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日本政治・国際関係データベース
政策研究大学院大学・東京大学東洋文化研究所

[文書名] 2008年地球環境シンポジウムにおける福田康夫内閣総理大臣スピーチ

[場所] 
[年月日] 2008年6月13日
[出典] 首相官邸
[備考] 
[全文]

 本日は、「2008年地球環境シンポジウム」にお招きをいただきまして、ありがとうございました。

 このシンポジウムの、「温暖化G8リーダー」への提言と言うんですね、これは私に対する提言でもある、それがテーマになっているというので、実は、いままではちょっとスピーチをすればいいのかなとこう思っておりましたけれども、そういうことでいられない、私事であるということで、若干身の引き締まる思いが致しますけれども、いずれにしましてもこういう機会に皆様方がこういう提言をおまとめくださるということで、大変ありがたいことでございまして、心から御礼を申し上げたいと思います。

 コニー・ヘデゴー デンマーク気候エネルギー大臣、マーガレット・ベケット前英国外相をはじめとする、内外のオピニオン・リーダーや実業界の代表、そしてこれほど多くの皆さんが参加して、2日間にわたって、地球環境問題について集中的に議論されるとそういうことで伺っております。そのなかから新しいアイデアや提案がでてくるというように思っておりまして、それを楽しみに致しておるところでございます。

 私が、今週の月曜日に、G8サミット開催のちょうど1か月前ということでございますので、そういうタイミングをとらえまして、温暖化対策の問題につきまして日本の考え方を発表致したところでございます。そのポイントは、4つございまして、

 第1は、世界の温暖化ガス排出量を2050年までに半減させることを目標にして、日本としても、60〜80%の削減を目指すこと

 第2が、今後、10〜20年のうちに世界の排出量をピークアウトさせるために、主要排出国の全てが参加する、実効性のある枠組みを構築する必要があるということ

 3つめは、これらの目標を達成するためには、革新的な技術開発、これは言うまでもありませんが、また、既存の先進的な省エネ・新エネルギー技術の導入普及が鍵であるということ

 そして、4つめが、低炭素社会を実現していくためには、政府の努力だけではなくて、産業界やそしてまた、国民ひとり一人が息長くこの問題に取り組んでいくとそういうことが必要である

と、こういう4つのことを実は申し上げたわけであります。

今日のシンポジウムのテーマが、先ほど申し上げました「G8リーダーへの提言」であるというふうなことであるということになりますから、私はこの提言に沿いまして、本日は、国際的な戦略に重点を置いて、私の基本的な考え方を申し上げたいと思っております。

 まず、地球環境問題に取り組むに当たりまして念頭に置くべきことは、これは、何よりもまず、世界全体で取り組まなければ、この問題を解決することはできない、ということであります。

 例えば、「今後10年から20年の間にピークアウトする」と言った場合には、世界全体の排出量を減少傾向に転じさせることを意味しておるわけでございます。

 しかし、2005年のデータを見みますと、現在の京都議定書で排出削減の義務を負っている国々の排出量の合計は、世界全体のわずか3割にしか過ぎないのであります。

 その他の7割を排出している国々の参加なしに、世界全体のピークアウトを確保するということは、これは困難なことであります。

 したがいまして、ポスト京都の枠組みづくりにおいては、先進国が発展途上国以上の役割を果たすことを前提としながらも、主要な排出国がすべて加わった「全員参加」型の枠組みを作ることを何よりも必要としておるわけでございます。

 「どうすればすべての主要排出国が加わってもらえるか」というこの視点が、今後の国際的な議論の過程では、優先されなければなりません。

 「全員参加」という場合には、まず第一に、どの国も経済成長と両立することが必要です。

 排出量とは、かなりおおざっぱに申し上げれば、経済活動量に、エネルギー効率を掛け合わせたものです。つまり、排出量を減らすためには、二酸化炭素を発生させない革新技術が開発されない限り、経済活動量を減らすか、エネルギー効率を要するに向上させるか、のどちらかしかないのであります。

 しかし、他国に対して、「経済成長をするな」なんて言える訳がありません。とりわけ、インドや中国のように急速な発展を遂げている国々や発展途上国に対して。そういう国々が「我々にはまだまだ発展する権利がある」と言われても当然だと思います。

 だとするならば、私たちがより着目すべきは、どうすれば「効率」を上げることができるかということになります。

 つまり、エネルギーを使ってもできるだけ二酸化炭素を出さないような「技術」の開発、その技術を世界的に普及させること、これが当面の排出削減の当面の鍵になるというようにならざるをえないわけです。

 日本は、エネルギーの分野では、これまで一貫して「技術」を重視してまいりました。米国や欧州諸国よりもずっと大きな研究開発投資を行ってきました。そして、現在の日本のエネルギー効率は、米国やEUと比べても、より高い水準にあります。

 今後とも、この分野で世界をリードしていくということは、我が国が果たすべき重要な役割であると思います。私は、1月のダボスの会議で、政府として今後5年間で300億ドルの資金を投ずる「環境エネルギー革新技術計画」を発表致しました。これは民間が持つ知恵とか、アイデア、それから技術をいかに活用していくかということも考えて、そのような提案をしたわけであります。

 そのような思いから、環境、エネルギー分野に加えて、今や食糧や水のような問題など地球規模の課題の解決に、日本が持つ技術を積極的に活用していくことを目的と致しまして、海外にも開かれた官民合同ファンド構想というものを具体化するように、関係部署に指示をしたところでございます。

 これらの取り組みの中で生み出される技術とかノウハウを、発展途上国や中国、インドなどの主要排出国に積極的に提供してまいりたいと考えております。

 第二に、私は、単なるかけ声とか政治的プロパガンダこれでもって、目算のない数字を言い合うだけでは、世界の温暖化対策が進むとは考えておりません。

 それぞれの国が「確実に現実にすること」に責任を持てるような削減量というのはいったいどれくらいなのかを、まずはしっかりと見極めて、それを国際交渉の基礎とすべきだと考えております。

 わが国が提案しておりますセクター別アプローチ、これは、そのための方法論でございます。

 最も進んだ技術の導入を進めることで、どこまで削減することができるかを産業別に詳細に検証して、それを積み上げることによって、コストの問題は別としても、科学的・技術的に可能な削減量を算出することができるのであります。

 このセクター別アプローチを用いて、まずは各国の削減可能量を科学的に分析して、どのくらいの数字になるかという作業を進めるべきであります。本年12月のCOP14にその成果を報告するよう、働きかけていきたいと考えております。

 セクター別アプローチは、ボトムアップの積み上げ方式ですけれども、この積み上げ方式では、2020年にピークアウトするために必要な削減量を確保できないのではないか、といった指摘もございます。そして、国別の総量目標については、逆に、トップダウンで決めるべきだと、こういう主張もございます。

 しかし、それぞれの国の実情とか過去の努力を無視した目標を押し付けのようにやって、「全員参加」が実現できるのかどうかという疑問がまずございます。

 仮に最初に参加をするということをしてもらっても、具体的目算もないような目標であると、途中で「やっぱりできないからやめました」という国も出てきかねないということであります。

 そのために、私は、まず最初は、ボトムアップで科学的・技術的に計算して、そして世界全体でどこまで削減が可能かということを現実的にしっかりと把握すべきだと思います。

 そして、その合計と、ピークアウトするために必要な削減量との間にギャップを明らかにした上で、その差を埋めるための努力として、技術革新の加速化など必要な方策を明確にしつつ、先進国として果たすべき役割、達成すべき目標のレベルを検討してみてはどうかというのが私どもの考えであります。

 わが国としても、各国のセクター別アプローチに対する意見などもふまえまして、共通の方法論を確立した上で、来年のしかるべき時期に、国別総量目標を発表したいと考えているところであります。

 その際には、基準年も問題になります。

 先日の私の講演でも、2020年までに、2005年比でEUと同程度の14%削減が可能だという見通しを紹介致しましたところ、なぜ1990年比ではないのかとこういうご指摘も受けました。

 たしかに、EUは、「90年比で先進国20%以上の削減」これを提案しております。

 しかし、この先進国全体の排出総量を見ますと、1990年185億トンです。しかし、2005年に、これがやはり182億トンで、ほとんど変わらないのです。

 90年比で20%の削減をしたとしましても、2020年の先進国全体の総排出量は、148億トンという計算になります。2005年比で同様の計算をしましても、146億トンと、ほとんど変わらないのです。したがいまして、どちらがより厳しい案かなどということを競うかのような議論は、あまり意味がなくて、どちらがより多くの参加国を募ることができるかどうかということに、議論のポイントが置かれるべきであるというように私は考えております。

 そのような目で、もう一度90年と2005年の状況を比べてみますと、世界全体の排出量の分布、これが大きく変化しているのであります。

 例えば、90年から2005年までの15年間で、中国のGDPが3.8倍、インドは2.4倍に拡大しております。それを反映しまして、90年段階ではそれぞれ世界の中国11%、インド3%に過ぎなかった排出量が、2005年段階では、それぞれ19%と、4%になりました。そこまで拡大してきております。

 中国とかインドなど経済成長が著しい国や、これから成長の果実を得ようとしている発展途上国に対して、90年をベースとして、排出量の削減を求めるそういうことでよいのかどうか、よく考えなければならないと思います。

 私としては、今後とも様々な意見に謙虚に耳を傾けていくつもりでありますけれども、全員参加を基本に、実効性のある仕組みを作っていくことを全体の基本認識として、話し合いが行われることを期待致しております。

 以上、いくつかの基本的な考え方を申し上げました。わが国としては、ポスト京都に向けた枠組みづくりにおいて、今後とも環境先進国としてのリーダーシップを発揮してまいりたいと思います。

 来月には北海道洞爺湖サミットが開かれます。来年末のコペンハーゲンでの国際的な合意に向けた第一歩として、世界の首脳たちと、実りある議論をしてまいりたいと考えております。

 その際には、このシンポジウムのご提言などもよく参考にさせていただきたいと思っております。

 ご静聴ありがとうございました。