の歴史上、最も困難で、そして長い闘いになることは間違いありません。

 国連が中心となってあらゆる階層の人々、ステークホルダーが叡智と困難に立ち向かう勇気を振り絞っていかなければなりません。しかも、時間はないのです。

 このような課題を討議する北海道洞爺湖サミット自体についても、カーボンオフセットをはじめ、環境配慮を徹底します。

 以上の「クールアース推進構想」は、G8の議長としての私の決意です。

 同僚指導者の協力を得て、私はG8で真に世界の期待するこの問題の解決へ向けて、更なる前進を図ります。

4.開発・アフリカ

御列席の皆様、

 サミットのもう一つの重要議題は開発・アフリカです。

 私は、日本が「平和協力国家」として世界の平和の強化に貢献していくことを目指しています。

 日本は、平和的手段で平和を強化します。その重要な手段が途上国の開発努力への支援です。

 アフリカについては、私は、5月に横浜で第4回アフリカ開発会議、TICAD IVを開催し、「元気なアフリカ」のテーマの下でアフリカ開発を推進する議論を行います。開発の議題の下では、アフリカを含む世界全体の問題を取り上げます。

 世紀の変わり目に、国際社会は高い理想を持って、ミレニアム開発目標をまとめました。今年は、2015年までに達成すべきこの目標のちょうど中間年に当たります。私は、「人間の安全保障」の観点から、サミットで「保健・水・教育」に焦点を当てたいと考えています。

 まず、保健について述べます。

 日本は、サミット主催国として初めてアフリカの首脳を招いた8年前の九州・沖縄サミットで、感染症に焦点を当て、その後、3大感染症に取り組む世界基金の創設に努力しました。

 この基金によってこれまで約250万人の人命が救われています。

 しかし、保健分野のミレニアム開発目標のうち、特に安全な出産と乳幼児の健康問題は、依然深刻な状況にあります。年間約50万人の妊産婦と約1,000万人の乳幼児が死亡しています。

 また、保健医療に従事する人材の不足も課題です。

 この事態を早急かつ大幅に転換させるため、私は包括的な国際保健協力の推進を提案します。

 この努力は、G8の政府関係者のみで担うことはできません。専門知識と経験をもった国際機関や世界の医療政策の専門家、現地で活動するNGOや市民社会、民間企業などのすべての関係者の参加を得て、保健システム全体を底上げするための行動計画を策定していきます。

 私は、この努力を21世紀に相応しい全員参加型の新たな国際協力の模範としたいと思っています。

 次に、水を取り上げます。

 水の問題も、温暖化が進む中で国際的に議論すべき課題です。

 水害は深刻な脅威です。安全な水無くして健康なし、水へのアクセスなくして発展なし。

 循環する資源である水の有効管理に向けて、国際的な協力を進めたいと思います。

 さらに、教育も課題です。

 教育は全ての人々、国々にとって自立と発展の基礎です。

 良質な基礎教育の普及に向けた「万人のための教育:ダカール目標」の達成のため、国際的連携を強める必要があります。

 我が国は、これに加え、職業訓練や中・高等教育など、発展を後押しする更なる教育の機会を志ある人々に提供していきます。

 次に、アフリカ開発に焦点を当て、TICADの課題についてお話しします。 私は、国の発展の基本理念は「自立と共生」だと考えます。

 開発への支援も、途上国の自助努力を基礎として、その自立に向けて、お互いに尊重しあい、助け合うことが基本です。

 持続的な開発を実現するためには、経済成長が不可欠です。アフリカの貧困撲滅のために経済成長を加速化し、アフリカの自立を後押ししていくことが重要です。

 アフリカは、現在、自らのイニシアティブで、成長の基盤となるインフラ整備の戦略を作っています。しかし、これを実施するための資金や体制は、決して十分ではありません。

 日本は、アフリカや国際社会と協力して、民間投資を引き寄せる魅力的な環境整備に向けて、道路網や電力網等の広域インフラ開発の青写真を示していきます。

 民間投資が成功した例として、防虫剤を練り込んだ蚊帳、オリセットネットを製造するタンザニアのアルーシャ工場があります。

 この工場の設置によって、現地の雇用と所得を創出するとともに、乳幼児のマラリア感染率を削減することにより、ミレニアム開発目標に貢献しています。

 同時にアフリカの成長の加速化のためには、貿易・投資の拡充はもちろんですが、人口の約7割が農村に居住することから、農業生産性の向上が不可欠です。そのために、アフリカ自身の努力とこれに対する国際社会の支援に向けて議論を深めていきます。

 皆さんは、シアという木の実をご存じと思います。

 シアの実から生産されるバターは、食用油にも保湿クリームや石鹸にも重宝されます。

 日本は、ガーナの農村で、シアバター生産の技術向上や住民の組織化、質の良い石鹸づくりなどを支援しました。その結果、現在では日本企業がシアバターの輸入を開始するなど、住民の所得向上につながっています。

 地方の特産品の生産やマーケティングを支援する「一村一品運動」により、コミュニティ・ベースで地方経済を活性化できた好例です。

 昨年、このダボスで、カベルカ・アフリカ開発銀行総裁は、「アジアの奇跡をアフリカの奇跡へ」と言われました。

 アジアの自立に向けた発展は、アジアの人々の努力のたまものです。日本はパートナーとして、経済成長のための支援や人材育成を通じてこれを支えました。

 日本はTICADやサミットなどを通じて、アジアとアフリカの間の南々協力を積極的に推進していきます。

 開発を可能にするには、平和であることが大前提です。

 平和構築は、私が進める「平和協力国家」日本の一つの柱です。

 日本は、これまでも、国の再建や復興への協力に力を入れてきました。新たに、アフリカ自身の平和維持能力向上を目的とした アフリカ各地のPKOセンターへの協力も行っていきます。

 自分の平和は自分の手で。そして日本はそんなアフリカを応援する。

 それこそが「自立と共生」の実践です。

 私は、このTICAD IVの成果を北海道洞爺湖サミットでG8の首脳と共有し、さらには、秋の国連総会において、これら2つの会議の結果を議長として報告して、世界と共有したいと考えています。

5.結び

御列席の皆様、

 これまでに申し上げた問題の解決に特効薬はありません。

 また、一つの国家では解決できない課題です。

 まずは全てのプレーヤーが過去に約束した具体的な措置を着実に履行していくことが不可欠です。

 日本は、約束してきたことは着実に実行してきた国です。

 我が国には、世界が必要としている最先端の科学技術があり、高度の経済成長を実現してきた実績と経験があります。

 これらをもとに国際社会の安定と繁栄のために、リーダーシップをとっていきます。

 21世紀の新たな挑戦に立ち向かうためのキーワードは「全員参加型の協力」です。

 国と国、人と人の間の「共鳴」により、政府、経済界、市民社会、学術界の連携を実現していく必要があります。

 ダボスはその象徴です。

 皆さんは、それを実践してきた先達です。

 皆さんの協力を得て、私は今年のG8議長としての責務を果たしていきたいと思います。